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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
天罰不要
56/124

天罰不要(最終パート)


「突然及び立てして申し訳ありませんねえ。さ、そこにお座りください」

 バッツはソファーに腰掛けると、居づらそうに回りを観察した。カリバード商会の小奇麗なオフィス。その前に座っているのは、あるじのカリバードその人だ。

「なんの用だ」

「なんの用とは、ぞんざいな物言いだことですな。あなた、新聞記者でしょう。一度、説法に来てらっしゃった」

 にこにこと屈託の無い笑みを作りながら、カリバードはコーヒーを薦めた。バッツは見向きもせず、手帳を取り出し何やら書き物を始める。

「ああ。取材をしたくてな……だが、あんた達はあんな当然の事を言い含めて、高いぬいぐるみやら置物やらポスターを信者に買わせてる。俺に言わせりゃ、あんたらは詐欺師同然だ!」

 バッツは剣をふるう騎士になったかのように空中でペンを振るい、悪魔を討伐するようにカリバードを攻め立てる。尤もその標的になっているカリバードには、全く通用していないようだった。

「俺は新聞記者だ。真実をもって悪を糾弾する。あんた達はそういう意味では、なんの意味もないたわごとで商品を売りつけてる、悪党なんだよ」

「それは興味深いですねえ。どうでしょう、バッツさん。あなた、ドッグ様の代弁者にして救世主……オーランド様に目通りしてみては。取材も自由にして頂いて結構。場所は私がセッティングします。もし考えが変わるのなら、改めてドッグ様のお考えを学んでみては?」

 悪くない条件だ、とバッツは思った。新聞記者にとっての真実や正義は、自分にとっての正しさでしかない。それに、発行部数や売上が重なってくる。バッツは新聞記者と言っても、所属する新聞社を持たないフリーの新聞記者だ。とにかく、話題になりそうなトピックにかじりつければよいというのが率直な本音だった。しかしなかなか近づけず、いたずらに過ぎていく時間にイラつきはじめ、バッツは徐々に『自分にとっての正しさは社会的な正しさである』と、ドッグ様の会の事を一方的に悪として断じるようになっていったのだ。

 そうだ、俺が真実を暴かなくてだれがやるのだ。

 バッツは一も二も無く、カリバードの提案に同意するのだった。








「おじさん」

 ミシェルは学校帰りに、オーランドに出会った。清々しい顔つきの彼に、自然とミシェルの顔はほころぶ。理由はわからないし、それを理解するにはミシェルの年齢は低すぎた。

「ミシェル。……私は、君にさよならを言わなくてはならない」

 オーランドはゆっくりと語った。再び全てを捨て、旅に出ることを決意したということを。

「おじさん、どこに行くの」

「決めてはいない。ドッグ様の御心のままに、気ままに帝国を旅してみようと思っている。また……」

「オーランド様ですね」

 小汚い赤いジャケットを着た、ごわごわの髪の男が、二人の話を遮った。お供に二人、体の大きい、縞模様のジャケットと黒いジャケットの男を連れている。不穏な雰囲気に、ミシェルは体を強ばらせる。

「カリバードの旦那からのたってのお願いがありまして。あなたの事を取材したいというお方がいるのですよ」

 赤いジャケットの男──マッド・ジョニーとその仲間ともう一人、無精髭の男が後ろに立っていた。ミシェルにはその男に大いに見覚えがあった。父親だ。向こうもこちらに気づいたようだった。

「ミシェル、なんで……」

「おとうさん!」

 オーランドは、二人のやりとりを見てその異様な雰囲気を察しながらも、極めて冷静なままジョニーとの会話を続けた。

「……嫌だ、と言ったら?」

「無理にでも連れて行きます。そういう『お願い』なんですよ」

 オーランドは抵抗しなかった。なにも言わずベンチから立ち上がり、彼ら三人に従った。ミシェルは動かない。オーランドと父親のバッツが連れて行かれるのを、ただただ見ているしか無かったのだ。

「おとうさん!」

「すぐ戻る。お前は家に帰るんだ」



 男達が二人を連れてきたのは、ヘイヴン外れにある高級レストランだった。離れにある個室へと通されたオーランドとバッツ。赤いジャケットのジョニーが入り口の前に立ち、こちらを見張る。

「まあ、すわんなよ二人共」

 おずおずと乱暴なジョニーの言葉に従う二人。バッツは武器──ペンと手帳──を懐から取り出すと、口を開く。

「俺が誰だか分かりますか、教祖様」

「……確か、一度私の説法を聞きに来た。その時、途中で帰ってしまっただろう。良く覚えているよ。……あの子の父親だったとは」

「今日は、あんたの事を洗いざらい話してもらいますよ。娘の事は、とりあえず後回しだ……ドッグ様だとか言うわけのわからん神様の声が聞こえるなんてインチキも暴いてやる。社会正義の為に」

 その時である。突然赤いジャケットの──マッド・ジョニーが動いた。ジャケットの裏ポケットから、小ぶりのナイフをぎらりと抜き出し、躊躇なくバッツの胸に押し込む!なんだ、という暇もなく、バッツは絶命し、武器を取り落とす!

「なにが社会正義だ。くだらねえ」

 胸から刃が抜かれ、とうとうバッツは動かなくなった。オーランドはそれを見ていた。なにが起こったのか理解できない。カリバードは奴を殺さねばならないと聞いていた。断罪人にそれを頼むと。

「……まさか、まさかお前は『断罪人』……?」

「そんなわけねえでしょう、オーランド様。……ただ、カリバードの旦那を困らせるような事を言うのはやめてもらえませんかねえ。俺の言ってること、分かりますか?」

 ジョニーはバッツのジャケットの裾で血を拭い、ぎらついた光を取り戻したナイフを日の光に晒す。オーランドはその光を見る。たった今人を殺した光が、自分をも殺しかねないその事実を。

「あんたは確かに代弁者とやらで、救世主なのかもしれませんがねえ。困るんですよ。今までそれをお膳立てしたのは旦那だ。それを忘れちゃいけねえ。ドッグ様も『恩知らずはいけない』って仰ってるんじゃないんですか」

 オーランドの脳内に声が響く。恩知らずはいけない。恩を仇で返してはいけない。ドッグ様の声。オーランドをすくう声だ。オーランドは信じている。声に従えば、自分も、人々もすくわれると言うことを。

「……頼みがある」

「なんなりと」

「い、命だけは」

 ジョニーの口角が上がり、犬が尻尾を振るようにナイフを手でもてあそぶ。カリバードは言っていた。奴は代弁者で救世主で、事実それだけの人徳もある。だが、所詮は人から生まれた人の子だ。自分の信じるもののために、財産や地位を捨てることができても命まで捨てる事は出来ない。底の浅さというのは、そのことなのだ、と。

「他には? 何か有りますか」

「この男の娘、先ほどの……」

「ああ。あの小さい女の子ですか。どうするんです、救世主殿」

 オーランドは一瞬だけ剥がれそうになった自分の皮をなんとか元に戻し、毅然たる教祖の姿を維持した。自分は救世主だ。世の中に救いをもたらすためには、犠牲を払わねばならない。必要だが、かけがえの無い犠牲を。それを教えてくれたのは、ドッグ様だった。

「そうだ。私とこの男がいたことを知っている。私が罪に問われないようにするのだ」

 ジョニーは歯を剥く。カリバードは殺せと言ったが、手綱を握り返してやればこのとおりだ。この男とドッグ様の会があれば、カリバードはもっと稼ぐだろう。ジョニーはその甘い汁をいくらでも吸える。

「カリバードの旦那に早く顔を見せてあげてくだせえ。俺は、言うとおりに処理しますから」






 イオは、相変わらず惰眠を貪っていた。金があるのだから遊びに行けばいいのだろうが、なんとなく気がのらないのだった。そんな時に無理矢理金を使うことも無いと、こうしていつものように昼寝をしているのである。

 その時だった。カーテンが小さく揺れて、懺悔室の扉が開く音がした。客だ。

「仕事って気分でもねェんだがなあ」

 重そうに腰を上げ、小指を耳に突っ込みながら懺悔室に入る。相手の姿は見えなかった。普段であれば、見えづらいと言っても影となって見えるはずなのだが。

「誰かいますか……? いるよなァ? いない?」

「いる」

 呼吸音と共に、低い声が響いた。短い呼吸音は、まるで獣を連想させる。しかし姿は無い。イオが無理やり覗きこむとそこには、小さな影があった。犬だ。

「……冗談はよせよ。犬が喋ったとでもいいたいのかァ?」

「そうだ」

 犬は舌を出しながら、言葉を発した。思わず飛び退き、イオは扉に張り付く。イオは神は信じるが、幽霊のたぐいは信じない。そして得てして信じないものほど恐怖の対象なのである。

「そう驚くな。用事はすぐに済む、断罪人」

 断罪人。イオはその言葉に恐怖を払拭すると、ぐいとロザリオを握る。断罪人の存在人は他人に知られてはならない。知られれば、相手を葬らねばならない。それが、依頼者であることを除いて。

「私が誰であろうと何であろうと関係はない。だが、殺して欲しい男が三人いる。ドッグ様の会の教祖・オーランド、その部下でありスポンサーのカリバード。そして、子飼いにしているアウトロー崩れのマッド・ジョニーという男だ。やつらは神の名を騙り商売をしていたが……とうとう人を殺した。罪もない父娘を」

 ひとりでに小窓のしたにある引き出しが動き、金の落ちる音が懺悔室に響く。イオが確認すべく引き出しをこちら側に引くと、中には金貨が四枚入っていた。

「ついでに、お前たちには近々とんでもない不幸が振りかかることになっている。それを無かったことにしてやろう。これが報酬だ」

「ずいぶんとまあ、気前がいいじゃねェか。神様かい、あんた。それも犬の」

 イオは金貨を確認しながらそうつぶやく。

「お前の信仰しているものとは違うがな。人知を超えた存在という意味ではその通りだ」

 イオはくつくつと笑いを噛み殺す。神が、人を殺せとクズ共に願うとは。

「じゃあ、神様のお仲間なら一つ聞かせてくれねェかい。俺達は死んだらどうなる。地獄行きか?」

「地獄にすら行けん。お前たちを待っているのは、無。なにも存在せぬ、存在し得ぬ、なにも感じずなにも起こらず……そんな場所だ」

 イオはとうとう顔を抑えて笑い始めた。犬は足を小窓にかけ、口を突き出す。

「なにがおかしい」

「あんた、やっぱり神様だ。間違いねェ」

 イオは笑い続けていた。その内、犬の姿は懺悔室から消えていた。それでもなお、イオは笑っていた。







「……全部、裏が取れました。カリバード商会。ドッグ様の会。そして、死んだ新聞記者のバッツとその娘さん。その犬の神様、本物だったんですよ」

 深夜、イオの教会。フィリュネが青ざめた表情でそう報告するのを、ドモンにイオ、そしてソニアはどうでも良さそうな表情で聞いていた。ドモンが憲兵団からそれらしい父娘の死を見つけ、それに関わったドッグ様の会と結びつけたのだ。杜撰なやり口に、カリバード商会による憲兵団への大げさな口止め。フィリュネの調査は迅速に終わった。

「な、すげーだろォ。神様なのに金までくれるんだぜェ。俺、鞍替えしようか迷っちまったぜ」

 イオは一枚ずつ金貨を聖書台へと置く。ドモンが一枚手にとり、撫でてみたりかじってみたりするが、どれも間違いなく本物だ。

「太っ腹な神様もいたもんだ」

 ソニアが火の点いたタバコを指ではさみ持つと、月の光に金貨を晒した。

「しっかし、神様ならもっと金くれればよかったのに。百枚くれたって、神様だからどうってことないんじゃないですかねえ」

 フィリュネは無頓着な男どもにいらつきながら、残った金貨を一枚取る。どうせ、彼らは神が実在したとしても、金があれば興味はそちらになびくのだ。

「……とにかく、標的はカリバード商会に全員います。ただし、やるのは朝です」

「朝ァ? おいおい、早起きしろってのかよォ」

 イオが素っ頓狂な声を上げ、ドモンが嫌そうな顔とともにあくびをする。

「夜更かししとけばいいだろ。ガキじゃねぇんだから」

 ソニアは黒メガネを押し上げ、タバコの灰を落とした。フィリュネは味方からの後押しに、言葉を続ける。

「教祖のオーランドは、朝日が昇る頃に祈りを捧げるそうです。最近は、マッド・ジョニーも同じように祈りを捧げてるとか。三人が揃うのは、その朝しかありません」

「ならまあ、せいぜい夜更かしするとしましょうかねえ」

 ドモンはそう締めくくると、フィリュネが用意したコーヒーをぐいっと飲み干した。他の三人も同様にそうした。夜はまだまだ長い。






 夜が終わり、太陽が昇る。

 ドッグ様の会の朝は早い。人々がまだ寝静まっている、午前五時。オーランドの粗末な食事が終わり、カリバードと共に祈りの儀式を始める。今日は、マッド・ジョニーも一緒だ。子供を殺した後味は、さすがの彼でも悪かったのだ。

「カリバードの旦那。俺ァ、神は信じねえんですが……祈りを捧げるってのもいいもんですね。こんな朝にやるっていうのも新鮮だ」

「ああ。いずれお前のように、オーランド様の捧げる祈りの神秘性に引き寄せられる人間も増えることでしょう。そうすれば我々も商売繁盛というわけだ……」

 オーランドが置物の前で奇妙な踊りと共に、よくわからぬ祝詞をつぶやき続ける。その時だった。一階のカリバード商会のフロアから、何やら物音がした。しかも尋常な物音ではない。真っ先にジョニーが気付き、素早く懐からナイフを抜く。

「旦那。なんだか様子がおかしいですぜ。……ちょっと様子を見てきます」

 ジョニーは素早く階段を降り、薄く朝日の差し込む店を見回す。誰もいない。だが、扉は蹴破られ、部屋の内側へと倒れていた。ということは、中に誰かいるのだ。

「誰だ。誰かいるのか!」

 声に反応する者は無い。代わりに、扉のあった場所に、人型の影が差し込む。人型の影はすぐにその場にしゃがんだ。

「おい、誰だ。扉をこんな風にしやがって……おい!」

 ジョニーは入り口に座り込んでいた人影を確認した。フードを被り、首元に赤いスカーフを巻いた小柄な人物。返事は無い。ジョニーはさらに近づく。

「なにしてやがる、お前がここを蹴破ったんじゃないだろうな」

「まさかあ、違いますよ」

 女の声だった。女は、絵を描いていた。ドッグ様の絵だ。

「じゃあ、誰がやったのか見てねぇのか」

「見ましたよ。曲がり角で」

「本当か。どこの曲がり角だ?」

 女突然立ち上がり、ジョニーにぶつかった。一瞬なにが起こったのか、ジョニーには分からなかった。女はすぐ離れた。その手には、血染めのナイフ。

「だから曲がり角ですよ。……地獄へのね」

 ジョニーは立っていられなくなり、赤いジャケットを赤黒い血で染め、ついに力尽き寝転がった。フィリュネはフードを上げ、赤いジャケットの裾でナイフについた血を拭う。死体を見下ろすフィリュネの目は冷たかった。

「偽物の神様に殺されちゃ、たまりませんよ」






「オーランド様、中座致します。ジョニーめのやつが戻ってきませんので」

 オーランドからの返事は無かった。祈りを捧げることに集中しているのだ。カリバードは彼からの返事を待たず、階段を降りる。蹴破られたドアはそのままになっている。ジョニーの姿はない。

「どうなっているんだ……?」

 カリバードの後ろから、ぬっと男が姿を現す。コートを着た黒メガネの男がカリバードの肩を叩く。恐る恐る振り向いた彼が見たものは……彼の鉄拳! 右ストレート! 首が逆方向へ! 左ストレート! 首が再び逆方向!

「や、やめ……」

 やめない! ソニアがカリバードの両肩を掴み、剣の並んだ棚へ突き飛ばす! 口元にはタバコ、手元には火打ち石。器用に火種を作ってみせると、タバコに火をつける。

「か、金ならやる……金ならいくらでも」

 聞き飽きた命乞いに、ソニアは肩をすくめた。ソニアはその程度で心を動かされるような人間ではない。冷酷な殺人者なのだ。

「あいにく、今回は間に合ってるんでね。悪いが朝なんで、でかい音は出せないんだ。楽には死なせてやれないぜ」

 今度は腹にパンチ一発! カリバードは朝食がまだだったので胃液のみが噴出! ソニアはくの字に曲がった彼の体を強引に担ぎ上げ、刃を上にして立てかけてある剣の下へ落とす! カリバードは串刺しになり少し呻いた後絶命!

「祈りが通じてるなら、天国には行けるだろうよ」






 階段を誰かが登っていることに気づいたのは、祈りが終わってすぐだった。オーランドは祈りを終え清々しい気持ちで振り返る。誰もいない。

「カリバードか? それともジョニーか?」

 階段を登ってくる誰かは返事はしなかった。オーランドは怪訝そうな表情を浮かべ、階段からの何者かを待ち構えた。栗色の髪の色男……神父だ。手にはロザリオ……いや、おかしい。ロザリオの先から、長い針が突き出ている。男は長いチェーンを振り回し始めると、突然それを投げる! オーランドは虚を突かれ、胸にそれが突き刺さるのをただ見ているしか無かった。

「残念ながらどっちも外れだァ」

 ロザリオが突き刺さったまま、オーランドは祭壇へ座り込む。神父──イオの後ろから、今度は憲兵団のジャケットを着た男が現れる。手には抜身の剣。憲兵官吏──ドモンだ。イオはオーランドを無理やり襟首をもって立たせ、ロザリオを抜いてドモンの方向へと突き飛ばす! ドモンはふらふらと歩いてきた彼を横一文字に切り裂く! オーランドはその場に倒れこみ、血の池へと沈みながら絶命!

「祈りが終わるまで待ってやったんだ。あの世でせいぜい神様に助けてもらいな」

 ドモンは剣を振るい血を飛ばし、剣を納める。イオはロザリオの柄を逆回転させると、突き出た針を収納した。イオはドモンの肩を叩き、ドッグ様の会を二人で後にするのだった。






 

 次の日。

 ドモンはヘイヴンを最悪の気分で歩いていた。先日、フィリュネ達が稼いだ金貨五十枚の内、ドモンの取り分の金貨十二枚と銀貨五枚が、一日でなんと金貨八枚と銀貨五枚も無くなってしまったのだ。

「結婚式と葬式に、送迎会まで重なるとは……なんでそんなの出なくちゃならないんでしょうねえ……大体、高すぎなんですよ参加費」

 誰に言うでもなく、ドモンはつぶやく。いつの間にかフィリュネとソニアの店まで来ていたのに気付かなかった。良く見れば、二人も浮かない顔をしている。

「あ、旦那さん! ちょっと聞いてくださいよ!」

「なんなんです、一体。僕は前のお金がだいぶ無くなっちゃってヘコんでるんです。ほっといて下さいよ」

 フィリュネは怒りとも悲しみとも付かないような憔悴した表情のまま話を続けた。

「わたし達が悪かったんですけど、国税局の連中が来て、今まで納税してない分払えっていうんですよ。すっかり忘れててましたよ。最悪です」

「税金の金額聞いて驚くな。金貨二十五枚ぴったりだぜ。お陰でそれ以上せっつかれずに済んだが……」

「まさしくバチが当たったんじゃないですか」

 ドモンはどうでも良いといったような風で彼らの怨嗟の声を聞き流す。フィリュネ達もそれ以上の言葉を期待していなかったようで、椅子に腰掛け頬杖をついたまま、ドモンを見送った。

 大通りに出て家路へ向かう途中、今度はイオが居た。こちらも憔悴した表情でベンチに腰掛けており、傍らには布教用の看板が立てかけられている。

「……や、まさかとは思いますがねえ。あんたも金を……」

「そうだよォ。察しがいいじゃねェか畜生。アレだ。女の旦那にとうとう嗅ぎつけられてよォ……慰謝料で……金貨十二枚に銀貨五枚……ああ、畜生……」

「自業自得じゃないですか、全く。これに懲りて、火遊びはやめることですよ。馬鹿らしいですねえ」

 イオはそれに反論も出来なかったようで、やはり憔悴したままドモンを見送るのみだった。

ドモンはなにか嫌なものを感じ始めていた。イオは、依頼者の『神様』に不幸をチャラにしてやると聞いたと言っていた。その不幸は、現時点で同日中、全くの同時に起こっている。不幸のダメージは、この間稼いだ金でプラスマイナスゼロにはなっている──。

「……まさか、ですよねえ」

 自分のジャケットの裾にある隠しポケットにしまっている残りの金貨四枚を揺らしながら、ドモンは力なく笑う。ドモンは神など信じない。だが、事実不幸は起こっているのだ。家にたどり着くと、セリカが出迎えた。二人で食事を済ませてから、セリカが話を切り出してきた。

「あの、お兄様。少しご相談が」

「えっ、なんです」

 セリカが珍しくもじもじと言いづらそうな態度をとった後、口を開いた。

「実は……今度魔導師学校で慰安旅行に行くことになりまして、お金が入用になったんです。金貨四枚ほどで……前に同じ額をお兄様にお貸ししましたから、そろそろ返して欲しいのですが」

 金貨四枚が鳴らす高貴な音が、ドモンの動揺と連動して鳴る。ドモンはもはや笑うしかなく、罪を逃れるための対価を裾から取り出すのだった。





天罰不要 終

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