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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
投了不要
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投了不要(最終パート)

「何……それは本当か!?」

 ガイモンの怒声めいた叫びが、憲兵団本部執務室に響く。その前に平伏しているのはドモンだ。

「や、は……その。申し訳ありません。小官がついていながら」

「当たり前だ! サイには謹慎を申し付けたんだぞ。それが、殺されただと? しかも貴様がついていながらか!?」

 にわかに憲兵団本部がざわつく。ドモンが持ち込んだ報告は、本部の憲兵官吏に驚愕を与えることとなった。サイが死んだ。それも、真っ昼間に刺されて。隣に居づらそうに立っている白衣の男──憲兵団本部付きの医師が、カルテを片手に淡々と報告する。

「サイはよお、腹部に刃物を突き立てられて即死したのよお。死亡診断書、受理してちょおよ」

 ガイモンは医師から死亡診断書を奪い取り、穴を開けるようにじっくりと読んだ。死亡時刻は今日の朝。ドモンとヘイヴン近くの路地裏を歩いている最中に前から来た男にナイフを刺されて即死。

「なんてことだ……ドモン! 貴様ワシの顔に泥どころか、糞を塗りたくったようなものだぞ! わかってるのか!」

「め、面目次第も……」

「ああ……くそう。団長にどう説明すれば……こんなことになるなら、サイの代わりに貴様が死ねばよかったのだ! 死ね! 腹を切れ貴様!」

 怒りにうち震えるガイモンが、剣の柄に手をかけながら詰め寄ろうとするのを、老憲兵官吏のモルダを筆頭に数人で押さえつける。このままではドモンを殺しかねない!

「ガイモン様、落ち着きなされ! こんな時にあなたが落ち着かなくてどうするんじゃ!」

「モルダ殿の言うとおりです!」

「そうです、落ち着いてください!」

「ええい、離せ! 腹を切れんならこのワシが引導を渡してくれるわ!」

「ドモンよ、もう行きなさい。後は私がガイモン様に説明するゆえ」

 モルダの言葉に甘えるような形で、ドモンは逃げるように部屋を後にした。サイは死んだ。だが、これ以外に対策は残されていないのだ。後は、グラントやニンベルグ達がどう動くかだ。





 憲兵団本部でガイモンが大騒ぎをしている中、グラントは一人憲兵団本部を抜け出し、エリオットとのつなぎを取った。緊急事態そのものだった。エリオットは隠れ家にいた。彼はニンベルグの手を煩わせる事のないよう、事務仕事や会見についての代行をこの隠れ家でしているのだ。

「ターゲットが死んだ。間違いないのですな」

「医師が死亡診断書を出していた。憲兵団付きの医師による正式なものだ。同行していた憲兵官吏による証言もある」

「金貨十枚分の働きはしたということですか」

 グラントは一瞬だけ言いよどんだような素振りを見せた。エリオットはそれを聞き咎めることなく、彼の返事を待った。

「いや……違う。刺されたと言っていた。俺の依頼した銃を使う殺しをやる男の手口ではない」

 エリオットはデスクから立ち上がり、グラントに近づく。目の下の隈は濃い。エリオットは、彼の恐怖を感じ取った。得体のしれない物への恐れ。無知からの恐怖。

「では、あなたの走狗は仕事をしていない。そういうことですか」

「ああ。……どうする」

「支度金はニンベルグ卿がさし上げたものだ。自由にすればよろしい。……ですが、あなたの走狗はあなたの正体を知っている。それが問題だ」

 グラントは憲兵官吏だ。制服を着たまま活動しているし、何よりサザンをスカウトしたのも憲兵官吏としてだ。彼がまかり間違ってバラせば、全てが露見するだろう。そうなればグラントは終わりだ。帝国貴族のニンベルグも例外ではない。

「消してもらいましょう。他ならぬあなたに。金貨十枚は、それだけの代償を払う価値がある」







 サザンはグラントに呼び出され、郊外の林に来ていた。作戦会議にしては妙な気がした。今までは、呼び出されるのも夜だったし、こんなに街から離れた場所ではなかった。

「なんです、旦那。こんなところに呼び出して」

「お前に話したいことがある」

 サザンは藁で包んだ銃を背中から下ろし、杖代わりにして、彼の話を促した。

「俺は、怖かった。正しいことをした代償を払うことが怖かった。なにより、相手は帝国貴族の大物、ニンベルグだ。いつか俺がしたことが……貴族の息子を殺して、それで出世したことが怖かった。だから、どうにかして逃れなくちゃならなかったんだ」

「何の話をしてるんです、旦那」

「ターゲットは死んだ。運命は俺に味方した! お前の仕事は……無くなった」

 グラントは剣を抜く。木々の間から差し込む光が刃に反射し、振り下ろされる。サザンは一瞬の判断でとっさに体をかわそうとするも、体を斜めに切り裂かれた。血が流れる。今まで何度も命を救ってくれた銃は、完全に真っ二つになっていた。

「ど、どうして……」

「知る必要は無い」

 グラントは懐から財布を出し、金貨を五枚ばらまいた。ニンベルグからの支度金だ。

「これはお前の取り分だ。仕事がなくなった分、当初の半分だが」

 言い終わると、サザンの腹に剣を突き立てる! 素早く剣を抜くと、サザンは前のめりに倒れた。草むらの中に倒れ伏した彼に、それ以上何かを発することはできなかった。

「俺は……俺は自由になった。もう怖いものは、何もない」

 グラントの顔から笑みがこぼれ、徐々に笑い声を挙げ、とうとう爆笑しはじめた。全てのしがらみは無くなった。グラントの凍りついていた人生は、ようやく融けて動き出したのだ。

 グラントは死体となったサザンの前で、しばらく笑い続けていた。それをサザン以外の誰かが聞いていたことを、グラントは最後まで知らなかった。






「と、言うわけなんだ旦那。早速だが今夜やる」

 深夜。イオの教会に集合したドモン、ソニア、そしてフィリュネは、イオから五枚の金貨が聖書台に載っているのを伝えられた。懺悔室で受けた断罪の依頼。人々は信じている。全てを喜捨すれば、相手に天罰を与えられる事を。イヴァンの教会は様々あるが、全てを喜捨し懺悔した時の効果は実は一つ一つの教会で異なっている。イオの教会は、喜捨することでまさしく天罰を下すというものだ。もっとも、それを知る人間は今では少なくなってしまっている。

「帝国貴族二十家か。大物だな」

 ソニアがタバコをふかしながら、淡々と金貨と銀貨、銅貨を取る。彼に取ってみれば、金が手に入るなら標的が誰であろうと関係ない。それは彼の相棒のフィリュネもまた同じなようだった。

「あ、断罪方法なんですけど。今回、ちょっと特殊な方法でやらなきゃならないんです。対象の貴族のニンベルグなんですが……常にお抱えの私兵数人で身を固めているようなんです。ただし、馬車での移動中は……」

 ドモンはフィリュネの情報を耳にしながらも、依頼をしてきた人物の事を考えていた。依頼してきた女は、しばらく泣き続けた後、つらつらと話を始めたという。自分と、自分の夫の話を。貧しくとも楽しかった日々の話を。傭兵だった夫はそれから脱しようと暗殺に手を染め、相手にとって不必要となりその口封じに殺された事を。

 グラントがなぜこのような事に手を貸したのか、ドモンには分からない。ただ、彼はサイを殺そうとし、雇った傭兵を口封じに殺した。

「旦那ァ。どうする。さすがに帝国貴族ともなると、ちょっとばかし厄介だぜェ」

「そうですねえ。提案なんですが……憲兵官吏のグラント、彼は僕にやらせてもらえませんか」

 イオは少しだけ考える素振りを見せてから、ドモンの肩を叩いた。二人の間にはそれで十分だった。イオが教会を去った後も、ドモンはしばらく金を見ていた。ゆっくりと一枚一枚回収してから、ドモンはろうそくの炎を吹き消した。






「今日は冷えるな」

「左様で御座いますな」

 ニンベルグは馬車に乗り、エリオットと共に友人のクシャナ卿の屋敷へと向かっていた。チェスをするため、お互いの屋敷を行き来しているのだ。今日は、ニンベルグがクシャナの屋敷へ向かう日だったのだ。

「旦那様、坊ちゃまを殺した男は……」

「終わったことを何度も言うな。おれは復讐を果たした。息子を殺した男を殺した。おれの心の平穏と、他の貴族共への体面をつくろうにはそれで十分だ」

 ニンベルグは苦々しくそう言いのけると、それ以上話を続けようとしなかった。エリオットも出すぎたマネはしなかった。ニンベルグにとって、息子は家名に泥を塗るような死に方をした恥さらしだ。同時に、愛すべき一人息子だった。裁判も受けられず殺された以上、帝国貴族二十家の一員として、その復讐をして家の汚名をそそぐ必要がどうしてもあったのだ。

 ニンベルグがそう結論づけ、腕組みをした時だった。急に馬車が止まった。思わず腰が浮きそうになる。エリオットが主人の言葉を待たず御者を怒鳴りつけに外へ出た。

「いったい何があったのだ!」

 御者は手綱を握ったまま動かない。その先の道の真ん中には、女が一人倒れていた。赤いスカーフを巻いた小柄な女。まさか、轢いたのか。そうなれば、またしても厄介なこととなる。

「御者! なにがあったのか説明しろ!」

 エリオットが怒りを露わに御者へ近づくと、妙な事に気づいた。御者の隣に何者かが座っているのだ。確かに御者台には二人座る事のできるスペースはあるが、今回連れてきているのは一人だけのはずだった。月明かりが見えず、ランプもないこの道では、何者であるかなど分からない。

「貴様……何者だ!」

 エリオットは反射的に懐からナイフを抜く。それを合図にしたように、御者の隣の人物が、ぬうっと立ち上がる。雲の間から月明かりが差し込み、立ち上がった男が黒い拳銃を構えている姿を浮かび上げる。

 直後、銃声! エリオットは銃弾を受け吹っ飛び、そのまま絶命!

「フィリュネ、こっちは済んだ」

 むくりと起き上がる少女は、すばやく気絶している御者を下ろし、男の隣に座った。

 ニンベルグは銃声を聞いて大きな上半身を馬車から乗り出し、闇を見た。ただただ光ない闇だ。月は再び雲へ隠れ、ニンベルグは闇を覗いていた。その直後、闇から手が伸び、ニンベルグの頭をつかみ、馬車へと押しこむ! 馬車の中のランプに照らされ影になった男は、カソックコートを着た神父だとわかった。手には黄金のロザリオが握られており、またもや雲から現れた月明かりがロザリオだけを照らしだす!

「や、やめろ……。おれは、おれは……」

「帝国貴族だろォ。しってるよ。驚いたか? じゃ、死ねよォ」

 振り下ろしたロザリオを額に突き立てると、頭蓋を砕く勢いで先端から針が突き出し、ニンベルグは絶命! 男──イオは、死体となりぐったりと席に座り込んだニンベルグをよそに、馬車の外へと降りる。ソニアと一緒にエリオットを馬車に押し込み席へ座らせ、馬車の扉を閉めた。

「おーし。じゃ、嬢ちゃん、ソニア。移動させてくれ」

 イオは馬車を降り、馬の嘶きを背に闇へと消えた。その場には、気絶した御者だけが草むらに転がり残された。





 グラントの足取りは軽かった。五年間抱えていた唯一のしがらみを、とうとうグラントは断ち切ったのだ。これからは、新しい人生が始まる。見えない何かに恐れ、夜も眠れないような生活とおさらばしたのだ。今は、ニンベルグの隠れ家の前で、彼の馬車の到着を待っているところだ。彼の功績は大きい。ニンベルグの息子を殺した男は、グラントの情報がなければ見つからなかったのだから。

「や、グラントさん。こんなところで奇遇ですねえ」

 深夜、街は闇に落ち、人々は眠っている。そんな中、グラントは後ろから呼びかけられた。良く知る人物……同じ憲兵官吏で部下のドモンの声だ。

「なんだ、ドモン……お前、どうしてここに」

「や、大した用事じゃないんですけどねえ。グラントさん、サイのことなんですが」

 どきりとした。ドモンの顔は影に隠れ、表情はうかがい知れない。笑っているのか、泣いているのか、それすらもわからない。グラントにできることといえば、なにも無い風に装うことだけだった。サイを死に追いやったのは、他ならぬ自分なのだから。

「うん。残念なことだ……やつは優秀だったからな。盛大に葬式を挙げてやらないとな……」

「は? サイのですか?」

「サイのだが……やつは死んだんだろう」

 ドモンは頭をがりがりかくと、芝居がかった様子で顎に手をやり悩み始めた。様子がおかしい。なにもおかしな発言はしなかったはずだ。グラントは自然に剣の柄へと手を伸ばした。新たな悩みの種をここで増やすことはできない。禍根は断ち切らねばならないのだ。

「おかしなことをおっしゃいますねえ。サイは死んでませんよ」

 グラントにはそれが死刑宣告のように聞こえた。サイが死んでいない。生きている。手が震える。まるで冷水に浸かったかのように、体が冷えきったような感覚を覚えた。

「な、なんで生きている? お前は目の前で死んだのを見たんだろう」

「決まってるでしょう。嘘をついたんですよ。……グラントさん、あんたと同じくね」

「なに……」

 ドモンはゆっくりと焦りを露わにするグラントの回りを歩く。それがまた、グラントの焦燥感を煽った。

「いけませんねえ……サイはあなたの言うとおり、優秀な憲兵官吏です。あんたみたいな腰抜けの尻拭いなんかさせられちゃ可哀想ですよ」

「貴様……!」

 グラントが剣を抜こうとすると同時に、ドモンは彼の握る柄を抑え、強引に押し戻す! 左手で柄のチェーンを抜き、鞘を取るように柄を抜くと、鋭く研がれた刃が底に現れる! 鞘を持ち仕込み刃をそのままグラントの腹に押し込むと、彼は歯を食いしばり歯と歯の間から苦悶の唸り声を漏らした!

「ニンベルグ卿もその部下も、あんたが殺したことになるんだ……悪く思うな」

 馬車が静かに到着し、ぶるる、と馬が鼻を鳴らす。グラントはゆっくりと剣を握ったままその場に倒れ伏した。その場には、死体と不名誉だけが残された。






「あんた、これからどこに?」

 イヴァン西門付近にある食堂は、旅人の姿で賑わっている。若い赤茶色の髪を真ん中分けにした若い男が、目の前に同席した女に話しかけていた。男は、短い旅を終え、イヴァンに帰ってきていた。友人の手引で死亡診断書を偽造し一度死んだ彼は、ほとぼりが冷めたことを手紙で知ったのだ。

「俺はイヴァンに帰ってきたんだ。しかし、イヴァンの外は物騒で困るぜ。あんたも、護衛の傭兵くらいつけたほうがいいかもしれないぜ」

 女は、なにも喋らなかった。手元のパンとスープも手付かずのまま湯気が立っている。女は、涙をこぼしていた。男には──サイには、彼女になにが起こったのかしる由もなかったし、知ろうともしなかった。

「私の旦那……傭兵だったの」

「だった?」

「死んだのよ」

 サイは自分の発言の軽率さにようやく気付き、女に謝罪した。女は、特になにも言わなかった。ただただ、少ない涙を流していた。

「だけど、いいの。楽しかったから。これからは、あの人の思い出と一緒に生きていくつもり」

「奥さん、行き先は決まってるのかい」

「いいえ。だから、あなたと会うのも話すのも、これで最後」

 女は立ち上がり、旅姿の茶色のトレンチコートに小さなバッグという出で立ちとなると、その場を去った。サイは、後ろ姿を見送った。なにも言わなかった。女は言葉を望んでいないように思えたからだった。






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