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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
懺悔不要
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懺悔不要(Cパート)

「旦那」

 イオはロザリオを握る。ドモンは剣の柄を。入ってきた男は、皇帝殺しを名乗った。真実か否かは、この際問題ではない。確かなことは、皇帝殺しの話を知っているということだ。考えられる可能性は、三つ。一つは、イオの知り合い。2つ目は、憲兵団員。……3つ目は、本人であるということ。

「や……困りましたね。憲兵団でも、その話はご法度なのですよ」

 ドモンは柄から手を離し、頭を掻きながら男に近づく。

「別にうわさ話されるのには慣れてる。わざわざ本人がやってきたんだ、今更どうこうするつもりもないさ。どうだ、サインやろうか」

「結構ですよ。その手のバカに付き合っちゃいられませんからね」

 長剣を抜き、斬りかかる。男はそれを見抜いていたのか、身体ごと躱す。下から斬り上げた剣も当たらない。ドモンは上段から振り下ろさんとしたが、頭のすぐ先でそれを止めた。ドモンの目の前に、銃口があった。いつの間に抜いたのだ、この男は。

「信じてくれたかい」

「……まさか、本当に」

「旦那! 動くなよ。俺が……」

 イオがロザリオの下側を捻る。ぜんまいがギチギチ回転する。ドモンは剣をそのままに一喝する。イオまで殺意を振りまけば、ここで血を見るハメになる。

「やめろ」

「そおーさ。その方がいい。俺達は、同じ穴のムジナだ。金を貰って人を殺す、クズだ。同業者に会うのは久々でね。せっかくだ。仲良くしようじゃないか」

 ドモンは男の眼を見る。サングラスごしの眼を。暗い闇の底、深い水面の奥。何の感慨も浮かばない、冷たい殺人者の眼を。そう、同類だ。金のために、人を殺す。それについて言訳をしない、もはやできなくなった、クズの証。

「なら、お互い得物を下ろしましょう。何のメリットもない」

「心配するな。そういうことならな……よく見ろ、こいつは空っぽだ。弾倉に何も入っちゃいない」

 ドモンには銃の構造はよくわからない。だが、攻撃する意思がないことは理解ができた。次の瞬間には、男の銃を手の甲ごと、柄で殴った。銃がからからと音を立てて転がる。男には、抵抗をする意志は無いようだった。ドモンはさらに柄で男を殴る。一回。二回。血が飛ぶ。三回。男は地面に転がる。

「旦那、そのへんにしときなァ!」

 イオが後ろからドモンを羽交い絞めにしてようやく、ドモンは剣を収めた。イオがそうしなければ、恐らくドモンは男を殺すことに躊躇はしなかっただろう。

「……あまり、僕をバカにするなよ『皇帝殺し』。何が同業者だ。調子に乗るな。精々、チンピラが武器を振り回してる程度のもんだ」

 血混じりの痰を吐き、男は口を拭いながらよろよろと立ち上がる。

「そうかもな。俺の世界じゃ、これくらいで通用したもんでね」

「……神父」

 イオは、ドモンの低い声に身を震わせた。普段と一八〇度違う、ドスの効いた声。イオを名前でなく、『職業』で呼ぶとき。

「なんだい、旦那」

「あんたはどう思ってるかは知らないが、僕はこいつと組もうと思わない」

「おいおい、旦那! 眼がどうにかしちまったのかァ! あんたは、この『皇帝殺し』に一本取られてるんだぜェ!」

「それがどうした。僕らがやるのはおててつないで仲良く稽古する類のもんじゃない。本物の殺人なんだ。『殺れると確信した時に殺る』。当たり前のことだ。当たり前のことをないがしろにする奴と、僕は組む気はない」

 ドモンは剣を収め、それだけを吐き捨てると教会を出ていってしまった。教会には、イオと男だけが残された。





「ただいま」

 夜更け過ぎに帰ってくるのは、憲兵団員の常である。夜勤は交代制で行われるからだし、暇な不良官吏は夜遊びをするからでもある。残念ながら、ドモンはあまりその手の遊びが苦手だったりするのだが。

「お兄さま!」

 金切り声が耳に突き刺さり、ドモンはうんざりした表情を浮かべる。

「今日は夜勤ではないと聞いておりました! 一体どちらをほっつき歩かれておられたのですか!」

 ドモンの妹、セリカが寝間着を纏い、仁王立ちで玄関に立ちはだかっていた。ランプの光の照り返りが、中央で分けた栗色の髪の間から覗く額に反射していた。意志の強い栗色の瞳は、半分眠っているようなドモンと対照的に、爛々と光を放っているようにすら見えた。

「や、すいません。飲み会をやるとかで捕まってまして……」

「お兄さまはお酒を呑めないのですから、そのような会に誘われないのでは?」

「や、そういうのは関係ないんですよ……年功序列というやつですから……」

「ともかく、湯浴みをなさって下さい。明日に響きます」

「や、助かります。魔導師の妹を持つと、いつでも暖かいお風呂に入れるのは嬉しいですねえ」

 セリカはあくびをすると、少し伸びをし、ドモンに言い放った。

「冗談ではありません。私は明日も早いので寝ます。種火はランプにしてありますから、沸かすのはご自分でなさってくださいまし」

 これだ。妹のセリカは、元王国民でありながら、魔国に魔導師になるため留学していたほどの才女であり、現在も、帝国魔導師学校の教鞭をとるほどの実力を持つ。

 だが、ふがいない兄への畏敬の念は持ち合わせていない。むしろ、最近付き合い始めた恋人と結婚し、この実家で暮らしたい気持ちがあるらしく、ドモンの肩身は日々狭くなるばかりである。金さえあれば、悠々自適の独身貴族生活を満喫することができるのだが、帝国での生活は金がかかる。今の賄賂だって、少ない給与をなんとか補うだけの金額しか無いのだ。

「はあ……困りましたねえ。仕事も、生活も……嫌になりますよ。金さえあればやめてやりたい!」

 ドモンは生ぬるくなった湯船に浸かりながら、今日の出来事を反復する。クズ共を金のために殺す、クズ。悪党どもを殺すというだけなら聞こえは良かった。だが、三年前、当時の仲間のほとんどは、帝国行政府からの達しが出た憲兵団によって、徹底的に追い詰められ、無惨に殺された。男も、女も関係無かった。唯一、ニセの情報を流し、どさくさに紛れ逃げ出したイオと、憲兵団内部の事情に詳しかったドモンは捜査の穴を突き、難を逃れることができたのである。

「金さえあれば……か」

 




 次の日、憂鬱な気分でしたくもない見回りを続けるドモンが見たのは、昨日教会で出会った男と、見慣れない女が連れ立って歩く姿だった。まさか、昨日の今日で会ってしまうとは思わなかった。

「こりゃあ、憲兵官吏の……昨日は世話になったな」

「……や、失礼。どなたでしたっけ? 色々人に会う仕事なので。覚えていないこともあるのですよ」

 ドモンはフードを目深に被った小柄な影に目を向けた。その体つきに女性らしさがこれでもか、というほど溢れているのが、ドモンにも分かった。

「……こっちは、俺の相棒でね。情報収集がうまいんだ」

「はあ。……ちょっとこちらへ」

 薄暗がりの路地裏へ、二人を引き込む。人影はないことを確認すると、ドモンはなりふり構わず男に詰め寄った。

「どういうつもりだ、あんたは……僕はあんたと組まないといったはずだ。さっさと行け。それとも、憲兵団に引き渡してやろうか」

「昨日の神父……イオだったか。やつはそうでも無いみたいだったぜ。……紹介しとこう。こっちはエ……フィリュネだ」

 礼儀正しく、フィリュネと呼ばれた少女はお辞儀をした。ドモンは、軽く会釈を返す。

「いい加減にしろ。人の話を聞け……。僕は、あんたの実力は分かってるつもりだ。だが、あんなナメた真似をしていたら、いつか寝首をかかれるぞ。組んだ時ヘマをされたら、そのとばっちりを食うのは僕だ。もしかしたら神父かもな!」

「……憲兵の旦那。罪のない女が泣いてても、我が身の方が可愛いのか?」

「ああ。僕とイオは、金のために『断罪ジャッジ』してきたんだ。そんな甘い考えは、もう持たないことにしてる」

「殺しの相手はもう割れてる。後は、依頼人次第ってところだ。……イオは、やる気みたいだったぜ。あんたはどうなんだ」

「金次第ですよ」

 ドモンは憲兵官吏になり、男と少女は暗がりに残された。ドモンは決めかねていた。自分がクズに戻れるのか。金はつかめるかもしれない。だが、命を手放しかねない。心は確実に揺れ動いていた。




 サイに呼び止められたのは、その直後の話だった。

「奇遇ですね、こんなところで……」

「ちょうどよかった、ドモン。殺しがあったらしい。一緒に来てくれ」

 野次馬をかき分けると、そこには物言わぬ死体となった少女が横たわっていた。憲兵団付きの医師が、死体を観察している最中である。

「先生、どうだ」

「ひでえもんだべ。こんの子、慰み者にされた挙句首を絞められたのが原因で、死んじまったのよお。その後、川に投げ捨てられて……可哀想に。顔も見れるもんじゃなくなってらあね」

 ドモンは顔にかけられた布を取る。青ざめた顔はボコボコに腫れ上がっていたが、印象は残っていた。昨日、男に襲われていたところを、イオと一緒に助けた少女だ。つまり、サンデル商会の生き残った少女。

「美人が台無しですね……身元は分かってるんですか」

「サンデル商会とこの娘さんだあよ。天涯孤独の身になっちまったみてえでよお、死体の引取人もいにゃあのよ」

 ドモンは、急用を思い出した、とつぶやくと、サイや先生の静止も聞かずに、駆け出した。やりきれない思いを抱えて。少女は、最後まで貶められた挙句、誰にも顧みられること無く、酷い姿に変えられて死んだのだ。ドモンは走る。イオの教会へ走る。恨みを残して死んだ少女のために。自らのやり切れない魂を救うために。

「神父!」

 教会には、イオと、先ほどの二人……『皇帝殺し』と少女がいた。待ち構えていたかのようなタイミングだった。

「旦那……こいつらから聞いたぜェ。あの子、死んじまったらしいな」

「そうだ」

「やるのか」

「金次第だ」

「あ、あの」

 フィリュネがおずおずと声を挙げる。

「ひ、標的は、ドルド商会の会長、ゲイリー・ドルド。そして、その子飼いのチンピラ、ハキムにムーア。最後に、行政府司法判事、トリヒト。以上の四名です」

「旦那、あの女の子の言う事は全部本当だったのさァ。そして、司法判事のトリヒトが便宜を図って、ドルド商会に火の粉が飛ばないように仕向けた。今や、ドルド商会は材木商会の中じゃ、イヴァン随一さ。判事も、さぞかし甘い汁を吸ってることだろう」

 イオは、物憂げに説明した。手の中には、ロザリオを固く握りしめている。

「そして、生き残った女の子も、通り魔に見せかけて……いや、判事もグルなら、強引に自殺にされちまうかもな」

 皇帝殺しの男は、何がおかしいのかシニカルな笑みを浮かべる。イオは、中身の詰まった麻袋を、無表情に聖書台に置いた。金属同士がこすれ合う音が鳴る。

「懺悔の度に、あの子が置いていったものでねェ。依頼料としては十分だろ。銀貨だが、四十枚はある」

 袋をひっくり返すと、銀貨が光を孕み、音を鳴らしながらこぼれ落ちる。イオは十枚数えて引っ掴むと、カソックコートのポケットにしまい込む。皇帝殺しとフィリュネもそれに習った。教会を去ろうとする二人に、ドモンは声をかける。

「金を受け取ったら、もうあんたは『断罪人』だ。断罪をしくじったりすれば、あんたは死ぬ。死ななくても僕が殺す。そっちの女もだ」

 返事は無かった。最後にドモンが残った十枚を袖口のポケットにしまう。再び、クズに戻る時が来たのだ。

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