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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
完璧不要
70/124

完璧不要(Bパート)





「なあ、昨日どうだった?」

 開口一番、ニヤニヤとそう言ってきたのはイオだった。ソニアはふんと鼻を鳴らし、彼の目の前を通り過ぎ、聖堂の中のベンチに座る。昨晩、この教会の主、神父イオとソニアは連れ立って色街に繰り出し、それぞれ女を抱いたのだ。ソニアは顔なじみの娼婦を選び、イオは新人かつ店のおすすめする子が居たのでその女を選んだ。

「いやァ、たまには冒険してみるもんよォ。な。俺は感動したよ。可愛くて発育が良くて、初心でよォ。もう全部良かったなァ」

 初心な娼婦などいるわけがない。女遊びにもそれなりに経験を積んだ中年のソニアはその言葉をぐっと喉の奥に押し込んだ。イオもまた女遊びに関しては玄人だ。そう言った土台の上で判断してもなお、ということであれば、相当の当たりだったのだろう。

「お前、人妻のほうが好きじゃなかったのか」

「女に貴賎はねェとは言わねえが、俺も遊びと割り切ってくれるならそのほうがいいさァ」

「それには俺も同感だ」

 男二人はふやけた笑みを突き合わせると、昨日の夜の余韻にひたりながらヘラヘラと笑った。咳払い。二人が目の前を見ると、聖書台の後ろ側から少女・フィリュネが現れた。それこそまるで、説教をする神父のようだ。男どもの笑みはそこまでだった。

「全くもって、ほんっとに最低ですね。女の人を何だと思ってるんですか!」

「おいおいおい、勘違いするなよォ。俺は女を尊敬してる。それも心の底からだ。ソニアはどうか知らんが」

「俺に振るな」

 ソニアはごまかすようにタバコを口に咥えて、火打ち石から火種を作り、吸った。弁明にもならない弁明に、フィリュネは怒るより先に呆れたようだった。

「何でもいいんですけど。イオさん、最近断罪が少なくないですか」

 断罪。彼らはそれぞれ表の顔の職業を持っており、立派に働いている。しかし、人々の慟哭を聞き、金と引き換えに生きていても世のため人のためにならない悪党を葬る、裏の顔を持っているのだ。その行動倫理は正義でもなく、義憤でもなく、ただ金だ。金がなければ、生活できない。断罪は彼らにとって、生活の糧となる生業なのだ。

「仕方ねェだろう。俺だって苦しいんだ。旦那だって会う度会う度、遠回しに困った困ったってぶつぶつ言ってきやがる。嬢ちゃん、ねェもんはねェんだ」

「ふーん。じゃ、女の子のとこに遊びに行くお金はあるんですか? 驚きですね。ソニアさん、あなたもです! 大体アクセサリー屋だって、毎月キリキリなんですよ。分かってますか?」

 フィリュネの根っからの正論に、男ども二人は頭を垂れるほかなかった。フィリュネはため息をつくと、気持ちを入れ替えるようにぽんぽん頭を手で軽く叩く。

「……でも、私だってお二人の気持ちが分からないわけじゃありません。もう二週間も甘いものを食べてないんです。旦那さんもケーキとかそういうの持ってきてくれませんし。それもこれも、不景気が! 断罪が無いのが悪いんです!」

 断罪があれば。

 三人の中に漂う貧しい空気が、一層その気持ちを煽る。しかし、こればかりは相手がいなければどうしようもないことだ。三人は、同時にため息をつき、不景気を呪うほかなかったのであった。







 憲兵団本部修練場。

 憲兵官吏達は、平和になり戦争が終わって久しいこの世の中でも、常日頃戦わねばならない職業である。もともと騎士団から憲兵団へ鞍替えせざるを得なかった者も多数いるため、その時の名残からこうした修練場は常に鍛錬を怠らない者達が大勢ひしめいている。

 しかし、ドモンは違った。彼は生来の怠け者にして役立たずを通している。かつて妹とともに実家に見捨てられたドモンは、一足先に妹をイヴァンへ送り込み、自分は何年も武者修行を続けた。彼には天性の剣の才能があったが、それを活かす前に戦争は終わった。騎士にもなれず、憲兵官吏に落ち着いた彼を待っていたのは、腐敗と無関心が支配するイヴァンだった。本来の実力を披露する必要など、全くないのだ。むしろ披露すれば、裏の顔がバレるきっかけになりかねない。

 よって、このようにどうしても人前で鍛錬に出ねばならない時の彼の対応は、決まっている。

「ま、参りました」

 サイが剣を床に置き、片膝をついて手で相手を制し、降伏を伝えた。目の前で木剣を握っているのは、コートを脱ぎ、動きやすい白い訓練着に着替えたファフニールだ。彼の後ろには、6人の男達が木剣を携え直立不動で控えている。ファフニールは貴族であるため、自身のボディガードとして──尤も彼いわく、自分の体は自分で守れるとのことだが──連れて来ているのだ。

「うん。サイさんとおっしゃいましたね。とても丁寧な剣筋です」

 ファフニールはさわやかな笑みとは裏腹に、木剣をサイの喉元まで突きつけていた。ようやく剣を収め、ボディガードの一人が差し出した純白のタオルで汗を拭う。

「しかし、下からの斬り上げで相手の防御を崩そうとしているのがまるわかりになっている。これはいただけない。時には相手によって防御崩しの方法を変える事も必要ですよ」

「ハイ。ありがとうございます」

「よし、では次! ドモン、貴様だ!」

 ガイモンが苛立った調子で怒鳴る! 彼はファフニールに良いようにやられ続ける部下を見て、ふがいなさから怒りのボルテージを上げているのである!

「いいかドモン。貴様に期待しているわけではないが……せめて無様を晒すなよ」

「や、そのう……ガイモン様それは酷というかなんと言いますか」

「いいから行かんか、バカモンが!」

 文字通り背中を押されてよろよろと前に出るドモンにも、ファフニールは容赦なく剣を構えた。一流の剣士は、剣を構えるだけで相手を威圧する。ファフニールもそれに当てはまるだけの剣気を持っていた。ドモンはゆっくりと剣を正面に構える。すり足で間合いを測り、上段から斬りかかる! 刹那、ファフニールが横から剣を薙ぎ、ドモンの剣は手元から弾き飛ばされ、ドモンの顔に激突し一気に昏倒する!

挿絵(By みてみん)

 勝負は決した。打ち合いすら許されぬほどの一瞬の出来事だ。

「おい、おい! ドモン! しっかりしろ!」

 見かねたサイが倒れたドモンを揺り起こす。ファフニールは若干呆れたようにそれを見ているばかりだった。彼のボディガードも、回りの憲兵官吏も同じ反応だ。

「はっ、い、いったい何が……」

「ファフニール殿に吹き飛ばされたんだ。やっぱりお前じゃ無理だったか」

「ドモンさん」

 ファフニールは左手で剣を持ち、右手を差し伸べた。ドモンがそれに応じて手を掴み、よろよろと立ち上がった。既にファフニールの表情は半笑いに変わっていた。

「や、お恥ずかしいことです。実は今朝からお腹の調子が」

 みえみえの嘘を並べて弁明するドモンに、ガイモンからの刺すような視線が突き刺さる。

「それは大変でしたね。ところでドモンさん、あなた従軍の経験はおありで?」

「はあ、特には。二十二で憲兵官吏として召し上げられて以降は、ずっとイヴァンでの勤務でして」

「そうですか。いや失礼しました。ぜひ今度は体調が万全な時に立ち会いたいものですね」






 イヴァン北西部、色街。

 昼間、娼婦達の仕事は少ない。日が傾いてからでないと、客自体が少ないからである。湯浴みをしたり、客への手紙を書いたり、所属する娼館の仲間たちと話をしたりして過ごす。

 娼婦達は、娼館と長い契約を結ぶ。契約と言っても、娼館によってまちまちである。借金のカタに売られたような者から、稼ぎを求めて自ら売り込みをする者もいるからだ。いずれにせよ、一度契約を結べば、契約期間中は死ぬか、莫大な契約解除料を肩代わりし身元を請けてくれる人が現れない限りは色街の外へは出られない。

 現在の帝国の指導者・総代アルメイは、帝国宰相時代に、色街を治安維持の観点から取り潰すことを決めたことがあるが、色街に住む人々は街を守るために、そうした厳しい掟を自ら課した事を行政府に申し出て、なんとかそれを撤回させた経緯がある。

 娼館『マリアン』に所属する娼婦・アシュリーは、自身のプラチナブロンドの長い髪をまとめて、手紙を書いていた。想い人への手紙、いわゆるラブレターである。彼女はもともと魔国出身の貿易商の娘であったが、父親が戦争で命を落とし、行き場を失った挙句、父親の借金を全て背負わされ、色街に売られてしまったのだ。

 手元には、手紙が一枚。アシュリーの想い人、アレクからのものである。アレクはこの娼館の常連の大工である。地味で不器用だが、穏やかな青年だ。アシュリーの契約期間は後十年も残っており、若いアレクはそれを待っていられるような余裕を持ち合わせていなかった。アレクは懸命に金を貯めた。手紙には、もう少しでアシュリーを身請けすることができる、と綴られていた。その文字をみるだけで、アシュリーの口元はほころんだ。色街の仕事は楽しいことも辛いことも沢山あるが、何よりもう一度外の世界で生きてみたいという想いが強いからだ。

 これまで辛いことも多かったが、アレクは自分を幸せにしてくれるはずだ。

 アシュリーは二年待った。娼婦であり、娼館の商品以外の何物でもない彼女にとって、そうするほかなかったからだ。幸い、母親譲りのプラチナブロンドと褐色の肌の組み合わせはイヴァンでも珍しかったため、アシュリーはこのマリアンでも指折りの娼婦として数えられるようになった。娼婦は人気商売でもある。当然、稼ぐ娼婦のほうが良い扱いで過ごすことが出来る。アシュリーは、今までの二年よりはるかに長い二年を、そうしてなんとか過ごすことが出来たのである。

 手紙の文面をまとめようと羽ペンを取った瞬間、居室をノックするものがあった。

「アシュリーちゃん、ちょっといいかしら」

「どうぞ」

 くねくねと細い体を揺らしながら、マリアンの支配人が居室へ現れる。彼はこの色街に帝国建国前からいるというベテランで、色街でもちょっとした顔役でもある。

「アレクったら、本当にすごい男よね」

 支配人は手紙の差出人のサインを見て、感心混じりにそう言った。

「大工なんて、そんな稼げるもんじゃないでしょうに」

「ええ。私も、そう思う。何か用なの?」

「そう、それ。アシュリーちゃん、実はさっきお座敷の予約があって。今日ウチで盛大にやりたいから、レベルの高い綺麗どころを集めて欲しいって」

「どこのお大尽よ、それ?」

「貴族よ。お友達も何人か連れてくるらしいの。やーねえ、お金さえ積めばなんとでもなると思っちゃって。色街の女はそんな軽くないわよお」

 苦々しげにそういう支配人であるが、貴族の客には気を使わなければならないのも確かである。なまじ権力も金もあるので、機嫌を損ねれば娼館そのものにダメージを受けてしまうかもしれないからだ。

「分かった。準備しておくわ」

「助かるわあ。じゃ、よろしくねえ?」

 アシュリーは、転がした羽ペンをもう一度手に取り、インクに漬けるとすらすらと手紙を書き始めた。新しい生活への希望を考える内に、書きたいことが溢れてきたのだった。


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