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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
恩讐不要
99/124

恩讐不要(Cパート)








 パラダイス孤児院の中は、埃っぽく薄暗かった。

 シシリアは出来たてであろう蜘蛛の巣の糸を手で振り払いながら、キングに訊ねる。

「さてフランク、どうしますか」

 キングは久々の偽名にあまりなれていないのか、少し遅れて返事をした後、考える。血痕がそのままであればやりやすいのだが、そうでなければひと通り見て回ったほうが良いだろう。

「では、自分は二人のじゃまをしないように……こうして見ておりますんで」

 真面目なジェイクはそう宣言しながら、二人に続く。下手に追い返すこともできない。彼は正当な理由でこうしてついてきているし、二人はそれを断るような立場ではないからだ。

「……そうだな。俺は奥に行く。孤児院の子供部屋がどうなっているか確認しておきたい。君はこの辺にいてくれ。ジェイク、ついてきて欲しい」

 まずは、玄関付近からシシリアに調べさせる。キングはそう決めると、キングを伴って奥の階段を上がった。シシリアは一人残り、扉に手を触れ、精神を集中、記憶を盗み見る。子どもたちの声。懐かしいシスターの声、ピアノの音、自分も知っている童謡……そして、その日がやってきた。雨の降る、暗い夜。

「シスター」

 シシリアは呟く。だがそれは、彼女の中だけにとどまる呟きだ。シスターにはとどかぬ。シスターは怪訝そうな表情で、雨に濡れた玄関──揺れるドアを見とがめた。

「シスター」

 今度の声は、シシリアの呟きでは無かった。暗がりから声が響く。火打ち石を鳴らす音が、雨音に交じり響く。火花が散り、火種に点くと、男の顔を暗闇に浮かび上がらせた。フランクが身につけている物とよく似た、黒いメガネ。黒く、ボロボロのコート。

「だ、誰です、お前は!」

「驚かせてしまってすまない。……実は、子どもたちのために、寄付にきたんだ」

 男はその火種で咥えたタバコに火をつけ、吸った。おぼろげなタバコの光と、シスターの手元のランプが、頼りない光をもって、男の持っている犬のぬいぐるみを浮かび上がらせた。

「女の子もいればいいんだが。良かったら遊んで欲しくてな」

「それはそれは。しかし、お前様はどうやってここに……」

 シスター・ラビが近づくと、男も彼女に近づいた。差し出されたぬいぐるみをシスター・ラビが受け取ると同時に、男は地面を蹴り、彼女ごとぬいぐるみを壁にたたきつけた! 老婆である彼女には、息が吸えない程の衝撃だろう。

 シシリアには、それを見ている他ない。優しかったシスター。行き場のない自分を、いっぱしの『諜報員』として仕込んでくれたシスター。その御蔭で、シシリアは探偵として、わずかだが食っていくための方法を得たのだ。

「さあな。忘れちまったよ」

 懐から抜いた拳銃を、男はぬいぐるみに押し付け……トリガーを引いた! 銃弾が音も無くシスター・ラビを貫き、彼女はぬいぐるみを抱くようにその場に崩れ落ちる!

 そこで、記憶は終わっていた。

 シシリアは泣かなかった。シスターはそのような感傷を望まぬだろう。シスターは言った。この孤児院で育ち、いっぱしの技術を得たものには、動物をモチーフとしたコード・ネームを与えると。身体と名は、いずれ同一の意味を為す。そういうことわざもある。

 シシリア・ブラックモアのコード・ネームは『ハイエナ』。シスターは名を与える時言った。なんとしても生き残れ。腐肉を喰らい、仲間の死肉を喰らい、他者を嗅ぎ回って、泥の中を這いずってでも。そして──

「相手を、喰らい殺せ。目的を達するために」

 シシリアは、シスターが死したその場所を見つめながら、呟いていた。そして、彼女は動いた。壁を手でなぞりながら、シシリアは記憶をトレースし続けていた。子どもたちを養うためとはいえ、再び犯罪に手を染めたシスター。昔のように、国の機関では無いのだから、それなりの覚悟が必要だったことだろう。自分に送ってきた手紙には、そんなことは何も書いていなかった。もちろん、記憶を辿ろうと思えばできた。だが、それはシシリアにとって恐ろしいことだったのだ。シスターを裏切っているような、そんな気持ちすら覚えることだ。

 しかし、今は違う。

 シシリアは一階の奥、シスターの小さな事務部屋の扉を開け、記憶を引き続き盗み見る。二年前、こちらに移ってきた時の記憶。金庫の場所──番号も分かる。シシリアが金庫のダイヤル手際よく回し、まさにレバーに手をかけようとしたその時! その最悪のタイミングで声をかけるものがいた!

「貴様! 何をしているんだ!」

 声をかけたのはキングだ! 即座に立ち上がったシシリアを、キングはスーツの裏に吊っていた、王国製の拳銃を取り出す! 火薬を詰める代わりに、簡易式の火炎魔法術式を組み込んである、フリントロック式拳銃の魔導発展タイプだ。要するに、引き金を引けば弾が出る! 当時の王国特殊部隊に数丁配られていたのを、キングは律儀に持ち歩いていたのだ!

「手を上げろ……手を上げるんだ!」

「あなたは勘違いをしています、ミスタ・バウアード」

 シシリアは冷静に、彼の言うとおり手を上げながら言った。

「勘違いだと? この状況で言うことか? お前はシスターの金庫を開けようとしているその瞬間を俺に見つかっている! ……何かがおかしいと思っていた。ただの違和感だと……そう思っていた! しかしそれもそのはずだ。俺は、はじめから騙されていたんだからな!」

 キングは詰めより、銃口をシシリアの眉間にぐりぐりと押し付け激昂した!

「さあ言え! 黒幕は誰だ! 自白すれば、苦しまないよう殺してやる! だがこのまま押し黙るようなら……生まれてきたことを後悔することになるぞ」

 その時であった。シシリアは眉間に押し付けられた銃を、左手で巻き込むようにすくい、斜線軸をそらした! そして右腕を縦に素早く回転させ、そのまま掌底をキングの身体に叩き込む! キングは喀血し、思わず銃を取り落とす!

「な、何があったんですか!」

 ジェイクの声! シシリアはこぼれ落ちた拳銃を拾い、躊躇なく──ジェイクの右ふくらはぎに叩きこむ! ジェイクは情けない声をあげながらすっ転んだ! この間重病もない!

「貴様……!」

「落ち着いてください」

 なおも吐瀉するキングに銃を向けながら、シシリアは金庫のレバーを開ける。中には──大量の書類が入っているだけだ。小銭の銅貨が数枚入っているようだが、基本的には、書類しか入っていないようだった。シシリアはその中から羊皮紙を一巻き抜き取り、キングに広げてみせた。

「これはですね。当時の王国による、この施設の設立許可証です。同時に、国の工作員となる人材を育て、有事の際には管理者のシスターが一軍を率いる事も認められている。……いわば、対魔国戦争において、王国がなりふり構っていられなかった証。そして、いまや……帝国を揺るがす最重要機密の書類というわけです」

 シシリアはそう言うと、羊皮紙をくるくる巻き取り、自身のベストの裏側にしまった。改めて唸っているキングに顔を近づけると、シシリアは事務的に告げた。

「私の第一目的は、この文書の回収です。第二に、シスターの仇をとること。書類の回収に際して、先にコンタクトを取ろうと、シスターに手紙を送ったんですが……返事が無かったことが、そもそもの事の発端だったんです」

「なら……なぜ、俺を!」

「決まっています。目的を同じにできる、有能な人材を引き入れておきたかった。なおかつ、もともと王国でキャリアのあった軍人なら、書類と引き換えに、あなたを表舞台に引き戻す事で手打ちにするという取引もできますからね。あなたにとっても、悪い話ではありませんよ。……それに、私一人で、仇を……まさかとは思いましたが、本当に断罪人だったとは思いもしませんでしたが……とにかく一人で相手取るのは危険ですから、助っ人が欲しかったのも確かです。大切な人を殺された同士が必要でした。わたしは一人で得体がしれない相手と戦おうと考えるほど、自惚れてもいません」

 シシリアは銃口の硝煙を吹き消した後、ジェイクの右ふくらはぎをぐいと踏んだ! 絶叫するジェイク! 銃弾はふくらはぎを抜けており、残っていないようだった。手当すれば、死なずに済むだろう。

「あなたが私のこの現場を見なければ……あなたに攻撃せず……そこのジェイクも苦しまずに済んだんです。何を言いたいかと言うと……邪魔をしたのはあなたで、彼を危機に追いやったのもあなたということです」

 キングはようやくよろよろと立ち上がり、スーツの内側から黒い機械を引き出し、耳に当てた。マリカの声が聞きたかった。

「マリカ……俺は……俺はどうすればいい! やはり、誰も……信用出来ない!」

『落ち着いてください、キング。あなたは大丈夫。彼女の目的ははっきりした。当初から全く軸はブレていないわ』

「そうか」

 キングはしばらく機械に対しうなずきを繰り返していた。とりあえず満足したのか、機械をしまう。先ほどまでと打って変わって、彼は落ち着きを取り戻していた。

「シシリア。疑ってすまなかった。……それで、これからどうする」

 シシリアは持っていた拳銃の銃口を自分に向けさせると、無言でグリップを差し出した。この銃の装弾数は三発。キングが奪い、引き金を引けば──おそらく彼女は死ぬ。そうはしないと考えたからこそ、彼女はそうしたのだろう。シシリアの信頼の証だ。キングはそのまま銃を受け取り、スーツの下の肩に吊ったホルスターに収めた。

「実は、シスターを殺した男が分かりました。断罪人全員を突き止めるのも、すぐでしょうね。あなたと同じような黒いメガネをかけていて、黒いコートを着ている男。黒い髪を後ろに撫で付けていて、紙巻きタバコを吸っていました」

 キングには、思い当たる男が一人あった。憲兵団本部のロビーでまさに、今や床に這いずりながらあえいでいるジェイクと、話していた男。キングは彼の目の前にしゃがみこむと、彼を一発殴る!

「ジェイク。質問に答えるんだ」

「あ、あああ……」

 キングはジェイクを殴る! 左側! 右側! 平手打ちによって頬が高らかに打ち鳴らされ、ジェイクはさらにあえぐ! 構わずもう一発殴ると、ようやくジェイクは涙ながらに懇願を始めた!

「ころ……殺さないでください! お願いです……お願いします……」

「ジェイク……君をこんな事に巻き込んで、本当に申し訳なく思う。しかし、俺達にもやらなくちゃならないことがある」

 キングはまるで子供をなだめすかすように穏やかな口調で、話を続けた。ジェイクには一定の効果があったようで、彼も涙は流していたが、狂乱めいてあえぐことはしなかった。

「昼間、憲兵団本部で黒いコートの男と話していたな。あれは誰だ」

「あ、あ、あの人は……ヘイヴンの……アクセサリー屋で……ソニアさんと言う人で……」

 シシリアは迷わずジェイクに触れた。流れこんでくる彼の昼間の記憶。憲兵団本部で、シシリアが見た結婚指輪を渡している男は……間違いなくシスターに銃弾を放った男だ!

「どうやら間違いないようです。少なくとも私が見た記憶の男と、一致している」

 キングはその言葉に頷くと、大男のジェイクの襟首をぐいと持ち上げ、強引に立たせた! なんたる肉体労働者ならではの馬鹿力か! そして、キングはスーツの裏側から、刀身こそ短く黒いが、よく切れそうな軍用のナイフを取り出したのだ!

「悪いが……片方もらうぞ」

「えっ」

 ジェイクの顔が一気に蒼白と化す! 何がおかしいのか、キングは笑みすら浮かべてみせた。

「安心しろ。死にはしない……片耳だけ貰うんだ。髪を伸ばせば、分からんさ」

 ナイフの刀身が一気に──彼の片耳を通り抜けた! ぽとりと落ちた肉片、垂れ流され始める暖かな血。ジェイクは、自らの左耳が、彼のナイフの一撃によって一気に切り落とされたことを悟り、再び絶叫! 直後、キングのボディブローが彼を襲い、ジェイクは金切り声を最小限にとどめ気絶した!

「手のかかる男だ」

 彼はそう呟きながら、地面に落ちた肉片──元はジェイクの左耳だったもの──を拾い、丁寧に布に包む。

「どうするつもりです? ミスタ・バウアード。断罪人は金で動くと聞いています。裏を返せば、金の絡まない事に首を突っ込まないのでは」

 シシリアは、断罪人の事を噂程度でしか知らなかった。墓場でシスターとエース・バウアードの埋葬時の記憶を見ていた時、数人の人々が『断罪人の仕業ではないだろうか』とつぶやいたのを、彼女は聞き逃さなかったのだ。キングが『言われもなく弟を殺された』という過去を持つ男であったことが重要であり、本当に断罪人であったか否かは重要ではなかったのである。

 しかし、全てはシシリアの思うとおりに運んだのだ。

「分かっている。……シシリア、君は潜入任務の経験はあるか」

 キングはかつてシスターが使っていたのだろう机の引き出しを乱暴に開け、そこからインク壺と羽ペン、そして小さなメモ帳を取り出すと、何やら書物を始めた。

「数度あります」

「なら君にも理解できるはずだ。闇から闇へ駆け抜けるのは難しい。だが、誰にも見られていないのであれば、俺達は闇に常時潜んでいるのに変わりない。たとえ全裸になって駆け抜けたとしてもな」







 夕方。

 日は暮れ始め、イヴァンの自由市場・ヘイヴンには店じまいの雰囲気が漂い始める。勤務を終えた商人たちや労働者達が各々の帰路につき、どこかせわしない。小さなアクセサリー屋をやっているフィリュネと、そこの職人であるソニアも、多分に漏れず、店じまいの準備を始めていた。

「ついに明日、ジェイクさんの結婚式ですね、ソニアさん!」

 フィリュネは朗らかに嬉しそうに言った。なにせ、自分のデザインした結婚指輪が使われるのは初めてのことだ。しかも、客として呼ばれている。これほど嬉しい事もないのだろう。ソニアは顔にこそ出さなかったが、おおむね彼女と同じような気持ちになっていた。自分が作ったもので、ひとつの愛の形が示される。なかなかロマンチックな話ではないか。ソニアは照れくさそうに短く返事をすると、タバコをふかした。

「おっちゃん」

 その時であった。小柄な少年が、何やら箱を持ってやってきたのだ。ちょうど彼が両手で持っているくらいの、小さな箱だ。

「なんだ、坊主。今日は店じまいだ」

「ごめんね。また明日来てね」

「違えよ。なんか、これわたしてくれって頼まれたんだ。コートのおっちゃんにって」

 ソニアは、彼が差し出す箱を受け取った。どこかで見覚えがある。夕日の赤がその箱に差し込み、まるで血に濡れているようだ。どこで見たのだったか、これは。

「おい、坊主。誰から頼まれた」

「しらねぇおっちゃんだよ。中見れば分かるって言ってた。じゃーな!」

 少年は、逢魔ヶ刻の赤い影へと消えていく。ソニアはその背中を見ながら、ようやくこの箱が何であるかを思い出した!

「……ちょっと待て。こりゃあ……ジェイクの奴にわたしてやった奴じゃないのか」

「え? どうして……」

 妙な胸騒ぎがした。ソニアは小さな箱の蓋を開け……中のものを見た。

 切り落とされた耳の上に、ソニアの作った結婚指輪が載っていた。それに、丁寧に折りたたんだメモ用紙がのせてある。彼はそれだけ抜き出す。様子が変だと感じたフィリュネは、それを見て叫び声をあげそうになったがこらえた!

「これ……嘘……もしかして……」

「フィリュネ。……旦那を呼んでこい。教会に全員で集まるんだ」

 手紙には、キング・J・バウアードとシシリア・ブラックモアから、全てが述べてあった。この耳を切り取るに至るまでに、どんなことが起こり──そしてこの手紙を添えるに至ったかが。手紙は、こう締めくくられていた。

「断罪人諸君、今回の報酬は『自らの秘密を守る権利を得ること』だ。ジェイクを見捨てるならそれでいい。だが、俺達はすぐにジェイクを殺し──君たちを葬る。どのような手段を持ってしても、シスター・ラビとエース・Q・バウアードの仇を取るので、そのつもりで」

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