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ラックライアー  作者: 魔桜
03
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luck.29 君に届け

 弓張月との距離を詰めるべきか。

 いや、苅宿との戦闘では不用意に近づいたせいで、喰らわなくてもいい一撃を喰らってしまった。慢心せずに、自身の一番得意な距離。状況判断でき、尚且つ空気の障壁を張れるだけの位置関係を保っていれば、負けることはない。

 弓張月は後ろ手に何かを掴んで、射撃してくる。

 だが、それがなんであろうが関係ない。

 どんな物体が飛来してこようとも、壁が全てを阻んで――


 バァン、と空気の壁にぶつかった衝撃で、消化器が破裂する。


 消化器? なんで、消化器が。

 爆発音と共に、目くらましが目的であろう煙幕が立ち込める。確かに消化器はどの訓練所にも常備されている。だが、二階へと続く階段の横に設置されていることが、ほとんどだったはず。『グレイヴ』も例に漏れない。

 いつの間に持ってきたのか。

 持ってきたとしても、それを隠せるだけのスペースは――ある。

 気絶している苅宿の身体ならば、消化器の一つや二つぐらい隠せる。一度二階に上がろうとして、また戻ってきたのはこの小細工をするためか。


 ――苅宿のことを、利用なんかするわけないだろ。


 なにが利用しないだ。

 苅宿が見ているからとか、弓張月には似合わない歯の浮くような台詞を吐くから何かあるとは思っていたが。

 ここまで外道だったとは。

 話術によるミスディレクションこそ、弓張月の本領。

 真の能力といっても過言ではない。

 だが、消化器で不可視になる時は刹那。それに、弓張月の行動パターンから察するに、恐らく後方といった視覚から卑怯に攻撃してくるはず。だが見渡すことができなくとも、全方位障壁を展開できる忍には無意――


 白煙を切る拳が忍の顔面に肉薄する。


「速――」

 バキィ、と木片が割れるような音と共に、突進してきた弓張月の拳が炸裂する。まさか、あの弓張月が真正面から体一つで向かってくるとは思わなかった。

 物理法則を無視したような、空中移動。あまりにも速すぎるそれは、能力を使ったとしか思えない。

 そうだよ。

 弓張月の『弾を選ばない射撃能力』の条件は、自身の体重以下のあらゆるものを飛ばす、というもの。

 ということは――自分そのものを『弾』に見立てて、飛ばした? そんなこと中学の頃はできなかったはず。そもそも中学の頃より、格段に射撃の速度が上がっている。

 正確に表現するならば、この試合中の最高速度だったが、他の石礫などは遅かった。遅すぎて、やはりブランクがあるせいだろうと決定づけていた。だが、それは緩急ある速度で、速度の限界値の錯覚を起こさせるため。

 『空気の壁』を連続で張るのには多少の時間差がある。

 だが、単調なリズムで投げてくる弓張月の物体を防御するのは、さほど難しいものではなかった。同じ速度で向かってくるのだから、目を瞑っていたって弾くことができた。

 消化器の煙幕は、ただ目くらましをしたかっただけじゃない。防護壁を張るタイミングをずらすためのもの。

「これで――」

 全身全霊をかけた一撃を受けて、忍はのけぞり倒れそうになる。

「――手品も種切れだね」

 バキバキッ、と氷が割れるような音がする。

 顔面の表面に、圧縮した空気を貼り付けていた。衝撃を受け、卵の殻みたいにパラパラと剥がれ落ちる。

 技後硬直している弓張月の腕を掴み取る。

「つーかまえーた」

 鬼ごっこはもうおしまいだ。

 自分の身体を『弾丸』にして高速移動できることを隠していたのは、こうなることを恐れてのことだろう。初撃で倒せなければ、こうやって対策を打たれる。

 もう逃げられない。

 あっちがどんな攻撃をしてこようとも、圧縮した空気を肌に貼り付ければいい。確かに弓張月も一年の間に随分と成長したようだ。

 だが、それは忍でも同じこと。

 どんなに自分が努力しても、結局他人だって上達している。最初から勝負は決まっているのだ。

 昔はできなかった肌へのコーティングもできるようになった今、忍は無敵に近い守備力を得た。

 接近戦では自分もダメージを受ける『空気の砲弾』は使用不可だが、代わりに拳を放つことができる。圧縮した空気を纏った、破壊力抜群の一撃を。

 晴らせることができない積年の恨みを込めて、何度も殴打する。弓張月も抵抗して殴り返そうとするが、そんなものは壁で受けるまでもない。裏拳でパーリングする。

「やっぱり……強いな……」

 弓張月は口の端から血を流しながら、

「そうだよなあ。お前が弱いはずないんだ。強すぎる忍の光が眩しくて、眼が潰れそうで、だから俺はお前の傍にいれなかった。こんな強い人間がいるなら、自分なんかがラックをやる意味なんてないって思った」

 腫れ上がった眼蓋のままでも、決して諦めて目を瞑ろうとしはしない。

 もうなにもできないというのに。

「そうやって、誰かのせいにしてたんだな。忍がいるから諦めようって。周りの人間に馬鹿にされたから、夢を見るなんてバカがやることだって。もしくは、ラックをやるようなモチベーションを持っている人間がいないって、環境したりしてさ」

 中学の頃のことを語っているのか。

 それとも現在進行形での弓張月の心情なのか。

「壁を自分で作って、傷つかないようにそこに引きこもってたんだよなあ。悪いのは、ただ何もできない自分だっていうのに……」

 殴り疲れて、だらりと腕を下ろす。

 もう片方の手は、弓張月が逃げないようにしっかりと掴んだまま。もう二度と離したくない。もう自分を置いて、どこにも行って欲しくないから。

 どうして弓張月は自分に黙って、進学先を決めてしまったのかとか。そんな今と全く関係ない考えが頭を過る。一言の相談もなしに、どうして自分の傍から消えてしまったのかとか、そんなどうしようもないことを考えてしまう。

「お前もだよ、忍。お前も自分の殻に閉じこもって、いつの間にそんなにねじ曲がった性格になったんだ? いつからそんなに弱くなったんだ?」

 部活でみんなを纏めようと部長を務めても、誰も指示を聞いてくれなかった。

 弓張月のようにリーダーシップを取れなかった。部員ひとりひとりのことを隅々まで観察して、上達するように指導するなんてできなかった。 

「確かにお前は強いけど、昔の方が――よっぽど強かった」

 ブチン、と頭の中で何かが切れる音がする。


「弓張月には――アンタだけには言われたくないッ!!」


 再び、拳を固めて弓張月をぶん殴る。

 今度は憎悪や憤怒や悲哀を込めて。

 ――どうして、匙を投げてしまったのか。

 あんなにもラックに真摯に向き合っていたのに。

「なにを一人で悟ったこと言ってるの!? なに言いたいこと言って満足したみたいな顔しているの!? 私が殻に閉じこもったのだって、壁を作っているのだって、全部、全部、アンタのせいでしょ!!」

 弓張月に置いてかれてしまってから、何が悪かったのか考えた。愛想がなかったからなのかと思って、自分でも鳥肌が立つぐらい可愛い子を演じてみた。

 そうしたら、男子からは人気が出たから。 

 そうすれば、弓張月も振り向いてくれると思ったから。

 だけど、一番見て欲しかった人間は、二度とラック部には戻ってなどこなかった。

「苅宿さんを鍛えて贖罪しているつもりかも知れないけど、私は絶対に騙されない。誤魔化されたりするような都合のいい女にはならない!! だってアンタは部活のみんなを、そして――私を裏切ったんだから!!」

 高校入学すれば、リセット。

 中学なんかのわだかまりなんて過去のこと。だから、これからはまた昔みたいに仲良くなれる。そう期待していたのに、弓張月の横にはいつも苅宿渡真理がいた。なにも知らないくせに。忍と弓張月との間で積み重ねてきたものも知らないくせに。

 まるで当然のように居座っていた。

 それが我慢ならなかった。

 その席に座るのは本来ならば、忍だったはずなのに――。

「……もう許されないよな。許してくれないよな。だからこれはきっと、ただの自己欺瞞だ」

 弓張月にはもう打つ手がない。

 『空気の箱』に押し込んで爆発させた際には、高速移動でヒットポイントを僅かにずらしていた。だから致命傷は避けることができた。

 『空気の砲弾』が直撃した時には、自ら後ろに飛んで衝撃を殺していた。

 種が割れてしまえば、なんてことはな――


「やっと――――――届いた」


 そっ、と優しく掌を腹に当てられる。

 忍の拳の間隙を縫ったその行為は、攻撃力なんて皆無であまりにも無意味。そのはずなのに、総毛立つような危機感が襲いかかってくる。

 

 ――少なくともあんたよりは軽いけどね。


 どうしてか。

 食堂で、他愛もない冗談を弓張月と飛ばし合った時のことを回想する。そんなこと今の戦闘とはまるで無関係であるというのに。


 ――お前だけは俺が手ずからぶっ飛ばすッ!!


 ……まずい。

 もしも忍が考えていることと、弓張月の策略が一致していたのなら、『空気の壁』は何の意味もなくなってしまう。

 弓張月の『弾を選ばない射撃能力』の条件は、『自分の体重以下』のものを問答無用で『弾』として使用できるということ。

 つまり――

「最初からこれを――」

 壮絶な音と共に、『弾を選ばない射撃能力』によって、忍は紙くずみたいに吹き飛ばされた。

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