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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
裏技不要
75/124

裏技不要(Cパート)




「また来たのかよ」

 ソニアが鉄くずを買い付けに来たところに、その男達はやってきていた。小柄な男二人と、モヒカン頭の双子。愚兄弟というなんとも言えない名前で大いに注目を集めていた二人のことを、このイヴァン郊外のガラクタばかりの広場に住まう人間たちで知らないものはいない。

 ここは、イヴァン南東部にあるゴミ処理場である。イヴァンは、流通が発達している。飛び込んでくる物資はやがて捨てられ、ゴミに変わっていく。よって、使える資源をより分けて使い、本当に使えないゴミをイヴァンよりさらに南にある処理場へ輸送する。与えられた資源を最大限活用するリサイクル精神が、イヴァンの人々には強く根付いているのだ。

 ここで働くのはきつい。臭いし、危険だし、体力だっている。給金はそれなりに高いのだが、その厳しさから逃げ出すものも少なくない。

 そして、こうしたキツイ現場でしか働けない人間達もいる。愚兄弟も、そうした人種の一部だ。いくらミスをして弾き飛ばされても、ここならば受け入れられないことはない。

「ボゥイ、あんたにゃ昔から世話になってる。そいつらだって、まあ力仕事がある時にゃ重宝してるさ。だがな、こいつらこの間、まだ使える鉄を五十キロは処理場に送りやがったんだ。大損だよ。しばらく使う気はねえ」

 愚兄弟にも負けないほどの筋肉を誇る、口周りに針金のような髭を蓄えた業者の男が、ボゥイを見ずに作業を指揮しながらそう言った。

「大将、まあそう言うなよ。今回は俺と、このガキが二人につく。力持ちを俺達が監督してりゃ安心だろ。そんなミスも起こらない」

 ボゥイは赤いスーツを『着させられた』ようなスバルを指さして大将にアピールをしたが、まるで効果はないようだった。

「それで、四人分の金を払えってのか。俺だって商売でやってんだ。確かに人出は欲しいが、いくら力持ちでも監督がいねえとダメなら使わねえし、ボーッとみてるだけの人間に金を払うだけの余裕はねえ」

 ソニアはボゥイと呼ばれる男と、大将の押し問答をボーッと見ていた。鉄くずを一箱分購入し、店のオヤジと世間話ついでに男の事を聞く。

「なんだよ、あのボゥイってのは」

「あんたはここで働いたことねえんだったな。後ろのデカイの……ここらじゃ愚兄弟って呼んでんだが、あいつらのマネージャーをやってんだ。昔はワルでならしたらしいが、ああなっちゃおしまいだなあ」

 ソニアは咥えたタバコの灰を地面に落としながら、赤いスーツの少年を見つけ、タバコで指し示した。三人組の連れに見えるが、スーツの色もあって妙に浮いている。

「あのガキは?」

「さあ、初めて見るな……ボゥイの野郎、またぞろ愚兄弟みたいにこき使う気じゃねえのかい」

 ソニアはしばらく大将とボゥイの押し問答を見ていたが、その内興味を無くし、鉄くずを満載した箱を何とか持ち上げ、その場を去ることにした。

「なあ、頼むよ。俺と、こっちのバリンボーだけでもいい。そうすりゃ二人分だろ」

「いい加減にしろよ、ボゥイ。あんたはお尋ね者でこそねえかもしれねえが、みんなあんたに関わるのはゴメンなんだ。何せ、憲兵官吏の旦那がぴったりくっついてるからな。やりにくくていけねえ。帰ってくれ!」




 スバルには家族が無かった。正確には、家族のいた記憶が無かった。彼の記憶は曖昧で、穴だらけで、何もなかった。無いものを欲しいとも思わなかったので、スバルは曖昧なまま日々を過ごしてきた。その過ごしてきた日々の事すら、スバルにとっては無意味で穴だらけだった。

 だから彼は彼らの行動が分からない。ボゥイや、巨大な双子の兄弟が自分を住まわせると宣言したことの行動の意味が。

「いいか、お前ら。仲間が増えたってことは、またひとり分稼がなきゃならねえってことだ」

 その日、仕事をもらえずアジトに帰ってきた時、ボゥイはそう言った。ボゥイは愚兄弟を責めなかった。スバルはなぜボゥイが彼らを責めなかったのかを理解できなかった。  

 失敗したのなら責められるべきだし、責任を負うべきだ。

 スバルには、まるでチャートのような冷徹な行動指針が備わっていた。自分がなぜそのような思考ルートを持つのか、説明できない。

 思えば、説明できない事があまりにも多すぎる。スバルは十代の少年であったが、それが異常であるということは理解できていた。

「スバル。食い扶持ってのはこいつらみたいに体で稼ぐか、頭を使って稼がなきゃな。こいつらはバカだが、お前は多分違う。ちょっとは頭を使えるはずさ」

「どうすればいい?」

 頭を使う。ボゥイの言葉は簡単なようで、難しかった。しかし、彼にはもうひとつ強みがある。強い服従心。指示には従い、それをなんとしても達成する能力があった。

「俺は何でもやるよ。あんたに拾ってもらった。恩返しがしたいんだ」

 スバルは自分が恐るべき勢いで嘘を付いていることに恐怖した。嘘が口から溢れるように飛び出してくる。まるで自分が、拾われたことに心から恩義を感じている、哀れな捨て子を演じているかのように!

「ボゥイ、でも仕事が無い」

「仕事が無いぜ、ボゥイ」

 愚兄弟は自分たちの失敗で、また食い扶持を潰したことに落ち込んでいるようだった。大きな図体を縮こませて、地面にぐるぐる円を描いている。

「お前らが出来る仕事は、また今度探してやる。いいか、スバル。俺はこれでも、昔はワルだった。ワルってのは、相手がどんなヤツか、与し易いヤツかそうでないヤツか、頭がキレるやつか、ただの馬鹿か……人の善し悪し裏表をすぐに見分けられる。俺には分かるぜ、お前は頭がいい。俺達が組めば、デカい金を掴める」

 そう言うと、ボゥイはスーツの懐から羊皮紙を取り出し、机に広げた。覗きこんだ愚兄弟には、ただの絵にしか見えなかったかもしれないが、スバルにはそれが何かの見取り図であることがわかった。

「ボゥイさん、これは?」

「行政府会計局の見取り図だ。リッパーとか言う男から買った。会計局の局員が小金稼ぎに横流しとは、腐ってやがるぜ」

 ボゥイは羽ペンを取り、インク壺に漬けてから、大きく目的地に丸をした。見取り図には、会計局大金庫と書かれている。

「さっきも言ったが、俺はもともとワルだった。あくどいことをやって、あくどく儲けてきた。……なら、もう一度くらいあくどいことをやって儲けるのが何が悪い。俺は、社会でまともに生きていこうって決めた。こいつらもだ。だが、世の中の人間は、ワルのいうことなんざ聞いちゃくれねえんだ……」





 イオの教会。日は傾き、燃えるようなオレンジ色の光が、割れたステンドグラスを通して聖堂に差し込んでいた。仕事終わりのソニアは、今日処理場で見た光景を、ドモンとフィリュネ、そして教会の主イオに話して聞かせていた。

「しかし気の毒なもんだ。ボゥイってあの男も、でっかい兄弟を食わせていかなくちゃならないんだからな」

「男の子も連れふぇたんでふよね。おおしょたいでふね」

 フィリュネがケーキを口に運びながら、率直な感想を述べる。イオは興味なさそうに、普段通りベンチに寝そべり聖書を頭にかぶせて狸寝入りだ。

 異様だったのは、ドモンだ。普段とはまるで違った真剣な表情である上、すこし落ち込んでいるようにすら見えたのである。

「……旦那ァ、押し黙ってどうしたんでェ」

 いつもなら嫌味の一つでも飛び出しそうなところに何も無かったのを不審に思ったのか、寝そべったままイオが訊ねる。返事はない。

「そうですよ、旦那さん。……何か悪いものでも食べたんですか? ケーキは大丈夫みたいですけど」

 フィリュネが鼻にケーキを近づけ、すんすん匂ってみる。生クリームの甘い香り以外は、異常なところはない。良く見ると、ドモンは皿に乗ったケーキに全くフォークをつけていないのであった。フィリュネはドモンのケーキに手を伸ばすが、それは拒むべき事柄だったようでドモンは恐るべき勢いでそれを手ではねのけた。

「……食べますよ」

「食べるんなら食べて下さいよ。こっちは久々に甘いもの食べて欲出てるんですから」

「旦那、もしかしなくても、ボゥイってのを知ってるのか」

 ソニアはコーヒーカップを片手に、ドモンの発言を促したドモンは長いため息をついてから、フォークでケーキを一刺しし、大口を開けてショートケーキを頬張った。咀嚼し終え、飲み込んだ後に、ようやく話し始める気になったようだった。

「ボゥイってのは、元々クリスタル・ボゥイなんて洒落た名前の悪党でしてね。金庫破りやら強盗やらをイヴァンで堂々とやって……とうとう一度も捕まらなかった。でも、ここ数年カタギとして再出発してたんです。僕は、それを応援してました。こんな稼業をしてるんです。命を落とさなくてもやり直せるなら、それにこした事はありませんからね」

 その『稼業』がどちらを指すのかは、他の三人にとっても明白だった。ドモンはぼりぼり頭を掻き、話を続ける。

「確かに、もしかしたらボロを出すんじゃないか、また悪さをするんじゃないか……そういった事を考えなかったかと言われれば嘘になります。相手は裏社会なら名のしれた悪党ですから、捕まえられたら大手柄ですからねえ。最近また見かけるようになったんで、ぴったり張り付いていたんですが……」

「ボゥイにとっちゃ、それが大迷惑だったってわけだなァ。旦那、もうちょろちょろすンのはやめてやんなよ。旦那だって、悪さはしてねえ、更生しようと頑張ってるってわかったんだろ」

 イオは聖職者らしさのかけらもない態勢を崩さずに、実に聖職者らしい慈悲のこもった言葉を吐く。ドモンはそれに自嘲を込めた笑みさえ見せた。

「ま、僕も暇じゃありませんからねえ。貧乏人を追い回しても仕方ありませんし、そろそろ許してやりましょうかねえ」

 ドモンはそう宣言すると、すっかり冷め切った紅茶の入ったカップに口をつけた。ドモンはバカでもなければ、うぬぼれでもなかった。何か良くない予感がしていた。ソニアから話を聞いたことによって生まれた、小さな懸念が胸の内で渦巻いているからだった。






 会計局会計官のリッパーは、一匹狼だ。仲間を作らず、黙々と仕事をする。だが自惚れ屋故に失敗しやすく、一度落とせば与し易い。

 マークフーディーベ博士の人物判断は恐ろしく正確だった。そして、博士の風評通り、リッパーは一人で堕ちた。会計局の見取り図を密かに作成し、それを目的の人物に売った。ヒューリーは何も言わず、全てを見逃した。ヒューリーには今はした金など必要ない。彼がやったことといえば、彼の作成資料のミスを誘発させ、減給処分をでっち上げたことと、見取り図の買い手となる男の手がかりを彼に押し付けたくらいだ。

「博士、こうなると私は仕込んだ切り札がきちんと機能するか、それだけが気がかりだ」

 ヒューリーは丸メガネを外し、ハンカチで拭った。せわしなく拭った後、少し指元を震わせながらそれをかける。

 銀髪の秘密兵器。博士は少年のことをそう呼んだ。孤児を薬品と魔法で調整し、完璧な潜入を可能にする究極のアンダーカバー。少年は周囲の誰をも欺き、任務を達成してのけるだろう。博士は車椅子の上で、会心の笑みを見せながら、抑えきれない衝動を現すかのように右手を虚空に差し向けた!

「マイン・フューラー(総統閣下)! 間違いありません。絶対にです! 彼は……スバルは任務を完璧に達成することでしょう。証拠はもはや誰の目にも残りません。明日には、このオフィスの! このデスクの上で! 裏帳簿はタバコの火により燃え盛っていることでしょう! このように!」

 博士は黒革手袋に覆われた左手で挟んだタバコの火を、ヒューリーのデスク上に散らばっていた書類の一枚に近づけ、移した。博士は歯を剥いて笑い、右手は虚空を指し示し続けていた。ヒューリーは燃え盛る書類の中に、博士の狂気を垣間見るのだった。

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