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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
巡会(めぐりあい)不要
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巡会(めぐりあい)不要(Aパート)




「そういえば、神父さんって」

 フィリュネはケーキを頬張りながら、イオに尋ねた。ここは神父イオの教会である。アクセサリー屋のフィリュネは、雨の日や暑い日など、とにかく店を開いていてもダメな日には、こうしてケーキを頬張るために教会に入り浸るのが慣例となっているのだ。

「なんだよ」

「神父になる前はなんだったんですか?」

 イオは顔に載せた聖書を取ると、寝転がっていたベンチの上であぐらをかくと、すこしばかり考える振りをして、顎の下を掻いた。

「……別になんでもねェよ。神父なんざ、教団にちょっと金を払えばなれる。この教会だって、前の神父が死んだのを譲り受けただけだ。俺は昔から俺さ……」

 雨がしとしとと降る中、ドモンは望まぬパトロールをしているのだろう。ソニアは仕入れがあるとかで、教会へは遅れている。

「でも、子供ではあったんでしょう?」

「そりゃ俺だってそうさ。嬢ちゃんだってそうだろう」

 フィリュネは紅茶を飲み、納得行かなそうな表情をしていた。普段はチャラチャラした調子のいい男だが、イオは自分のことをあまり話さない。フィリュネもたまには、そういった事を聞きたくなったのだ。深い意味など何もない。

「……話したくなきゃ、いいですよ」

「そうしてくれると助かる。……俺ァ、そういうの苦手なんだ」

 イオはばつが悪そうに笑うと、再び聖書を顔に乗せ、寝息を立て始めた。フィリュネはそんな彼を、それ以上邪魔しなかった。






 ミヤコ・ヘジホッグの職業は、いわゆる小説家だ。昔ながらの騎士物語をほそぼそと書き、出版している。イヴァンの書店に本は並ぶが、書き続けなければとても食べていけない。今のイヴァンのはやりは、ミヤコが書くような歴史に絡んだ古臭い騎士物語ではなく、なんでもありのエンターテイメントなのだ。どこか昔気質のミヤコには辛い現実だ。そう簡単に、各物語の方向性を変えることなど出来ない。

「だから、ミヤコ先生。いい加減にして下さいよ。ウチだって頑張ってんですよ、先生の本を売るのを……」

 人気の少ない喫茶店のテーブルの一つで、二人の男が白熱した議論をつづけていた。

「そこをなんとか、頼むよ。今度のは、多少はエンターテイメント分を増やしてるんだ。可愛い女の子だって結構出てくるんだぜ」

 精悍な顔つきに、無造作に伸びた髪を下ろし、無精髭を生やした男──彼がミヤコだ──が、腕組みして唸っている青年に必死に頭を下げていた。彼は、ミヤコの担当編集者である。

「ですから、頑張ってんですよ。それでも先生の本は中々売れないんです。いい物語だと思いますがね……うちも商売なんで。今回の売れ行きじゃ、重判はとても無理ですよ。じゃ、新作楽しみにしてますんで」

「おい、ちょっと……なあ!」

 編集者の青年は、書類をまとめると立ち上がり、必死に追いすがるミヤコを背に去って行ってしまった。

「参ったな……これじゃまたメシの食い上げだ」

 ミヤコは恨めしそうに残されたコーヒーカップの中のコーヒーを舐めた。ミヤコには金が無い。本が売れないのだから当然のことだ。それでも編集者が相手をしてくれるのだから、まだマシというものだが。

 とにかく、ミヤコは金に困っていた。彼はスランプに陥っており、筆が止まってしまっているのである。本が重判になれば、また金が入ってくるだろうと説得しにかかったのは、まずかったやもしれぬ。何しろ小説家などという稼業は、編集者にご機嫌伺いをするのも重要な任務なのだ。下手に機嫌を損ねれば、今度は本の出版ですら危うくなってしまうかもしれない。

「しかたないよなあ……生活がかかってるんだから……」

 ミヤコは懐から最新式の万年筆を取り出し、くるくる回した。彼にとっての飯の種だ。小説を書く以外にも、稼ぐ方法は色々とある。ミヤコは、それをよく心得ていた。





「や、ビリーさん。こんなところでお会いするとは」

 ドモンは雨の中、傘を差してヘイヴンの外れを歩いていた。そこで、同僚の憲兵官吏・ビリー・ジョーンズの顔を見かけたのだ。道端に腰をかがめて、座り込んでいる。

「ドモンか。お前は暇そうだな」

 中年のビリーは立ち上がった後、腰をポンポン叩いていた。苦みばしったような、気難しそうな男だ。足元には、木箱に入った猫。野良猫に餌をやっていたのだ。

「風邪を引きますよ」

「急に降られたんだ。……丈夫なんだ、こう見えてな」

 ビリーの口数は少なかった。彼は憲兵官吏の中では変人に分類される男であった。ビリーはいわゆる戦場帰りであり、一兵士として従軍し続け、その功から騎士へ推挙された。だがそれを蹴ってしまい、憲兵官吏に落ち着いたという過去を持っている。

「猫ですか。可愛いですねえ」

「ああ。風邪の心配をするなら、こっちだ」

「どうするんです、その猫」

 ドモンはおもむろに猫の首をつまみあげ、じろじろと見た。ビリーの懸念通り、あまり元気が無いようであった。

「連れて行くつもりだ。……ドモン、お前暇か」

「まあ、暇かと聞かれればそうなりますねえ」

 ドモンは木箱にそっと猫を下ろすと、木箱ごとビリーに差し出す。ビリーはやはりそっとそれを受け取ると、言った。

「行くところがある。男同士だが、傘に入れてもらえんか」

 ビリーとドモンは、連れ立ってしとしと降る雨の中を歩いた。ヘイヴンを抜け、イヴァン南西地区のとある建物の前に辿り着いた。泥でぬかるんだ広場を抜け、朽ちかけといっても過言ではない建物の中に入る。金属でできたプレートには、パラダイス孤児院なる文字が刻まれている。

「……パラダイスねえ……」

 ドモンはその文字を疑わしい目で見ていたが、ビリーの呼びかけに我に返り、更に奥へと入っていく。大きな天井の高い部屋に、長いテーブルが二つ、長椅子が両側に設置してあり、そこに一人の老いたシスターが座り込んでいた。テーブルに頬杖をつき、うとうとしている。

「シスター・ラビ。起きていなさるか」

「起きていますとも」

 シスター・ラビは頬杖をついたままであったが、覚醒したようであった。ビリーは口の端で笑みを浮かべ、机の上に猫の入った木箱を置いた。

「おやおや、自分のお仲間を連れてきなさったか」

「ああ。……こっちは、俺と同じ憲兵官吏でな。雨に降られてしまったので、傘を借りていいだろうか」

「大丈夫ですとも。向こうの部屋にあるから、借りて行きなされ」

 ビリーは傘を取りに部屋を辞した。一人残されたドモンは彼女に会釈したが、老いたシスターはその場から動かず、頬杖をついたままであった。まるで石像だ。

「や、しかしビリーさんが孤児院に通ってらしたとは、知りませんでしたよ。ボランティアかなにかですか?」

 シスター・ラビは頬杖を解き、皺だらけの手を口に当て、上品に笑った。若い時は、さぞかし淑女であったのだろう。これほど皺だらけになっても、培われた上品さはそのままなのだ。

「ビリーはあまり自分の事を話すことをしませんでの。彼はここで育ったのですじゃ。憲兵官吏になってからも、孤児やら捨てられた動物やらを構わずここに連れてきての」

 ドモンは曖昧に相槌を打ちながら、壁にかかった絵を見ていた。動物を描いたもので、色々なタッチで描かれている。一つとして、同じ動物はいない。子供が描いたのだろう。

「待たせたな、ドモン」

 傘を持ったビリーが部屋に入ってきたので、ドモンは開きかけた口を閉じた。絵について聞こうと思ったのだが、ビリーがお礼に食事を奢ってくれると申し出たので、一気にそんな疑問は吹き飛んでしまったのだった。

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