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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
暴食不要
61/124

暴食不要(Aパート)







 その会員制レストランに、名前はない。

 文字通り、ごく限られた人数の会員にのみ供される料理は、絶品かつそのレストラン以外では食べられないと言われている。オーナーシェフは若い男で、その男一人が腕をふるう。そして、現在所属している会員はたった一人。

 メニューは意外にもひとつだけ。フォアグラのソテーのみ。余裕があれば、他のメニューも並ぶ。

「うまい」

 客の少年は、一心不乱にナイフでフォアグラを斬り、フォークで口へ運ぶ。

「ありがとうございます」

「今回の食材は」

「メスの若いのを使いました。一ヶ月ですが飼育状態も万全。品質はお墨付きです」

 オーナーシェフの男──ミオはただ満足そうに語る。彼の喜びはこの一人だけの客が満足するところを見ることである。賞賛を受けることは彼にとっての何よりの喜びだ。

「結構なことだ。やはり鮮度が違う。脂もしつこくない。爽やかさすら感じるよ」

 少年は満足そうに、左目のあった部分を撫でた。彼の左目は既に失われ、未だに痛々しく包帯で覆われている。少年はグルメだった。何不自由ない裕福な家庭に生まれた彼の唯一の悩みは、帝国首都イヴァンのランプの管理会社の末子──おまけに妾の子として生まれたことであった。彼にとってさらに不幸だったのは、兄弟がことごとく病弱であったことだった。病弱な兄弟達は、少年──ラルウァをのけものにした。ある日些細な事から兄弟達と揉み合いになり、左目を失った。その日から、彼は特別になったのである。家の中でも、肉体的にも、彼は特別になった。

 兄弟達は次々に死んだ。病気や、怪我や、事故で。ラルウァは引き換えに家の中での地位を一気に引き上げた。家は、ラルウァを中心に回っていると言っても良かった。

このレストランもそうだ。父親が、彼のために作ったレストランだ。

「ミオ、また時間をあけることになるだろうが……その時のために準備を頼むよ」

「もちろんです。一月……いえ二月開けていただければ、極上の料理を提供できます」

 ミオは柔和な笑みを浮かべ、ラルウァに頭を垂れる。彼はミオの料理のたった一人の理解者だ。彼のために料理をつくることが、ミオの唯一の喜びだ。彼以外に、彼ほど料理を美味そうに食べる人間はこの世の中におそらくいないのだから。







「おいおい、なんだよあれは……」

 フィリュネは使いに出たまま戻っていなかった。ソニアが店番をしている時は、彼の持つ異様な雰囲気から近づく客は少ない。商品制作にも限度があるので、手を止めてそのおかしな光景を見ていた。金髪をツインテールにまとめた少女が、飴を売っているのである。しかし、尋常な光景ではない。少女は小さなリヤカーに紙で包んだ飴を満載し、声を周りにかけながら練り歩いているのである!

「えーと、飴! 飴だよ! あまくて、おいしい!」

 たどたどしくそういう少女の右目には、なんとピンク色の飴が嵌っている。こうした店やスペースを持たない流しの行商人こそイヴァンの自由市場ヘイヴンには珍しくないが、少女は行商人の持つ商売ッ気とでも呼ぶ雰囲気が全くなかった。素人のそれである。ソニアもここに来てそれなりに時間が経つが、このような異様な風体の少女が飴を売っている場面には出くわしたことがない。

「すまない」

 ソニアは思わず声をかけていた。少女は振り向き小首をかしげる。

「飴、いる?」

「二個くれ。連れが甘いモノが好きでな。いくらだ」

「えっと、二個だから、一個……銅貨一枚で……」

「銅貨二枚か」

「うん、そう! 私、計算苦手なの」

 少女は昨晩の夕飯を報告するような気軽さでそう言うと、おもむろにリヤカーの飴を手ですくい取り、ソニアに差し出す。咥えていたタバコを取り落としそうになりながら、ソニアは飴を受け取った。明らかに多い。十、いや二十はあるだろう。

「サービスか? ちょっと多すぎるようだが」

「えっと、わかんない。いいよ、銅貨二枚で! そのほうがほら、甘いしおいしいし、ハッピーだから!」

 少女は屈託なく笑う。ソニアもまた苦笑し、零れ落ちそうなほどの飴を受け取る。少女は手を振りながら、リヤカーを引いて雑踏に紛れていった。







「ハッピーですか。いや実際ハッピーですねえ」

 ドモンは包み紙を解き、緑色の飴を放り込みながら、三個目の甘さを楽しんだ。イオの教会で、ソニアが買った飴を三人で分け、食べているのである。

「金なら文句ねェんだがなあ。飴なんて食ってもひたすら甘いだけだろォ」

 そう言いながらも、イオもドモンと同じく赤い飴を口へ運ぶ。ソニアは甘いものは言うほど得意ではなかったため、得意なドモンやフィリュネ、そしてソニアに手伝ってもらおうと考えたのだ。

「いいじゃないですか。だって飴ですよ、飴。ちょうど甘いもの食べたかったんですよ」

 フィリュネが二個同時に口に放り込むと、甘さからにじみ出る幸福感に身を震わせた。彼女の少ない楽しみの一つが、糖分を摂取することなのである。だがこんな貧乏生活では、彼女にとっては飴すら極上の甘味なのだ。

「おい、ハッカ味ないのか。ハッカ。ミントかなんかでもいい」

「んなもんねェよ。全部甘いやつだ」

「というか、タバコやりながら飴なんか舐められないでしょうに」

 ドモンが最後の一個の包み紙をほどく。四人で食べると、あっという間に飴は無くなってしまった。不思議と手が進んでしまうおいしさの飴であった。

「いやあ、やっぱり何でもタダはいいもんですねえ」

「旦那さん、またケーキ持ってきて下さいよ」

 すかさずフィリュネがケーキの催促をする。憲兵官吏であるドモンは、パトロールという名目で店に行けば賄賂やそれに代わるものとして色々とおいしい思いができるのである。

「やですよ。タダでいつでもケーキもらえるだなんて、都合の良いことあるわけないでしょ。それ相応の対価が必要ってもんです」

「ケチ! ソニアさんの飴食べたじゃないですか!」

「それとこれとは別ですよ。僕にフルコースでも奢ってから大口を叩いてください」

 二人のやりとりを聞きながら、かさかさと中身の無くなった包み紙を透かし、イオがぽつりとつぶやいた。

「そう言えばよォ。イヴァンにゃ『絶対に入れないレストラン』があるっての知ってるか」

「なんだそりゃ」

 ハッカ味が無いことにうなだれていたソニアが、にわかに顔を上げる。

「料理は一品だけ。だが抜群に、死ぬほど美味いって話だぜェ。どこぞの富豪が腕利きのコックを見初めて店を持たしたってのがその店の由来らしい。つまりは、その富豪専属のコック、専属のレストランってェわけだ」

「そういうところでフルコースなんて食べてみたいですね。私、コース二周しちゃうかも」

「ところが、だ。どこの誰も、そのレストランの場所を知らねェ。見つけられなきゃ入れねェ。見つけた奴もいねェ。……運良く見つけても、今度はその見つけた奴が見つからなくなる。つまりは『絶対に入れない』って噂だ」

 ドモンはやれやれと呆れ顔で立ち上がると、ベンチに立てかけていた剣を帯びた。さぼっていたが、そろそろ本部へ戻らねば、またどやされてしまう。

「アホらし。イオさん、どうせあんたの事ですからまたどこぞの人妻から聞いたんでしょう。ゴシップもいいとこじゃないですか」

 イオは意地悪くニヤニヤと笑みを浮かべる。彼は美男子ゆえモテる。だがその対象は、大体が玄人か人妻なのである。よってこういったうわさ話に強い。

「寝物語にゃ結構面白い話だったんだよォ。な、気になるだろ」

「あんたから聞くのは不快極まりますよ。じゃ、僕は戻るんで」

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