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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
魔性不要
46/124

魔性不要(Bパート)






「お兄様、お帰りなさいませ」

 夕方、非番になり雨を払いながら、ドモンは家に辿り着いた。待ち構えていたのは、真新しいタオルを持ったセリカの姿だった。ありがたいことこの上ない。何せ、冬が近づいてきている中の雨だ。寒くてかなわない。

「や、すいませんねえ。寒い中嫌なもん見ちゃいました」

「まあ。嫌なものって……お仕事でしたの?」

「ええ。いわゆる水死体ですよ。自殺だそうで……可哀想でしたよ。十五団のリゲルさんに呼ばれるなんて何事かと思いましたよ」

 ドモンはリゲル達駐屯兵を使わない。というより、使うような事態にならない。サボりぐせのついたダメ役人を、わざわざ『旦那』として仰ごうという駐屯兵はいないのである。なぜなら、駐屯兵にとっては憲兵官吏は雇用主、つまり仕事の元締めにほかならない。ダメな元締めからは、大した仕事は受けられないということを、彼らはよく知っているのだ。

「リゲルとは、あのリゲルさんですか? 駐屯兵ながら騎士も顔負けの剣の腕という……」

「そうですよ。ほら、目のこーんな鋭い人でしてねえ。おつきの青年も大変でしょうね、あんな気むずかしそうな上司。僕ならゴメンです」

 ガシガシとタオルで濡れた髪を拭き終わったドモンが見たものは、うっとりと頬を赤らめ手を当てるセリカの姿だった。

「実は、いつぞやお見かけしたことがあります。とても素敵なお方でしたわ。クールで、頼もしくて……」

「背だったら僕のほうが勝ってますよ」

「お兄様と一緒になさらないで下さい。というか、お兄様が勝ってるのはそれくらいでしょうに……ともかく、さっさと湯浴みをなさってくださいまし」

 濡れタオルを持ってセリカが去っていくのを見ながら、ドモンはリゲルのことを考えていた。確かに、恐ろしい剣の腕前の持ち主と聞いたこともあるし、中々に女性人気が高いと聞いたこともある。

「……女性の心理はよく分かりませんねえ」

 ドモンは苦笑しながら自分の背を確かめるように背伸びしたり頭頂部にぽんぽん手を当てたりしていたが、そのうち首を捻って風呂場に向かうのだった。

 

 



 雨の音だけが詰め所の屋根に当たり、部屋に響いていた。リゲルは上半身裸のまま、寒い部屋の簡素なベッドに腰掛けていた。ベッドの中では、エレサが寝転がっている。二人がこうした関係になって、もう二・三ヶ月になる。初めはエレサが求めてきた。リゲルにはそうした趣味は無かったが、戯れに答えてやったのだ。

 今ではどちらが主導権を握っているのか、分からない。エレサは想像以上に厄介だった。仕事は真面目だし、物覚えも良い。愛想も悪くないし、気も使える。だが、そこら中で問題を起こすのだ。

 特に、エレサは侮辱に関して敏感だった。自分やリゲルについて、悪態を突かれたと思った瞬間、手が出てしまうのだ。その度に、リゲルは憲兵官吏や、今まで手助けした商人、そして行政府の知り合いに手を回し、もみ消している。そうすれば、彼に何かしらしてやれたような気がして、リゲルの心は満足するのだ。剣で満足することのなかった自分が、だ。

「隊長」

「すまん、起こしたか」

「いいんです。……あの、隊長」

「言うな」

 エレサは、昨日も問題を起こしていた。夜中見回り中に、女と言い争いになったのだ。エレサは「リゲル隊長の事を悪く言った」と言うばかりだったが、リゲルはそれ以上追求しなかった。ただ、絞め殺したと思われる女の死体が、通りに転がっているばかりだった。

 憲兵官吏に引き渡し、後処理は終わった。エレサは、放っておけばまた問題を起こすだろう。だが、その時自分が居なければ、彼は確実に捕まり、処刑される。

「エレサ……お前は何も心配しなくていい」

 リゲルはベッドに立てかけていた剣を取り、抜いた。おぼろげなランプの光が刃に反射し、鏡のようにリゲルの鋭い目を映し込む。

「俺はお前を守る。どうあってもな……」





 高い天井から、さんさんと日差しが差し込む明るい応接間。目の前には、カップに入った紅茶が湯気を立てている。落ち着かない。フィリュネはゆっくりとカップを口へ運ぶ。いやみったらしくない甘み! 驚くほど高級な味がする!

 廻船ギルド『ヴィッカーズ社』社長・ブルース・ヴィッカーズの邸宅に呼ばれたのは、全くの偶然と言ってよかった。ヘイヴンを訪れたヴィッカーズ家のメイドがフィリュネがデザインをした首飾りを買い、それをヴィッカーズ家の令嬢が気に入ったので、色々商品を見せて欲しいと言ってきたのである。

「俺はそういうところは好かん。お行儀良くするのが苦手なんでな」

 とまあソニアはアクセサリーをいじりながら言うので、仕方なく商品を詰め込んだ箱をなんとか運び、こうして紅茶を飲んでいるのだが、ソニアは来なくて正解だったかもしれない。立派すぎて落ち着かないのだ。フィリュネはもともとエルフ族の族長の娘であり、ある程度こうした堅苦しい場面には慣れているにも関わらず、この家の発する品位の高さに気圧されてしまっているような気すらする。

「おまたせ致しました」

 簡素ながら、なめらかな輝きを放つベージュの美しいルームドレスに身を包んだ女性が、女の子を連れて入ってきた。年の頃はフィリュネの外見とそう変わらないように見える。

「お初にお目にかかります、ヴィッカーズ夫人。アクセサリー屋のフィリュネともうします」

「まあ、可愛らしいアクセサリー屋さんだこと。メイドから話は聞いています。貴女の店、とても評判が良いのよ。……セイラ、挨拶しなさい」

 小柄な肩までの長さの黒髪を持つ少女が、夫人の後ろに隠れていた。夫人とお揃いのルームドレスを着ており、こちらの様子を伺っている。黒目がちの彼女は、どうやら人見知りのようだった。

「……こんにちわ」

「ごめんなさいね。この子、もう十六にもなるのにずっとこの調子で……箱入り娘で育てたのがいけなかったのかしら」

 夫人は控えめな装飾を施した扇子を優雅に広げ、口元を隠しながら小さく笑った。フィリュネもつられて笑みをこぼした。三人はそれぞれ椅子に座り、フィリュネの広げた様々なアクセサリーを物色した。ソニア制作のアクセサリーは宝石こそついてはいないが、彼なりに工夫を施した緻密な造形は、ヴィッカーズ夫人とセイラの心を掴んだようだった。

「奥様、ご歓談中失礼致します。お客様がいらっしゃったのですが……お通ししてよろしいでしょうか?」

 水を差したのは、フィリュネの店を贔屓しているメイドだった。客が来たのなら、あまり邪魔をすることも出来ないだろうと、フィリュネは立ち上がる。

「奥様、またこちらに伺いますので、私はこれで……」

「そうねえ……ごめんなさいね。急なお客なら仕方ないわ」

 夫人が席を離れ、フィリュネが片付け終わっても、セイラは席に腰掛けたままもじもじとこちらの様子を伺っていた。

「あの、もしかして……もっと見たいんですか?」

 セイラは小さく頷くと、立ち上がった。ついてくるよう手招きをすると、赤い絨毯を敷き詰めた広い廊下に出て、階段を上がる。扉を開けると、天蓋付きのベッドと、黒い光沢を放つ学習机。極めつけに、天井まである巨大な本棚だ。古今東西、様々な本がこれでもかと詰まっている!

「本が好きなんですね」

「好き。本は、たくさんの事を教えてくれる」

 本棚の中の一冊を、セイラは無作為に取ると、そっとフィリュネに差し出した。まるで大事な宝石を扱うようにフィリュネは優しくそれを受け取り、表紙の文字を読む。『蒼き衣の姫』と書かれた分厚い本だ。

「お姫様がたくさんの動物と友だちになる話。私が一番好きな本」

「こんな分厚い本、私読めませんよ。セイラさん凄いですね!」

 セイラはそこで初めてはにかんだ。フィリュネは机の上に再びアクセサリーを置き、一つ一つていねいに説明した。その中で、セイラは様々な事を話してくれた。病気がちだったため、学校に通わず家庭教師に師事していること。いつかは、自分でも本を書いてみたいと思っていること。……そして、アクセサリーが欲しくなった理由を。

「好きな人がいる。優しい人。私と違って、元気が良い人」

「恋ですか! いいなあ……私も恋したいです。店が忙しいから、それどころじゃないんですけどね」

 フィリュネは、まだ見ぬ白馬の王子様に想いを馳せた。その内、白馬の王子さまが知り合いの男どもに変わっていったので、慌てて頭を振って打ち消す。あんなロクでも無い男共だけはゴメンだ。

「アクセサリーをつけたら、多分綺麗だって言ってくれると思う」

 セイラの視線は、銀製のブローチを捕らえて離さなかった。フィリュネは机の上に無造作に置いてあった赤いスカーフを彼女の首に巻いてやると、前をそのブローチで止めた。鮮やかな赤が映え、まるで艶やかな淑女になったかのようだ。

「綺麗ですよ、セイラさん」

 セイラは再びはにかんだ。今度は自分を押さえつけることのない、心からの笑みだった。

 

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