表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
方便不要
67/124

方便不要(Cパート)





「ハジメさん。どうです、首尾の方は」

 エイムズが書類をまとめながら顔を上げた。憲兵団応接室を借りきり、遊撃隊の腕利き二人は孤独な捜査に身を投じていた。彼らとて間抜けではない。憲兵官吏達の評判は良くなく、協力も期待できないことを。

「ヘイヴンの周辺を洗ってみたが、あまり良い結果は得られなかった。憲兵団の連中、どうも住人に対して我々に何も言わないよう口止めしているようだ」

 遊撃隊の評判は最悪と言っていい。かつて各地で諜報任務を負っていた彼らは、行政府直属であること、そして何より行政府から目の届かない場所で任務を行っていることをいいことに、数々の任務先で問題を起こしていたのである。もっともそれは昔の話で、今はそうではないし、そもそもハジメやエイムズが入隊する以前の話だ。

 しかし、人々は忘れない。自分たちに危害を加えてきた、横暴なる遊撃隊の記憶は、消えないのだ。そうした過去が、ハジメ達の大きな敵であるとも言えた。

「ハジメさん。今からでも遅くないですよ。こんな任務降りましょうよ」

「貴様、弱音を吐くな。なぜそんなことを言う」

「だって、もともと憲兵団の連中が泣きついてきた事案じゃないですか。ウチもまあ、捜査協力の数字目標があるから仕方ない部分もありますけど。でも、解決まで義理立てするようなことじゃない。違いますか」

 剣とともに腰に帯びた乗馬用ムチに触れながら、ハジメは考える。エイムズのいうことには一理ある。助けを求めておきながら、メンツだけ確保しようとし、あまつさえ手柄を独り占めしようとする憲兵団に、義理立てし続ける必要はない。

「エイムズ。何かいい方法はあるか」

「こういう時は、もっともらしい結論をつけてやることですよ。捜査協力ができない、正当な理由をつきつけてやるんです。俺のオヤジもよくやってました」

 エイムズはこう見えて、騎士団出身のエリートである。父親も同じく騎士団所属の騎士で、現在は一線を引き、帝国技術開発局の高官を務めている。代々のエリートなのだ。

「忠告だが、貴様の父親がそうしているからと言って、貴様もそうすることはないと思うがな。──それとも、これ以上捜査を続けたくない理由でもあるのか」

 エイムズは小さく笑い、ハジメの言葉を否定した。だが、ハジメは知っている。彼には、ハジメにも伝えられていない任務を帯びていることを。その任務の最中に、この捜査を行わなくてはならない状況に陥っているのだ。一刻も早くその状況から抜け出したいと思うのは、当然の欲求だろう。

「……お父上の威光があるのは私にも分かっている。貴様が抱いている憲兵団への怒りもだ。だが、貴様の任務の異常は明らかじゃないのか」

「任務ですから」

 エイムズはきっぱりとそう言うと、目の前の書類を整え始めた。コンビを組んで長いが、彼のことだけは中々理解できずにいた。感情は、そのまま停滞してはいなかったが。

「そんなことより、ハジメさん。何か美味いものでも食べに行きませんか。しばらくイヴァンでの勤務が続きましたけど、次は違うかもしれませんし」

 彼は軽薄にそう言うと、ハジメの手をおもむろに握った。ハジメはそれをとっさに払いのけ、謝った。

「すまない」

「……こっちこそ、ごめんなさい。忘れてたわけじゃないんです。触られるの、嫌だって」

「貴様とは、長い付き合いなのにな」

「長いも何も、俺達付き合ってるんじゃないんですか」

 ハジメは姉の事を考えていた。優しかった姉は、どこの馬の骨ともしれない男に犯された挙句、それを苦にして自ら死を選んだ。もう七年前になる。当時ハジメはまさしくこのイヴァンに住んでいたが、捜査を担当していた騎士からは捜査が早々に打ち切られたことのみがハジメに伝えられ、それきりになった。

 死ぬ前の姉は語った。自分を犯した男への恐怖と、自分への嫌悪を、ひたすら、ずっと。ハジメが姉のように、男を憎み、本能的に避けることは当然とも言えた。

 エイムズはそんな過去も気にはしない男だったし、ハジメも話さなかったが、それでもハジメはトラウマから逃れることはできなかった。お陰で、彼とは手すらまともに繋いだことがない。一向に、コンビとしての仕事上の関係から進めないのだ。

「何か食べに行こう。憲兵団への言い訳はもう思いついているんだろうな」

「ええ。なんなら、書面にしましょうか」






 イオの教会では、フィリュネとソニア、そしてイオが酒を飲みながらだらだらと話をしていた。つまみは、ヘイヴンで安く売っていたナッツをローストしたものだ。

「嬢ちゃん、元気ねェじゃねえか」

「あまり言ってやるな。色々あったんだよ」

 フィリュネは普段はあまり飲まない酒をナッツを多めに口に入れながら飲み進めた。母親は、戦争時代に遊撃隊の隊員によって殺された。父はそれでも、エルフ族の代表として、亜人の国の指導者として、不問とする態度を取った。父は、自分の妻の死への怒りより、多くの亜人達の命を取った。そんな父親も、五年前の内戦で国ごと命を落とした。『遊撃隊』の一言で、フィリュネは奪われたものと失ったものの記憶が一気に蘇ったのだった。

「なにがあったんでェ」

「神父、お前もよくわかってると思うが……女の過去と墓は掘り返さないことだ」

「わかってる。だがよォ……」

「いいですよ」

 小さくフィリュネはそう言った。そして、フィリュネは二人に話した。自分の過去の事を。母親の死と、父親の死を。

「……私は、実のところもう、昔のことはいいんです。ソニアさんが、私を助けてくれた。両親は死んでしまったけど、今の私にはソニアさんがいます。それでいいんです」

「そうは見えねェがな」

 フィリュネは膝の上で固く拳を握りしめていた。伏せている目には、涙が光っている。イオはグラスを傾けながら、次の言葉を考えていた。その悲しい目に、見覚えがあったからだ。昼間ここに来た、遊撃隊の女。たどたどしいピアノの女。姉のことを語った時、フィリュネと全く同じ目をしていた。

「嬢ちゃん、たまには酒もいいもんだろ。俺達にゃあ逃げ場なんてねェ。だから、酒を飲むのさ。酒は、どうしようもない時、嫌なことを忘れさせてくれる」

「まるでアル中の言葉だな、神父」

 ソニアは片手にタバコを挟んだまま、小さく笑った。イオもだらしなく笑い──フィリュネも笑った。フィリュネは弱い。泣いたり、笑ったり、感情をコントロールしようとはあまりしない。だから、こうして時たま過去に悩んだりする。

 だがそれでいいのだ。

 殺し屋として長く生きてきたソニアやイオにとって、過去は全く価値のないものだ。だがそれは、本来人が積み重ねていくものを全て捨てることに等しい。ソニアはせめてフィリュネにだけは、人間らしい生き方を忘れないで欲しかったのだ。

「私、アル中じゃないですよ!」

「今後は分からねェぜ」





 遊撃隊との合同捜査が始まって、一週間が過ぎた頃。憲兵団の『本命』捜査チームのリーダーを任されていたサイは、突然ガイモンに呼び出され、短い話の後、肩を落としてガイモンの執務室から出てきた。頭を抱えてため息をつきながら自分の椅子に座る彼を訝しんだのは、隣に座るドモンだった。

「なんです、ガイモン様にどやされましたか。まあ、元気だして下さいよ」

「違う」

 サイは顔を上げ、辺りをキョロキョロ警戒してから、ドモンに話しだした。

「例の連続殺人事件なんだがな。捜査、打ち切りになりそうなんだ」

「ええっ。何でですか?」

「分からん。何でも、帝国技術開発局が絡んでるらしい。新技術の流出が関わってるらしくてな。これ以上は手出しするな。『皇帝殺し』だと」

 皇帝殺し。かつて皇帝を殺した人物を捜索する名目で、憲兵団は強制的な捜査を行っている。それもこれも、皇帝を殺した人物が一向に見つからないためなのだが、それを転じて迷宮入りの事件、または『迷宮入りにしたい事件』を『皇帝殺し』と呼ぶようになった。

「今回もそれだと?」

「帝国技術開発局局長、テレンス・バーンズ直々、とか言ってたぜ。遊撃隊もまあ、俺達からの仕打ちに業を煮やしてたらしいし、潮時ってこったろ」

 サイは不機嫌そうに、吐き捨てるようにそういった。遊撃隊は後数日で引き継ぎを終え、再びイヴァンの外へ任務へ出て行くことだろう。

「新技術ねえ……ま、ともかくあのおっかない遊撃隊の人にどやされることもなくなるわけですから、喜ばしいってもんじゃないですか」

「畜生。どうも納得行かねえ。なあ、ドモン。仮にだ。その犯人が、新技術を持ちだしたことと関係のある人間だとして、なんでわざわざ女を殺して火をつけなくちゃならない」

 ドモンは興味なさそうに、さあ、と短く返事をした。ともかく、今までどおりに窮屈な仕事をしなくて済むのならありがたい。サイはともかくとして、ドモンにとって仕事はしなくていいに越したことはないのだ。

「で、どうするつもりなんです。突っ込んで捜査してみますか」

「冗談だろ。俺は上には逆らわないのがモットーなんだ。気持ち悪いのは確かだが、納得するしかないさ」

 サイは不機嫌そうにそう言うと、書類を広げ始めた。ドモンはそんな彼を尻目に、居眠りを始めるのだった。






「どういうことだ、エイムズ」

 ハジメはエイムズと共に、帝国技術開発局の事務所に来ていた。憲兵団団長とガイモンから、帝国技術開発局から捜査の打ち切りが通達された、と知らせを受けたハジメは、あまりに手際が良すぎる事を不審に思い、エイムズを問い詰めたのだ。

「オヤジから話を聞けば分かりますよ」

 そう一点張りするばかりのエイムズについて、こうして事務所の応接室に通されたのである。不信感は高まるばかりである。ハジメは落ち着かない様子で、乗馬用ムチに何度も触れる。

「やあ、すまんね。君がハジメくんか。息子からよく話を聞いておるよ。テレンス・バーンズだ」

 スーツ姿の、小柄な男が姿を現した。こうして、エイムズの親に会うのは初めてだった。できれば、こうした形で会いたくはなかった。

「こちらこそ。しかし、私には早急に確かめなければならないことがあります」

「出来る限り答えよう」

「彼の受けている任務とは何なのですか。例の連続殺人事件の捜査は、その任務に差し障りがあるからと打ち切られたとか。お父様、あなたから譲り受けた試作品の作動テストが関係していると聞いています」

 テレンスは手を組んで一瞬言いよどんだようだったが、ハジメの鋭い視線を受け止めてから、意を決したように話し始めた。

「エイムズ。いいんだな」

「ああ。ハジメさんは、俺の事を理解してくれる。オヤジのことも」

 エイムズは力強くうなずき、父親の発言をさらに促した。

「本来なら、エイムズから言わねばならんことだ。だが、親として、どうしても私から言いたかったのだ」

「聞きましょう」

「……エイムズは、昔から剣術に秀でていた。一緒にいる君ならよく分かるだろうが、魔法はあまり得意ではない。そして、この子には……困ったくせがあってね」

「くせ?」

 ハジメは、彼とコンビを組んで三年近くになる。中々理解できないところは多いが、特に目立ったような癖があっただろうか。

「うん。悪い癖だ。エイムズは、女の首を絞めるのが好きなんだ」

「はあ?」

 突拍子もない言葉に、ハジメは大口を開けそうになる。

「ハジメさん、オヤジのいうことは本当なんです。俺は……俺は女の首を絞めるのが好きなんですよ。趣味みたいなもんです。苦しんで、生きるか死ぬかボーダーラインをさまよう姿が好きなんだ。瞳孔が閉じたり開いたり、焦点がぶれたりするのを見るのが好きなんです。いつまでも見ていたい。でも、でも、続ければ死んじまう。離せば俺は捕まっちまうかもしれない。だから」

 言動が揺れ始める息子を見て、いとおしげに父親が助け舟代わりの結論を打った。

「そう、だから首を絞めて、殺してしまうんだ」

 ハジメは混乱していた。エイムズは良き友人で、良きパートナーで、良き後輩で、私の恋人になってくれるかもしれない男だった。だが、首を絞めるのが好き? 女の? なぜ?

「それと」

 ハジメは乗馬用ムチに触れ、脳内で姉の好きだったピアノの曲を流した。彼女に出来る最高の精神統一だった。そうでもしていなければ、今すぐにでもおかしくなってしまいそうだ。

「それと、試作品のテスト任務に何の関係が」

「首を絞めて殺すと、当然ながら死体が出る。……しかし、跡形もなく燃やせば別だ。だが、そうまでするには、火種からちんたら燃やすのを待っているわけにも行かん。少なくとも、炎系のA級ライセンスを持った魔導師が使う魔法が必要になるだろう。エイムズ、見せてあげなさい」

 エイムズは右手のグローブを外し、ケーブルで一体化している腕輪を外した。これが、試作品なのだ。このグローブで女の首を絞め、死体を燃やした。ハジメは一瞬でそれを理解した。隣にいるこの男は、異常な連続殺人鬼なのだ。

「ハジメさん。これを使えば、普通に死体を燃やすより早いんです。改良を重ねれば、いつかはA級ライセンスレベルの魔法が、才能のない人間でも使えるようになる」

 ハジメは、姉の事を考えた時のように猛烈に吐き気に襲われた。信じていたものが失われ、崩れた。一刻も早く、この部屋から出てしまいたかった。

「ハジメくん。これは、確かに私がエイムズに個人的に働きかけたことだ。もちろん、データは取らせてもらっている。魔法と科学の融合技術の発展のため、人々の犠牲は当然のことだ。そして、エイムズは捕まらずに女の首を絞められる。今まで我慢してきたのが不思議な程だ。……エイムズが私の妻を絞め殺した時、本当に驚いたが……こうしてイヴァンの、帝国のためになることができて、私は息子を本当に誇りに思っているよ」

 ハジメは口元を抑えたまま、立ち上がった。そうしないと、すぐにでも胃の中のものをぶちまけそうになってしまったからだった。

「……失礼する」

「ハジメさん」

「私の名を……口にするな! 反吐が出る!」

 息も絶え絶えにそう言い捨てると、ハジメはよろよろと技術開発局の応接室を後にした。その場には、ハジメから暗に全てを否定された親子が残された。

「ダメだったか」

「どうする、オヤジ」

「決まっている。お前の好きにしなさい。いつかお前の事をすべてわかってくれる女の人が、現れるさ。彼女は諦めろ」

 エイムズは笑った。笑いながら、グローブを嵌め、指をせわしなく動かした。体中から喜びが滲んでいるようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ