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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
完璧不要
69/124

完璧不要(Aパート)




 イヴァン北西部、風俗街。

 ソニアは事を終え、ベッドの上に腰掛け、紙巻きタバコを作っていた。おぼろげなランプの火に完成したタバコをくっつけ、口に咥える。だが、すぐに奪われた。

「……もう帰るの?」

 女は褐色の肌のなめらかな背中を惜しげもなく晒しながら、ソニアのタバコを吸った。彼女はソニアのお気に入りの女だ。多くを語らないし、語らせない。機知に富み、穏やかで優しく、そして美しかった。ソニアは十分に大人であったが、時たま彼女のような女を必要とした。尤も、それはだれだってそうだろう、と彼自身は考えている。

「泊まっていけばいいのに。別に料金変わんないのよ?」

「同居人がうるさくてね」

 ソニアは短くそう答え、銃創だらけの体にシャツを通した。女はその傷に手を伸ばそうとしていたが、既にサングラスで覆われた視線を見て空を掴んだ。プラチナブロンドの髪に手櫛を通してから、褐色の肌を掻き抱く。

「ねえ、話しない? 少しだけでいいの」

「寝物語になら遅い。もう服を着ちまった」

「少しだけよ。ほんの少し……次あなたが来るの、いつなのか分からないもの」

 ソニアは灰皿にタバコを置くと、ベッドに座った。女はとりとめのない事を話した。娼館に所属する女達は、基本的に風俗街から出ない。狭い世界で懸命に生きる彼女らにとって、客とは外界とを繋ぐ唯一の道なのだ。

「……で、ヘイヴンで有名なケーキ屋さんって聞いたからには、食べてみたいのよね」

「ウチの同居人も甘いモノに目がなくてな。今度どんなものか聞いてみるよ」

 女はベッドの側のランプを灯したように明るい表情を浮かべる。ソニアまで口角を上げそうになったが、その口の端にタバコを突っ込むと、煙をふかす。

「ねえ。また来てくれる?」

「ああ」

「約束よ」

「ああ」

 女もソニアも、自分から出た言葉が真実かどうかなど分からなかった。だが、この会話をするのとしないとでは、女にとっての心の平穏は大きく違う。それはソニアにとっても同じだ。例えそれが、この狭い部屋の中の、一時のことだとしても。





 ヘイヴンは今日も騒がしく、人々で混み合っていた。その人の中を掻き分けて進むのは、憲兵官吏のドモンである。彼の仕事はこの自由市場・ヘイヴンの治安を守ることであるが、差し出される賄賂をちょいちょい受け取り、袖の中の隠しポケットに収納するのを忘れない。

「旦那、いつもご苦労さんです」

 八百屋のオヤジが賄賂を差し出すのを手で制しながら、ドモンはふと並んでいたりんごを手に取るとかじった。ドモンはがめついが、食い意地も張っているが、最低限の常識は手放していない。賄賂と商品を同時に奪うような真似はしないのだ。

「や、いつもここの果物はうまいですねえ。……何か変わったことはありませんか?」

「お陰様で何もありませんや」

「それは大変結構。でも困ったことがあったら、必ず何か知らせるんですよ」

 がりがりりんごをかじりながら、噴水広場にたどり着き、ベンチに腰掛ける。ここに来ると、ドモンの担当区域を一周したことになるのだ。一息を吐きながら、行き交う人たちをぼおっと見つめる。カップルに行商人、剣を携えた傭兵に子供。様々な人々が右から左へ、左から右へと通り過ぎていった。

 その中で、ひときわ目立つ男がひとり居た。腰まで届きそうな癖のついた茶髪。背は高く眉目秀麗。布で巻かれた長い何かを背負っている。服装はラフなシャツにスラックスという格好であるが、ドモンは彼が何者であるかすぐに分かった。何しろ、羽織った外套のデザインがデザインだ。帝国貴族達は、家ごとに自らの私兵として騎士団を抱えているが、その中でも、武闘派として知られるのがユージーン家の所有する竜騎士団である。彼らは竜を手懐け空を駆けることから防寒具を常に必要としており、竜騎士団の誇りを示さんと、特別なデザインの外套を常に身に付けているのである。

「すみません。失礼ですが、憲兵官吏の方ですか。恐縮ですが、憲兵団本部への道を教えていただきたいのですが」

「はあ、憲兵団本部ですかあ? 竜騎士団の方がどんな用か存じませんがねえ、あんまり邪魔しないほうが身のためですよ。『別にお腹は痛くないけど薬をもらったら怒られた』……そういうことわざもあります。変に疑われるかもしれませんからねえ。ええと、イヴァンの中央に向かって行けば……ちょうどここから東の方向に行けばすぐ着きますから」

「これは丁寧にありがとうございます。では、先を急ぎますのでこれで」

 男はにこやかにお辞儀をした後、足元に置いたバッグを手に取り、足早に東へと向かっていった。ドモンは手に持ったリンゴをかじり終えると、首をかしげつつ、再びパトロールに戻るのだった。

「変な騎士様ですねえ……」





 本部にのろのろと戻ったドモンを出迎えたのは、整然と並んで上役の筆頭官吏・ガイモンの話を聞く同僚たちの姿だった。その中に同僚であり、友人であるサイを見つけると、そろそろと列に紛れ隣に並んだ。珍しくガイモンはドモンに気付かなかったようで、ドモンは胸をなでおろしながら友人に状況を聞くことが出来たのだった。

「一体何の騒ぎなんです、これ」

「おいおい、お前聞いてなかったのか? 今日から剣術の訓練のために、外部から講師を招くって予定だったろ」

 サイが小さな声の中に呆れの色を隠さず言った。

「聞いてませんよ」

「じゃ寝てたんだろ。……ほら、あれがそうだ」

 彼が顎でしゃくった先に、見覚えのある顔の男が立っていた。昼間、噴水広場で見かけた男……自分に道を聞いてきた、妙に礼儀正しい騎士だ!

「では、御紹介しよう。ユージーン家所属の竜騎士団で、自らも貴族の地位にありながら、若くして騎士中隊隊長を勤められている、ファフニール・C・ベイル殿であらせられる」

 乾いた万雷の拍手に迎えられ、少しはにかみながらファフニールが歩み出た。その一方で、ドモンの顔色は急速に青ざめていく!

「どうも。今回は、剣術指南役としてお招きいただき光栄です。僕も現場で犯罪と戦う皆さんの実戦剣術を学んで、自らの剣の糧としたいと考えています」

 再び万雷の拍手! ドモンはぼおっと立ち尽くしながら、自らの過ちをなんとか取り繕う方法を考えていた。その時、最悪のタイミングでファフニールがドモンに気づいてしまったのである!

「これは、先ほどの憲兵官吏の……無事本部にたどり着く事が出来ました。あなたのお陰だ。ありがとうございます」

 ファフニールはにこりと笑顔を見せながら、立ち尽くすドモンの手を取り、握手をした。ドモンはぎこちなく笑みを浮かべることしかできなかった。下手なことを言えば……いや既に言ってしまっているが、いよいよ首を飛ばしかねられない!

「ファフニール殿、こ、こいつが何か無礼な事を言いませんでしたか!」

 ファフニールを追いかけるようにガイモンが近づくと、焦りの色を交えた表情でドモンを睨みつける! ただでさえドモンの勤務態度は最悪で、ガイモンは目をつけているのである。

「いえ。彼はとても優秀な憲兵官吏だと思います。親切で、とても丁寧だ。おまけに博学と来ている。ガイモン様、良い部下をお持ちですね」

「は、ははーッ! 私もそう思っております! こやつは普段はダメですが、やれば出来る男だと! な、ドモン!」

 ガイモンが肩をばしんと叩き、ドモンはなんとか我に帰ることが出来た。そして、どうやら自分の首はなんとか繋がったようだ、と安堵することも出来たのだった。

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