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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
方便不要
66/124

方便不要(Bパート)





 ハジメとエイムズの二人が来てから、次の日。

「また被害者が出た。二十代の女性。暴行は認められなかったが、同じ手口で燃やされている」

 ハジメは傍目から見て分かる程苛立っていた。乗馬用ムチを手で弄ぶたびに、乾いた音が鳴り、憲兵官吏──ガイモン曰く、選りすぐりの──男達は震え上がった。何しろこのハジメという女は、憲兵官吏を信用しない。その上、自分の指示したことを相手が達成しなかったり、否定されたりすると、あからさまに嫌悪を示すのだ。実質的に部下としてつけられた憲兵官吏達にとってみれば、たまったものではない。

 そんな男達の中に、ドモンの姿もあった。もちろん『現場から外れても特に困らない憲兵官吏』だからだ。大なり小なり、他の憲兵官吏もそういった二流以下の人物が選ばれている。

「諸君、優秀なる憲兵官吏諸君。これはイヴァンは元より、帝国……いや皇帝陛下に対する挑戦とも言える。諸君らの健闘を期待している。……なにを見ている。さっさと動け。聞き込みに証拠集め、現場の分析、やることは山ほどある。早くしろ! 散れ!」

 のたのたとデスクに戻り、ドモンは事件の概要を改めて読みなおしてみた。女性ばかりが狙われ、どの遺体も殺されてから火を付けられていることが分かっている。炎の勢いが強いため、遺体の損傷がひどく、身元は不明であり遺留品から判断する他ないこと。また、炎の勢いからみて、魔導師B級ライセンス以上の人間が魔法を使って犯行に及んでいること。

「ドモン君。しっかし参ったのう」

 定年間際の老憲兵官吏・モルダが白い口髭をなでつけながら、目の前に現れた。彼はベテランであり、帝国騎士団からの出向組であるが、さしたる手柄をあげたこともなく、憲兵官吏に左遷されたような男だ。尤も、彼自身それを卑下することはないのだが。

 彼もまた、ドモンと同じく『いてもいなくても変わらない憲兵官吏』の一人に選ばれてしまったというわけだ。

「あんなおっかない女子、勘弁してほしいわい。わしのかみさんでもああは言わんぞ」

「仕方がないじゃないですか。ガイモン様はどうせ、僕らに彼女たちの足を引っ張ることくらいしか期待してないんですよ」

 事実、サイを始めとする優秀な憲兵官吏は、それぞれ事件に当たるため密かに特別チームを組み、捜査に当たっている。なんとしても、帝国遊撃隊の鼻をあかしてやりたいというのが、率直な本音だろう。憲兵団はただでさえ、騎士団へのコンプレックスのある組織なのだ。これで帝国遊撃隊にまで馬鹿にされるようなことがあれば、ガイモンや団長のプライドが許さないのだろう。

「ドモン君、昼にでも出んか。川魚なんじゃがな、美味いのを出す店を知っておる。たまにはうまいものを食べて英気を養うのも良かろう」

「いいですねえ、ご随伴しますよ。しかし、僕は少し持ち合わせが」

「けち臭いことを言わんで良い。安くて美味いところじゃから、わしが出すよ……」

 いそいそと資料を置き、モルダと共に執務室を後にしようとするドモンであったが、それをなんとハジメが遮った。手には乗馬用のムチだ。彼女はかつて帝国騎馬攻撃隊に所属していた乗馬の名手であり、お守りと称して持ち歩いているのである。

「貴様ら、どこへ行く」

「聞き込みですよ」

 ドモンは臆面もなくそう言い放ったが、ハジメはそれに納得しなかったようだった。

「フン。私の耳がただの穴だとでも思ったか? どうも本命は別のところにあるようだが」

「ハジメ殿。我々とて血肉の通った人間、食うものを食い、飲むものを飲まねば動けますまい。その点、理解していただきたいものですな。では失礼」

 モルダの言葉は、ハジメを渋々ながら承諾させるに十分なようだった。ドモンは彼女の視線を執務室を出るまでずっと感じていたが、気にしないことにした。






 イオの教会には、ピアノが置いてある。賛美歌の曲を奏でるため必需品であるからだ。本来なら、立派なパイプオルガンを設置したいところだが──事実、断罪の金で購入を検討したこともある──うまくいかないのが現実だ。結果、中古品のピアノで間に合わせている。

 イオも賛美歌くらいならピアノで弾くことができるが、それ以外に使うことも無い。よって、この教会にピアノの音が響く、ということはないはずなのだが、今日は違った。美しい旋律とまではいかずとも、たどたどしいピアノの音が響いているのである。

「誰だァ。勝手に弾くなよ、ったく……」

挿絵(By みてみん)

 教会の主、イオは眠い目をこすりながら聖堂へと向かう。今日は離れの自室で昼寝をしていたのだった。聖堂では、女が一人、ピアノを弾いていた。単純だが、素朴な曲だ。女がピアノを弾き終えたのを見計らい、イオはベンチに座りながら、小さく拍手をした。

「お見事。いい曲だ」

「神父か……すまない。怪しいものではないんだ。捜査中で……ピアノを見てつい」

「気にすんな。どうせ弾くやつはいねェんだ。俺だってまともに弾けねェ」

 イオは埃をかぶったピアノを手ではらう。空中に綿埃が舞い、イオは小さくくしゃみをした。賛美歌のためのピアノだが、最後にこの教会で賛美歌を歌ったのはいつだったか。

「ずいぶん使っていないんだな」

「掃除が苦手なだけさァ。ピアノが好きなのかい」

 女のジャケットには、ワッペンが縫いこんであった。帝国行政府所属を現すエンブレム。王国と魔国の協調の証。双頭の龍をあしらった意匠。

「ああ。姉さんが……」

「姉さん」

「そう。姉さん……私の。もう、死んでしまった」

 女は寂しそうに、ぽつぽつとそう言った。イオは女のそう言った話を聞くことに慣れていた。趣味と実益を兼ねている、と言っても良かった。ただ、女はそれ以上何かを話そうとはしなかった。嘔吐の直前のように息を詰まらせ、女は自分で自分の口を塞いだ。まるで話してはいけないことを、無理やり押し留めるように。

「すまない。喋りたくない」

「そうかい」

 女は立ち上がり、イオに背を向けた。

「また、ピアノを弾きに来てもいいか」

「教会は暇なんでな。いつでもそうするといいさァ。観客が欲しいならいつでも聞いてやらァな」

 女はベンチに置いた剣を腰に帯びると、聖堂から去っていった。イオは手持ち無沙汰に、女が触れた鍵盤を叩いてみる。イオは賛美歌以外にピアノで弾ける曲など知らない。その内、カバーを閉じ、イオは昼寝を再開せんと離れの部屋に戻った。







「それ、本当に本当ですか」

 フィリュネとドモンは店先で何やらぼそぼそと話し込んでいた。ドモンは回りをどこか警戒しながら、話を続けている。ドモン達は現在、イヴァンで続出する連続放火殺人事件の捜査を行っている。期待されていないとは言っても、捜査にせいを出さねばならないのだ。

「聞こえなかったんだったら、もう一回言いますよ。あんたたち、何か放火殺人事件のことで目撃した事があったら、僕に教えてください。有用な情報があれば、憲兵団から金貨一枚出ますよ」

「ソニアさん、聞きました!? 金貨ですよ、金貨!」

 ソニアは銀細工のアクセサリーに慎重に磨きをかけながら、手元から視線を外さずに曖昧に頷いた。最近は彼もすっかり雰囲気を漂わせるようになり、寡黙なところも相まってまさしく本物の職人である。

「確かに魅力的な話だな」

「ですが、気をつけて欲しいことがあるんです。憲兵官吏に混じって、今帝国遊撃隊の連中も捜査にあたっているんです」

 遊撃隊という言葉が発せられた瞬間、フィリュネの顔色が一気に曇る。無理もない話だ。彼女はかつて、遊撃隊の連中に母親を殺されているのである。

「遊撃隊……」

 落ち込んだ表情で、フィリュネはつぶやく。ドモンはそれを訝しげに見たが、構わず話を続けた。

「最近、任務も変わったせいか、制服がちょっと変わったみたいです。カーキ色のジャケットに、肩口にエンブレムがついてますから。行政府のエンブレムで、双頭の龍のやつです」

 フィリュネは、まだ俯いたままだった。ソニアは彼女がそうしたままの理由をよく知っていたが、何かしようとは思わなかった。親しい人間の死を、彼女は何度も乗り越えてこなくてはならなかった。ソニアは彼女と共に生きてきたが、傷を受けた彼女を慰めることはできても、その傷自体を癒やすことはできない。

 結局、愛する人を失った傷は、失った自分自身で癒やすしかないのだ。

 ソニアはそれをよく理解していた。自分がかつてそうだったからだ。だから、彼は何も言わなかった。いつの間にかドモンはいなくなっており、フィリュネはまだ俯いたままだった。

 ソニアは銀細工を再び磨き始めた。そうすることが、フィリュネにとって一番良いことだと、彼は信じたのだった。

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