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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
天罰不要
53/124

天罰不要(Aパート)






 ドモンの仕事は、帝都イヴァンの自由市場・ヘイヴンの見まわりである。が、ただ歩き回れば良いというものでもない。たまには、店に入ってそこで立ち話をしたり、怪しい者を見なかったかと聞いて回るのも大切だ。

「や、どうも。憲兵団のもんですけどね」

 ヘイヴン内には珍しく、立派な店舗を構えている『キラル雑貨店』。様々な小物や食料品を扱う店である。その中にある洒落た椅子に座ると、ドモンは気だるそうに店主に尋ねた。若い女店主だ。

「旦那さん、お疲れ様です」

「いや大した用事は無いんですけどね。なんか困った事はありませんか」

「ありがとう存じます。お陰様で、特にこれといったことは……」

 ドモンは横柄に背もたれに体を押し付けるとぐるりと部屋の中を見回す。置物にロウソク。ガラス製のコップにナイフ。そして、犬の置物。

「や、ご主人。申し訳ないんですが、何か飲み物を頂けませんか。外が寒かったもんですから」

「もちろんですわ」

 女主人が商売じみたスマイルを浮かべ奥に引っ込むのを見て、ドモンは椅子から立ち上がり、犬の置物をまじまじと見つめた。目が大きく、左と右の目で視線が違ってしまっている。

「何でしょう、コレは」

「ああ、ドッグ様ですよ」

 カップを載せた盆を運びながら、女主人が事も無げに言う。

「ドッグ様」

「商売繁盛家内安全。金運アップに交通安全、恋愛成就の効果もあるそうですよ」

「こんな間抜けな顔した置物が? へえ……初めて見ましたよ」

 ドモンは小さく主人に礼を言うと、ソーサーを取りカップに入った熱い紅茶に口をつけ……あまりの熱さにすぐ口を離す。どうやら、あまり歓迎はされていないようだった。カップの下に銀貨が挟まっているのをつまみとり、広く作った袖口にあつらえた隠しポケットにしまい込む。

「や、邪魔しましたね。くれぐれもなんかあったら憲兵団に教えて下さいよ。紅茶、ごちそうさま」

「お構いもできませんで」

 ドモンは店を出ると、振り返ってガラスから店の様子を伺う。間抜け面のドッグ様を伺い、ドモンは踵を返して店を後にした。





「おいおい、いってェなんだよコレ」

 イオはソニアと入った立ち飲みバーでこれみよがしに置いてある犬の置物──ドッグ様に驚く。一個や二個なら、気にもとめなかったろう。ぬいぐるみに陶器、ポスターに至るまで、そこかしこにべたべたと店中に張り付いているのである。

「間抜け面の犬だな」

「マスター、勘弁してくれよォ。見られてるみてェで落ち着かねェ」

「おいおい、ドッグ様の事を悪く言うな、神父様よう。気を使ってツケてやってんの忘れたか」

 強面のバーの店主が、炒めもののフライパンを振りながらぶっきらぼうに言った。イオもソニアも、マスターにそう言われればどうしようもない。おとなしく、安物のワインでグラスを傾けるのみだ。

「マスター、こいつはどこで買うんだ」

「なんだ、ドッグ様に興味があるのか」

 マスターは豪快に笑うと、野菜炒めを大皿に盛り付け、給仕に運ぶよう指示しながら、話を続けた。

「ドッグ様の会ってのに行くと買えるぜ。ドッグ様の代弁者のオーランド様ってのがこれがまたいい人でよお。悩みだって聞いてもらえるんだ」

 ソニアがタバコを燻らせ、灰を落としながらふーんと相槌を打つのを見て、イオはなにに対抗しようと思ったのか、身を乗り出さん勢いで詰め寄る。

「おい、俺だって聞くぜェ。神の名においてだから、ネームバリューがある!」

「お前さんみたいな不良神父に話聞いてもらうなんざ、御免こうむるよ。おい、なんか注文しろや」






 ドッグ様の会は、刀剣商のカリバード商会の二階を借りて行われている。ドッグ様なる神を信仰し、そのグッズを販売しているのだ。カリバード商会のジャック・カリバードもまた、そのドッグ様の信奉者である。表向きは。

「この地におわすお犬様達……これ全てドッグ様の使いです。ドッグ様のなさることは全て自然のもとに行われる正しきこと。それを疑うものには天罰がくだるのです」

 かしづく信者たちは、それぞれ茶色の地味なマントとフードを羽織り、代弁者・オーランドを囲んでいた。目尻の垂れた細い目で背の高い男で、巨大な花でも咲いたのかと勘違いしそうな巨大な襟が、彼の神秘性を否応にも高めている。

「オーランド様」

 白髪交じりの商人が、会場の暗がりの奥から手招きするのを確認し、オーランドは大げさな身振り手振りを交えて、今日の説法を終えた。既に夜になっており、客は誰も居ない。

「いやあ、素晴らしい説法でしたな、オーランド様」

「世辞は良い……ドッグ様の御心をお伝えするため、当然のことをしたまで」

 超然とした態度のまま、オーランドは応接セットの椅子に尊大に腰掛ける。目の前には、手もみしながら恐縮しどおしのジャックが、酒をグラスについでいる。

「ドッグ様のグッズ販売、順調です。信心深い方々に感謝ですな」

「うむ。いずれはイヴァン郊外に聖地をつくり、そこで信者たちと世俗を離れ、ドッグ様のお言葉に耳を傾けたいものよ。カリバードよ、そのための金集めだと言うことを忘れてはならん」

 オーランドはそう言いながら、酒を勢い良く煽った。ジャックには分かっている。この男の底の浅さも、全て自分がコントロールしていることも、全て。最初は、ヘイヴンでイカれた事を大声で話している変人だったこの男を、神の言葉を聞ける能力者にプロデュースしたのは、ジャックなのだ。

「ははっ、よく存じております。──しかし、ひとつ気がかりなことが。新聞記者がどうも我々のことを嗅ぎまわっているようで」

 ドッグ様の会はまだまだこれからの発展途上だ。だが、グッズを販売している利益へのやっかみからなのか、はたまた純粋な興味からなのかは分からないが、新聞記者が有る事無い事記事を書くようになってきたのである。

「カリバード。お前はどうすればよいと思う。世俗のノイズはドッグ様のお言葉を聞く上で良くない影響があるのだ」

 ジャックは顎を何度かさすってから、ぽんと手を打った。良い方法がある。それも、とびきりだ。

「良い方法があります。断罪人……実態はよく分からぬ人殺しの集団ですが、やつらならば金次第で人を始末してくれると聞いたことが有ります。しばらく噂を聞かなかったのですが、最近再び活動をはじめておるとか」

「人殺し……穏やかではないが、ドッグ様のためだ。致し方あるまい」

 オーランドは、少しも表情を変えずにそう言い放った。彼の価値基準は全て、ドッグ様のみに向けられる。ジャックはその言葉に笑みを浮かべつつ、オーランドを軽蔑した。ジャックには分かっている。彼が、この生活をさらに良いものにしようとするには、どんな手段とて使うだろうということを。

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