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ラックライアー  作者: 魔桜
03
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luck.19 咎人は過去を語らない

「えぇ。もしかして、うさぎのお昼ってそのサラダだけなの? お腹減らない?」

「うん。元々少食だし。ベジタリアンとまでは言わないけど野菜は好きなんだよね。逆に、肉系が苦手な僕からしたら忍さんの昼飯の方が驚きなんだけど」

「……確かに。忍……さん、それってカツカツ定食の大盛りやろ? 男子でも頼む人少ないっていう……」

「んもう。このぐらい普通だよ。肉厚なヒレカツ5枚とトンカツ5枚あるだけだよ。それより、私のことは気軽に『しのっち』って呼んでいいんだよっ!」

「そんな喰ってたらふと――ぐはっ」

「あは、ぐはっだって。弓張月ってば面白ーい。……少なくともあんたよりは軽いけどね」

「人の足踏んでおいて何を――てかボソッと、何か言ったよな! それにしてもやっぱり重――痛っ!! また踏みやがったな! っていうか、どさくさに紛れて、お前の苦手なトマトを俺に押し付けるな」

「ちぇ。元から赤いから目立たないと思ったのに……。ちょ、ちょっと、うどんの汁が滴るトマト持ってこないでよ。……ったく。マナーがなってないんだから」

「お前が言うな!」

 鵜飼朝鷺。

 天光忍。

 苅宿渡真理。

 弓張月道影。

 この面子が一堂に会することなど極めて稀少だろう。少なくとも今までなかった。ラック科と普通科の人間が偶発的に集まる場所など、食堂しかない。

 だが出会うことがあっても、それで済めばいい。ちょっとした挨拶とか会釈をして、はい終わり。そうなるかと思いきや、何故か四人一緒に食事することになった。

 納得がいくわけがない。

 他に席が空いていないという最もな理由があったのだが、弓張月は嫌だった。苅宿と2人きりで食事を楽しみたかった。

 弓張月にとって楽しめる人数には定員がある。

 それが2人だ。

 2人までならば話題の共通項が少なくて済む。だが、4人となると極端に会話できる内容が狭まる。だから多人数でのお喋りというものを、弓張月は忌避していた。

 特に、忍とは顔も合わせたくなかった。

 ビンタされたこととか、中学の頃の葛藤やらがあって、どうしても無視できない気まずさがあった。

 だが、そのわだかまりを霧散させたのだが、うさぎだった。

 巧みに、みんなが興味がありそうな話題を振る。それについてこれない人間は、すかさず話しかけて輪に入れてしまう。

 視野が広く、状況をコントロールする術に長けている。

 あまりにもスムーズに、いとも簡単にやってのけている。だから『誰にだってできること』と、そう思い込みたいところだが、闇雲に独りよがりな会話の端緒を開くのが関の山といったところ。

 底なしの笑顔を振りまきながら、それでいて心は冷静そのもの。

 それができるうさぎはあまりに異質。

 だが、それにしても、うさぎと忍に接点があったことを初めて知った。

 うさぎの交友関係の広さについて、今更驚きはしない。校舎の垣根など一足飛びに超えてしまうやつなのだから。

 だが、それでもうさぎがたった一人の女子と食事をしようとしていたことに意外性を感じてしまった。

 誰とでも等間隔の距離を置いている。

 それがうさぎのアイデンティティのようなものだったはず。

 こんな衆目集まる食堂で、忍と食事をしているところを見られたらりしたら、他の女子派閥から言い知れぬプレッシャーをかけられそうなものだが。

 それなのに……弓張月や忍には禁忌を犯している気がする。

 それが妙だった。

 完璧といっていいうさぎの唯一の綻びといってもいい。

「っていうか、なんで弓張月のうどんってそんなに七味唐辛子入ってるの?」

 忍が片眉を吊り上げながら、問いかける。

「ああ、俺辛党だからな。このぐらいたっぷり入ってないとうどんって認めないぐらいな」

「辛党っていうより、弓張月は悪党でしょ。……それに、弓張月は辛いの苦手だったはずよね。中学の時はカレーだって甘口しか食べれなかったはずだけど……」

「はあ!? 今はめちゃくちゃ辛いの好きだけどな!」

 ズルズルッ! と、赤い汁を絡ませたうどんを吸い上げる。

 ヒリヒリと唇に鋭い痛みが奔る。

 これじゃあ明日にでも腫れ上がりそうだ。

「あの、もしかして……弓張月さんとし、し、し、し、しのっちさんは昔からの知り合いなんか?」

 カアッ、と苅宿は頬を紅潮させる。

 恥ずかしいんだったら、ニックネームで呼ばなくていい。その場のノリで言ったんだろうから、忍もそんな呼び方されたら困惑するだけだろう。

「まあ、ね。中学時代、ラック部では弓張月に色々とさせられたかな。嫌がる私にあんやことやこんなことを……」

「ぶっ! 俺が部長でお前が部員だったから、指示しただけだろ!」

 ちゅるん、と驚き過ぎてうどんが鼻の穴から顔を出したが、すぐにフンガッと引っ込める。うおおおお、と喉から鼻にかけて、火が出るような激痛にのたうち回る。

「……そうね。あの頃は楽しかったな。弓張月があんなことしなかったら、今でも……」

 あはっ、と忍はわざとらしく笑うと、

「なんてね。どうせ過去のことなんて弓張月にとってはどうだっていいことなんだろうし、もうやめようよ。蒸し返したところで、弓張月の痛いところをつくだけだしね!」

 何がもうやめようだ。

 過去のことをベラベラと話したくてウズウズしている、って顔をしている癖に。どうあっても、弓張月のことが憎いらしい。せっかくの昼飯が台無しだ。いや、元から弓張月のうどんはクソ辛いせいで台無しだが。

「それってどういう――」

「えっ? 聞きたいの? でもぉ、どうしようかな~? 私はぁ、言わない方がいいと思うけどお~。どうしても苅宿さんが訊きたいっていうなら、その要望に答えてあげなきゃいけないのかなー。でもぉ、あれだけ弓張月とアツアツな行為をしていた苅宿さんには、聞かせてあげれないよね! ……ねぇ、どう思う? 弓張月」

 心底愉快そうに笑う忍。

 ここで、『勝手にしろ』……なんて言っても、言質を取ったとばかりにペラペラ余計なことを吹き込みかねない。

「言わなくていいだろ。過ぎたことを今更言ったって意味ないからな」

 忍は刀の刀身みたいに鋭い薄眼を開けて、

「…………そうだね。弓張月ならそう言うって思ってた」

 どこまでも冷徹な表情で唇を歪めた。

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