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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
懺悔不要
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懺悔不要(Aパート)

挿絵(By みてみん)

 

 帝国の内乱から、五年の月日が流れた。

 帝国首都、イヴァンは一応の平穏を取り戻していた。内戦当時に進駐していた暴虐極まりない貴族お抱えの兵士共は田舎にとっくの昔に帰ったからだ。帝国首都防衛の任務につく、憲兵官吏・ドモンは、道端のベンチに腰掛け、安心感からか大きなあくびをした。平和なのはとてもいいことだ。

「暇そうだな」

 同僚のサイが話しかけてくる。そういう彼も暇そうだ。犯罪率の上昇は、確かに憲兵達にとっての目下の問題だったが、それでも事件が起こらない時は起こらないものなのだ。

 アルメイ総代による政権は、可もなく不可もない、言い換えれば絶妙なバランスを保ったものだった。挙げていけばキリはないが、商工業の発達によって、景気がよくなったことは政治に興味を持たないドモンでも感じていた。憲兵の仕事は次第に平穏になりつつあった。平穏になれば仕事がなくなり、仕事がなくなれば手を抜く人間も出る。それがドモンだった。なにしろ、怠け者でどん臭いときている。どうやったらこんな人間が憲兵になれるのか、同僚たちの間で噂が立つくらいだった。

「や、暇そうに見えるかもしれませんけどね。僕にもまあ色々と考え事ってもんが」

「別にどうこうしようなんて思っちゃいないさ。いいから見回りでも行ってこいよな」

 顔に一瞬嫌そうな表情を浮かべ、ドモンは立ち上がり、歩き始めた。見つかってしまったものは仕方がない。暇つぶしにはなるだろう。




 結局、夜までサボりつつ歩きまわったものの、事件らしい事件は何も起こらなかった。それでいい。ドモンは仕事に生きがいなど感じていなかった。五年前、憲兵官吏になったばかりの頃、帝国首都は内乱により、各地から武装した軍隊が集まっていた。本来なら、混乱を鎮めるはずの彼らが見せたのは、権力を振りかざして、やりたい放題に横暴を働く姿だった。中には、強姦や強盗を働いた挙句、貴族の権力があるとかでお咎め無しになる者もいた。本来、軍というのは民を守るためにいるのではないのか。ドモンは失望した。国や、軍や、正義という概念に。

 どうせこの世には、正義など何も無いのだ。

 ドモンは、諦観と共に、半ば生きた屍のような人生を過ごしていた。そして、死ぬまでずっとそれが続くのだ、とも思っていた。あの時がくるまでは。

「よう」

 既に店はすべて閉まっており、月明かりだけが夜道を照らしている。不穏な気配を察知したドモンは、振り返った。

 男が一人立っていた。闇に溶けこむような黒いコート。だが、ボロボロに敗れている。男自身もひげを伸ばし放題で、有り体に言えばみすぼらしかった。眼は、黒い何かで隠れている。黒い眼鏡のようだった。

「や、何か用ですか」

「何、大した用じゃない……情けない話なんだ。ちょっと聞いてくれ」

 ドモンは思わず身を固めた。すわ、強盗か。

「金がないんだ。いや本当に。見りゃ分かるだろう」

「それが何か……」

「鈍いね、あんた。金をくれって言ってるんだ、俺」

「や、困りましたね……僕は憲兵官吏ですよ。あなた、役人から金をせびろうっていうんですか」

 男はコートを翻す。腰から抜いたそれを見て、反射的にドモンは長剣を抜いた。かつて、世の中のすべてを守りたいと願った剣とは違っていたが、自分自身を守ることはできそうだった。

「これは銃だ。撃たれれば死ぬ」

 銃の存在は、ドモンも知っていた。しかし、このようなみすぼらしい男がなぜ銃など持っているのか。だが、1つだけ確信していることがあった。ドモンが下手に動けば、何の躊躇も感慨も無く、この男は引き金を引くだろう。そして、ドモンが持っている少ない金を、この男は手にする。殺したことに何の感想も抱かないまま。

「ドモン!」

 サイがドモンの後ろから叫ぶ。男は身を翻し、コートをはためかせつつ夜の闇に消えた。

「なんだ、さっきのヤツは!」

「や……分かりません」

 ドモンは長剣を収めると、自身の体が汗にまみれていることに気づいた。時間にして数秒の対峙だったはずだ。これほど緊張していたとは。

「だが、金をくれと言ってました」

「強盗か……俺達にまで噛み付くとは、よっぽど食い詰めてるらしいな」

 果たしてそうだろうか。ドモンは額の汗を拭うと、男が消えていった闇を見つめる。何か金以外の目的があったのではないか。闇夜の先を見通す力が無いのと同じように、ドモンに生じた疑問をその場で解消することは、誰にもできなかった。





「へェ、そんで、命拾いしたってわけかい」

「や、そういうことなんです」

 帝都の南側の小さな広場の中に、その教会はあった。一言で表すならば、崩れかけの建っているのが不思議なくらいのボロい教会だ。だが、中は立派に現役だ。ドモンはベンチに腰掛けながら、頭を掻いていた。サボっているのだ。

「しかしまあ、あんたが剣を抜かなくちゃならないとは、相当の男だったんだな。いってェ、何者なんだろうねェ」

 ドモンの相手をしているのは、これまた暇そうにベンチに腰掛けている神父だった。首にはこぶし大の十字架をぶら下げているが、カソックコートはボロボロであり、聖職に仕えているような身ぎれいさは一つも感じられない。しかし、顔は別であった。眉目秀麗という言葉をこねて、顔に仕立てたような、恐ろしい程の美形である。

「さあ……でも、僕見たんですよ。あの男の眼を」

「黒い眼鏡をしてたんだろ。よく見えたもんだ」

「月明かりでちらと見えたんです。あんな冷たい眼は久々に見ましたよ」

 ドモンは、あの日の夜を思い出す。暗い中でも、月明かりがなんとか儚くも照らしていたあの夜。その中で、あの男の眼だけが、暗闇そのものだった。

「しかし、役人も大変だねェ。俺は、寄付だけしてもらってりゃ、その日の暮らしには困りゃしねえからねェ」

「若い女をたぶらかして、金をせびるのが寄付ですか。イオさん」

「おいおい、人聞きが悪いじゃねェか。俺はそれだけ女を喜ばすことはしてる」

 何の臆面もなくそう言い放つイオ。教会を経営し、聖書だって読むことはできるが、やっていることはスケコマシと代わりはしない。ドモンにとっては羨ましい限りだ。

「……ところで、旦那。相談があるんだがねェ」

「金はありませんよ、僕は」

「んなこた分かってる。いや何、最近ねェ、懺悔室にガキが毎日入ってくるんだ」

 ドモンはちらりと礼拝堂の隅に設置してあるそれを見た。カーテンで覆われている。ここに、神父のイオと懺悔したいものがそれぞれ入り、イオは小窓から懺悔を聞く、といった寸法だ。

「それだけ悪さをしているということでは?」

「いや、それがねェ、違うんだ。どうも懺悔室を『神様に悪党を報告する場所』だと勘違いしてるみたいなんだ。しかも、毎日同じ話をしやがる。俺も神父としての仕事は気を抜かねェことにしてるからな。当然毎日同じ話を聞かなくちゃならん。もうそらで言えるようになっちまった」

 イオが聞いた話というのは、かいつまんで言うとこういうものだった。その少女は、今は無くなったイヴァン一の材木問屋の娘。少女の家は裕福だったが、ある日材木を置いていた倉庫が火事になってしまった。倉庫は全焼、おまけに隣接していた家も燃え、両親も焼死。少女は一人助かってしまった。少女は、それが、同業者である、ドルド商会の仕業だというのである。

「どうか神罰を……なんて言ってな。最終的には、ずっと祈ってる。証拠もあるかどうか分からんのにな」

「……もしかすると、サンデル商会の娘さんですかね。あれもヒドイもんでしたよ。火の手が広がるのが妙に広くて……魔導師の仕業かも、なんて話もありましたが、憲兵団でも捜査を打ち切るようにとのお達しがでましてね……」

 イオも、ドモンも、押し黙った。少女は、どんな思いで祈り続けているのか。それは二人には分からなかったが、ただ一つ言えることは、恐らく少女はこれからも祈り続けるだろう、ということだった。

 虚しかった。少女の祈りは、恐らく無駄になるだろう。なぜなら、神は哀れな少女を救いはしないし、悪いやつを懲らしめたりもしないのだから。


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