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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
暴食不要
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暴食不要(Cパート)






 ラルウァは弱冠十二歳の少年であるが、既に会社を一つ任されている。父親の会社は行政府から委託を受けた魔導式ランプの管理会社。それこそ帝国中に支社があるが、父親は旧魔国首都に本社を置いたままにしているのだ。イヴァンがここまで重要な役割を持つという考えは父親には無かったようで、支社のあるイヴァンにて使用人達を従え、ラルウァに支社をそのまま経営させているのだ。

 経営とは言っても、実情は無いに等しい。魔導師によるランプ点灯管理とその保持が、彼の会社の全てだ。新たに何か始めようというわけでもなければ、ラルウァのすべき仕事など何もない。ただ金が入ってくる。ラルウァにとって、人生とは都合の良いものだった。

 ただ、彼の悩みはそういうところとは別のところにあった。全てが手に入る自分は、確かに特別な人間かもしれない。望めばこれからもそうなるだろう。だが、ラルウァはそのような『普通の望み』を求めてはいなかった。特別でありながら、特別ではない。彼が目指すのは、物質的に豊かな人間ではなく、精神的な暖かさを持つ人間を指しているのでもなかった。特別な人間。帝国を創った国父、皇帝・アケガワケイ、魔王として君臨した男、剣一本で戦場を渡り歩いた傭兵……英雄と呼ばれる特別な人間たちは沢山居たが、ラルウァが憧れたのは、一人の『狂人』だった。

 その狂人は城を持ち、そこで暮らした。召使いに娘を攫わせ、血を吸い、肉を食ったのだ。彼は鬼と呼ばれた。恐怖で人々を統治し、君臨し続けた。ラルウァの考える『特別』とはそういうものだった。

「しかし、困ったものですな、ラルウァさん。実に困った」

 ラルウァの自宅の応接間。ソファに腰掛け、手元で爪にやすりをかけているのは、憲兵官吏のエース・バウアードだ。彼がこの家に横柄にもアポなしでやってきたのは、一つの提案があるからだった。ラルウァも薄々それに勘付いている。

「なにが困ったんだ」

「いや、なに。近頃イヴァンを騒がしている、若い女性の変死事件についてですよ。ご存知でしょう。腹が凹んでいる死体のこと」

 ラルウァは極めて冷静な態度で、自身の白髪に手櫛を通した。確かに知っている。その犯人も、死体の意図するところも。

「実はね、ラルウァさん。俺はあんたのお父上が出資した店……そうそう、その実オーナーはあんたのようですが……ともかくあの店から女が出入りしているのを見てるんですよ。生きてる時と、死んでる時……こないだ見つかった、パン屋の娘でしたかね。ネタは上がってる」

「なら、そのレストランとやらの男を逮捕すれば済む話だろ」

「ええ、そうですね。……しかしね、俺はそりゃ忍びない話だとも思ってるんですよ。その男も、あんたにも、何かしら理由ってものがあったはずだ。ただ女を殺したって、あんたには何のメリットもないんだから。……そこでだ。あんた、『本当の犯人』を知りませんかね。要するに、あんたらを陥れた人間です」

 そんな人間はいない。ラルウァは表情を変えず頬杖をつき、エースを睨みつける。エースもまた、口角を少しだけ上げた表情でこちらを見ている。どう出るかを見ているのだ。要は身代わりをたてて、憲兵団に差し出せと言っているのだ。それで手打ちにする代わりに、金を寄越せとでもいうつもりなのだ。

「僕には心当たりはないよ」

「そうですか……いや、無いのなら結構」

「なにが言いたいんだ。まさか、僕が犯人だと?」

 ラルウァは手を広げて笑みを見せた。答えは聞かれずとも分かっている。そして、おそらくは彼の目的は脅しにあるということも。

「それこそまさかですよ」

「いくら欲しい。痛くもない腹を探られるのは不愉快極まるんだよ。君に帰ってもらえるなら、いくらでも包んであげるよ」

「なら、犯人を教えてもらいましょうか。何か俺に払うつもりなら情報料とでも言い替てもいい。……先に言っときますがね。俺はもっと出世したいんですよ。センセーショナルな手柄を挙げてね。だが、あんたのように成功している人間の邪魔をするのも忍びないんだ。俺は、良い協力者になれますよ」

 ラルウァは舌打ちした。隠すことなく、堂々と。そういう意味では、彼は特別でもなんでもない子供だった。裏を返せば、それだけ癇癪を起こさなかった事は評価すべきだが。ラルウァには、このエースほど理不尽や怒りへの耐性や、人生経験や政治力が足りていなかった。

「三日後、またこちらに伺います。その時は選んでください。真実を受け入れるか、ごまかしを選ぶか。……どちらにしろ、俺はカネで転びます。簡単に。どうするかをよくお考えになることですよ」






 夕暮れ時。ヘイヴン郊外にて。

「あっ……なにしてるんですか、神父さん」

 フィリュネは注文を受けたアクセサリーの配送中に、再び飴売りの少女に出会った。相変わらず子どもたちには人気なようで、人が列をなしているようだった。その中に一人だけ、大人が混じっている。カソックコートを着たイオが、一人財布を握りしめて順番を待っているのだ。ふたりきりならいざしらず、今のイオは神父だ。

「これはこれはフィリュネさん。今度のミサで配ろうと思いまして、飴を買っていたのですよ」

 大げさな舞台役者のように、イオは神父らしい言葉を吐いた。彼は普段の神父の顔と、遊び人の顔をうまく使い分けているのだ。

「……神父さん、分かってますよ。どうせ女の子に買っていくんでしょう」

 フィリュネがささやくと、図星だったのか、イオは頭を掻き笑い、フィリュネにそっと耳打ちをした。

「行きつけの店の女の子に配ったら、ウケるかもと思ってよォ」

 少女は行列を捌き切り、ようやくイオの注文を受けた。飴三十個。銀貨三枚分の買い物だ。相変わらず、飴はなおもリヤカーに満載されており。商品売切れにだけはなりそうにない。

「神父さん、ありがと!」

「どういたしまして。しかしあなたも大変だ。一人でこのようなリヤカーを押しているのですから」

 少女は屈託なく笑うと、右目の黄色の飴を指でくるっと回した。不思議なことに、毎回この少女の右目に入っている飴の色は違うのだった。いずれにしろ、どうも照れくさい時にやる癖らしい。

「私、頭良くないけど、力持ちなの。ぶきっちょだけど飴は作れるから、この仕事楽しいんだ! リヤカーだって、らくちんだよ!」

 少女はやがて二人に手を振ると、力強くリヤカーを引っ張っていった。イオとフィリュネはそれを見送る。夕日に沈む街に、影が差し込み、少女はその中へと溶けていった。

「しかし、危ねェよな。年頃の女の子一人で行商なんてよォ。ヘイヴンならいざしらず、近頃は物騒な事件も起こってるって話じゃねェか」

 イオは、少女の後ろ姿が見えなくなってから、そう言った。確かにそうらしい。ドモンですら見回りの時に、女性が一人で歩かないように、といちいち言って回っている程だ。フィリュネも出来る限りこうした配達は断るように、とソニアから言われてはいるのだが、そうでもしなくては生きるための稼ぎが減ってしまう。少女がそこまで考えているのかはフィリュネには分からなかったが、せめておかしなことに巻き込まれなければ良いのだが、と祈ることしかできないのだった。






 少女の家はもともと小さな菓子屋であり、父親と二人で暮らしていたが、父親が死んだことで、こうした行商を余儀なくされるようになった。少女には商売のことはよく分からなかったし、それに伴うことも理解できていなかった。唯一父親から教えられていたのが、飴の作り方だった。生きるため、金を得るために、彼女が精一杯考えたのが、飴の行商というわけだ。

「いっぱい今日はいっぱい稼げたなー。ご飯もいっぱい食べられるよ」

 少女は鼻歌交じりに袋の中の貨幣を覗き見る。とにかくじゃらじゃら音が鳴れば彼女にとって見れば大儲けなのである。いつの間にか、少女は人気のない通りに入り込んでいた。

 どうやら手元を見ている内に、普段とは違う道を通ってしまったらしかった。すでに日は落ち、道は暗くなっている。人気もない。少女はあたりを見回すが、このまま進んでいいものか、戻るべきかもわからなくなっていた。ふと目線を上げると、目の前の家の扉が開いた。そこから男が姿を現す。黒髪にエプロン姿の優男。暗くて分からないが、誰かと扉口で話しているようだった。

「ラルウァ様。では今後食材は」

「うん。イヴァンでは考えないほうが良さそうだ。またいい方法を考える」

「俺はあなたに料理を食べてもらうのが喜びなんです。それができなくなるなんて……」

「わかってる。僕は君に感謝してるんだ、ミオ。そんなことになるのは、僕だっていやさ。とにかく、今日も良い料理だったよ」

 出てきたのは、白髪の身なりの良い少年。赤い右目と対称的に、包帯で覆われた左目が印象的だった。その赤い目が、少女をとらえたようだった。少女は本能的に何か恐怖を感じ、リヤカーをUターンさせ、足早にその場を去っていく。

 ミオとラルウァは、暗い中でも少女の異様な風体を見逃さなかった。金髪のツインテールはともかく、飴を満載したリヤカーを引いている少女など、そういない。

「ラルウァ様。マズいですね。見られました」

 ミオは冷静に状況を報告した。ミオの思考は料理の腕をふるうために大半を使っている。それ故に、料理を阻害する事象を排除するためなら、いくらでも冷静に冷徹になれる。秘密を守らなければ、自分の『料理』を振る舞うことはできなくなる。ラルウァがいなくなれば、レストランもおしまいになってしまうからだ。

「……『残り』はまだあるんだろ」

「はい。今回のお話がなければ、またどこか適当なところに置いて来ようと……」

「ダメだ。エースとか言う憲兵官吏。奴は全部勘付いている。金で黙らせても、同じ手口ならその度に強請をかけてくるはずだ。……策はもう考えついた。ミオ、早速だが……」

 身勝手な二人は、お互いにとっての最善策を話し始めた。今後おそらくは『金で転ぶ』エースという憲兵官吏も巻き込まなければなるまい。ラルウァにとってはその事実すら、喜ばしいものだった。

 僕は、どんどん『特別』になっている。人を人とも思わぬ、人ではない何かに。

 ラルウァはミオに策を話している間、ずっと笑みを浮かべていた。それは、人ならざる者への憧れが、現実のものとなっていることへの笑みだった。

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