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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
仕舞不要
38/124

仕舞不要(Bパート)






「……それは本当か」

 イヴァン東、たばこ専門店サガミ。狭い店内では、紙巻たばこを吸いながら二人の男が話していた。一人はこの店の主人であるカケル・タイムズ。もう一人は、中年の新聞記者のジョナサン。

「間違いねえ。マジさ」

「奴が生きているとはな」

 ジョナサンはあごひげをぼりぼり掻きながら、自分が調べた事をつらつらと話し始めた。かつて戦争以前、この街は王国と魔国の中継地点だった。言い換えればそれは、戦場ではないにしろ最前線である。両陣営が、手段を選ばなかった。暗殺や流言は日常茶飯事だった。二人は、そんな汚れ仕事を請け負っていた。貴族はもとより、騎士にもなれない、身分保障も何もない仕事だったが、食っていくのにこれ以上の仕事は無かった。

「カケル、どうする。あんたの頼みだから調べたが、俺はこれ以上危ないヤマに首突っ込む気はないぜ」

「分かってるさ」

 おもむろにカケルは頭に引っ掛けているゴーグルを下ろし、机の引き出しを開け、中に手を突っ込んだ。ジョナサンはそれを見て唇を歪ませた。金が出てくるとでも思っているらしい。

「おっとお、そうだよな……ビジネスだ。現金会計で頼むぜ、カケル」

「ああ。会計は……来世までツケで頼む」

 引き出しから引きずり出されたのは、一振りのナイフ。ジョナサンは目を見開くも、次の瞬間には口が塞がれ、刃が胸に押し込まれていた。当然ジョナサンは絶命! カケルは彼を抱えて地下室へ押し込む。血の跡が階段に塗りこまれ、すえた臭いが新たに追加される。

「ミツルギ」

 カケルは男の名を呼んだ。かつて友と呼んだ男の名を。裏切り者の名を。白骨と腐りかけの死体の中で、カケルは復讐を誓う。裏切り者の血で、自らの名誉を取り戻すために。







「ねえ。イオさん……次はいつ会いに来てくださるの?」

 女は上気した頬を撫でながら、ベッドの隣に寝転がっているイオの手に触れた。イオは少し眠そうな顔で女を見ると、どう答えるかを思案し始めた。

「さァな……しかし奥さん、俺はなんだって構わねェんだが、火遊びはそろそろ辞めたほうがいいぜ。旦那さん、辺境地の警備任務から帰ってくんだろ」

「関係ないわ。私、貴方となら……あんなぼんくら夫捨てて……」

「待て、待て待て待て俺は聞いてねェぞ。全く何も聞いてねェ。ま、暇ができたらまた今度な!」

 イオは危ない話に入りそうになったのを感知すると、いそいそと服を着てカソックコートをひっかけ、女が何か喚いているのも無視、彼女を一人残し娼館の外へと出た。既に日が昇り、朝になっている。ポケットから財布を引きずり出し、中身を見る。銀貨どころか、銅貨しか入っていない。金がないのだ。

「参ったなァ。小遣い貰ってから出りゃよかったぜェ」

 とぼとぼと色街を抜け、ヘイヴンを通る。いつもの場所で、フィリュネとソニアが店を出していた。彼らも暇そうだ。


「よォ、二人共。どうでェ、調子は」

「どうもこうもないですよ」

 フィリュネは頬杖をついてイオを見つめる。ソニアは粗末な箱に腰掛けて、うとうとと前後に揺れていた。どうやらイオが思うより何倍も暇らしい。

「ここのところ全然お客さんが来ないんです。これじゃ、後一週間もしたら私達パンも買えなくなっちゃいますよ」

 ドモンは憲兵官吏として、国から給与をもらうことができる。イオは神父で、日曜のミサともなれば、一週間分食っていくだけの寄付は集まる。だが、フィリュネとソニアには何の生活保障もない。アクセサリーが売れなければ死活問題だ。

「イオさん、依頼無いんですか」

「ねェよ。俺だってカツカツなんだよ。そんな風に聞かれなきゃ金貸して欲しいくらいだぜェ」

 二人はその場で唸った。イオもミサまで後四日もあり、財布事情から言えば大きな違いはないのだ。

 断罪さえあれば。

 今うとうとと居眠りしているソニアすら、目を覚ましていれば口を揃えたことだろう。イオは軽くフィリュネに手を振ってから、腕を組み教会へ向けて歩き出した。これはいよいよ、さっきとは別の懇意にしている女に泣きつく他ないのかもしれない。

「いやしかしなァ……さすがに火遊びの領域、超えちゃってんのはやべェよなあ」

 ドモンがこの場にいたら、確実に張り倒されるようなことでも、彼にとっては重要な検討事項なのだった。





 ミツルギには何も無かった。

 過去も必要なかったし、金もいらなかった。たばこもやらないし、酒も飲まない。ギャンブルだってやらない。仕事に情熱を感じてもいない。研究はつまらない。ただ、自分の知識を組み合わせれば、常人より多少発想が豊かに見える。だから教師になっただけだ。

「──それで、私は複合魔法の要素をさらに複雑に……先生?」

 ミツルギの視界が戻ると、セリカが覗きこんでいるのが見えた。

「あ、や、その。なんでしょうか。すいません、ぼーっとしてまして」

「寝不足ですか」

「すいません、セリカ先生。ええと、それで複合魔法における魔力代替に関してどこまでお話しましたっけ」

 ミツルギの研究室には、最低限のものしか無かった。整理された粗末な気の机の上には、羽ペンにインクだけが乗っており、本棚には数えるほどの本しか無い。セリカが尋ねたところによれば、図書館から借りているので大していらないのだ、と語った。

「ええ。複合魔法の方式を変化させた場合のところの変化について教えていただきたかったんですの」

 二人は、そのまま自らの知識からの推論を述べ続けた。時には反論し、時にはお互いの知識の深さに感銘を受けた。二人は、根っからの研究者だった。ミツルギは、今までにない高揚感を覚えていた。セリカがどう思っているかわからないが、論じている内容はつまらないものだ。ただ、セリカが自分の事を理解してくれているような気がした。そして、それはセリカも同じようだった。

「もう夜ですね……セリカ先生、付きあわせてしまってすいません」

「とんでもありません! ミツルギ先生、素晴らしい見識をお持ちですわ。帝国魔法科学研究所にだって、先生に比肩する識者はいないと思います」

 そんなことはない。ミツルギは彼女のように本当に魔法研究に取り組みたくて取り組んでいるわけではないのだ。その事実は彼女を冒涜しているような気がして、ミツルギはそれ以上言葉を続けることができなかった。

「しまった……お兄様のことすっかり忘れてた。ミツルギ先生、また研究で行き詰まったら教えて下さい。必ず、ですよ!」

 セリカがドアノブに手をかけた時、ミツルギは何かを言おうと手を伸ばした。彼女に対する何かを。セリカがそれに気づき振り向いたが、ミツルギはそのまま手を振って、彼女を見送った。そうして、無機質な部屋にミツルギだけが残された。

 ミツルギは研究室を後にし、学校を抜ける。通りの角を曲がり、ミツルギは眼鏡を外した。冷たい目の下に泣き黒子が一つ。彼が手のひらを髪にかざすと、髪の毛が一気に白く変色していき、ひっつめた髪を止めていた紐が解け、重力で下へと流れた。変換技術の応用だ。

 ミツルギ先生はミツルギになった。一人の男に。行き場を無くした男に。死に場所を見つけられなかった男に。





「ただいま戻りました……何ですか、これは」

 戻ったセリカが見たのは、リビングのテーブルに突っ伏し寝ている兄、ドモンの姿だった。食い散らかした後の皿がそのままになっているのを見ると、ご飯を食べた後眠くなってそのまま寝てしまったようだ。セリカはローブを脱ぎ、バッグを置いてから、深呼吸をした後、兄に向かって叫んだ!

「お兄様!」

 ドモンがバネじかけのオモチャの如く跳ね起き、すわ何事かと辺りを見回す。視界にセリカを捉えると、ようやく胸をなでおろし、だらしない顔で再びテーブルに顔を載せ始めた。

「びっくりさせないで下さいよ。朝はまだでしょう」

「馬鹿を言わないで下さいまし! 一体何なんですか、この部屋の有り様は!」

 セリカはいうが早いが、流し台に食器を置くと、ドモンの真正面の椅子に腰掛けた。ただならぬ雰囲気にドモンは自然と背を伸ばし、落ちかけたまぶたを目をこすることでもちあげようとした。あまり効果は無いようだった。

「……セリカ、何かあったんですか」

「本来であれば、怒鳴ってから話すことではありません。ですが、お兄様には──いえ、お兄様だからこそ今日お話したいのです」

 ドモンは何も言わなかった。彼女が何を言うか、ドモンには大体の予想がつく。兄妹だからだ。

「お兄様。今すぐとはいきませんが、私はいずれミツルギ先生と結婚いたします。時間は関係ありません。もう決めたことなのです」

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