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ラックライアー  作者: 魔桜
02
17/39

luck.17 いい最終回だった

 弓張月は異様なほどひっそりとした野外で佇む。

 だからこそ、『ガーデン』からの喧騒が耳朶に無駄に響いてしまう。聴こえていないフリをするのが不可能なぐらい明瞭な声。

 不特定多数の語調はとても楽しそうで。

 部外者である弓張月なんかを寄せ付けないようなお祭り騒ぎだったのだが、どこか嘘くさかった。

 あれだけ苅宿のことを疎外していたのに、まるで何もなかったのごとく当人に話しかける女子たちを見て、微笑ましいなんて好意的な感想を抱くことができなかった。

 苅宿当人は感情を昂ぶらせていたが、端っこの方で、女子たちに気勢に圧されて脇へとどいた弓張月には、まるで別の光景が見えていたに違いない。

 苅宿のことをあんなに邪険に扱っていたのに、どうしてあんな屈託のない笑みを晒すことができるんだろう。

 それがとても、とても気持ち悪かった。

 別にあの女子たちが特別というわけじゃなく。

 こんなのはいつもの感想だった。

 誰もがリセットボタンを持っているみたいに、何もかもなかったことにできる。器がでかいというよりは、異常者だ。

 弓張月は過去を忘れることなんてできない。

 いつまでも女々しく引き摺って、誰にも愚痴れない。愚痴ってしまったら、暗いとか、どうしてそんな後ろ向きな考えしかできないのかと人格そのものを否定されるからだ。

 そうして誰にも愚痴れずに鬱積したものを抱え込んでいるから、いつもフラストレーションと同化していて。そのまま当り散らすみたいに、過去とは関係ないところで暴言を吐き出してしまう。

 苅宿は嬉しがっていた。

 輪の中に入れた事実を、何の疑問もなく受け入れていた。

 それがとてつもなく羨ましい。

 弓張月はどうしても疑問符を頭に浮かべてしまう。

 どうして、そんなに仲良くできるんだと。

 苅宿のことを囲んでいた女子たちにとって、どうでもいいだったのだろうか。過去のことをなかったことにするってことは、自分達にとって瑣末なことで、バケツの水をぶっかけたのは、ちっぽけなことだったんだということなのか。取り囲んで、八ツ橋の陰に隠れて、思う存分暴言を浴びせていたことはどう謝罪するつもりなのか。

 そんな面倒な落としどころしか、弓張月が思考回路には備わっていない。

 誰かがハッピーエンドをああやって迎えても、素直に喜びを分ち合うことさえできない。

 そんな弓張月には、きっと人間として一番大事なものが欠落している。

「……だから、いつもこうなっちゃうんだろうな」

 寂しい。

 という人間らしい感情なんてとっくに超越してしまっている。

 一年という時間を通して、最早自分独りでいることに慣れてしまった。だからこうやって独り言を呟いてしまうのにも、違和感がない。返事がないことの方が、日常なのだ。

「あーあ、ようやく解放されたな」

 愚図な苅宿のお守りはこれにて終了。

 元々弓張月が苅宿に指導していたのは、ただの気まぐれ。

 苅宿がまともに学校生活を送れる。

 ラック科の生徒として誰からも祝福されるような、そんな展開が訪れてしまえば、それで良かった。

 弓張月に襲いかかってきた苅宿が、あまりにも的はずれなことで葛藤していてムカついたから。ちょっと手伝っただけのこと。だが、こんな凝ったなんてしなくても、きっと苅宿のように真っ直ぐな人間はみんなの輪に入れた気がする。

 初心者には厳しいぐらいの練習に、苅宿は一ヶ月耐え切ってみせた。

 だったら、あのままラック科の実習授業を続けていれば実力もついていた。そうして一年女子の代表格八ツ橋に認められる。そうすればその他大勢の女子たちも、八ツ橋の考えに追従していただろう。

 だから、丸っきり弓張月のやってきたことは無駄だったのだ。

 意味も価値もない。

 ポケットに手を入れて、何かに耐えるみたいに背骨を曲げる。

「これからどうしようかな……」

 ここ最近。

 放課後のチャイムが鳴ってから。

 待ってましたとばかりに、弓張月は気まずい自分のクラスから飛び出して。そしてすぐに苅宿と待ち合わせして、ラックの練習をしていた。そればっかりやってきたから、今後はどうやって放課後過ごしていいのやら。

 これで完全に暇になってしまった。

 図書館にでも引きこもってしまおうか。

 静かに勉強するにはもってこいの場所だ。最近、授業で分からないことが多くなっている。ついていくのが難しくなってきた。苅宿なんかに付き合った代償だろう。

 ラック科みたいなお気楽な連中と違って、普通科は宿題がたんまりと出されるのだ。

 まるで毎日が夏休みのように、プリントの山を平気な面した教師に手渡される。

 これで毎晩深夜まで勉強しなくて済むとなると、かなり楽になるだろう。これでもう、ラックなんかに関わらなくていいと思うと清々する。


 ――タ、タタッと足音が背中越しに響く。


 そいつはどうやら『ガーデン』からこちらに近寄ってくる気配がした。

 何やら急いでいるようで。

 どんどん近づいてくる音がしたので、道の端へと移動する。真ん中にいるから邪魔だろうと配慮をしたのに、そいつはあろうことか弓張月の方へと方向転換した。

「……あ?」

 なんだ。

 いったい誰だ。

 いや……そんなはずはない。

 一瞬頭に過ぎった想像をすぐさま打ち消す。

 今も『ガーデン』からは大勢の人間の声がしている。誰もが盛り上がっている。生温かなあの空間から、あいつが抜け出すはずがない。

 それなのに。

 そんなはずないのに。

 期待しているみたいに、ある人間のアホっぽい顔が霞がかって浮かんだしまった。

 ――期待?

 あんな奴に何を期待しているというのか。

 いくら頭からっぽのやつだって、ここで抜け出したその場の空気が悪くなる。ノリが悪い奴だとみんなから認識されることぐらい分かるはずだ。今はどんなことを脇に置いても、みんな仲良く楽しい時間を共有しましょう! っていう暗黙の了解がその場を支配しているはずだ。

 どれだけ禍根があっても忘却するのが掟なのだ。

 それを放棄するってことがどんな結果を生む可能性を孕んでいるのか、そんなことさえ頭にないのか。

 最高の幸運をドブに捨てるようなものだ。

 どれだけこっちが苦心して、あの八ツ橋との戦いに勝てる戦術を練ったと思っている。

 これで……あいつとの関係は打ち切りになるはずだったのに。

 ラック科と普通科の校舎は別。

 だから、もうバッタリ会うなんてことは極端に少なくなる。八ツ橋との試合が終わった今、約束して会うなんて口実は存在しない。そんなんだから仮に外で会うとしたら、物凄い久々になるはずで、だからこそ気まずくなる。

 最初は廊下ですれ違って、挨拶ぐらい交わすだろう。

 だが、時間が経てば経つほど。

 そしてあいつの隣に弓張月の全く知らないラック科の友達とかがいたならば、尚更声をかけづらい。そうして挨拶すらも交わせなくなって、視線を下に落とすようになる。

 ガン無視するのは気分が悪い。

 そんな性悪の奴だと思われたくないから、あくまで自然に目を逸らす。気がついていせん。だから声をかけないのも必然。気まずくなる必要なんてないですよって、誰かに言い訳するみたいに。

 そうやって、ゆっくりと人間関係は風化する。

 弓張月のことを使い捨てにしたみたいに、あいつは新たな人間関係を構築する。そうなるはずだったのに。こんなしょうもないことしか思考できない弓張月のことなんか放置しても良かったはずなのに、そいつは――


 苅宿渡真理はそこに立っていた。


「ようやく……追いつい……た……。なんでこんなところにおるん?」

「……それはこっちの台詞だ。お前、こんなところに居ていいのか?」

「いいも悪いも……」

 急いで走ってきたせいだろう息切れを、深呼吸して整えると、


「ウチがここにいたいって思うから、ただ……ここにいるんやけど」


 それが何か? みたいな感じで首を傾げる苅宿。

 なんというか……どうも調子が狂う。そんな心をダイレクト揺さぶるようなことは、あっさりと言うものではないはずだろ。

「みんなに認められたことは、めっちゃ嬉しいけどな。それでも、ずっとあんなチヤホヤされてたら耐えられへん。擽ったくてな。……だから独りぼっちで哀れな弓張月さんを追いかけてきたってわけや」

「誰が独りぼっちで哀れだ」

 一丁前に何上から目線で言ってくれてるんだよ。

 苅宿のくせに生意気だ。

 こっちは、全然余裕なんだ。こんなものには慣れっこなんだ。だからお前は……苅宿はこんなところにいちゃいけな――


「なあ、まだウチにラックを教えてくれへんか?」


 相も変わらず。

 こっちの海よりも深ーい、深ーい、真心をわかってやがっていない。エゴ丸出しなそんな要求しかできないんだから。

「やっとラックの楽しさってやつが分かってきたところなんや。だから……」

 言ってみたはいいものの、それからどう言葉を紡げばいいのやら分かっていない。何も考えず、ただ思いついたまま、条件反射的に追いかけたきたってこと。

 それはつまり、なんの打算もなくて。

 本当に、単純に、偽りなく。

 弓張月のことを必要としてくれている。

 そう……都合がいいように解釈してもいいのだろうか。

「あーあ、結局俺がいないとお前は下手糞だからな」

 とてもかったるくてやってられないが。

 そんな……縋るみたいな上目遣いをされてしまったら、人助けが大好きなお人好しの弓張月さんとしては言ってやることはただ一つだ。特別な感情なんて挟む必要はない。単純に、ちょっとしたボランティア気分として、

「あと少しだけ、お前の我侭に付き合ってやるか」

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