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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
懺悔不要
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懺悔不要(Bパート)






 流通の発達したイヴァンの特徴として、誰でも好きなように店を出すことができるシステムが挙げられる。もちろん、店を構えることは誰にでもできるわけではないが、街道沿いの決められた区域であれば、申請書の提出と売上の数%分を徴収することを守れば、誰でも行商をすることができる。その区域を、商人たちはヘイヴンと呼ぶ。ただし、「ヘイヴン(避難所)」とあるためなのか、無許可で勝手に店を開く者も多い。

 そんな無許可の者を発見し、取り締まるのも憲兵官吏の立派な努めであるが、そこはやる気の無いものの集まり、と称される憲兵官吏。いわゆる賄賂さえ払えば目こぼしするものも多いとあっては、法律も何もあったものではない。

「やや、ご主人。これは一体何です?」

 ドモンはヘイヴンを憲兵官吏の証であるジャケットを羽織り、長剣をぶら下げながら歩き、怪しげな店の商品を手に取り尋ねる。

「これは、西から取り寄せた媚薬にございまして……旦那もいかがですか? 恋人との夜もとても良いものに……」

「や、困りましたね。犯罪に繋がりそうな薬の取り扱いについては、許可を下ろすのは難しいはず。さぞかしご主人も大変だったのでしょうねえ」

「……いやあ、いいお天気ではございませんか、ねえ」

 店主は顔の筋肉をねじ曲げたような笑みを浮かべると、ドモンのジャケットの袖口近くに握りこぶしを寄せた。ドモンは店主の手に触れると、中に隠れた金貨を受取り、少し長めに作ってある袖に隠した。袖の裏には、このためだけにドモンが誂えたポケットがあり、そこにわずかながら収納することができるのである。

「や、商売熱心なことで何よりですよ」

 とまあ、ヘイヴンはドモンのような不良官吏達の恰好な小遣い稼ぎの場である。それだけヘイヴンは賑わい、憲兵官吏が歩きまわっているので治安も良くなっていることもまた、事実ではあるのだが。

「ドモン、やってるな」

 サイも同じく見回りをしていたようだったが、彼はドモンとは違って、そこそこマジメに働く方だ。少なくとも、小遣い稼ぎだけにここに来たりしない。

「君も『見回り』ですか」

「お前と一緒にするな。俺は捜査だよ。……なんでも最近、イヴァンにとんでもない犯罪者が入り込んだようなんだ」

「犯罪者。いやあ……こわいこわい。一体何をやったんです」

 サイは少しだけ周囲を伺うと、ドモンの耳の側で囁いた。

「皇帝殺しさ」

「な……」

「おっと! それ以上言うなよ。まだ機密情報なんだ。皇帝陛下のその後については行政府からタブーにされてることを忘れたわけじゃあるまい」

 皇帝のその後。イヴァンは愚か、帝国全土の人間を魅了したあの皇帝は、ある日突然姿を消した。当時、相当物議を醸した話題であったが、今となっては、当事者である亜人は絶滅し、背信行為を疑われていたソニア卿は行方不明のままだ。だから、どうなったのか、誰も知らない。そして知ろうとすれば、その者も消される。まことしやかに語られる噂だ。

「しかし、殺されたかどうかなんて……」

「俺が知るかよ。だが機密情報の出処は紛れもなく行政府からだぜ。殺しを商売にしているような危ないヤツらしい」

 殺しを、商売に。

 ドモンの胸中に渦巻いたのは、やりきれない思いだった。金で命をやりとりする。それは別に良い。戦争だって同じことだ。だが、そうまでして金が必要なのか。この世は金だけで回っているのか。

「嫌な世の中ですね」

「同感だ」





 少女は殴られていた。何の謂れもなく。ただ真実を求めて憲兵団本部へ再捜査を嘆願した帰りのことだった。彼女の両親は、何者かによって起こされた放火によって、死んでしまった。少女はどうしても納得がいかなかった。材木は、火事を起こせばすべてを失ってしまう。そのことを教えてくれたのは両親だった。だから、放火であると信じた。だが、判事の代理である憲兵団の捜査担当者の言葉は、残酷だった。

「サンデル商会の火事は、火元の不始末によるものだ。放火では無いことは明白である。あまり憲兵団の捜査にケチをつけると、お前を捕らえることになるぞ」

 失意の底に沈んだ彼女を襲ったのが、今この瞬間の暴力である。殺される。

「おお、止めなさい。神は汝らの行いをすべて見ています」

「なんだァ、てめえ!」

「神父、ぶっ殺されてえのか!」

 少女を殴っていた男と、今まさにズボンを下げようとしていた男。ついでに犯そうとも考えていたのだろう、怒り心頭の様子だ。殴っていた方の男は、神父のボロボロのカソックコートの胸ぐらを掴む。

「そういうのはあなたがたの勝手です、神の子らよ。……しかし、憲兵官吏が見ています。言い逃れはできないのでは?」

 曲がり角でこちらを伺っているのは、ドモンだった。男たちはばつが悪そうに神父を離すと、走ってその場を離れていった。

「神父様、本当にありがとうございました」

「構いません。あなたはいつも懺悔に来られる方ですね」

 少女は砂埃で汚れた顔を拭うと、こちらにお辞儀をして、何も言わずに去っていった。どこか寂しそうな、悲しみを湛えた表情だた。

「……つれねェなあ」

「どう見ても十代半ばと言ったところですが」

「後四年もしてみな。熟して喰い頃よ」

 神父のフリをしている時のイオは、普段の砕けたスケコマシの態度とはまるで違う。表と裏の顔を完璧に使い分けることができるからこそ、ボロ教会でも案外なんとかやっていけるのである。

「……ところで、聞いたかい旦那。『皇帝殺し』の話」

「教会に行きましょう。往来でする話ではないようです」





 ところどころ割れたステンドグラスから、月の光がおぼつかない明かりを教会に注いでいた。ベンチに腰掛けるドモンとイオの二人の男。

「殺しを商売にする……怖い話だよなァ」

「全くです」

「……旦那。俺は男に隠し事するのは嫌いなんだ。そんな無駄なことに頭使っちゃいられないからな。はっきり言う。……『同業者』じゃないか。そいつは」

 漂う埃が光を浴びて、空気が瞬いた。

「……まさか。僕はもう、三年も昔に足を洗ったんですよ。……仲間も、何人も死にました。イオさん、あなただって、一人じゃ『断罪ジャッジ』はできないって言ってたじゃありませんか」

「だが、そいつが一人で『断罪ジャッジ』できるくらいの実力を持った人間ならどうする。裏を返せば、そいつを仲間に引き込めば、俺達はまた……」

 ドモンはいつもの眠そうなダメ憲兵の顔ではなくなっていた。彼の顔は、金をもらって、のさばる悪党を『断罪』してきた殺し屋として、イオを睨みつけていた。

「そのへんにしときなよ。……僕は、もう断罪ジャッジの金は要らねえんだから。ここに出入りしてるのだって、三年前の生き残りのあんたを見張ってるからだ。三年前のように、我が身可愛さに僕を売られちゃかなわないからな」

 ドモンは長剣のチェーンを外した。ここでイオを黙らせるのは簡単だ。だが、それをしなかったからこそ、できなかったからこそ三年も経過しているのだ。イオはロザリオの下の部分を握りしめている。

「旦那、やめてくれよ。俺だってタダじゃ死なないぜ……」

「僕だってあんたをやるのはわけない。だが無駄なことはしないし、始める気もないんだ。二度とそんなこと言うなよ」

 ちりちりと焼けるような緊張感が空気の中に漂い始めたころ、不意に教会の扉が開く。既に夜中もいいところである。まともな客とは思えない。

「邪魔するぜ」

 ドモンは闇に溶けるようなコートを見た。彼は知らない。その目を覆うものがサングラスであることを。だがわかっていることはある。彼のサングラスの下には、本物の殺人者の眼が宿っていることを。

「この世界にも、教会なんてもんがあったとはな」

「失礼ですがね」

 イオがたまらず声を荒らげた。

「明日の朝、また来てもらえませんかね。洗礼でもなんでもして差し上げますから」

「クリスチャンは苦手でね。『右の頬を差し出せば左の頬を……』残念ながら、俺にはもう差し出せるものがない」

「あなた、何者ですか」

 ドモンには、その返答はわかっていた。そして、それがあの日の夜の引き金のように、自分を地獄へ引き込むことになることも。

「……俺は『皇帝殺し』さ」

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