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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
巡会(めぐりあい)不要
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巡会(めぐりあい)不要(Cパート)




 パラダイス孤児院には、数人の子どもたちと世話役のシスター・ラビ、そして、同じく世話役にして小説家のミヤコが住んでいる。子どもたちが寝静まった深夜、シスター・ラビとミヤコは、その時間でしかできない密談をする。とても重要な話だ。

「仕事は終わったのかの」

 シスターは穏やかな表情を崩さず、アルカイックな笑みを貼り付けながら、ミヤコに尋ねた。ミヤコは壁に寄りかかったまま、万年筆を回転させつつ彼女の言葉に頷く。

「ええ。ま、上々です」

「お前には苦労をかけるのう。昔なら、もっと手持ちの駒は多かったのじゃが」

 シスターは困ったようにため息をつき、かつての栄光に想いを馳せる。パラダイス孤児院は本来、単なる孤児院ではない。しかし今や利用価値の無くなった孤児院は、あっという間に支援が打ち切られ、その名と外見通りの貧乏孤児院に成り下がったのである。だが、その根本は昔と全く変わっていない。

「欲はかかないほうが良い。俺にとっては今のほうが身の丈にあっていますよ」

 ミヤコは懐から袋を取り出すと、シスター・ラビの目の前に中身をばらまいた。金貨が十枚入っている!

「俺は金貨二枚。孤児院には六枚。残りの二枚は……」

 シスター・ラビの座っている向こう側の椅子に、男が一人腰掛けていた。憲兵官吏のビリー・ジョーンズだ。ミヤコから与えられた金貨二枚は、暗闇の中で燃えるろうそくに照らされるばかりで、ビリーは手に取ろうとしない。

「……今日、妙なことがあった」

「なんです、ビリーの旦那。仕事はうまくやった。後はあんたが事件を有耶無耶にすればおしまいだろ」

 ビリー・ジョーンズは憲兵団の中でも、過去から現在に至るまでの捜査事案の管理を行う部署にいる。ちょっとした事件であれば、揉み消すことはわけないのだ。

「そう、その通りだ。だが、俺はまだ今回の仕事を有耶無耶にしてない。……誰かが、俺より先にもみ消したんだ」

 シスター・ラビからアルカイックな笑みが消え、冷徹な目でミヤコを見つめた。彼女はミヤコが生まれるより前から、闇の世界の住人として生きてきた。それは、それだけ彼女がいざというとき冷酷になれることを意味するのだ。

「ミヤコ、ビリー。……由々しき事態じゃの。早々に対応せねば」

 闇の中で、二人の男が頷く。寝静まった子どもたちは、そんな彼らの事を知るよしもないまま、夢の中をさまよい続けていた。





「一体どうしたってんだ、旦那。断罪か」

 仕事中に突然呼び出され、路地裏に連れ込まれたソニアは、ドモンに訝しげな表情を見せながら、丁寧に巻紙にタバコの葉を入れ、器用に巻き、それを口に咥えた。

「や、まあ似たようなもんです。実は、どうにもおかしい事がありましてね。確認しようと思いまして」

「もったいぶるな。俺は忙しいんだ。久々に注文が入ったからな」

 ドモンは急ぎを現すようにタバコを上下させるソニアを尻目に、自分の顔を手で撫で、少しばかり考える素振りを見せてから、ようやく口を開いた。あまり口に出したくない話題なのだ。

「あんた達、僕に黙って断罪を請けたりしてません?」

「はあ? 何馬鹿な事を言ってるんだ。俺達はそれぞれ単独じゃ金が稼げねえ、だから一緒にやってんだろう。だまってやるなんて危険過ぎるぜ」

 ドモンがこのような相談を彼にしたのには理由がある。ソニアは、中年にさしかかろうかという年齢まで生き残ってきた凄腕の殺し屋だ。よって、こうした裏世界の常識といったものをよく理解している。ドモンは今までの彼の仕事ぶりと『誠実さ』とでもいったものを評価しているのだ。少なくとも、土壇場で裏切った過去を持つイオよりは信用できる。

「ですよねえ」

 ソニアの言葉にほっとした反面、ドモンは難しい表情を崩さなかった。余計に懸念が深まってしまったからだ。

「何があったんだ、旦那」

「……実は、昨日の話なんですがね。男が一人死んだんです。テッドってやつでしてね。女をすぐに殴るような男のくせに、とんでもないスケコマシで、そこら中で悪評を立ててました。どうしようもないクズって野郎です」

「この街じゃ、珍しくもねえ話だ」

「……その野郎は、首根っこに針を刺された跡があったんです」

 ソニアは不意にサングラスを指で押上げ、ドモンの言わんとしたいことを汲み取った。フィリュネに言わず、自分に言ったことの意味も。

「つまりなんだ、旦那。イオが勝手に断罪したってのか。俺達に黙って、一人で」

「少なくともまだ僕は疑ってるってだけの段階です」

 ドモンは最後の言葉を一気に押し出した。イオは信用ならないところもあるが、仲間だ。その仲間を疑うような真似は、あまり気持ちのよいものとはいえない。

「フィリュネさんに言うかどうかはあんたに任せます。とにかく、それとなく神父に聞いて欲しいんです。……僕の考えすぎだといいんですがねえ」

「本当なら」

 ソニアは火打ち石で火種を作りながら、ドモンに訊ねる。中々火はついてくれなかった。石が打ち付けられる音だけが、ソニアの心情を現すように、火花とともに散る。

「本当なら、どうするつもりだい。殺すのか」

「新しい人を探します。なかなかうまくは行かないと思いますが……それで済む話でしょう」

 ドモンはただ一言そう述べると、シニカルに笑った。ソニアは火をつける気を無くし、去っていくドモンの背中を、目線で静かに追っていた。




 イオはいつもの通り聖書を頭に乗せ、惰眠を貪っていた。その側には、紅茶を飲むフィリュネの姿があった。ソニアはドモンからの話を結局彼女に話してしまった。元より二人の間に隠し事はしないと決めているからだ。

「イオさん、寝てます?」

「寝てるよォ。見りゃわかんだろォ」

 イオはむにゃむにゃとイラただしげにそう言うと、聖書をそのままに寝返りを器用にうった。

「あの、実は……」

 フィリュネがいよいよ話を切り出そうとしたその時、イオは不意に立ち上がった。懺悔室へ向かう通路のカーテンが揺れている。イオはカソックコートの埃を払い、俄に神父めいた顔つきを作ると、懺悔室へと向かっていった。

「……話なら、後でな」

 イオはフィリュネへ振り向きもせずそうつぶやく。暗闇によってプライバシーが保護された空間では、格子窓の向こうですすり泣く女のシルエットが浮かんでいるのだった。

「迷える子羊よ、何でも懺悔なさい。神は全てをお許しになるでしょう」

 女はしばらくすすり上げながら、泣き続けていた。イオは、ふと昔の事を思い出す。両親に捨てられ、行き場もなかった頃の事を。彼女のようにただただ泣き続けていた自分に、皺だらけの手を差し伸べてくれたシスター・ラビのことを。

「私の……私の彼氏が……テッドが、殺されてしまったんです。け、結婚まで、約束……してたんです……それなのに……」

 女は名乗らなかった。懺悔室で名乗る必要など無いからだ。

「テッドには、恋人が沢山いたんです。でも、彼はいつもいってました。本当に好きなのはお前だけだって。愛しているんだって……だから、許せないんです……彼を、殺した人を」

 イオは彼女の言葉を聞きながらも、過去をフラッシュバックさせる。『孤児院』は恐ろしいところだった。イオが孤児院を出たのは、帝国が成立して間もないくらいだった。当時はまだ十代をようやく越した頃で、一人では生きられず、学も無かったが、それでもイオは孤児院を出ることを選択した。その直後に、旅の神父に拾われたのは、イオにとって唯一の僥倖だった。

「……神父様?」

「ああ、失礼。悲しい話ゆえ……言葉に詰まって」

 あの頃から、十数年もの時間が流れてしまった。孤児院の先達共のようなくずにはなりたくないと願ったはずなのに、結局同じような事をしている。彼らと違うものと言えば、こうして神父の顔をして相手を救った気になっているくらいのものだ。

「喜捨してゆかれると良いでしょう」

 全てがいつもどおりだった。イオは、女が投げ込んだ金貨二枚を手に、暗い懺悔室を抜けていった。





 ドモンは憲兵団本部の近くの大通り、アケガワ・ストリートを歩いていた。ここはまさしく帝都イヴァンを象徴する場所であり、大企業の店舗や、官公庁本部、高級宿屋が並ぶ。イヴァン南大門から来たものは特に、大門から連なるこのアケガワ・ストリートの盛況ぶりに、誰もが圧倒されるのだ。 

 憲兵官吏たるドモンの仕事は、持ち場所のパトロールの他にも、面倒な書類仕事で多くの時間を割くハメになる。パトロールが終わってからうだうだするためには、そうした本部での書類仕事をさっさと終わらせる必要があるのだ。怠けるためにも、多少の努力という名の犠牲を払わねばならない。

「……や、あれは?」

 そんな彼が目にしたのは、先日食事を共にしたビリーが、何故か大手宅配業者であるシルヴァ商会の事務所へ入っていくところであった。

 ドモンは先日彼とした話を思い出す。彼は、捜査事案の管理をする部署の人間のはずだ。ドモンのように外回りやパトロールを主とする仕事ではない。何か気になって、ドモンは玄関脇の格子窓の下に陣取り、中の様子を伺うことにしたのだった。

「これは、ビリーの旦那! 先日は、大変お世話になりました」

「おお、シルヴァ殿。邪魔するぜ。……例の仕事の話なんだがな。お陰で孤児院も助かった。その礼が言いたくてな」

 シルヴァはビリーの含みある言葉に何かを察したのか、側で帳面に書き付けていた女に下がるように言いつけ、玄関のドアを注意深く閉めた。ドモンが聞いている他は、二人だけであろう。

「……ビリーの旦那。テッドの事は私も感謝しています。何せ、娘を弄んだ男を──いや、失礼。しかし、始めにおっしゃったではありませんか。このことはお互い他言無用、最初にお支払いした金で問題はないと」

 ビリーは気難しそうな眉をさらにひそめ、ため息をついた。そして、シルヴァに対して死刑宣告めいた言葉を突きつけたのだった。

「それがな、大いに問題がある。……憲兵団に感づかれたかもしれん。しかし、あんたも知っての通り、憲兵団なんてのは金さえ積めばなんとかなるもんなのさ。俺が──『孤児院』が何とかする──そのためには、また金貨十枚必要だ」

「馬鹿な! それでは脅しではありませんか!」

「要請だ、これは。何を勘違いしているんだ。それとも何か? あんた、お恐れながら、と憲兵団に申し出るのかい。娘を弄んだ男を、金を積んで殺してもらったとな!」

 ドモンは、ビリーの言葉の裏を察するだけの材料を持っていた。玄人めいた手口で、一見すれば心臓発作にみせかけて殺されていたテッド。ビリーは、確実にそれに関わっているのだ。

「お、おやめください! 誰かが聞いていたらどうするのです!」

「大丈夫だとも、シルヴァ殿。誰も聞いちゃいない。『孤児院』は、あんたを必ず守る。あんたも、今回の金は孤児院の子どもたちのためになると信じていればいいさ。だから、金を用意すべきだと思うがね……自分の命と、このシルヴァ商会が大事ならな」

 ビリー・ジョーンズは歯を剥いて笑った。皮肉にも、彼が雨の中子猫を拾い上げた時と、そう変わらぬ笑顔であった。ドモンは静かにその場を立ち去り、教会へと向かう。果たしてこの件にイオが関わっているのか否か、それは分からない。だがもし関わっているのであれば、ドモンは剣を抜かねばならないだろう。

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