luck.24 遅過ぎる芽生え
空気の砲弾が、軌道上の地面を削っていく。
連続攻撃の間隙を縫って、種子で忍の総身をランダムに狙う。だが、そのどれもが、またもや弾かれる。まるで同じ映像を繰り返し見せられている気分だ。
萎えてしまいそうな心を立て直すために、パシン、と苅宿は頬を小さく両手で打つ。ここで捨て鉢になってしまったら、それこそ敗北必至。
岩陰に身を縮ませながら、忍の今までの攻撃パターンを想起する。
どうやら、攻撃と防御を同時にすることは難しいらしい。
ルーティン化した攻防の中で、一度も壁と砲弾の能力を駆使していのがその証拠だ。どうやら、指先に空気を圧縮するのは、かなりの集中力を必要とするようだ。
もしも能力発動に失敗してしまったら、飛ばす前に指先で暴発してしまうことになる。だからこその、あの細心の注意。
ということは、攻め続けさえしていればこちらが攻撃を受けることはない。
「やあ!」
忍の後方から種子を飛ばす。
だが、障壁によって阻まれる。
手をかざした箇所にだけ壁を構成できるのかと思いきや、先刻の防護壁展開の速さから、全方位に展開できると考えていい。
死角から不意をつけばどうにかなると思ったが、とんでもなく甘い見通しだったらしい。
めげずに種子を打ち込もうとするが、逆にあちらの空気の砲弾が襲いかかってくる。
爆発の余波で吹き飛ばされる。
小さく悲鳴を上げながら、お世辞にも受身とはいえない手のつき方をして転がる。グキッ、と変な方向に手首を地面についてしまった。動きが鈍ってきている。疲労感も原因だが、足元に絡みつくような恐怖感が最大の要因。
いくら頭で分かっていても、身体がついていかない。戦闘経験のなさが、ここにきて露呈される。
「え……?」
思わぬ発見に、驚きの声を小さく漏らしてしまう。
そのせいで潜伏場所を看破されてしまって、砲弾が前方の空間で爆ぜる。
「きゃあ!」
その時爆風によって埃が巻き上がる。その埃が動く様子を見て、偶発的だった仮説が、輪郭を持った確信に変わる。
耐衝撃の障壁は、断続的にしか使用できない。
連続して壁を隔てることができるのならば、忍の足元にああやって埃が舞う訳が無いのだ。一つの壁をどのくらいの時間持続できるのかは定かではないが、決して長時間ではない。
……だが、よくよく考えれば、苅宿がこの発見が生かされることはない。
先刻から自分のできる範囲の速度で、種子の連撃を浴びせ続けている。だが、ただの一発も忍の肉体に届いていない。
弓張月ならばもっと早い段階で空気の壁の特徴を掴んで、すぐに対抗策を思いつくかも知れない。
だが、苅宿のようなどん亀な脳の回転速では、何も思いつかない。そもそも苅宿の今の能力では到底あの壁を攻略することなどできない。
しかし、だからといって、諦めたくない。
自分だけの。
苅宿自身にしかできない能力の使い方があるはず。
弓張月になんか頼らなくとも、いっぱしの口が利けるぐらいの実力があるってことを見せつけてやりたい。
「そこだね」
背筋が凍りつくような殺気が、一気に膨れ上がった。
眼前の岩石ごと爆発させられて、石礫の一つが膝頭辺りを強打する。ああっ! と悲痛の声を上げて、苅宿は転げる。どこもしかしこも鋭い痛みが走っているが、脚は酷使し過ぎてもう使い物にならない。
それでも鞭打とうとするが、
「もう充分でよ……。私相手にここまでもてば、よくやった方だって」
そんなことを許してくれるわけもない。
忍はいつでも空気を爆ぜさせられる指の形を作って、徐々にこちらに向かって歩いてくる。少しでも妙な動きをしてしまったら、すぐにでも飛んでくるだろう。
「私ね。ラックを初めてから誰にも負けたことないの。だからそうやって地べたに這いつくばってる人の気持ちが分からないんだよね。ねえ、ねえ。今どんな気分? 惨め? いますぐ穴に入りたいぐらい恥ずかしい?」
子どもが蟻を指でプチプチ潰すのを楽しんでいるかのような、そんな残忍で無邪気な表情で近づいてくる。
「ワクワクしとるよ」
もう少し。
あともう少しだけ頑張ろう。
地面に見えない線をビビィと引く。忍がそこに踏み込むまでは、絶対に諦めたくない。
「――あんたに初めての黒星をつけるのがウチかと思うと」
「虚勢だけは一人前ね」
鼻で笑う忍の足が線に触れた。その瞬間――今まで種子で開けてきた穴の一つから、蔓が急激な速度で上昇する。
「使い物にならないはずの種子を――」
がら空きだった顎を打ち抜く。
忍の空気の壁は四方全ての攻撃を瞬時に封殺できる。だが、決してありえない箇所からの攻撃。他の人間ならばできないであろう地面からの攻撃ならば、直撃できる。
これこそが、苅宿だけの突破口。
一年女子の間の誰よりも、苅宿の能力は劣っている。
高校生の、今頃になって必死になって経験不足分を補おうとしている。だが、高みにいる人たちから見たら、地べたを這いつくばっている虫けらのように見えるだろう。
だが、成長するのが遅いことこそが、勝負を決める一手になりうる時だってあるはずだ。
意識していなかった角度からの攻撃だからこそ、弱者による不意の一撃だったからこそ、一年で最も有望株だという忍は吹き飛ぶ。
「どんなに芽がでるのが遅くても……ウチは必ず上に行ってみせる。ウチにしかない武器で――絶対!!」