luck.23 爆弾魔は戦力の差を見せつける
忍が猛然と距離を詰めてくる。
丸みを帯びている岩を縫うようにして走行してくるので、多少なりとも避ける余裕はある。
スピードに乗ったまま繰り出した忍の拳が、背後に鎮座してあった岩の表面を砕く。
「うっ!」
フェイントのつもりの攻撃かと思いきや、そのまま拳を振り抜いた忍に驚愕する。
攻撃被害の圏外まで距離をとって忍の拳を正視するが、反動は皆無。
赤くなるとか、痛めてしまったのか、そういう類のダメージを受けていない。
いったい、どういうことなのか。
忍が一年女子の頂点に立っているというのは周知の事実。だが、その能力の実態についての情報は不鮮明だ。噂によると、完全無欠のバリアのようなものを空間に張って防御をすると聞いていたので、いきなりこうして物理攻撃を行ってくるとは思わなかった。
もしや、八ツ橋と同じく肉体強化タイプの能力者?
そうでなければ、硬質な拳の説明がつかない。前情報がデマだったという可能性の方が高い。眼に見える情報の方が信用深い。
だが、そうなると八ツ橋よりかは幾分か劣っている。
スピードや攻撃の威力はそこまでじゃない。幸か不幸か。ラックの経験が少ない苅宿が戦ってきた相手は強敵ぞろい。かなりしんどかったが、だからこそ見えてくる希望の光もある。
これが忍の実力だったらいくらでも戦いようがある。
まずは、種子を撃って距離を大幅に取る。遠距離から弾幕を張って、自分に有利な条件下で戦闘を進めていく。八ツ橋との戦いでも有効だった手段だ。だが――
「フッ」
忍が前方に手をかざす。
そして不可視の壁にぶつかったかのように、種子が忍に当たる前に弾かれた。衝突音からして、かなり強力な防護壁。
続けざまに、何度も種子を飛ばす。
だが、その全てが壁によって阻まれた。忍はただ五指を広げているだけで、一歩も動くことはない。
なんて防御力だ。
何度撃ち込んでもビクともしていない。見えてはいないが、壁そのものにヒビを入れることすらできていないよう。
だとしたら、どうする。
「八ツ橋さんとの戦いは見せてもらったから分かるけど、随分お粗末な能力だね」
忍は結界のような壁を生成していて、そこから出ようとはしない。
だが、拳で攻撃する際はどうだ。
その時は防護壁を解かなければ、忍自身も攻撃に転じることはできないはずだ。イチかバチか。下手すれば相打ち。
だが、苅宿にはそこで攻勢に出ることしか思いつかない。
心中する覚悟を決めるしかない。
「蔓で攻撃するためには時間がかかり過ぎて、実戦では使い物にならない。使い物になる時といえば、『ガーデン』のようにあなたに有利な場所だけ。でも、剥き出しの地面である『グレイヴ』じゃ、どうにもできないよね」
全て見破られている。
あの一試合だけで、そこまで能力を丸裸にされたのか。実力だけでなく、洞察力だけでも新入生の中ではトップクラスだろう。
「ラックの試合会場は、一試合ごとにランダムで決定される。つまり、あなたは本番の試合でも、こうやって何もせずに終わるってこと……」
忍から蹴りが繰り出される。
それも、岩を大破させるだけの威力だ。
「それが分かってるのに、どうしてあなたはそこまでして頑張れるの?」
もしもこれから黒春高校のレギュラーに選抜されたとしても、活躍できる可能性はほとんどない。それだけ扱いづらい苅宿の能力。実力が不足しているのは十二分に承知。
それでも諦めれないのは――
「夢が……あるから」
弓張月の訓練で重点的に鍛え上げられたのは、苅宿が最も弱点としていたものが多かった。走力や持久力と、それから――回避力。
一ヶ月の特訓の間。
弓張月が野球部から拝借してきたピッチングマシンを使って、動体視力の強化を図っていた。攻撃が来る際に、苅宿は目を瞑る癖があった。それを荒治療で直すために、120キロの速球を何度も見せられた。
最初は、あまりにも速すぎてバットを振ることすらできなかったが、最終的には刮目したままバットを振ることができた。10球に1球は、バットを掠らせることもできるようになった。
そうして鍛えた回避力だけは、自信がついてきた。
忍の四肢による猛攻を、からくも防ぎきることができた。
岩の表面が崩れる。
尖った小石がナイフみたいに、頬や腕の皮膚を裂くのだけはどうしようもない。だが、それでも澄んだ瞳で忍の動きを注視していればどうにかこうにか致命傷を避けることはできる。
脆弱な心を持つからこそ、危機察知能力に長けている。それは俺よりも遥かに才能がある。……と、弓張月も言ってくれた。微妙に貶しているような口ぶりだったが。
「ウチが追いかけているあの人の背中がどんなに遠くても、追いかけることを辞めたくない……。あの人みたいにどんな困難な道があっても、前へと歩み続けたい! それが、ウチの夢や!!」
尻上りに語調が強まる。
忍の拳を最小限の動きで躱すと、そのまま腰を捻って反撃に出る。至近距離から、最大限の威力の種子を打ち出す。
が――微細に砕かれた小石に、ちょうど靴の底が引っかかってしまう。重心移動しようとするが、運動神経のない苅宿にそんな高度な要求をされても応えられるわけもない。為すがまま無様に転が――
「だったらここがあなたの夢の墓場だね」
――刹那。
とんでもない爆発の衝撃が鼓膜を貫く。
一番傍にあった岩石だったものが、完全に塵芥と化してしまっている。ダイナマイトでも仕掛けていたのかと疑うぐらいの破壊力。打ち出した種子をものともせずに、地面をごっそりと抉っていた。
一個人の能力によるものであるものなんて、とても信じられない。
まるで――兵器そのものだ。
今まで見てきたラックプレイヤーとは桁違い。
何が起こったのかさえ見当がつかない。
ただ、忍が親指と中指を擦り合わせ、それからパチン、と綺麗な音を鳴らした。それだけは、爆発の前に視認できた。
それからすぐに空間そのものが破裂した。
「私の能力は『空気を圧縮する能力』」
忍がまたさっきと同じように、指で輪を作る。
まずい。
あれをまともに喰らってしまったら、ただの一撃でこちらの負けが決定してしまう。
指先に空気を収束させる。
そしてその圧縮した空気を、指を鳴らすと共に飛ばす。対象物に衝突した空気は縛りを解かれて、爆散する。文字通り、まるで爆弾のように破壊の限りを尽くす。
空気で攻撃するが故に軌道が読めない。どれぐらいの速度で飛んでくるのかが解らない。不可視であるからこその脅威。ただ爆弾を投擲するならば、ここまで戦慄しなかっただろう。
こんなの対策の取りようがない。
「この能力を応用して、絶対に壊れない壁を作るのも可能。そして仮に苅宿さんが壁の強度を超えた能力を発動できたとしても、私は瞬時にまた別の空気の壁をまた形成することができる。つまり――私の能力に際限はないの」
近距離ならば、八ツ橋のような豪打が飛んでくる。
遠距離ならば、さっきのような爆弾が炸裂する。
八方塞がりだ。
八ツ橋と同じ戦法はまず使えない。近くにいても離れていても、どうすることもできない。
「だから――絶望しながら地面に這い蹲ってね」




