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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
詮索不要
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詮索不要(Cパート)


 それから、二日が経過した。

 俺がやることは少なかったが、他の連中はそうではなかった。結局、時間潰しにつきあってくれたのは、ソニア卿だけだった。彼女がやるべきことは既に終わっていた。緊急の伝令をわざわざ馬で送り、窮地を演出して基地に引きこもる。当然、亜人達とは一切絡まない。よって、何もすることがないのだ。

 戦闘態勢にも入る気が無いのか、ソニア卿の服装は身軽なドレスであり、とても貴族には見えなかった。勇ましい騎士姿とは、また違った雰囲気であった。

「フィリュネ殿を連れてこなくてよかったのか」

「あんたがとった宿で寝てるよ。英霊召喚とやらは、どうも負担が大きいらしいな」

 俺とソニア卿がやることといえば、不味いワインをやりながら、酒の肴に俺の話をするといった具合だった。どうやら、俺のいた世界に興味があるらしかった。彼女は実に俺の話を楽しそうに聞いた。俺はちっともそうは思わないが、どうやらソニア卿には当てはまらないらしい。

「それで、卿らの世界では、電気を使って機械を動かし、遠くにいても話ができると言っていたが、本当か。しかも魔導師なしでどうやるのだ?」

「そんなこと、俺は知らんね。そういうものがあっただけの話さ」

「なんだ、つまらん。情報伝達は戦場では最も重要なのにな。お抱えの技術者に聞いてみるか……」

「話は変わるがね」

 俺は、酩酊した頭で、疑問をぶつけてみることにした。

「なんだ」

「あんたは何と戦う気なんだ」

 酒が入っても白磁の如く白い肌に、少しばかり影が差した。

「皇帝だ」

「俺が聞く限りじゃ、皇帝ってのは自分を好きにさせることができるんだろう。なら、それで騙されてる内はいいんじゃないのか」

 ワインボトルは空になっていた。ソニア卿は、ワイングラスを傾けながら、残り僅かになった赤を弄んだ。その顔には、笑みが浮かんだままだった。

「卿は何が言いたい」

「皇帝が悪いやつだとは思えんってことさ。しかも、皇帝は好意を集めてくる。お飾りにしておけば、安心して権力を握っていられる。それをわざわざ排除する必要があるとは俺には思えんね」

「ほう。政治のことは分からんと言った男とは思えんな。皇帝を倒すのは私には無理だと卿は言うのか?」

「別にそうは言ってない。だが、なぜわざわざ皇帝に逆らおうと思った。俺にはそれが分からん。あんたには、そうまでしなきゃならない何かがあるのか?」

 俺は、すぐに発言を後悔した。国を裏切ってまで、やり通さなくてはならない何かだ。簡単に俺に言えるはずもない。

「やってしまった、といった顔だな、英霊殿」

「酒が回り過ぎたのさ。気を悪くしたなら謝る」

「いいや。……卿の世界の話をしてくれた礼だ。少し話すとしようか」

 ワイングラスに残っていた赤をすべて飲み干すと、どこか意を決したように、ソニア卿は少しずつ話し始めた。

「私は、五年前まで王国付きの騎士だった。……皇帝とは、その時からの付き合いだ」

「おいおい、まさか」

「早合点をするなよ、英霊殿。当時、亜人達の領土は王国内部の自治領といった扱いでな。国王陛下の以来の元、百年続いた魔国と王国の戦争の決定打とするべく、英霊召喚を試みたのだ」

「それが、今の皇帝か」

「そうだ。そして、それは思わぬ形で現実となった。王国と魔国との和解、そして、帝国という新体制。世の中は変わった。私は、ケイ……皇帝陛下の旅を助けたという功績を認められ、一介の騎士から貴族に奉じられ……今の領土を手に入れた」

「順風満帆だな」

「そう思うか。……これを見ても」

 ソニア卿はおもむろに黒布を取った。青い瞳。両目とも同じだ。だが、本来白目であるはずの部分まで、青いのだ。

「私には、魔力は無かった。そして、ケイと共に最も長く旅をした。常に召喚印の影響を受け続けた結果がこれだ。この仕打だ」

「人に見せられない顔にされたから、恨んでるのか」

「違う!」

 冷静な彼女が激昂するのは、どうも似合わなかった。俺は彼女の青い目を見る。俺は不思議と、彼女が思っているであろうほど嫌な気分にはならなかったのだった。

「……すまない」

「お互い様だ。今のは俺も悪かった」

 空は暗くなっていた。ワインはもう残っていなかった。

「好きだったんだ、私は」

 絞りだすような声。文字通り、悲しみがそこから染み出してきそうなかすれ声。

「ケイが好きだった。召喚印だと? そんなもの関係あるか。私はケイにキスして欲しかった。抱いて欲しかった。涙を拭いてほしかった。だが、ケイは私に振り向いてはくれなかった。くれたのは、欲しくもない『黄金騎士』の称号と、帝国貴族二十家にも入らぬ下級貴族の地位だけだ。私が欲しかったのは、そんなものじゃない」

 やめてくれ、といえる図々しさがあれば、と俺はいつも後悔する。だが男という生き物に生まれた以上、そんな大胆さも図々しさもない。ただ俺にできるのは、彼女を受け止めてやることだけだった。

「何を……無礼な!」

「じゃあ無礼を承知のうえでそうさせてもらおう。あんたはもっと泣くべきだ、ソニア。心配するな。どうせ誰も見ちゃいないさ」

 ソニアは俺の胸に顔を埋め、嗚咽を漏らした。恐らく、気丈で気高い彼女が漏らす、最初で最後の弱みだろう。

「お前は……悪い男だ。ケイの前でも泣いたことなど……無かった」

「そうさ、俺は悪いのさ。どうやっても、女を泣かせちまうからな」

「私はお前を利用しているのだぞ」

「女が性悪に生まれたのはどの世界でも変わらんらしい。俺だって、明日死ぬかもしれん男だ。情を移さないほうがいいんじゃないか」

 ソニアは、俺にしがみついたまま離れなかった。俺は彼女を掻き抱く。そのまま、夜が終わらなければと願ったが、他でも無い俺自身がそうではないことを知っていたのだった。

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