luck.27 かつての仲間と敵対する
苅宿は気絶している。
意識を失った人間はもっと重量感があると思ったが、そうでもなく。線の細い彼女の肢体を抱えながら、弓張月は2階へと続く階段付近まで送り届ける。後頭部を地面にぶつけないために、緩慢な動作で苅宿を下ろす。
「なんで、そんなところに置いておくの? そこじゃ危ないから、2階に運んであげたほうがいいんじゃない?」
「苅宿には、できるだけ近くで見ていて欲しいからな。この俺が――お前をぶっ飛ばすところを」
「寝ているのに……見ていて欲しい? 随分ロマンチストになったみたいだね」
苅宿から、苦言を呈した忍へと向き直る。
穏やかな口調ではあったが、皮肉のように聴こえてしまう。
「この石が地面に落ちたら、勝負の合図ってことで……どうだ?」
右手でポーン、と拾ってきた石を上に軽く投げる。
「……いいよ、どうでも」
西部劇よろしく、コインが落ちたら勝負みたいな方式。
緊張感が張り詰める時間を待って、弓張月は左手に持っていたもう一つの石を頭上高くに放り投げる。
当然、忍の視線は、高い位置にあるデコイの石に釘付けになる。
ヒョイ、とちゃんと忍に確認を取った、右手の石を地面に落とす。その瞬間、小石を弾にして射撃する。別に嘘はついていない。あっちが勝手に騙されただけだ。
忍の顔面に肉薄した石は――弾かれる。
空気の壁に阻まれた。
「私がそんな狡い手に引っかかるとでも? 仮にも中学時代はダブルスを組んでたんから、弓張月のやり方ぐらい熟知してるよ」
そうだろうな。
だからこそ当てることを目的としていない。この程度でかすり傷を与えれるとでも思ってない。
顔面を狙ったのは、視界を遮るため。
岩陰に隠れるための時間を確保するためだ。
『グレイヴ』で、弓張月が飛ばせる物体となると、石しかない。そうなってくると、出てくる問題点として挙げられるのは威力のなさ。
苅宿との対戦でも浮き彫りになった弱点。
弓張月の能力は攻撃力が低すぎる。
チマチマ当てて、対戦相手の体力を削っていくしかない。だからこそ、誰かの補助をするのが適任。ダブルスが最適。能力的には、一人で試合をするには不向きなのだ。
だが、忍は攻撃も防御も、高校一年生レベルならば完璧に近い万能型。
ダブルスもシングルスもこなせる逸材。
そうなってくると、決定打を与えるための隙を見つけるしかない。できるだけ忍の攻撃の直撃を避けつつ、じっと機を伺う。
「苅宿さんと同じ策なんて……。やっぱり弟子が弟子なら師匠も師匠だね。だったら、こんなのはどうかな?」
忍は空気の砲弾を着弾させる。
だが、弓張月が潜伏している場所とはまるで見当違いの方向。当てずっぽうか、それとも痺れを切らしてやけになったのか。どちらにしろ、これはチャンス。死角に回り込んで――
「いつまで、かくれんぼしていられるかな?」
だが、忍の猛攻は止まらない。
休まず指を鳴らし続けて、どんどん更地にしていく。
まずい――なんて話じゃない。
簡素な訓練所である『グレイヴ』は、隠れる場所が極端に少ない。
岩石を全て破壊されれば、捕捉されて即敗北は逃れられない。なんてことを考えるんだ。攻撃力に長け、尚且つ弾切れしない忍だからこそできる強硬手段。
こうなったら、追い詰められた窮鼠の如く牙を剥くしかない。全ての岩石が砕かれ、勝機を失くすその前に叩く。
岩石に手を触れて、吹き飛ばす。
そしてそれと同時に走り出す。
のっぺりと縦長な岩石を楯にして、風のように疾駆する。
忍の攻撃の切れ目を狙っていたが、あちらも弓張月が特攻してくるのを待ち構えていたのだろう。すぐさま反応して、空気の砲弾をぶつけてくる。どんどん削られていくが、全くスピードを落とさずに突進する。
忍までたどり着くか。
それとも楯にした岩石が完全に削られるかが勝負の分かれ目。だが、空気の砲弾が岩石の中心に直撃すると、楯は簡単に崩れてしまう。
「弓張月が……いない?」
だが、岩石は囮。
投擲された岩石が破壊されれば、細かな石となる。その砕かれた石は、速度の乗った石礫として充分機能する。石礫の陰に隠れ、忍の後ろに回り込んだ。
これで――当たる。
そう確信して手に持っていた小石を射撃して――
「まあ……そうくるよね」
不可視の壁にぶつかって砕かれる。
反応が……早すぎる。
弓張月の弱点は、一撃では敵に対して致命打を与えられないということ。だからこそ、至近距離から攻撃を当てることでしか勝機は見えない。特に、『グレイヴ』のように、手持ちに威力のでそうな『弾丸』がないケースの時は。
だからこそ、こちらには猪突猛進というカードを切るしかなかった。
しらみつぶしに岩石を潰していたのは、互いの戦力差をも考慮してのことだったのか。完璧に読み負けた。
このままじゃ空気の砲弾の格好の餌食。
戦略的撤退だ。
ここは退いてまた作戦を練り直し――
「がっ!」
後方に跳ぼうとしたら、強固な壁によって阻まれる。だったら横に、と駆け出そうとするが、完全に不可視の壁に取り囲まれてしまっている。見えざる箱に閉じ込められた形。
接近しすぎたせいで、忍が空気の壁を自在に張れる『絶対領域』に足を踏み入れてしまっていた。袋の鼠。だが唯一の突破口。扉が開かれているように、忍と直線上の前方だけは壁が張られていない。
だがその前からは、空気の砲弾が迫っていた。
「逃げられ――」
訓練所の外まで轟く爆発音に、弓張月の叫びはかき消される。そのまま灼熱の業火に身を焼かれるような激痛が全身を蝕み、曝け出していた舌の水分は蒸散した。




