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ラックライアー  作者: 魔桜
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luck.11 逃避者は戦場で宣言する

 苅宿は走り去った弓張月が視界から消えてしまうと、妙な喪失感に襲われた。

 ポッカリと、胸に小さな穴が開いたような気分。

 弓張月とは、一ヶ月間過ごしただけだ。

 同じ校舎ではないので、交流なんてできない。だが、放課後になってからは、かなりの時間、同じ時間を共有していたように思える。

 筋トレやマラソンなどといった基礎訓練の時だけではない。

 弓張月の部屋に籠もって、深夜までラック競技のビデオ鑑賞をしていたりした。そしてこの『ガーデン』でも、反復的に練習をし続けた。基礎訓練はあまり好きではなかったが、その濃密な時間は楽しかった。

 わざわざラック科に入るぐらいラックが好きな苅宿にとって、熱く持論を交わし合うのは、今まで経験したことがないぐらいの幸福感だった。ラックを知らない人間からしたら、とてつもなくどうでもいいこと。

 だが好きな人間達にとっては、きっと宝物の価値を語り合うようなもので。

 今までこんなにも長く他人と感情を共有しあったことはない。

 時折弓張月の方がラックについては詳しくて引いてしまうこともあるが、それでもラック科の校舎にいる時には常に無言の苅宿にとっては、とても、とても大切な時間だった。

 苅宿は、今まで一つのものに執着したことがない。

 習字や、パソコン、水泳、ピアノ、塾などといった習い事を幼き頃体験したことあるが、どれも半日ももたなかった。どうしたって上手くならず、優しい両親に甘えて挑戦することから逃げてきた。

 だが、そんな苅宿がたとえ一ヶ月程度だったとしても、これほどまでに努力したことはなかった。

 それはきっと、ラックがとても好きだってこと。

 だからこそ、ラックにかけるかけがえのない時間を無為になどしたくない。

 この戦いは、絶対に負けるわけにはいかない。

 ここまで付き合ってくれた弓張月のためにも。

「あなたがこそこそと何か裏で画策していたのは、嫌でも視界に入っていました」

 真正面から、腕組みをしている八ツ橋と対峙する。

 だが、まだ戦っていないはずの彼女の顔からは疲弊の色が見えた。肉体的でないとするならば、それは精神的に磨り減らしているということ。

「だけど、まさか私と対決するなんて大それたことを企んでいたなんて思いもしませんでした……」

 フー、と一拍置くと、


「負けてあげましょうか?」


 透き通るような声でそう提案してきた。

 あまりにも勝ちにこだわってきた八ツ橋らしくない発言に、思わず言葉がつんのめる。

「えっ?」

「どうせ、勝負したいという想いも、一時の気の迷いなのでしょう。ですが、この人数ではもう引っ込みがつかない。……あなたとは何だかんだで長い付き合いなのです。だから、手心を加えることだって今ならできます」

 うん、それがいいですね、と八ツ橋は独りで納得しながら、

「だから、ある程度本気で戦って振りをして、あなたの勝ちにしてあげようかと言っているんです。八百長というやつですね」

 なんとも丸くなったセリフを吐く。

 それは大人な好条件だ。

「彼の言う通り、弱いものイジメをするのは性に合いませんから」

 髪の束を弄りながら、そんな風に言う八ツ橋さんに悪気はない。ただ純粋に無駄を省こうとしているだけだ。

 八ツ橋は苅宿の実力を知っている。

 だからこそ、一ヶ月やそこらでどうにもならないことを知っている。

 そして、恥をかかないように配慮してくれているのだ。

 例え八ツ橋が負けたとしても。

 戦いが終わった後で、きっと取り巻きたちに言い訳なんてしない。実はあれは八百長だった、とネタばらしをするような卑怯者ではない。それだけは確実。

 だから安堵していい。

 自分自身の気が済むよう、気軽に答えていいのだ。

「おおきにや――八ツ橋さん」

 自然とお礼の言葉が出る。

 全ては彼女のお陰だ。こんなにも気遣ってくれるなんて、嬉しい限りで。だからこそ、覚悟は決まった。

「でしたら――」


「ウチは――アンタと勝つために戦うで」


 彼女のお陰で、また一つ勝たなければいけない理由ができた。

 だから、感謝しなければならないだろう。

「……どうしてですか? あなたにはこんなこと何の意味もないでしょうに」

 八ツ橋は不可解そうに首を傾げる。

 そうだろう。

 八ツ橋にとったら、こんなのは苅宿のただの気の迷い。何の意味のないことなんだろうって、そう思ってしまうのも無理はない。

 それだけの汗を、きっと八ツ橋はかいてきたのだ。

「アンタに比べたら、ウチの想いはちっぽけなものかも知れへん。……それでもな。こんなウチのことを、叱咤激励してくれた奴がいるんや。こんなウチにだって、戦う価値がある人間やって教えてくれた奴がおる」

 独りきりじゃ、八ツ橋と戦いの舞台にすら立てなかった。それどころか、もうこの高校にすら居なくて、ただ緩慢な時間の中を歩いていたのかもしれない。

 だが、戦う道を導いてくれて。

 それから壁に立ち向かう勇気をくれて。

 ここまで弓張月によくしてもらって、また逃げようだなんて思えなかった。


「だから――ウチはガチで戦わなあかんのや」


 あの日、あの夜に逃げてしまった負い目からは、今でも逃げれていない。あの苦い思いを払拭するために一番必要なのは、きっと戦うこと。

 この戦場から背を向けてしまったら、絶対に後悔する。八百長なんてやったって、それは偽物の戦い。

 本当の意味で戦って、そしてラックをこれからも続けていきたい。

「そうですか。でしたら私はもう……あなたを完膚なきまでに叩くだけです」

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