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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
懺悔不要
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懺悔不要(最終パート)






 夜。店が閉まり、人々が寝静まると、イヴァンと言えども闇に沈む。街中にランプはあるものの、行政府が契約している魔導師が炎を灯しているため、夜十二時を回るとさっさと消してしまうためだ。

 ドルド商会の事務所では、二人の男が酒を酌み交わしていた。相当酒が進んでいるようで、事務所には笑い声が響いていた。

「いやあ、今回は面倒に付きあわせてしまいましたなあ!」

 恰幅のいい、ひげの男がグラスに酒を注ぐ。そのグラスを持つのは、五〇代に差し掛かっているであろう紳士然とした男。

「結構ですよ、ドルドさん。……サンデル氏は残念でしたが、あなたがいてくれたお陰で、イヴァンの木材の流通は破壊されることを避けられた。推薦した私の立場も安泰です」

「トリヒト殿、栄転が決まったというではないですか」

「いやはや、お恥ずかしい。南のアハマド卿の領土の判事長だそうです。田舎の仕事など早々に切り上げて、イヴァンに帰りたいものですよ」

「ま、あの目障りなサンデルも消え、その娘も死んだわけだ。邪魔者は消えた! ……これからもよろしく頼みますよ、トリヒト『判事長』」

 二人の男の高笑いが、事務所に響く。闇の中で、それを聞いているものがいた。窓から漏れるわずかな光が、男の顔を照らした。ぞっとするような美しい顔。胸に下げているのは、こぶし大のロザリオ。男は右手でロザリオの下部分を握り、回転させた。ギチギチと音が鳴る。数回回した後、男は立ち上がり、再び闇に溶け込んだ。

「失礼、飲み過ぎたようです……少し席を外します」

 トリヒトは立ち上がり、ふらつきながら事務所を出て行った。トイレに行きたくなってしまうのは、酒を飲んでいる以上しかたがないことだ。サンデル商会が無くなってから二ヶ月経つ。お鉢が回ってきたドルドにとっては大きなチャンスであったとはいえ、実際そのチャンスをモノにできる者は少ない。あの男は汚い手を使うが、それ以上に使える。

「善人でも死んだら終わり……フフフ」

 廊下を曲がると、誰かにぶつかった。ふらつくトリヒトは、たたらを踏むと壁に寄りかかる。誰かがいる。こんな夜更けに、こんな暗がりにだ。

「失礼しました。無礼をお許し下さい」

「君、気をつけたまえ!」

 闇に目が慣れたトリヒトが確認できたのは、ボロボロのカソックコートだった。そして、月明かりがわずかに照らす、黄金のロザリオ。

「神父……? なぜこんなところに」

「実は、少し説教を頼まれまして……ほら、ドルド様もトリヒト様も、お立場がある方でしょう? 誰にも見られない方がよろしいと思いましてね……」

「はあ? 君は何を言っとるんだね? 教会なら自分で行くし、大体誰が頼んだっていうんだね」

「……サンデル一家ですよ」

「何……」

 闇の中から浮かび上がる、無表情そのもののイオの顔。その手には、ロザリオが握られている。咄嗟の出来事に、トリヒトは何も反応ができない。ロザリオが額につきつけられたその瞬間、ゼンマイが作動し、ロザリオの頭頂部から針が飛び出し、額を刺突! トリヒトは声もあげることができないまま脳を損傷し、イオがロザリオを抜いたその瞬間、崩れ落ちる。

 イオはロザリオの下部分を逆回転させ、針をしまい込んだ。闇に溶ける彼の表情は変わらず、冷酷なままであった。





 ドルド商会からそう遠くない裏通り。二人の男が歩いていた。男たちは一仕事を終え、普段では口にできない高い酒とメシを食い、最後に良い女を抱こうと、風俗街へと向かっている最中なのだ。

「しかし、いい仕事だったよな」

「ああ、たまらなかったぜ。火をつけてガキを犯すだけで、金まで貰えるとはな」

「ああいう仕事ならいくらでもやるぜ、ムーアの兄貴」

「へへへ、そうだな。ま、しばらくはほとぼりが覚めるのをまとうや。今日はいい女を抱いて仕舞いさ」

「兄貴は好きものだなあ。まだ抱き足りねえのかい」

 下卑た笑みを浮かべながら、ハキムが揉み手する。ムーアはハキムの背中を叩くと、二人は馬鹿笑いを始めた。

 その時、暗い夜道の先に二人は影を見た。フードを被った人物が、往来の真ん中にしゃがみこんでいるのである。

「兄貴……」

「なんだ、ビビッてんのかあ?」

 ムーアは赤ら顔に笑みを浮かべながら、しゃがみこんでいる人物に近づき、肩を叩いた。

「おい、こんなところで何して……」

 しゃがみこんでいたのは、肌の白い女であった。それも、なかなかの上玉だ。このイヴァンの風俗街でも、ここまで上等の女は見つからないだろう。

「おい、女だぜ……おめえ、何してやがる」

「あの……人を待ってるんです」

「へへへ……こんな夜中だぜ。来るわけねえだろう。誰を待ってるんだ」

 一瞬だけ、女の顔に月の光が当たる。まるで、死んでいるかのような青白さだ。ムーアは、一瞬だけ今朝方殺した少女の顔を思い出すが、彼の良心にはそれ以上彼女を脳内に留めておくだけの記憶力は無かった。

「それは……あなた達ですよ!」

 少女はぼそりとつぶやくと、ナイフをムーアの腹に突き立てる。ムーアの赤ら顔が驚愕の色に染まる。少女は強引に男に突き刺したナイフを横へと引張る! ナイフを突き立てられたムーアには、それに従う他無い! 暗い夜道のさらに暗がりに引っ張られていく!

「兄貴! 兄貴!」

 ハキムは何が起こったのか皆目検討つかず、狼狽するばかりだ。その時である。ナイフを持った少女──フィリュネだ──が月明かりに投げ出されたのだ。いったい何が起こったのか。遠目にもぐったりとしたことが分かるムーアだったが、少女を突き飛ばしたのか?

 暗がりにいるムーアに、ハキムは転がるように近づく。兄貴分を助けなければ。

「兄貴! だ、大丈夫か!」

「大丈夫なわけあるか……」

「び、病院に行かなきゃ……俺……おれ!」

「病院? 馬鹿言うな……お前が行くところはこいつと同じ所だ」

 錯乱寸前のハキムは気づく。大柄なムーアの影に、何者かがいることを。そして、ムーアの代わりに、何者かがハキムと話していることを。

 その次の思考がハキムに浮かぶことは無かった。彼が最後に見たのは、兄貴分の服に空いている焦げた穴。影にいる黒いコートに黒いサングラスの男……。

「地獄だ」

 即席のサイレンサー代わりにした、死体の腹に押し付けた銃を離すと、男は先程まで気分よく酔っていた肉塊を放り出し、少女を助け起こした。男と少女は凄惨な現場を振り返りもせず、闇へと溶けこんでいった。





 髭面のゲイリー・ドルドは、酩酊した頭でふと考える。どうも、トリヒトが遅いのだ。いくらなんでも、もう三十分はトイレへ行ったままだ。かといって、従業員はみな帰しているし、妻は自宅で寝てしまっているだろう。この事務所には、ドルドとトリヒトの二人しかいないのだ。もし、トリヒトが酔った拍子にすっ転んで、頭でも打っていたら……

「くそっ、面倒だな……」

 ドルドが立ち上がろうとしたその時である。通りへ面している玄関がノックされた。もう深夜もいいところだ。トリヒトの迎えが来たのだろうか。

「すみません、すみません」

「誰だ! こんな夜更けに!」

 扉を開けてみると、半分眠ったような顔をした男が立っていた。ジャケットと腰に下げた長剣から、憲兵官吏だということが分かる。

「憲兵団……貴様ら、今何時だと思ってるんだ! 迷惑だぞ!」

「や、どうも。夜分遅くに大変申し訳ございません。実は、ドルド様にすぐにお伝えしたいことがございまして」

「手短に言え!」

 その男は、心底言いにくそうに頭を垂れると、意を決したように言った。

「実は……トリヒト様が亡くなられたと」

「ト、トリヒト殿が? 馬鹿な!」

「しかし、事実です」

「嘘だ! トリヒト殿は、さっきまでここで、わしと酒を呑んでいたんだぞ! 今だって、トイレに……」

「や、お気持ちは分かりますが……嘘ではありません。なんなら、確かめてご覧なさい」

 ドルドは一気に酔いが吹き飛んだような気分だったが、身体はそうはいかなかった。未だふらつく身体をなんとか制御しようと、その場でたたらを踏む。

「や、酔ってらっしゃいますね。手伝いましょうか?」

 ランプの光で浮かび上がる、ドモンの顔は、もう先ほどまでの眠ったような顔では無かった。射殺すような眼光が、こちらから背を向けるドルドに向けられている。ドモンが長剣の柄を抜くと、底に鋭く研がれた刃が現れた。ドルドはフラつき、こちらにもたれかかり、刃に刺し貫かれた。ドルドの目が、驚愕のため丸くなる。

「お前が、地獄へ行くのをな……」

 ドルドはその場に崩れ落ちる。ドモンは刃を柄へ仕舞い、ランプの火を吹き消した。そして、街は夜の闇へと落ちていき、静寂が訪れたのだった。





 翌日。イオの教会に、四人は集まっていた。ドモン一人だけが、異常に不機嫌な顔をしていた。

「なんだい、旦那。断罪ジャッジはうまくいったんだぜェ。また、俺達は金が稼げるようになった。新しい二人も、きちっとやることをやった。何も問題はねェじゃねえか」

「何を根拠にそう言うんだ。僕はいくらやることをやっても、当然のことをないがしろにする奴とは組めない」

 まだそんなことを、とイオは呆れた表情を浮かべる。飄々としているように見えて、ドモンはかなり頑固な考えを持つことがあるのだ。

「名前だ、名前! いつまでも『皇帝殺し』だのなんだのと。言いづらいんだよ! いい加減名前を名乗れ!」

 再び、イオは呆れた。そんなことでイライラしていたのか。

「ソニアだ」

 コートの男はぽつりとつぶやく。ドモンとイオは「なんだと」ときれいなユニゾンを決めた。ここまで彼があっさり、名前を名乗ると考えていなかったのだ。

「ソニアだ。女みたいな名前だが、そういう名前だ。……すまんが、今日の稼ぎでフィリュネと家を探さなきゃならん。また金になることがあったら、教えてくれ」

 そう言い放つと、ソニアはさっさと教会を出て行ってしまったのである。後は、未だぽかんと口を開け放ったままのドモンと、それを呆れた表情で見つめているイオだけが残された。

「……旦那、名乗ったぜ」

「そうみたいですね」

「もういいんじゃないか。お仲間と認めてやってもさァ」

 ドモンは、ようやく開きっぱなしの口を閉じると、不機嫌な表情に戻っていった。先ほどの名乗りが、ますます気に入らないということだろうか。

「イオさん、じゃあ僕が妹から受けたストレスはどうすればいいんです! せっかく、やつをもう少しイビってやろうと……」

 イオは、とうとう彼をそのままにしておくことにした。世の中の悪の芽を摘むことはできても、この男は妹の不興を買うほうが心底恐ろしいのだ。

「呆れて、モノもいえねェよ、旦那……」

 ボロ教会に、男のわめき声が響いていた。イオはそれをBGMに、稼いだ金でいい加減服を新調すべきか、壁を補修すべきか迷っていたのだった。


懺悔不要 終わり

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