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ラックライアー  作者: 魔桜
03
18/39

luck.18 腹が減っては戦ができぬ

「……やっぱり昼時は食堂混んでるな」

 弓張月は辟易しながらも、販売機で食券を購入する。

 授業のチャイムが鳴ってから即座に駆けつけたつもりだったが、みんな考えていることは一緒らしく、ズラリと長蛇の列ができていた。

 元気溌剌な大声で注文を聴くおばちゃんが、懸命に大勢の生徒をさばいているのはプロっぽくて感嘆する。

 ここは、黒春高校唯一の食堂。

 ラック科と普通科の生徒のどちらもいるので人混みに紛れるのは必然なのだが、毎回列に並ぶのはかなり億劫。

 だが、他に空腹を満たす方法がないこともない。

 個人経営しているという外部のパン屋がワゴン車で来ることには来るのだが、あちらはさらに激戦区。

 店長一人で生徒達を相手にすること自体が無謀なのだ。せめて売買する時ぐらいバイトを雇えばいいのに。

 しかもワゴン車が位置する場所がいつもラック科の校舎に近いので、弓張月が到着した時にはコッペパンぐらいしか残っていない。どこぞの軍曹が喜びそうな惨状。

 それから自作の弁当の包みを教室で広げるという輩はいる。

 が、そんなマメさを弓張月が持っているわけもない。精々砂糖を混ぜた甘い卵焼きと、タコさんウインナーぐらいしかおかずを用意できない。

 そんなんだから、いつも食堂という選択になる。

 それなりにメニューは充実しているし、アンケートによって一ヶ月ごとに新作が試作品として出されるので悪くはない。いつも日替わり定食のディスプレイの横に、アンケートの紙が束になって置いてある。

 そろそろ暑くなってきたので、やっぱり冷やし中華とかがいいだろうが、そんなものは要望出さなくとも勝手に新メニューとして出されそうだ。

 今は六月半ば。

 梅雨の季節が終わりを告げようとしていた。

 昨日は例年より早い、異例な猛暑日を記録したらしい。毎年毎年昨年より凄いというニュース番組には慣れてしまったが、実際昨日は暑かった。夜中ですら気温が下がらず、寝入るのに時間がかかった。

 だが、今日は風がでているおかげで涼し――

「弓張月さん!? 今日も学食なんや?」

 所構わない大きな苅宿の呼び声に驚いたが、それ以上に目についたのがその後ろの連中。ラック科の生徒達だろう。今の今まで苅宿と談笑していた様子。

 せっかく楽しく話していただろうのに、ごめん、と手を振ってみせて苅宿はその輪から脱す。冷やかし混じりの声が後ろからかけられる。だがそれは馬鹿にするといった負の類のものでなく、全く逆の意味の声色を伴っていた。

 その挙動には違和感がない。

 どうやら、クラスメイト達とは打ち解けているようだった。それなのに放課後は真っ直ぐ弓張月なんかのところに駆けつけるあたり、クラスでの人間関係は大丈夫なのか。

 いや、あの様子だとこちらが心配するようなことじゃないだろう。

 何だか物理的な距離は近いのに、苅宿という存在が八ツ橋との試合からグン、と遠くなった気がする。

 あれだけ疎外感を覚えていたはずの苅宿は、もうあんなにも打ち解けている。

 こっちは勝手に同族意識を持っていた。弓張月はいつも独りだが、苅宿だって独りでいる人間。だからこれからも仕方なく苅宿なんかに、付き合ってやろうと思っていた。

 それなのに、抜けがけされた。もうあいつは独りじゃないのだ。

「ああ。そっちこそ……っていうか今日はパンじゃないんだな」

「うん。たまには食堂のご飯食べたくてな」

 とかそんなことを言いながら、まるで当然のように弓張月の横を掠めるようにして列に割り込むと、自動券売機で素うどんのスイッチを押す。後ろに並んでいる生徒から、露骨に嫌な顔をされてしまう。

 だが、苅宿は意に介する様子はない。

 そういうところは素直に羨ましい。弓張月はどうしても周囲の目に対して、過敏な反応を示してしまうから。

 そして、配膳場所にようやく到着すると、白い券を無言でつつっーと台の上に滑らせる。

 愛想のいいおばちゃんに、ご飯大盛りにする? 別にいい? いいから、いいから。育ち盛りの男の子なんだからこのぐらい食っときなさい、と器から溢れそうなほどのご飯の山盛りをトレーごと受け取る。

 それから給水器から水を汲んで、空席に座る。窓際の、風景のいい場所に座れたので、今日は結構運がいい。

 割り箸の渇いた音を響かせると、

「……最近ラック科の授業はどうなんだ?」

「どうもこうも、サマーカップに向けての練習がキツくて、キツくて。ギラギラッと照りつける太陽の下、グラウンドで練習するから日射症になりそうや」

「もう時間ないだろうからな。団体戦のメンバーを決めるためにも、生徒個人個人の実力を測りたいってところじゃないのか。それで、選ばれそうなのか?」

「うーん。多分無理かも知れへん」

「それじゃあ、個人戦のエントリー枠狙いか」

「正直、それも厳しいんやけど……」

 サマーカップというのは、高校のラック選手全員が必ず出場するであろう二大大会の一つだ。ウィンターカップとその名を連ねていて、全国の高校生がそこに出場する。

 全国大会に至っては、地域によってテレビ中継もされるぐらいの人気を博している。

 だが、そんな大事な大会なので、団体戦に選ばれる選手はかなりの実力者に絞られる。一年生から選ばれる事自体、あまりないかもしれない。

 ダブルス2組。

 シングルス3組。

 つまり選ばれるのは、ラック科の中からたったの7人ということになる。

 だからといって、個人戦に必ず生徒全員が出場できるというわけでもない。学校の規模によって人数制限が変わる。

 生徒全員を出場させていたら、どうしたって日が暮れてしまうからだ。黒春高校だとどのくらいだろうか。20人から30人ぐらいだと思うのだが、普通科の弓張月は、そこまで詳しくない。

「八ツ橋とあれだけ戦えたんだから個人戦には選ばれるだろ。自信持てよ」

 苅宿は浮かない顔をして、

「あっ……」

 持っていた七味唐辛子を大量に丼の中にこぼす。

 どうやら不運にもキャップが外れてしまったようだ。真っ赤な砂みたいなザラザラとした七味唐辛子が汁に拡散して、見えているだけで発汗しそうだ。

「何やってんだよ」

「いやー、あははは」

 照れ隠しするようにキャップを急いで取り出して、箸を麺でつつこうとすると――

「あれ?」

 ポロリ、と落としてしまう。

 ぎこちない笑みをしながら、苅宿は取りこぼしてしまった割り箸を拾うが、

「おい、お前。まさか――」

 予感が閃光のように脳裏を駆ける。

 有無を言わせず、弓張月は抵抗する苅宿の手首をむんずと掴んで掌を凝視する。

「どうしたんだ、これ?」

 おびただしいまでの傷が刻印されていた。

 何度も傷を上書きされたように、何重にもあかぎれが迸っている。ちょっとやそっとのことで、箸をしっかり握れないぐらいの裂傷ができるはずがない。

「あー、これはちょっと……」

「いいから話せ」

 まさか。

 クラスの女子に目立たないところだからといって、擦り傷を負わせられたのか。深刻そうな顔をした弓張月に対して、苅宿は申し訳なさそうに、

「……本当にいうほどでもないというか、言いたくないんやけど。実は種子を打ち出す時にうまく標的に当たらないから、手で照準を決めたんや。そっちの方が命中率があがって。せやけどそのせいで、ずっと練習してたらこんな傷ができてしもうたんや……」

 でも、見た目よりも大した傷やないんや、とか、苅宿は空元気を振りまく。

 この様子だと出血だってしたはず。掌で種子を滑らせれば、確かに真っ直ぐ飛びやすくなるだろう。だが、あの速度と攻撃力のある種子を何度もそんな方法で撃っていた、どうなるかぐらいわかったはずだ。

 痛くないはずがない。

 包帯だってしたかったのだろうが、大袈裟に心配されたくなかったのだろう。


「あれ? 弓張月じゃん?」


 バッ、と手首を掴んでいた手を放す。

 別にやましいことなど何もない。

 だが女の闖入者は、過剰反応してしまった弓張月を見て、ははーん、と嫌な種類の笑みを浮かべる。

「もしかして、彼女?」

「違う」

 えっ、とそれはあ、実は……と、クネクネと動きながら、何やら変なことを口走りそうな苅宿を先んじて反駁する。勘違いされて、妙に嬉しそうにしないで欲しい。女性の表情から察するに特に深い意味はなく、挨拶がわりの一発の台詞だろうしな。

 ただでさえ苅宿はあの八ツ橋を下してから、大勢の人間から注目されている。弓張月も悪評判が立っているというのに。

 だからこれ以上変な関心を持って目立つのは避けるべきだ。

 そんなことも分かっていないの苅宿は、能天気というかなんというか。

「うん。だと思った」

 淡白にポニーテールの少女はそう言う。

 ……というより、この人は一体誰だったか見当がつかない。このフランクな話し方からして、どうやら顔見知りのようだ。

 どこかで、きっと、どこkで、彼女と会ったことがあるよな。どこか……そうだ、同じクラスメイトかな? と既視感を覚える程度の認識。英語の単語を記憶するのは得意なのだが、人間の顔を脳にインプットするのは苦手分野だ。

 グイッ、と、名前も知らぬ女は肩を掴んで引き寄せる。

 なんだこの女は。会話するにしてもくっつき過ぎだ。

「てか。なんで先週のカラオケ来なかったの? うさぎと行くって約束してたじゃん」

 ん? と口内だけで声を出す。

 そんな話は一切聞いていない。

 同じ教室に滞在していて、いくらでも誘ってくれる機会はあったはずだ。それなのに、そんな仲いい人たち同士で親睦を深めましょう、なんて楽しげな集まりについて耳になどしていない。

 だが、疎外されたことをわざわざ報告して、恥の上塗りなんてしたくない。

 ああ、うさぎの名で思い出した。

 彼女とは、何度かうさぎ関連ですれ違っている。ちょくちょく目にしている。恐らくまともに話したのは今この瞬間が初めてだったと記憶している。

 だが、どうしてこんなにも彼女は馴れ馴れしいのか。

 友達の友達は無条件で、自分の友達だと思っているらしい。

 だとしたら、なんて希薄な友達の定義観念の持ち主だろうか。どうやら、弓張月にとって、あまりにこやかに話せるタイプじゃない。

「ああ、ごめんごめん。ちょっと用事があって。……そう、苅宿の訓練があったからさ」

 仮に遊びに誘われていたとしても、弓張月は確実にカラオケなんて、時間の無駄としか思えない遊びには付き合わなかっただろう。

 何を歌えばいいのかも分からず、ただみんなとのギャップに右往左往してしまうに違いない。

 だが、それでも誘って欲しかった。

 無理矢理にでも腕を掴んで連れていてもらいたかった。

 実際にそうされたら物凄く抵抗するだろうが、それでもやっぱり仲間外れにされることの方がよっぽど辛い。別に遊びたいわけじゃなくて、こうやって後から誘われなかった事実を突きつけられることが嫌なのだ。

「…………」

 苅宿が、何故か神妙な顔をして押し黙っている。

 苅宿の訓練で遊べなかったという白々しい言い訳が、自分をダシに使われたと思って気に障ったのか。悩んでいるようにも思えたが、あまり口出しするのも躊躇われる。苅宿の問題は苅宿が解決するべきものだ。

 とりあえず、この邪魔な女がどこかに行ってから、適当なフォローでもしとけばいいだろう。

「ふーん。前から思ってたんけど、なんで……苅宿……さん? だっけ? と、その特訓とやらに弓張月が付き合ってるの?」

「……ただの暇つぶしだよ」

「だったら、私達とカラオケぐらい付き合ってくれてもいいじゃん」

「ああ、はいはい。また今度な、遊ぼう遊ぼう」

 ものすごく気のない返事だったのだが、何故か女はテンションハイで、

「絶対ね、今度こそ約束だから。私とカラオケに行くこと!」

「はいはい」

 適当に流すと、納得したようにどこかに行ってしまった。というか、いつの間にやら私達という複数人から、私、という一対一で遊びに行くことになっていたが言葉の綾か。

 それよりも名前を訊くのを忘れていた。

 確か、霜沢とかいう寒そうな苗字だった気がする。下の名前までは思い出せないが、もう関わることもないから無理して思い出す必要はないか。

「……あの人、弓張月さんのクラスメイトなんか?」

「ああ、そうだよ。……確かそうだったような気がする」

「仲いいみたいやったけど、なんで弓張月さんは露骨に話すの嫌がってたん? っていうか、前から思ってたんやけど、ウチと話す時以外って人が変わったみたいに、おとなしくなること多くない?」

 苅宿だけは特別。

 一緒にいるだけで自然体で話せるんだ。

 そんな歯の浮くような台詞をペラペラ喋ってやろうと一瞬思ったが、想像しただけで吐き気がしたので思いと留まる。

「まあ……人見知りだからな」

「……せやろうか。なんだか弓張月さんウチとは結構話すし、本当は喋れるのに、無理に他人との関わりを拒絶しているように見えるんやけど」

「だったらなんだよ。さっきから妙につっかかってくるけど、霜沢に嫉妬でもしてるのか?」

「…………」

 激昂するかと身構えていたが杞憂だった。

 どうやら全くの的外れだったらしく、苅宿はそれを言葉にすることすら憚られたのようだ。

 真面目に回答してやらなければならないらしいな。

「俺は別に今のままで満足なんだよ。ボッチの俺に同情したのか。もっと友達作りに励めってか。そんなお節介なんていらないんだよ」

「そんな、ウチは――うぐっ」

 カキフライを突き刺した一対の箸を、口内に突っ込んでやる。

 今日の日替わり定食のメニューはカキフライだった。嫌いではないが、好きでもないおかず。だから譲ってやる。

 幸いにして、箸をつける間もなく霜沢が介入してきたから苅宿も気にせず食べられるだろう。

「いいからこれでも食っとけ」

 ズズズ、と互いのトレーの場所を交換する。

「この辛そうなうどんは、俺が残さず食っとくからな」

「でも――あつっ」

「ほら、どんどん食え」

 余計な口を挟む間隙を開けさせずに、すかさず味噌汁のわかめを突っ込んでやる。舌に直撃したせいで、熱かったらしい。フーフーしてやろうか。

 苅宿はごくごくと水を飲んで舌を冷やす。


「……弓張月?」


 うえっ、と唾の飛沫がぴぴっ、とトレーの上に付着する。危うくもう少しでうどんの汁に混入するところだった。

 声の主は男とは思えない高音だった、うさぎ。

 キョトン、と瞳を大きくしてこちらの挙動を伺う。

 なんだ。

 今日は厄日か。

 何も知らぬ第三者視点から観れば、もしかすると誤解を生みかねない。カップルなんかが、食べ物をあーん、と言いながら箸と箸で唾液を交換する意味不明な行為を、弓張月が率先してやっていた。

 ……なんて、そんな風に見えていたのかも知れない。

 だが、思考の柔軟性に富んでいるうさぎが目撃者で良かった。彼女――じゃなかった、彼一人に見られているのならば、ちょっと事情を話しさせすれば充分。

 全部を話さなくとも、瞬時に理解してくれるだろう。

 不慮の事故同然のことだった、と。

 だが、うさぎの後ろにいる、恐らく追随していきたであろう人間がいるのを見て、顔面から血の気がサァ――と引いていく。

 よりによって、一番見られてはいけない相手に目視されてしまったらしい。

「……へぇ、ちょっと見ない間に随分と色男になったんだね」

 それは――怖いぐらいに満面の笑顔を貼り付けている忍だった。

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