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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
約束不要
52/124

約束不要(最終パート)







 イヴァン南東、墓場。

 イオと、憲兵官吏・ドモンの姿がそこにはあった。見送る人間は、誰もいない。墓の下には、老人が一人。公園で襲われ、行き倒れていた老人には、身よりがなかった。第一発見者から通報を受けたドモンが彼の死体を回収し、憲兵団から依頼がイオに行ったのだ。神父による言葉は、死者を天国へと導く。埋葬するにも、形式に則らねば彼もいい死に方は出来ないだろう。

「この爺さん、子供を一人引き取ってたんです」

「なんでこの場に来てねェんだ。神は薄情な者に天国をお与えにはならねェぞ」

 簡素な石造りの墓を立て、埋葬は終わった。少年は、行方知れずになった。捜索届けを出すべき人間もいない。永遠に忘れ去られる。本人たちにとって、不本意なまま。

「レイヴン・カンパニーの人間にさらわれたそうです。公園の回りで、子供を抱えて去っていく二人組を目撃した人間もいるみたいですから」

「なんのためにそんなことすンだよォ」

「不動産を売るか、子供をよこすか……そんな話をしてましたが、どうにも気持ちが悪いですねえ。フィリュネさんに探りを入れてもらいましょう」

 イオは十字を切り終わると、聖書を勢い良く閉じる。空は曇天。乾いた風が吹いている。

「旦那、もしかしなくてもそりゃ、断罪か」

「ええ。……金はありますよ」

 ドモンは子供をさらい、母親を殺した二人組が残した金貨二枚を見せる。イオは歯を剥いて笑う。これっぽっちの金で、命のやりとりをする。それが断罪人なのだ。

「へへへ。金貨二枚で、イカれた傭兵集団を相手にしようってのか? どうかしてるぜェ、旦那」

 ドモンもつられて笑った。そうだ。どうかしている。彼らも、自分たちも。だがドモン達は、それで自分達が許されるとは考えていない。もちろんそのためにしていることでもない。あるのはただ、自分たちの生活のためという目的だけだ。






 深夜、イオの教会。フィリュネの調査は迅速だった。レイヴン・カンパニーは元傭兵集団だけあって、本社はただの事務手続き上のものでしかなく、その実総帥・ユキジの私邸でしかない。

「旦那さんから情報を貰って、子供をさらわれた親の元を訪ねたんですが……どこも既に家が無くなってました。レイヴン・カンパニーの連中が更地にしちゃったそうです。しかも、既に土地は他の人の手に渡ってたそうで……どうも、暴力を交えて『子供を奉公に出すか、不動産を売るかどちらかを選べ』って事を言ってたみたいです」

「そりゃ、当たり前だが子供を選ぶだろ」

 ソニアが茶々を入れつつ、火打ち石を叩く。

「子供をダシにして、不動産を安く買い叩き、高く売る。なかなかうめェことを考えやがるぜェ」

 イオが聖書台に置いたナッツを口の中に放り込みながら、苦々しげな表情を浮かべた。ソニアは火を付け終わり、タバコを咥えふかした。ドモンはおもむろに聖書台のナッツを手のひらいっぱいに掴んで、まとめて口に放り込んだ。

「おい、旦那ァ! 俺のだぜェ!」

「ひぇちひぇちいふぁないふぇくだふぁいよ」

「うわっ! おい、欠片を飛ばすな!」

「汚いです!」

 ドモンは他の三人の怒声を浴びながら、ナッツをなんとか咀嚼し終える。

「ですが、フィリュネさん。確かに不動産を持っている人間もいましたが、持っていない人間もいたんです。さっき、神父と埋葬してきた老人は、レイヴン・カンパニーに取られるような不動産なんて持ってません。それなのにも関わらず、彼の養子を無理やり連れ去った理由はなんです」

 フィリュネは目を伏せ、口ごもった。言いづらいことでも、この場では言わなくてはならない。そうでなければ、話は進まないからだ。

「総帥のユキジは、五年前の帝国内戦時、両親と弟を失っているんです。当時のことを知ってた人によると、弟が死んだことが特にショックだったみたいで、相当塞ぎこんでたみたいです。それで一時期、戦災孤児の男の子を引き取っていたようなんですが、その」

「フィリュネ、はっきり言え。どうせ俺達しかいないんだ」

 ソニアの言葉に意を決したのか、彼女はようやく重い口を開いた。

「その男の子、死んでしまったんです。原因は分かりません。でもその度に、すぐ孤児を引き取って……」

「おいおいおい、ちょっと待てよォ。すると何か? そのユキジって女、弟代わりに子供を引き取って、その子供を殺しつづけてるってのかァ?」

「そうとしか考えられないじゃないですか」

 ドモンはナッツの無くなった聖書台に、改めて金貨を二枚置いた。月の光が金貨に反射し、虚しい黄金の光を孕む。

「こんな金で断罪ですか。ま、儲けが無いよりマシでしょう」

「同感だ。四人で割ると、銀貨五枚か。金が手に入るなら俺は文句ないぜ」

 そう言うと、ソニアはどこからか二十枚の銀貨を取り出して両替し、その内から五枚の銀貨を取った。フィリュネもそれに反論する気は無いようで、やはり銀貨を五枚取る。

「神父、あんたはどうします。……僕はやりますよ。あんたが降りるなら、この金は三人で分けます」

 聖書台の上に、銀貨は残り五枚。イオはしばらく銀貨を見つめていたが、両手で頭をかきむしった後、銀貨を乱暴に五枚ひっつかみ、懐にしまう。はした金でも金は金だ。こんな金でも、イオにとっては貴重な収入なのだ。

「まったく……割に合わねェ断罪だぜェ」







 夜中。レイヴン・カンパニー本社、総帥・ユキジの私邸の庭園にて。

 ユキジの指定した『弟達』の回収任務を終えた傭兵二人組は、ようやく任務を終え、巨大な庭を通り家路へと着いていた。ユキジは力ある指導者だが、それは冷酷な判断が可能であることを示す裏付けでもある。つまり、彼女の意にそぐわない結果であれば、惨たらしく切り捨てられても文句は言えないのだ。

「しかし、なんとかなりましたね」

 若い傭兵は屈託ない笑みを浮かべる。中年の方の表情は険しかった。彼にとって、仕事の終わりに気を抜くことはない。傭兵という稼業に終わりはない。一つ仕事が終わったくらいで、安堵などしていられないのだ。

「ああ。だが、ユキジ様のことだ。また任務がすぐ下るだろう」

「俺、この任務楽なんで助かってるんですよね。金払いもやっぱ、総帥直々だからいいし」

「ああ。お前もこれでユキジ様にお目通りかなったわけだ。これから忙しくなる……」

 中年の傭兵は、突如何者かの気配を感じ、腰に帯びた剣の柄に手を伸ばした。こんな夜更けに、屋敷の前に人がいるとは考えづらい。もしいるとすればそれは、侵入者にほかならないだろう。

「どうしたんですか」

「剣を抜け。……おい、出てこい! いるのは分かっている!」

 植え込みの草が揺れ、がさがさと葉の擦れる音が鳴る。二人の傭兵は剣を抜き、警戒を始めたが、すぐにそれを解いた。なぜなら侵入者は、赤いスカーフを銀色のブローチで止めた少女だったからだ。

「ご、ごめんなさい!」

「なんだ貴様。ここはユキジ様の私邸だぞ」

「ごめんなさい、本当に……迷っちゃったんです。本当なんです」

 若いほうがため息をつき、剣を納めると少女へと近づく。何者なのかは知らないが、警戒するだけ損と言うものだと考えたのだ。中年の傭兵はと言うと、なお剣を抜いたままであった。傭兵に油断は許されない。例え少女でもあっても、戦場ならば牙を剥く。腕がいいと言っても、本物の戦場を経験していない彼には、分からない感覚なのかもしれなかった。

「……おい、その子を早く……ん?」

 若い傭兵は、微動だにしなかった。少女に手をのばそうとしたまま、固まっている。少女の姿は、彼に隠れたままだ。びくっと一瞬体を揺らした後、若い傭兵は地に伏せった。暗がりで、ねっとりとした血液が月の光に照らされ広がる。少女の姿は消えていた。

「おい、おい! 馬鹿な……まさか、侵入し……」

「おっと、そのままだ」

 男の声が後ろからした。頭に押し付けられている何かに、中年の傭兵は全てを悟った。始めに感じた殺気めいた感覚は、この男が発していたものだということ。そして、今自分は確実に死の直前にいるのだと言うことだ。

「貴様……レイヴン・カンパニーに楯突いて……明日から無事でいられると思ってい」

 高らかな銃声。中年傭兵の頭蓋を銃弾が砕く。遺体となり倒れ伏す男の後ろから紫煙が立ち上り、コートを着たソニアが姿を表した。

「そんな先の事は知らんね。あんたも、気にしなくて良くなったじゃないか……」






 突然の銃声にも、ユキジはただただ冷静に書類に羽ペンを走らせていた。入り口の側には、ツルヤが腕組みして壁に寄りかかって目を閉じていたが、ユキジに視線を向ける。

「ユキジ様」

「分かっている。ネズミを狩るのに貴様を飼っているのだからな。早く戻ってこい」

 ツルヤは剣を抜き、扉をゆっくりと押し開け出る。廊下は真っ暗でランプ一つなく、窓から月明かりが差し込むのみだった。この屋敷には、通いの下男とメイドがほとんどであり、常駐しているのはツルヤ一人なのだ。ツルヤは目を凝らす。誰もいない。再び目を凝らす。月明かりのが照らす通りの曲がり角に、黒い人影が見える。

「……誰だ」

 ツルヤは扉を閉め、剣を構える。すり足のまま、徐々に切っ先を伸ばす。何者かは分からないが、気配のみが漂っていた。傭兵剣士として流離ってきたツルヤを、主君・ユキジが拾ってくれた。その恩義に報いるため、腕を磨き続けてきた。だが、ここまで殺気の感じられない敵はツルヤには初めてだった。

「出てこい」

「お兄さァん。遊びましょう?」

 すらりとした長い足が影から伸びる。ツルヤは警戒を強め、柄を握る手の力をさらに込める!

「てめぇ……ふざけるな!」 

 曲がり角のすぐ手前に到着すると、長剣を角にいた人物に向けて横薙ぎに振るうが、壁に突き刺さって止まる! 誰もいない!

「何!?」

「下だよ、バーカ」

 ツルヤが下を見ると、暗闇から黄金のロザリオを握った手が伸び、喉にロザリオの先端が首筋に押し込まれる! ゼンマイが作動し針が打ち込まれ、ツルヤは絶命! 崩れ落ちる! 倒れこむ死体を避け、立ち上がったのは、ロザリオを握りしめたままのイオだった。

「イケるな。足」






 十分立っても、ツルヤは戻ってこなかった。ユキジは何かを察すると、羽ペンを置き、安楽椅子めいた豪奢な応接セットの椅子へと座る。目の前には、膝の高さの机と扉。この前で、人々はユキジに忠誠を、許しを、栄誉を、仕事を、慈悲を請う。

「入れ。扉の前にいるのは分かっている」

 扉が開き、闇の中から男が一人現れる。おさまりの悪い黒髪。憲兵官吏のエンブレムの入ったジャケットを着た男。

「や。夜分にどうも。イヴァン憲兵団憲兵官吏、ドモンと申します。火急の用件にて、お付の男性の方に無理を言って通して頂きました」

 ユキジは尊大な態度で足を組み、膝をついて頭を垂れ、剣を床に置く彼を見下していた。机で、置いた剣が隠れ、見えなくなったが、ユキジはそれを気にしなかった。

「火急の用事とは何か」

「は。実はそのう、大変言いにくいことではございますが、レイヴン・カンパニーの傭兵が三人も亡くなりまして、その報告をと。それで私事で大変恐縮なのですが……」

「なんだ、言ってみろ」

 顔を上げたドモンは、卑屈な笑みを浮かべていた。ユキジには彼が何者であるか理解できていた。真に卑屈な男であれば、瞳にここまでの闇と業を宿している必要はない。

「私を、レイヴン・カンパニーで雇って頂けませんかねえ。憲兵官吏なんて仕事は、面倒ばかり多くて給金が少なくていけません。こう見えて、腕は立つつもりです。……こんな感じでね!」

 机が突如下からひっくり返され、ユキジに覆いかぶさり彼女の視界を阻む! 次の瞬間、机が横へと倒れると、ユキジの腹にはドモンが抜いた剣が深々と突き刺さっていた。

「フフ、フフフ……わかっていた……全て……こういう日が来ることもな……」

 ユキジは笑みを浮かべながら、口から血を吐いていた。ドモンは無表情に突き刺した剣をさらに深く沈め、トドメを差しにかかる!

「これが死か……私の弟が感じたのはこれか……。ようやく、分かった……礼を言うぞ……憲兵……官吏……よう……やく……」

「礼を言われる筋合いはねえ。あんたが行くところに、あんたの弟がいるはずねえんだからな……」

 ドモンは椅子に座ったままの彼女から容赦なく剣を抜くと、血を振るって飛ばし、納めた。主を失った部屋のランプが音も無く消え、外より暗い暗闇へと落ちていった。

「……おねえちゃんが、今行く……」

 つぶやいた声が溶けると同時に、ドモンは扉を閉めた。




約束不要 終

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