luck.14 狩人は獲物を追い詰める
八ツ橋は種子と罠の猛攻どちらも受けきっていた。
顔には余裕の笑みを貼り付けてはいるが、いい加減飽きてきた。一気に勝負をつけたいのだが、苅宿は逃げの一手。
道幅の狭い密林の中をすいすいと進んでいく。
そして、事前に仕掛けていたであろう罠を使って八ツ橋を足止めする。
まるで勝つつもりなどないようだ。
だが、このまま種子と罠の波状攻撃を喰らっているのは、非常に危険だ。
相手の物理攻撃を、導線のように地面に流す作業はかなりの集中力を要する。
インパクトの瞬間。
全神経を集中しなければ、対応できない。
正確にはダメージそのものを無効化するのではなく、地面に受け流す。浸透勁の真逆のような高等技術。繊細なテクニック故に、失敗してしまえばその負荷を流しきれず、自らの肉体を傷つけてしまうことになる。
そうすれば、外側に受けるはずの衝撃を、体内の、血管や内臓系で受けきってしまうことになる。そんなことになれば、人間なんてひとたまりもない。
まさに八ツ橋の能力は、命懸けの能力。
高校でようやく完成させた能力なのだ。
それだけに弱点も多い。
だからこそ、あまり使用したくない。瞬間的に筋肉を脚に集中させ、避けられる攻撃は避けている。
短期決戦が望ましいのだが、苅宿が意外にしぶとい。
この一ヶ月、体力作りをしていたに違いない。
肉体を変化させることができる八ツ橋だからこそ気がついたのだが、苅宿の動きが僅かにぎこちない。恐らくあれは筋肉痛である人間の動き。普段運動していないからこそのツケ。
だが、それでもスムーズに逃げられている。
罠の場所を把握しているからだけではない。
八ツ橋と鬼ごっこすることを想定され、逃げるルートを走行した反復練習によるものとしか考えられない。
しかし、それならば最初の特攻が説明できない。
ここまで綿密に計画を立てる人間が、無謀にも八ツ橋に向かってくるだろうか。しかも攻撃してきた距離は中途半端だった。近寄り過ぎるのでもなく、遠すぎるのでもない場所での攻撃。
だからこそ今混乱している。
あそこで危険を冒す意味が示すもの。
それは、指導者の存在。
苅宿の意志と、指導者との指示とが食い違ったのだ。だが、奇襲が失敗したことより、苅宿は大幅に思考を修正している。
ただ考えなしに背を向けているだけではない。
異様に下半身。
主に脚への攻撃が集中しているように思える。
開始直後は種子や蔦で、とにかく八ツ橋の身体に当てることだけに執心していた。だが今度はまるで人が変わったかのように、正確に狙いを絞ってきた。
目的は恐らく、時間稼ぎだろう。
脚を負傷すれば、その分苅宿が逃げられる。時間が経過すればするほど、八ツ橋の集中力が途切れやすくなる。
集中が切れた時、苅宿のラッキーパンチが当たるのを期待しているのだろう。
無難な策だ。
苅宿が八ツ橋を倒すとなるとそういう消極的な、運頼みしかないのだから。
狙いが分かるならば、こちらとしても対応できる。
さきほどやったように大岩を持ち上げようと――
「ちっ」
だが、腰を下げるといきなり種子が飛来してきた。
さきほどから、こちらが遠距離から攻撃しようとすると、邪魔をしてくる。八ツ橋の能力の真価は近距離でしか発揮でない。
遠距離からでは、物体を投げるぐらいでしかダメージを与えられない。
それを見越し、攻撃の予備動作時にこうして潰してくる。
こちらの手を見透かしているとしか思えない。
いったいどんな手段を使って、ここまで八ツ橋の攻撃パターンを研究しているのだろうか。考えつかない。
壮行会で八ツ橋と戦った上級生から情報を仕入れるにしても、ここまで精密に八ツ橋の能力について調査などできるのだろうか。苅宿独りにそこまでできるはずがない。ということは弓張月か。あの指導者は、かなり得体の知れない人脈を持っているようだ。
いや、今はそんなことどうでもいい。
八ツ橋は、敢えて後ろに距離を取る。
種子が届かない場所まで引くと、持ち運びしやすい石を手に取る。その間に苅宿の姿を見失ってしまったが、即座に追走すればすぐに捕捉できるはず。
気息を整え終えると、つま先で地を蹴る。
苅宿が向かったであろう先へと向かう。
「――――!」
だが、すぐに足が止まってしまう。
密林から開けた場所へと出る。
まだ周りは林に囲まれている。だが、上から見れば、ポッカリと林に丸い穴が空いているかのように見えるだろうところ。そこは、土が剥き出しになっていた。というより、掘り返した跡がある。
そして眼前には木に寄りかかっている苅宿がいた。
座って、背を向けている。
体力の限界が来たのか、と思う人間はいないだろう。
「……追い詰め……られた?」
いや、これは罠だ。
しかし、あからさま過ぎる。
苅宿がいるところまでかなり遠い。どうする。まるで眼下の地面が地雷原のように思える。十中八九、落とし穴の類の罠だろう。
これまで幾多の罠があったが、最後の最後にこんな古典的なトラップを仕掛ける。しかも、見え見えの。そんなことするだろうか。
つぅー、と顎のラインを汗が滑る。
石を投擲しても、距離があるせいで有効打を浴びせられない。全筋力を足に収束したとしても、この地雷原を一足飛びできない。
一応、手にした石を地面へ適当に転がしてみるが、何の反応もない。
そして苅宿に動きはない。
待ち構えている。
虎視眈々とただ八ツ橋が引っかかるのを待っている狩人のようだ。
この戦いで初めて、八ツ橋は焦りを感じていた。
いったいどんな罠があるのか。
八ツ橋のことをここまで誘導したのは間違いない。それほどまでに迷いのない走り方だったのだ。
八ツ橋にわざわざ勝負をふっかけてきたのだ。
勝算が皆無だったのならば、戦いを挑むことなどしなかっただろう。
つまり、迂闊に動けばこちらが負けるということ。
「苅宿さん、いったいどういうつもりですか!?」
苅宿を小馬鹿にしたような語調で叫ぶ。
「もしかして……試合放棄ですか? そんなところで縮こまって、まさか怖気づいたのですか?」
だが、まるで苅宿は山のように動かない。
それほどまでに、自信があるということだ。迂回するか。そんなことをしている間に苅宿は逃亡するだろう。
それならば、この地雷原を運頼みで突っ切るか。
だめだ。
そんな運否天賦に身を委ねることなど、八ツ橋にはできない。慎重すぎるぐらいが丁度いい。一番有効的なのは、垂直跳びのようにできるだけ距離を稼ぐこと。そうすれば、苅宿の座っている場所のすぐそこまで届くだろう。
と、そういう思考に陥ることを、苅宿は狙っているはず。
だったら――
傍にある木を、ただの一撃で破壊する。
そして抱え込むと、
「ふんっ!」
渾身の力でぶん投げる。
大量の土埃が舞うと、ドシーン!! と音が轟く。これで苅宿のいる場所まで安全な架け橋の完成だ。
そして、やはりというべきか。
苅宿付近にポッカリと、大きな落とし穴が設置されていた。巨大な大口を空いたそれは、焦れた八ツ橋が飛び込むはずであったろう大穴。
なるほど、なるほど。
確かに落ちる瞬間は、落下の衝撃に備えるために能力を使う。そこで別方向から仮宿の種子を放たれては、ダメージを無効化するのは難しい。そういう狙いだったのか。まあまあの策だったが、そんなものが通用するはずがない。
木の上を渡って苅宿のいる場所まで到達する。
接近してきたにも関わらず、苅宿は微動だにしない。
膝を抱えて震えているのか。
だが、そんなことで油断するわけにはいかない。落ち葉のせいで足音を隠すことはできないが、ゆったりと近寄る。
そして――
ブゥン、と左方から風を切る速度で丸太が襲いかかってくる。
「なっ――後ろから――?」
ブランコのような丸太の罠。
それは、振り返った八ツ橋の顔面を狙うものだった。鼓膜に音が届いてから即座に丸太の方を振り向いたが、身体の上部を狙ったその攻撃に不意をつかれた。
「しまっ――た――」
死角から。
あるはずのない場所からの攻撃。
恐らく何か蔦のようなものを引けば、罠が発動するように設置されていたのだろう。ずっと座り込んでいた苅宿に目を奪われてしまっていたせいで、対応が遅れる。
いや、それだけではない。
ずっと下半身への攻撃ばかり受けていたせいで、上半身への攻撃に頓着がなかった。八ツ橋の脚をくじかせるのが目的だったのではない。苅宿はこの一撃に全てをかけていたのだ。
そして――反動のついた丸太は八ツ橋に直撃した。




