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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
裏技不要
73/124

裏技不要(Aパート)




 マークフーディーベ博士がその日呼び出されたのは、深夜だった。博士が仕えているのは、元騎士のヒューリーである。ヒューリーは剣を取るのをやめ、数字と計算の世界に飛び込んだ。現在は、帝国行政府会計局の主任会計官を務めている。

 なぜ彼がわざわざ科学者など抱えているのか。理由は二つある。一つ目。会計局は賄賂による不正を防止するため、高い給金を職員に支払っている。ヒューリーは他の行政府の職員に比べ、遥かに高給取りなのだ。博士を食客として食わせるくらいはわけはない。二つ目。ヒューリーはマークフーディーベ博士を度々頼っている。何を隠そう、剣を置いた会計の素人であったヒューリーが会計局で出世を重ねたのは、博士による悪魔的研究からもたらされる発明品や技術がためなのである!

「お、お呼びですかな?」

 博士は自身の乗る車椅子を器用に動かしながらヒューリーの私室に入室した。ヒューリーはつるりと禿げ上がった頭を一撫でし、丸メガネを押し上げた。デスクの側にはワインボトルに飲み差しのワインが入ったワイングラス。どうやら晩酌をしていたようだ。

「博士。夜遅くすまん」

「な、な、何。全く絶対問題ありません。ヒューリー様、私が研究のためにとにかく時間を惜しんでいる事をよくご、ご存知でしょう」

 博士は右手をそわそわさせながら、主人のねぎらいに答え、四角いサングラスを押し上げる。何も嵌めていない右手と対象に、左手には黒皮の手袋といった出で立ち。金髪はきれいに七三になでつけられていた。

「そ、それにしてもヒュ、ヒューリー様。確か、晩酌は計算に響くのでやらないというのが信条では無かったのですか」

 ヒューリーはその言葉を聞き、豪奢で柔らかそうな椅子に腰掛け、デスクに頬杖をついた。深刻な事態が発生しているに違いない。博士は人の感情の機微を見るのが苦手であったが、長い付き合いのヒューリーは別であった。

「博士。非常事態なのだ。どうか知恵を貸して欲しい」

「ひ、ひ、非常事態ですと!」

 素っ頓狂な声を挙げ、博士は車椅子の上でひっくり返りそうになる。右手はさらにそわそわし始め、博士は左手でそれを抑えた。

「うむ。致命的なミスだ。……例の予算が、会計監査でバレてしまったのだ。お陰で謹慎することになった」

 ヒューリーが出世するために使った手は単純である。賄賂を使ったのだ。しかし会計局では賄賂はご法度で、それを防ぐため厳しい監視の目があることは既にお話したとおりだ。そこで博士の発明が出てくる。博士は研究により、金の延べ棒を紙のように圧縮し、郵送できるようにしたのである。お陰で秘密裏かつ安全に賄賂を送金できるようになり、会計予算の一部を賄賂の原資に当て、誰にいくら送金したか管理している裏帳簿を存在しない予算に振り分けたところまでは良かった。だが、見つかってしまったのだ!

「で、で、ですが! 会計監査の連中に予算が見つかれば、言い逃れできないのでは」

「それだ。しかし、会計監査の連中も所詮は役人。賄賂を送ればどうとでもなる。しかしモノがあれば別だ。なんとしても処理しなくてはならないのだ」

 架空の予算に見せかけた裏帳簿は、会計局の帳簿管理用の大金庫の中にある。賄賂を送るにしろ、裏付けとなる証拠が見つかればヒューリーは言い逃れできない。

「ヒューリー様、では内々に処理してしまえばよろしいのでは」

「できん。私は当分謹慎処分だから、出局もできん。そういう疑惑が生まれた以上、事態収拾まで誰も大金庫に出入りすらできないだろう。耳にしたところによると、一週間もすれば会計監査の連中が大金庫を開け中を改めるとか……博士、どうにかならんかね。誰も入れない場所に入り込み、裏帳簿を始末する方法を考えてくれないか」

 博士は右手をそわそわと過剰に動かしながら、左手を顎に当てて思案していたが、閃いた調子で手をたたく。その勢いで右手が飛び出しそうになるのを、左手で必死に抑えた!

「マイン・ヒュー……ヒューリー様! お任せください。私の研究は完璧です。明日すぐにでも準備しましょう! ……しかしそのためには、予算と人員が必要です」

「さすがは博士! こうなっては君が頼りだ。金と人は任せてくれ」





「兄弟、腹減ったな」

「腹減ったぜ」

 屈強な男二人が、河原で体育座りをしていた。良く見ると両者ともよく似た顔をして、同じようなモヒカン頭に刈り込んでいる。そして何より、二人共恐るべき筋肉の持ち主である。彼らは名も無き兄弟である。学もそれを納めるべき脳みそも持たない彼らは、必然的に社会の爪弾きものとなってしまった。おまけに両者共強面ときている。なんとか日雇い肉体労働で食い扶持を稼いでしのぐ毎日だ。

 ここイヴァンでは、頭が使えなくてはならない。いくら健康でもそれは普遍の事実だ。だが考えてもらいたい。この世の中に、健康で屈強な肉体と、全てを見通すような頭脳を併せ持つような人間がいるだろうか。彼らにも、頭脳に当たる役割の仲間が……いや兄弟がいるのである。

「待ったか、お前ら」

「待ってないよ、ボゥイ!」

「待ってないぜ、ボゥイ!」

 小柄で色白な男が、ホットドッグを持って現れる。彼の名はボゥイ。この兄弟の『兄貴』であり、頭脳である。もちろん偽名だ。

「お前ら、また仕事クビになったらしいじゃないか。これじゃ生活していけないぞ」

「俺達は悪くない。な」

「俺達は悪くないぜ、兄貴」

 ボゥイはホットドッグを二人に渡し、貪り食う彼らを見ていた。クビになった理由は聞かなかった。この兄弟の語り口では、理由を聞くのに半日はかかるだろう。ボゥイはため息をついた。

 ボゥイは何を隠そう、悪党である。五年前の帝国の内戦から三年間は、様々な悪事に手を出した。いくら悪事に手を染めても全く証拠が出てこない様を指して、ついたアダ名は『クリスタルボゥイ』。しかしそんな彼も、二年前に彼ら兄弟に会ってからは変わってしまった。始めはそのありあまっていそうな力を悪事に使ってやろうと画策していたボゥイであったが、何せ彼らときたら子供か赤ん坊の如く純真でバカなのだ。悪事は愚か、まともに仕事だってできるかどうか怪しい。もともと面倒見がいいこともあって、ボゥイはすっかり悪事から足を洗い、今は兄弟のマネージャーのような事をしている。

 と言ってもやることといえば、とにかく力が要りそうで、頭を使わずに済む仕事を回してやることだけだ。彼らはこう見えてもやたら臆病で、ケンカはともかく殺人は躊躇してしまう。汚れ仕事はできそうもない。結果、ボゥイは限られた仕事で自分も含めた三人分の食い扶持を稼ぐことになり、とにかく困窮しているのであった。

「なんかうまい話、ねえかなあ」

「兄貴、うまい話ってどんな味がするんだ」

「どんな味がするんだ、兄貴」

 愚かな兄弟の的外れな問いに答えてやる気も起きない。ボゥイが頭を抱えていると、後ろから声をかけてくるものがあった。

「や、これはこれは。珍しい人に会いましたねえ」

 ボゥイがただでさえ色白な顔を、さらに青白くした。ところどころ寝ぐせのついた黒髪。憲兵官吏のジャケットに、腰には長剣。ドモンだ。かつてボゥイはドモンに目をつけられ、追い回されたことがある。だが証拠を見つけさせず、逆に出し抜いてやった。完敗させてやったが、それでも彼のことは苦手だった。

「こりゃあ、ドモンの旦那……おい、お前らも挨拶しろ。俺はこの旦那にお世話になったんだ」

「ドモンの旦那、お世話になってます」

「お世話になってます、ドモンの旦那」

 ドモンはへらへらと笑いながら、河原へと降り、彼らの周りをうろうろと回った。それがまたボゥイをいらいらとさせた。この男の常套手段だ。

「ボゥイさん、あんたまたぞろ悪さを考えてるんじゃないでしょうね。久々に会ったと思ったら、こんなでっかくて強面の男なんか侍らせて」

「冗談はやめてくれよ、旦那! 俺は今や真人間だぜ。クリスタルボゥイはただのボゥイに戻ったのさ。こいつらは、俺の部下だが、悪さはしねえ。こう見えても役に立つんだぜ」

 ボゥイは精一杯の見栄を張ってみせた。自分は今でも大物だぞ、とアピールしたかったのだ。かつてドモンに色々と探られたこともあって、今でも弱みだけは見せたくなかった。

「……まあ、僕だって真人間だって言う人間にちょっかいをだしたかありません。しっかり働いて、その事を証明することですよ。じゃ、僕はこれで」

 嫌味を吐いて去っていくドモンの背中を見ながら、ボゥイは地面につばを吐いた。愚兄弟も同じくそうした。あれから二年も経つのに、世間の目はドモンとそう大して変わりないのだ。ボゥイはそんな世の中が、たまらなく嫌だった。

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