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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
妄執不要
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妄執不要(Bパート)





 一方その頃ソニアはと言うと、近くの道具屋・ハーフボンズを訪ねていた。いわゆるよろず屋であり、およそ考えうる限りの商品は揃うという触れ込みの店である。しかし実際のところ、店の中はゴミやら何やらが積み上がっているようにしか見えないのが現状である。

「あら、こんにちわ。……どうしたのその顔」

 ハーフボンズの女主人が、気だるげに挨拶し、ソニアの顔を見とがめた。なにせソニアの顔ときたら、口の回りが切り傷だらけでとても見ていられないのである。

「使ってるカミソリが、いよいよダメになっちまってな。新しいやつが欲しいんだが」

「馬鹿ねえあんた。そんなの砥石で研げばいいじゃない」

 ソニアはもともと、この世界の者ではない。元の世界は、遥かに高い技術が存在し、カミソリなどは電気式だった。一枚刃のいわゆる西洋式の直刃カミソリなど、使ったことが無かったのだ。

「そうなのか。知らなかった。捨てちまったよ」

 ソニアは携帯火種の蓋を開け、作りおきの紙巻タバコの先を突っ込み、火を点け吸った。女主人は若干眉をひそめたが、気にせずビジネスの話を続けた。

「馬鹿ねえ……わかったわよ。直刃カミソリとセットにして砥石つけとくから。しめて銀貨一枚でいいわ」

 ソニアは言われるがまま金を払い、新しい相棒と共に店を出た。いくら職人として働くとはいえ、店はフィリュネと二人だけだ。当然彼女が配達や営業に出てしまえば、店にはソニア一人だけなのだ。怪しいひげ面の男が一人佇んでいても、客など寄り付くはずもない。

「お帰りなさい。買えました? 新しいカミソリ」

 フィリュネいわく、エルフ族は基本的に体毛が薄く、ヒゲは生えないらしい。いわんや生えたとて、長命の多いエルフ族の中でも長命の印であると剃らないらしいのだ。カミソリを捨てる時も、全く見咎めることはなかったのが、まずかった。結果、まだ使えるであろうカミソリはもはや二人の手の届かぬところまで行ってしまったのだ。

「ああ。明日からは血だるまにならずに済みそうだ」

 ソニアはわずかに笑うと、カミソリと砥石の入った袋をぽんぽん叩いた。二人の住む貧乏長屋街──通称・聖人通りは、部屋へと通じるドアで通りの壁が作られているような通りだ。よって扉の先の部屋も狭い。二人が寝るためのツイン・ベッドで部屋が埋まってしまっている程だ。だが、ソニアはフィリュネを妹のように思っている。とても抱く気にはなれないがため用意したのは良かったのだが、必要な物とはいえ狭いものは狭い。

「雨が降ってきた。今日は店は開けねえな」

 ぶっきらぼうにそう言うと、ソニアは薬莢と火薬のセットの入った箱を取り出し始めた。雨が降る日はこうして銃弾の準備をするのが彼の日課だからだ。箱の蓋を開ける──無い。火薬が、全くないのだ。

「どうしたんですか?」

「マズいな。火薬がねえ。……今日はやること無いな……」

 フィリュネは無趣味な同居人を尻目に、アクセサリーのデザインをせんと、スケッチブックとにらめっこを始めた。雨粒が窓を叩く。激しい雨だ。この雨は、長く続くだろう。ソニアは狭い窓から狭く暗い空を見上げた。雨が上がるまで、一服でもするとしよう。





 ベアトリクスの治癒師としての仕事は、骨折や傷の縫合が必要なレベルの症状以外に、効率のよい治癒魔法の研究もその一つだ。治癒魔法は人体に対し生命エネルギーの操作を行い、高速の治癒を促す。もちろん治癒師から生命エネルギーを分け与えるわけではなく、媒介となるものからエネルギーを移し、それを治癒のためのエネルギーとするのである。 問題は、その媒介だ。人一人治癒させるためのエネルギーを発するモノを探すのは難しい。現在、科学技術と融合させ、化合物よりエネルギーを取り出せる媒介物の研究が行われている。

 ベアトリクスは、そうした化合物の研究者でもあり、治癒魔法自体の研究者だ。この世界に若くして入り既に十五年。中々自分が目指すような魔法の完成は遠い。即ち、死人でも生きかえらせる事のできる、強大な魔法の完成は。

「失礼するわ」

 返事をするまもなく入ってきたのは、ペコだった。時間は既に夜。今日も鮮やかな手法で、患者を救ってきたのだろう。人は全て違う。生命エネルギーもしかりである。患者が必要とする生命エネルギーを見極め、外科手術が可能であればそのまま行って患者を救ってしまう。それがペコという治癒師である。

「遅かったじゃない?」

 ベアトリクスは笑みを浮かべながら茶化した。

「患者を救えて、朝は迎えてない。十分だと思うけど」

 不機嫌そうにそう言うと、応接セットのソファーに小さな体をうずめ、ペコは投げつけるようにそういった。ベアトリクスは彼女が嫌いだった。だが、いかに帝国医薬薬学研究所とはいえ、彼女ほど医学技術と医療魔法に長けた人間は他にはいないのだ。よって、ベアトリクスの考えを理解できる人間も、そうはいない。ヘタすれば、帝国中を探したとしても皆無やもしれぬ。

「それで? 一体何の用なの?」

 ペコはやはり不機嫌そうに言うと、眠そうにあくびをした。ベアトリクスは焦らすようにゆっくりとデスクへと立ち上がり、書類を持ってくると応接テーブルへと置く。羊皮紙一枚目には『完全治癒魔法』の文字。

「理論上、完成したと言ったら?」

 ペコは少しだけ驚いた様子を見せ、鋭い視線を彼女に送ってから、ペラペラと中身を読み始めた。完全治癒魔法。どんな人間でも、どんな状態であっても、百パーセント完全に元の健康状態へ戻す。例え、死人同然であっても。さらなる研究を続ければ、不老不死とはいかずとも、不老長命状態を保つことは可能である──

「信じられない……」

「でしょうね。でもま、正直言って、現段階じゃできるのはそれこそあなたか私くらいな者じゃなくて? 非公式の階級だけど、私達の実力はS級クラスくらいはあるわけだし」

 食い入るように書類を読みあさるペコを尻目に、ベアトリクスは長い足を組む。ようやくこの女の鼻を明かしてやれた。彼女にとって、ペコという女は目の上のたんこぶだ。全く異なる診療方針、外見、人生観。そのくせジャンルだけはかぶっている。医薬薬学研究所に配属になって、外からの評価で何度煮え湯を飲まされたかわからない。もっとも、ペコはそうした外部の評価を全く気にしていないフシがあり、それがまたベアトリクスは気に入らないのだった。

 しかし、この完全治癒魔法の理論が証明されれば、この医薬薬学研究所で一番の治癒師が誰であるかは明白である。名実ともに、トップとして君臨できる。その一心で、ベアトリクスは研究を続けてきたのだ。

「素晴らしい理論だと思うわ、ベアトリクス。……でも、この理論の中では媒介について書かれていないけど」

 ペコは羊皮紙を置き、とりあえずの感想を述べる。ベアトリクスには彼女が動揺していることが手を取るように分かった。

「確かにその通りよ。でも媒介が何かは既に分かっているの。……ずばり、人間。それも、ライセンス持ちレベルの魔導師が好ましいの。根拠は……」

 ペコは立ち上がり、それ以上の言葉を許さなかった。あからさまな憎悪。軽蔑。なぜそんな表情をするのか、ベアトリクスには分からない。私は、あなたに賞賛の言葉を嫌々でも吐かせたかった、それだけなのに。

「根拠なんて必要ないわ、ベアトリクス。正直なところ、私は貴女の事を過大評価していたみたいね。人間を媒介に使って? 人間を完全に治すですって? 媒介に使うって意味をわかっていってるんでしょうね。媒介に使ったものは、エネルギーを完全に抜き取って、変換のためのエネルギーに利用されるのよ?」

「そのくらい私も分かってるわ。でも今回の方法なら、媒介に使った人間の死亡率は理論値で四十二パーセントなのよ」

 ベアトリクスは事も無げに言う。

「じゃあそれ以上話すことはないわ。人を助けるために別の人の命を賭けて、博打を打つ? 馬鹿も休み休み言いなさいよ」

 ペコはそう言い放ち、踵を返して部屋を出て行った。

 博打を打って何が悪い。

 デスクに戻ったベアトリクスは理論の書かれた羊皮紙を握りこみ、くしゃくしゃにしてしまった。ペコは、自分の理論を信じていない。博打だろうがなんだろうが、成功すれば自分はペコの上に立てる。

「それの、何が悪いのよ……私の理論は……完璧よ!」

 ベアトリクスは唸るように、自分に言い聞かせるように言う。まるで、自分の人生すべてが否定されたかのようだ。そんな言葉を吐いたペコを、彼女は許すことはできなかった。

 

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