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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
仕舞不要
37/124

仕舞不要(Aパート)



 フィリュネは店の開店準備を終え、大きく伸びをした。今日は暖かくいい天気だ。ソニアが金属細工のアクセサリーの調整を始める音を背に、フィリュネはヘイヴンをうろうろし始めた。朝早くに人気があるのは、野菜や魚など生鮮食品が並ぶ通りだ。賑わいの中を通りぬけ、路地の側にいた猫を発見し撫でる。仕事前の日課みたいなものだった。

「あっ、セリカさん!」

 フィリュネは見知った顔を雑踏から見つけ、手を振る。おでこの広い、勝ち気な目をした女性がこちらに手を振る。彼女は帝国魔導師学校の教師であり、今まさに出勤中なのだ。

「いってらっしゃーい! 気をつけて下さいねー!」

 セリカが走って行く後ろ姿へ手を振っていると、異変に気づいた。彼女が通り過ぎていった道に、羊皮紙が一巻き落ちているのだ。明らかにセリカが落としたものだろう。フィリュネが拾って顔を上げた時には、既に彼女の姿は無かった。

「……おとしもの、届けなきゃダメだよね……」

 羊皮紙を握りしめながら途方に暮れるフィリュネが、ただ一人雑踏の中に残される。彼女には、直接学校に届けることができない理由があったのだった。





 ヘイヴンの路地裏の一角で、男女が怪しい密談を行っていた。ドモンとフィリュネの二人である。フィリュネは開店前にヘイヴンを走り回り、たまたま限定品のパンを買いに来ていた、出勤直後のドモンをとっ捕まえ、この暗い路地裏に連れ込んだのである。

「ええ、僕がやるんですかそれ」

 ドモンはいかにも面倒臭そうといった表情を浮かべた。彼は厄介事に関わるのが嫌いなのだから、まあ当然と言えた。そもそも、やらなければならない仕事もまともにやらないのだから、生来の面倒くさがりと言い切っていいのだが。

「仕方ないじゃないですか。私、あの学校に潜入してたんですから。生徒さんに顔知られてるかもしれないのに見つかったりなんかしたら、なんだか厄介な事になるでしょう?」

 以前、魔導師学校への潜入調査を敢行したフィリュネには、再びのこのこと学校を尋ねる勇気はなかったのである。ドモンには、ここは兄らしいところを見せて、フィリュネの代わりを勤めろとハッパをかけているのだ。

「わかりましたよ。我が不肖の妹もさぞかし困ってることでしょうし、引き受けましょうかね」

「さっすが旦那さん! かっこいい! イヴァン一の色男!」

 小さな声でドモンを褒めるフィリュネだったが、ドモンは手でそれを制すと、懐に羊皮紙を仕舞って歩き出した。またこれが原因で文句を言われるような事態にならないといいが、という一抹の不安を抱えて。






「……というわけでして、火炎魔法の応用はエネルギーの操作にあるわけなんですね。エネルギーの操作に関わるエネルギーは魔力で代替されますが、その代替効率はみなさんの才能によって変わっていき……」

 教師の声は終業を告げる鐘の音で遮られた。教師は細い眼鏡の位置を指で直すと、何か質問は無いかと呼びかけたが、彼の声は生徒達には届かなかった。仕方なく教科書をまとめると、それを胸に抱えるように持つとすごすごと退散した。長い髪をひっつめて後ろでまとめた髪が揺れる。

 ふと隣の教室を覗くと、女教師、セリカが何人かの生徒に囲まれ談笑していた。羨ましくなど無い。若い教師、ミツルギは卑屈そうに視線を床へ落とすと、ため息を吐きながら職員室へと足を進めようとした。

「ミツルギ先生!」

 教室から飛び出してきたのは、今まさに覗き見ていた女教師、セリカだった。思わず短く悲鳴を挙げそうになってしまったミツルギだったが、胸に抱えている本をさらに強く抱きしめることでなんとか事なきを得た。

「な、な、なんでしょうか。すいません」

「ミツルギ先生、実は私今度の研究で五大元素の複合魔法理論について論じる予定で、その資料を集めているんですの。先生は魔力変換基礎論についてお詳しいから、資料を持ってらしたら貸して頂けません?」

 魔導師学校の教師は、教師としての職務以外にも魔力研究を行う義務が課せられている。一年に一回は、自身の研究についての発表を行わなくてはならない。セリカはミツルギと同い年だが、遥かに優秀だ。

「あ、そういうことなら、お安いご用です、はい。だいじょぶです」

 ミツルギは頼りなさげに何度も頷くと、足早にその場を去ろうとした。彼にとっては予想外の自体が起こり、それはまだ続いていた。セリカが追いすがってくるのである!

「ミツルギ先生。火炎魔法の魔力代替効率に関しての研究論文拝読いたしましたわ。数学的観点から魔法を論じると言うのは、とても斬新な発想だと思います。感服しましたわ」

「いや、その。あの。ありがとうございます。すいません、読んでもらって、その」

 しどろもどろのミツルギと、その隣を歩くセリカ。どことなくちぐはぐな光景だなと思う暇も無い。セリカはモテる。男性から告白されることも多いし、それをミツルギも何度か目撃している。なぜ自分がこうも積極的に話しかけられるのか、分からなかった。

「あの、セリカ先生。生徒はよろしかったのですか、教室に残して」

「大丈夫ですわ。今はとにかくミツルギ先生にお話したかったので」

 ミツルギは彼女の大きな瞳を仰ぎ見ると、思わず持っている本で顔を隠した。

「……どうしたのですか? ミツルギ先生」

「いえ、その。なんでもありません。何でも」

 ミツルギの脳内では、色々な考えが浮かんでは消えた。彼女が論じる予定の複合魔法論には基礎論だけでなく、応用論からの観点が必要だということ。それには、本から得た知識だけでなく、専門家による実験調査とデータ分析が必要になるということ。

 そして、どちらも自分ならば可能であるということだ。

 歩き続けた結果外側の渡り廊下に出ていたミツルギとセリカは、ふと立ち止まった。理由は二人共それぞれ違っていた。ミツルギは考えを話そうとした。セリカは見知った顔を見つけたからだった。

「や、どうも」

 眠そうな顔をした憲兵官吏が、いつの間にか立っていた。セリカは彼の顔を見るやいなや、先程までの柔和な表情を明らかな嫌悪に歪ませている!

「そう嫌な顔をしないでくださいよ。別に邪魔しに来たんじゃないんですから」

 憲兵官吏の男はにやにやとこちらを見ながら笑みを浮かべていた。

「なんの御用ですか、お兄様。今仕事中なのですが」

「や、これです。知り合いが僕に届けてくれましてねえ。ヘイヴンで落としたものだって言ってましたよ」

 ひと巻きの羊皮紙を憲兵官吏が差し出すと、セリカは奪うようにそれを取り、広げた。確かに自分の字だし、複合魔法についての資料の覚書だ。

「お兄様、お礼は言いますわ。ありがとうございます。そして、ここは生徒たちの学舎ですから、憲兵官吏は進入禁止です。お引取りを」

 憲兵官吏──セリカの兄はばつが悪そうに頭をひとかきすると、のそのそとそのまま校門へと向かっていった。セリカはそんな兄の後ろ姿をしばらく見つめていたが、見えなくなったのを確認したのかこちらに振り返った。彼女はにこやかにわらいかけながら、ミツルギに提案する。

「どうでしょう、ミツルギ先生。時間があれば、複合魔法理論に関して先生からの意見を賜りたいのですけど、お時間はありますか?」

 ミツルギは自分の情けなさを痛感しながらも、心の中でガッツポーズを決めた。うだつのあがらない人間だということがわかっていても、それを理由として人並みの幸せを望まないことにはならないのだ。

「時間、あります。とてもたくさんありますとも。ええ! よければ、僕の研究室で……」

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