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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
仕舞不要
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仕舞不要(最終パート)






 ドモンが憲兵団本部へ戻り、廊下を歩いていると、ローランドが前から歩いてきた。後ろには、見知らぬ男を連れている。

「や、これはローランドさん。聞きましたよ、なんでも断罪人を捕まえたそうじゃないですか」

「なんだ、ドモンか。その通り、断罪人をこの手で捕縛してやったのよ。これで俺も、平官吏から地区統括官吏くらいにはなれるかもしれん」

 ローランドは気難しそうな鋭い表情を少しばかりほころばせながら、唇の端を持ち上げた。ドモンはへらへらと調子を合わせていたが、そろりとローランドの方へ体を寄せると、そっと耳打ちをする。

「それで、その断罪人なんですが……僕にも見せてもらえませんかねえ。いや何、実は以前にまだ生きている断罪人の噂を聞いてましてねえ。あんな殺人鬼共が後何人もいたらと思うと、恐ろしくて夜も眠れませんよ」

「勝手にしろ。この奥の特別拘置室にいる。危険人物ゆえ、鍵は団長が持っておるが、開けようなどと思うなよ」

 そのまま、ローランドは男と一緒に外へと出て行った。暗い目をした男だ。予想通り、ローランドはあまり良くない人物とつきあいがあるらしい。

「ありゃ何人か殺ってるんじゃないですかねえ。……怖い怖い」

 わざとらしく体をさすると、ドモンはその足で特別拘置室へと向かった。特別拘置室は頑丈な壁で囲まれている上、魔法対策のための術式まで仕込まれている。カギ以外で脱出することは不可能だ。

 覗き窓から見ると、白髪を伸ばした人物が俯いた状態で壁に埋め込まれた鎖で繋がれていた。かつての断罪人に、このような人物はいただろうか。ドモンは記憶の中にいる断罪人達を思い出そうとする。その時、繋がれた人物が呻いた。

「……そのまま顔をあげるな」

 ドモンは低い声でその人物を制した。男はぴくりと反応すると、そのまま動かなかった。

「あんた、断罪人として捕まったそうだな。本当に断罪人か」

「さっきのアホ官吏にも散々言った。俺は違う。断罪人なんかじゃない。ハメられたんだ」

 やはりという得心の気持ちと、安堵感がドモンの中に去来した。同時に、この男への興味が湧いた。憲兵団の捜査では、やろうと思えばいくらでも罪をでっちあげられる。どういう背景を持っているのか、聞いてみてもバチは当たるまい。

「じゃあ、あんたは何者なんだ」

「誰でもいいだろ。俺は、本当の断罪人をおびき寄せるための餌なんだとさ」

 男は捨て鉢に言い放った。断罪人のための撒き餌。どうやら、ローランドは断罪人に仲間意識があると思っているらしい。とんだ勘違いだ。今も昔も、危機に陥った断罪人を、他の断罪人が助けるようなことはない。これまでもそうだったし、恐らくこれからもそうだ。

「それより、あんたさっきの憲兵官吏とは違うんだろ。せめて伝言してくれ。……俺は、もう長く生きる気はないんだ……」

 少しずつかすれた声で話し始めた男を無視するほど、ドモンは冷酷ではなかった。自分は、昔王国の工作員として働いていたこと。帝国の内戦に伴い再招集されたが、ブランクから失敗して見捨てられたこと。コードネームを本名として、再出発を図ったこと。……そして、昔の仲間にハメられたこと。全てを吐き出すように語った。

「俺を好きになってくれた人がいる。俺が奴らのウソをバラせば、彼女を殺すと」

「その女っていうのは?」

「帝国魔導師学校のセリカっていう女教師だ。……頼むよ。俺は、あんたがまともな男だと信じてる。俺はこのまま、断罪人として死ぬつもりだ。余計なことはしないでくれ」

 



 門番に見知った顔が詰め寄っているのが見えた。セリカが門番の襟を掴み、揺らしている。さすがにマズいだろうと、ドモンは二人に近づくと、セリカを強引に引き剥がした。

「や、いけませんいけません。暴力はダメです」

「ドモン様、なんとかしてください!」

 門番が泣きそうな顔でこちらを見てくる。関わりたくないのはこっちも同じだ。

「お兄様! お兄様からも言ってくださいまし! ミツルギ先生がここに捕らえられていると伺ったのです! 会わせて下さい!」

 ドモンはいつもの何倍ものセリカの剣幕にたじろぎながらも、なぜそんなことをセリカが知っているのかと疑問を抱いた。憲兵団では、断罪人が捕縛されたことはまだ世間に伏せられている。三年前全滅させたはずの彼らが生き残っていたなどと知れれば、それこそ憲兵団の威信に関わるからだ。

「セリカ。一体そんなこと誰から聞いたんです」

「俺が教えたんですよ」

 沈痛な表情を浮かべた男が現れた。黒髪の上には、ゴーグルが引っ掛けられている。背の高い色男だ。先ほど、ローランドと共に出て行ったはずの男。

「ローランドの旦那に、奴が断罪人だと教えたのは俺なんです。まさかこんな可憐な恋人がいるとは知らなくて、つい教えてしまったのです」

 そういって頭を下げる男に、ドモンは白々しさを覚えた。捕まっていた男は、誰かにハメられたと言っていた。名前は出さなかったし、あの調子では誰かも言わないだろう。

「……分かりました。セリカ、こっちへ」

 ドモンは、意を決してセリカを特別拘置室まで招き入れた。本来なら、懲戒免職ものの判断だが、仕方がない。

 セリカは小さな小窓からミツルギの名を何度も呼んだ。髪の色も、着ている服も全く違う彼を、直感的に自分が好きだったミツルギ先生であると理解したのだ。

「どうして……なんで……断罪人だなんて、ウソですよね? 答えて!」

 ミツルギは答えなかった。俯いたまま動こうともしない。セリカがすすり泣く声だけが、狭い拘置室に響いている。不意に、ミツルギの白髪の分け目から細い唇が覗き、口角が上がっていく。彼の力のない笑い声が、セリカのすすり泣きを塗り替えていった。

「そうだよ、確かに俺はミツルギだよ。だがな、俺は断罪人なんだよォ。今まで、ムカつくやつは男も女も子供も全員殺してきたんだ。恋愛ごっこは楽しかったかよ、セリカ先生。あんたもいけ好かなかったから、たっぷりぬか喜びさせてやろうと思ったんだ」

 セリカは自らの口をショックのあまり塞ぐ。涙がこぼれ、雫となって溢れる。踵を返し、そのまま立ち去った。笑い声はまだ響いていた。ドモンは、未だ笑い続ける彼を小窓から見ていた。暗闇の中で、彼の顎から落ちた雫が、光を孕んで地面へ消えた。

 次の日に、ミツルギは舌を噛み切って死んだ。結局、何も喋らずに、一人で。






 セリカは泣きはらしていた。仕事も既に、二日休んでいる。自室から出てこないし、食事も満足に取っていないだろう。ドモンはセリカの部屋の扉を叩く。返事はない。扉を開けると、憔悴し、泣きはらしたままベッドに横たわるセリカの姿があった。ドモンは彼女のベッドに腰掛け、暗闇の中で尋ねた。

「セリカ。僕の話を聞いてくれますか」

 セリカからの返事はない。構わずドモンは話を続ける。

「率直に聞きます。悔しいですか。悲しいですか」

「……お兄様は、私が憎いのですか。そんな質問をして」

「率直な質問です。どうなんですか」

「悔しいですわ。悲しいです。何に、などと言われても分かりません。ただ……」

 セリカは横たわったまま、涙で言葉を濡らしながら続けた。

「どうしたらいいのか……わからないのです。苦しくて……息が詰まりそうで……」

「分かりました」

 ドモンはセリカの言葉を制し、立ち上がった。セリカは横たわったまま振り返る。暗闇の中で立ち上がったドモンの表情は、妹のセリカですらうかがい知れなかった。

「そのために使うお金だとしたら。セリカ、いくら出しますか」





「正気かよォ、旦那」

 深夜、イオの教会。ドモン達は聖書台の上に置かれた金貨四枚を見つめていた。

「妹さんから断罪の金を受け取るだなんて……それくらいタダでやったらいいのに」

「フィリュネ、違う。問題はそっちじゃねえ。俺達は断罪人だ。正体がバレるような真似……しかも自分の身内だろう」

 ソニアの言うことも尤もだ。ドモンは断罪人である。正体がバレれば、相手を殺さなくてはならない。この金だって、断罪の金として、特別多い金額でもない。

「いいんですよ、別に。僕はあんた達が受けてくれなきゃ、一人でもやるつもりです。もちろん、そうなれば金は一切わけません」

 イオが真っ先に金貨を奪い取り、ポケットに入れた。

「旦那がいいならそれでいいがよォ。それにしたって金だぜ、金。これでミサまで金の無心をしなくて済むってもんよ」

「掟より明日のパンですよね」

「全くだ」

 フィリュネ、ソニアもイオに続き、金貨を取った。一人残されたドモンは、聖書台に置かれたロウソクを吹き消す。教会から人の気配が消え、暗闇に落ちていった。







「ローランドの旦那、おめでとうございます」

「うむ。今回のことはカケル、貴様のおかげだ。断罪人は一網打尽とはいかなかったが、その一人を葬ることができた」

 ローランドとカケルは、カケルの部下五名と、会員制のレストランを貸しきって宴会を行っていた。今回の手柄で、ローランドの読み通り、昇進が決まったのだ。

「ありがとうございます。旦那のためなら、俺の部下をいくらでも動かしますから」

「頼もしいな、カケル。幸い、今回の断罪人事件で一番の功績は貴様であると、団長にも報告するつもりだ。いずれ出世の暁には、貴様の組織ごと憲兵団で召し抱えてやる」

 ローランドは薄く笑みを浮かべ、ワイングラスを掲げた。カケルもそれに習うと、二人は大声をあげて笑い始めた。

「ごめんくださいまし」

 扉の向こうから女の声が響く。カケルは顎をしゃくると、テーブルの側に立っていた部下の一人を応対させた。扉を開けると、小柄なメイドが銀の盆を持ち立っていた。

「なんだ、てめえは」

「失礼します。ローランド様はいらっしゃいますか?」

 ローランドは呼ばれたことに若干違和感を覚えながらも、立ち上がりワイングラスを置いた。

「何用か」

「玄関に、火急の用件とかで憲兵団から人が来ております」

 そうにっこり用件を伝えるのは、メイドに扮したフィリュネであった。もちろん、そんなことはローランドには知る由はない。

「そうか。それはいかんな。カケル、席を外すぞ」

 慌てて剣を取るローランドに、カケルは目で部下についていくよう指示した。カケル自身、ミツルギを断罪人の囮にした手前もある。しばらくは警戒させるべきだろうと思い至ったのだ。

「旦那、部下を一人付けます。お気をつけて」

「度々すまんな、カケル。また会おう」

 廊下を抜け、玄関へ案内されるローランドとカケルの部下の二人は、いつの間にかメイドがどこかへ行ってしまっていることに気づいた。玄関で待っているはずの人物もいない。

「おかしいな……おい、貴様は門まで行ってみろ。来た奴め、帰りかけておるのかもしれん」

 部下が玄関を抜け、レストランの門を抜けても誰もいない。辺りを見回すも、月明かりだけの夜では周囲の様子もほとんど見えないのだ。

「……誰もいねえか。旦那に報告だな」

「いるぜ」

 彼が右を向くと、暗闇が波打ち、男が一人現れる。漆黒のコートを翻し、たばこに赤い火を灯しているのは、銃を構えたソニア! 気づいた時には、銃弾は彼の頭を砕いていた! ソニアは銃口から上がる硝煙を吹き消すと、ゆっくりと振り返り、夜の闇へと消えた。





 玄関先でキョロキョロと周囲を見回していたローランドは、突然の銃声に驚き、剣の柄に手をかける。だが、剣を振るうべき敵は見つからない。

「なんだ! 一体、何が起こっている……曲者か!」

「あのう……何事でしょうか」

 剣を抜きかかるローランドだが、すぐに抜かなかった自分を褒めたくなった。後ろに立っていたのは、カソックコートを羽織った神父だったのだ。安易に攻撃すれば、始末書ものだ。

「おお、神父殿か。ここは危険だ。なにやら銃を持った曲者が現れたようでな……」

 神父は落ち着かない様子で、持っているロザリオをねじっていた。その度に、奇妙な擦れる音が何度もしている。力を入れ過ぎではないのかと思う暇もなく、ローランドは思い直し、剣の柄を握りながら周囲を警戒する。

「神父殿、何度も言うがここは危険だ。俺の後ろから離れないようにな」

「おお、なんと頼もしいことでしょう……ところで」

 ローランドの首筋に何かが触れる感触がしたかと思うと、一気に痛みが広がる! 何かを押し込まれたのだ! 直後、事切れたローランドに、いったい何が起こったのか確かめるすべは残っていない!

「曲者は俺なのさァ、旦那」

 その場に崩れ落ちたローランドを尻目に、イオは無表情にそれを見下げながら、ロザリオを逆回転させ針をしまうのだった。






 カケルは部下の一人を扉の前に立たせると、他の三人と共に食事をとっていた。失ったものは大きいが、それ以上に自分に対してケジメをつけられたような気がする。あのローランドという男は有能だが、極めて扱いやすい。隠すべきを隠し、言うことを聞いてやれば、彼を出世させ、王国時代のように工作員組織を復活させるのもわけはないだろう。

「さて……お前ら、飯は食ったか。済んだなら出るぞ」

「ここ、美味いですね」

「カケルさん、こういうところは自分たちなかなか来れないんで助かります」

 男達はがさつな食い方で腹を満たしていた。所詮食い詰め冒険者共だ。だが、こういった人材でも、使い方を誤らなければ、いくらでも真価を発揮できるのだ。工作員時代から、人の操り方にかけてはカケルは一流だった。そんな彼が自由に扱えなかったのが、ミツルギだったのだ。自分に操れない存在は神々しくもあり、憎悪の対象でもあった。だから、殺したのだ。

「言うことを聞いている限りは、毎日でも連れてきてやるさ……」

 ナプキンで口を拭っていると、突如扉の外から絶叫が響く! 思わず立ち上がり、剣を手にする部下三人。カケルは動かない。こうした事態にいつでも対応できたからこそ、一流の工作員だったのだ。

 次の瞬間、扉を突き破って血染めの刃が伸びた! 一瞬で引っ込むと、扉がそのままバタリと倒れ、既に息絶えた死体が転がる! 憲兵官吏のジャケットを着込んだ男が、憎悪の冷たい炎を灯した瞳で、血に染まった剣を振り、血を飛ばしている!

「てめえ、よくも! ぶっ殺してやる!」

「死ね!」

 部屋の中に悠々と入ってきた男──ドモンに斬りかかる! 一人目の刃を弾き、返す剣で腹を切り裂く! 臓物を落とし男は即死! ひるんだ二人目に対し、右足を踏み込み突きを繰り出し串刺す! くいしばった歯を砕きながら男は死亡! 後ろからようやく剣を抜いた三人目が剣を振り上げ斬りかかる! それを交わしながら、ドモンは死体から剣を抜き、振り向かずに逆手に持ち替えた剣を突き刺す! やはり即死!

「そこまでだ、憲兵官吏……何者だ」

 カケルが最新式の長銃をこちらに構えながら、勝利の笑みを浮かべる。距離は約二メートル。ドモンは何も喋らない。ただ、剣の切っ先をカケルに向け、じりじりと近づくのみだ。

「剣を降ろせ。こっちは銃だぞ……死にたいのか」

 カケルはいつしか冷静さを無くし始め、息は荒くなっていった。なおも近づいてくるドモンの剣は、銃口へ近づき──やがて触れた。刹那、ドモンは鉄の銃口を剣で弾く! トリガーを引くカケルだが、時既に遅し! 全く別方向に銃弾が飛ぶ! 剣はカケルの腹に突き立てられ、血がこぼれ始めている!

「……まさかお前……本物の……断罪人!」

 ドモンはなおも語らず剣を抜く! 血液が飛び散り弧を描き、剣を頭上で構え、それをカケルに振り下ろした! 凄惨な現場となった部屋で、ドモンは再度剣を振り血を飛ばしてから、剣を納めた。レストランは命と引き換えに、ようやく静寂を取り戻した。






 ドモンが朝起きると、セリカは既に出勤しているようだった。テーブルの上には、なんと弁当がある。普段は忙しいからという理由で弁当など作ってくれないセリカ。何か心境の変化があったのだろう。

 セリカは強い。おそらくは、過去を吹っ切ったのだろう。ドモンはそんな風に喜ばしく思いながらいそいそと弁当を持ち上げると、紙が一枚落ちた。セリカの字で書かれた手紙。

「まあ、別に何をしたわけじゃないんですけども」

 お礼の手紙かと読んでみると、そこには二行だけの文章が書かれていた。

『セリカはもう大丈夫です。ありがとうございました。後、金貨は次の給料日までに全額返して下さい』

「……しっかりしてますよねえ」

 ドモンは苦笑いを浮かべると、なんとか金貨四枚を捻出せんと、元気よくヘイヴンへ見回りに出かけるのであった。




仕舞不要 終

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