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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
無頼不要
28/124

無頼不要(最終パート)





 生まれて初めての経験に、ドモンは顔は普段の五割増しで緩みきっていた。イマドの経営している店の一つであるレストランで、ドモンには美しい女達が三人も付き、アリナンドの名物である地豚料理に舌鼓を打った。酒が飲めればよかったのだが、ドモンは下戸のため断ざるを得なかった。

「いやあ、アリナンドはいいところですねえ。ごはんも美味しいし、女の子も可愛い!」

 ドモンは豪奢な椅子に座り、アリナンドの名物料理を一面に並べたテーブルを前に、女達に囲まれていた。まさに貴族の如き待遇である。

「気に入って頂けましたかな」

 イマドが傍らに立ち、やはり揉み手をしながら現れる。どうにもうさんくさい風貌だが、この街の御用商人と名乗るだけはある。ここまで豪勢な宴を仕切るのは中々大変なはずだ。

「や、気に入るも何も! 僕はとても気に入ってしまいましたよ。いやあ、公務でなければ、いつまでも滞在したいものですねえ」

「公務! ということは、視察でいらっしゃるので」

「ま、そういうことです。あ、僕が言ったのは内緒ですよ。クビになっちゃいますから」

 ドモンは豚のステーキをフォークで刺し、口に運びながら言った。イマドは恐れいったようにかしこまると、手を二回叩く。秘書が紐で口を縛ってある小さな皮の袋を持ってきたのを取ると、うやうやしくドモンにそれを差し出した。

「……なんでしょうコレは」

 ドモンは皮の袋を手に取る。ずいぶん重い。

「私、アリナンドのために働かせて頂いておる身です。これが『役に立てば』幸いです」

「そうですか。や、そういうことであればお断りはできませんねえ。イマドさんが、アリナンドのことを思ってやったことですからねえ」

 皮の袋の紐を解こうとすると、イマドはそれを押しとどめた。ここで開けるな、ということらしい。ドモンはそれを袖にしまうと、構わず再びゆるんだ顔で両隣に立っている女の腰に手を回した。まさにお大尽である!

 その時、秘書が何事かをイマドに耳打ちすると、彼はドモンに一礼してからその場を退出した。ドモンは女に触るのに夢中で、それには気づいていなかった。

「何事だ、ジュレミア。あのバカに何か言われたか?」

「まさか。大満足との仰せでありましたよ。……案の定、すぐ殺してしまいましたが」

 イマドのレストランの二階は、簡易的な事務所になっている。黒マントを外し、アリナンドの一商人に戻ったジェレミアが、応接用の椅子に腰掛けパイプを燻らせていた。

「すみません社長。タバコの一服でもしないとやってられません」

「結構だよ。好きなだけやりたまえ。憲兵官吏の対策はばっちりだ。あれは酷いな。イヴァンでも何人もの憲兵に会ったが、ありゃ最低だよ」

 イマドは首を手刀で掻っ切るしぐさをすると、くつくつと喉を鳴らした。

「アリナンド卿が健在だから良いようなものの、あんなバカが継いだらアリナンド領はおしまいだ。実際、アリナンド卿も別の息子たちに家を継ぐよう働きかけてはいるらしいが……誰かがコントロールしなければな」

「そのとおりですよ。社長のような、経済で人をコントロールできるお方がアリナンドには必要なんです」

「そうだ。あのバカは金を落とす。金を落とせば、アリナンドと私が潤う」

 イマドは立ち上がると、窓の外を見る。光の粒を撒いたような星空と、三日月が浮かんでいる。

「ところで社長……例の商品なんですが。また罪を被せて処刑したことにしろとのお達しです」

 イマドは心底げんなりした表情を浮かべてから、細面に拳を打ちつけながら思案を始めた。

「またか。明日の朝刊で……そうだな。ついでに娼婦を連れて行ったんだろ。強姦していたことにでもしておけ。バカの評価も上がるんじゃないか。腕っ節の強い領主候補様とな」





 次の日、ドモンはぶらぶらとアリナンドの街を歩いていた。視察で来た以上は、まさか宿でずっと寝ているわけにもいくまい。

 アリナンドの大門近くで、屋台で売っていた名物のドーナツを4つも買い、かじっていると、目の前から旅姿の三人組がやってきた。どうにも見覚えがある。

「……やっとつきました」

「一睡もしてないぞ……本当に馬と相部屋だと思わなかった……」

 憔悴した様子のフィリュネとソニアに比べ、貧乏旅に慣れているイオは元気そのものであった。

「だらしねェなあ……ともかく、アリナンドに着いたぜ。……見ろよ」

 ドモンとゾンビのような二人、そしてイオの目線が合った。ドモンは脳内で事実を確認すると、素早く何事か計算を始め、踵を返して立ち去る事を選択した。

「あっ、逃げました!」

「やっぱりな、ありゃあやましい事があるに違いねェ!」

 逃げるドモン、追う三人! 次第に体力に劣るイオが突き放され、フィリュネが脱落していったが、一番タフなソニアがドモンに追いつき、ドモンを捕まえ、路地裏へと引きずり込んだ!

「や、やめ、やめてくださいよ! 僕はそういう趣味はありませんから!」

「何を勘違いしてるんだ旦那。……おっ、みんな追いついたみたいだな」

 イオとフィリュネがぜいぜい息を切らしながら、ドモンの前に立った。ドモンには理解が追いつかない。ここはイヴァンから遠く離れたアリナンドであり、彼らがいるわけがないのだ。なぜここで彼らに出会うのだ。

「や、というか……何でここに?」

「神父さんが怪しいから追いかけようって言ったんです」

 フィリュネが息を整えつつ、その場で気絶しかけているイオに指を指して言った。

「で、イオ。旦那は一体何を隠してるんだ? はじめに聞くべきだったか、これは」

 ソニアは紙巻たばこを取り出し咥え、壁に寄りかかっているイオを揺らした。イオはごほごほと咳をした後、弱々しく口を開いた。

「い、いいか……旦那のジャケットの袖の中を……見ろ。憲兵団の出張じゃちょっと考えられねェ額が入ってるはずだ……嬢ちゃん、頼む」

 ソニアは手早く暴れるドモンを羽交い締めにすると、フィリュネが素早く左袖に手を突っ込む。隠しポケットには銅貨や銀貨が少し入っていたが、それとは別に皮の袋が入っていた。ずいぶんと重い。

「ほらな」

 気絶寸前とは思えなかったほどの勢いで、イオはその袋を奪い取り、中を覗く。金の光! フィリュネが手を広げていたのでそこに落とすと、なんと五枚……いや十枚の金貨がこぼれ落ちたではないか。

「こりゃあ凄い。大金だ」

 ドモンはソニアが手を離した瞬間、がくりとうなだれ座り込んだ。見つかってしまった。最悪の展開だ。

「旦那、水臭いじゃねェか。憲兵団の出張ってのはこんなに儲かるのか? ……違うだろォ? 何があったのか、教えてくれよ」

 ドモンは観念したように、昨日の接待について話した。三人は目に嫌な光を宿しながら、金貨の分け前について話していた。理不尽に過ぎる。

「や、そもそも、そもそもですよ? あんた達には関係のない話じゃないですか。僕が好意でもらったんじゃないですか。勝手にやってきて分け前くれだなんて、バカも休み休み言って下さいよ」

「あれれー? 旦那さん、視察でこちらに来たんですよね? 憲兵が視察ついでに接待受けて、金貨をこんなにたくさんもらっていいんですかー?」

 フィリュネが意地の悪い笑みを浮かべる。イオとソニアも同じだった。そう言われてはぐうの音も出ない。ほとんど形骸化しているとは言え、視察は立派な公務なのだ。しかも、貰ったものも普段の賄賂とは額が違いすぎる。万が一、彼らが賄賂の事をバラしたりすれば、それこそドモンはクビである!

「あんた達……僕を脅そうってんですか。そうなんですか。そういうことなら、こっちにだって考えがあるぞ……。この場で全員たたっ斬って、イヴァンに何食わぬ顔して帰るからな!」

「まあまあ、何も全部寄越せってんじゃねェよ、旦那。金貨十枚だろ。実は俺達、ここにくるまで特に金はかかってねェんだ。元手として金貨二枚ずつだけもらっても十分にお釣りがくる。旦那は四枚。どうだ、悪い話じゃねェだろ」

 イオはにやにやとゲスな笑みを浮かべながら、手を差し出した。ソニアとフィリュネも。ドモンは観念したように、三人に二枚ずつ渡す。

「旦那さん、ありがとうございます!」

「どうせあぶく銭だろ、旦那。悪銭身につかずなんて言葉もあるし、みんなで有効活用したほうがいい」

 ドモンはまだ納得がいかないようで、悔しげに唸りながら、残った四枚を左袖のポケットにしまった。四人はのろのろと大通りに出る。大勢の人だかりが、通りを塞いでいた。

「ソニアさん、アリナンドは地豚が美味しいって有名なんですよ。食べに行きましょうよ! 神父さんもお腹へってますよね。私もうぺこぺこなんです」

「いい考えだ。旦那はどうするんでェ?」

「遠慮しときますよ……昨日しこたま食べましたから」

 人だかりは、どうやら何かを囲んでいるようであった。人々が口々に「酷い」「殺されて当然だ」「またマハートマー様か」などと、騒いでいる。

「……おい、なんかおかしいぜ。ちょっと見てくる」

「えー、地豚食べに行きましょうよ。ここで待ってますからねー」

 ソニアが強引に人垣を掻き分けていくと、目の前に広がったのは酷い光景であった。頭をかち割られた死体となった男が、しばられたまま放置されていた。右隣りには、木でできた看板に何か書いてある。ソニアは文字が読めなかったので、隣で見ていた男に尋ねた。

「おう、これはな。『イヴァンから来た傭兵・レナウス、この者同じくイヴァンからやってきた娼婦を強姦し殺害しようとしたため、アリナンド家三男、マハートマー・アリナンドの名において成敗す』って書いてあんだ」






 イオたちは、ドモンと同じホテルの部屋を取り、ソニアの部屋に集まってから、話を始めた。ソニアが見た光景は衝撃的なものだった。サテリアからもらった金は、無駄になろうとしていたのだ。彼らの行動は早かった。イオとフィリュネは神父とその信者に扮し、聞き込みを行った。

「僕には何がなんだかなんですが……そのレナウスってのは無実だって言うんですか?」

「ああ。やつはイヴァンに恋人を残してる。プロポーズをしてたのを、俺と神父はこの目で見た。……少なくとも、強姦をするような理由がない」

 ソニアはベッドに腰掛けながら、タバコに火をつけふかした。イオとドモンは、露天で購入したナッツを砕きながら、口へ運ぶ。フィリュネは部屋に備え付けてある椅子に座り、足をブラブラさせている。

「手を下したマハートマー・アリナンドっていうのは、領主アリナンド卿の息子で……噂じゃ、人斬りと女遊びが趣味の男なんだそうです」

「そのお膳立てをしてるのが、御用商人のイマドとその腹心のジュレミアだ。ちょっと前までは、マハートマーはこのアリナンドで悪さをしてたらしいが、やつらと結託して女をイヴァンから連れてくるようになったってェわけさ」

「つまりは、レナウスって傭兵もそいつらがわざわざ? マハートマーが人を斬るために?」

 ドモンはてのひらいっぱいにナッツを取り、まとめて口へと放り込んだ。イオの分はかけらしか残っておらず、伸ばした手をそのまま頭へ持って行き、ぼりぼりと掻いた。

「それだけのカネはあるんだろ。今日、あの死体を大通りに持ってきたのもジェレミアとその手の者らしいしな。……何より、街の人間は皆そのことを知ってる。知ってるが、相手は領主の息子だ。誰も何も言えねェ。地方判事所も駐屯兵団も見て見ぬふりさ……」

 イオはソニアに目線を送る。ソニアは、コートのポケットからサテリアの皮の袋を出し、五枚の金貨をホテルの部屋の机にばらまいた。ついでに、今日ドモンから巻き上げた金貨を一枚追加する。合計六枚の金貨。

「旦那。頼み人は俺だ。やつは、もう少しで幸せになれたかもしれないんだ。金で買われたとは言え、命まで売らなきゃならないなんて、そんな馬鹿な話はないぜ」

 ドモンは金貨を真っ先に二枚取った。イオとフィリュネもだ。

「旅先で断罪とは。悪い奴らはどこにでもいるもんですねえ」

 ため息をつくドモンの肩を、イオが叩く。

「それだけ俺達の稼業はいつでも商売繁盛ってことさァ。……やるのは今夜だ。じゃねェとイヴァンに帰るのに間に合わねェ」





 マハートマー・アリナンドの別宅には、イマドとジュレミアが呼ばれていた。普段住んでいる場所とは違う、密談用の小さな場所だ。二人はうんざりした表情のまま門をくぐったが、それを合図に商売人特有の媚びた笑みを作った。

「マハートマー様は、剣をご所望ということです」

 ジュレミアは背中に細長い箱を四つほど背負っていた。全て名剣のたぐいだ。

「皇帝陛下が持っていてもおかしくないような剣をたくさん持っている癖に、まだ気に入らんのか。とんだ剣道楽よな」

「まあまあ。我らの商品を買ってもらうのに変わりありません」

 ジュレミアは冷静にイマドを抑えた。そう、全ては金だ。金で何でもやりとりできる以上、権力もまたしかりだ。イマドはアリナンドは愚か、帝国全体を経済で支配する野望を持っていた。

 マハートマーの私室の前まで来た時、どうも部屋が騒がしいことに気づいた。誰か来ているのだ。しかし誰が。この別宅には部下も配置していないし、そもそも場所すら伝えていない者がほとんどだ。

「なるほどなあ。イヴァンは良い所だな! まさに英雄に相応しき都市! 一度訪れたいものよ!」

「そうでしょうそうでしょう。や、僕なんかはこのアリナンドも素敵なところだと思いますよ!」

 中で談笑していたのは、マハートマーと、視察にやってきた憲兵官吏ではないか。イマドもジュレミアも顔を見合わせながら入室する。

「ドモン様、なぜここに?」

 ドモンは立派な一人がけのソファの傍らに立ち、座っているマハートマーにワインを注いでいた。意味がわからない。慌てた様子で二人は駆け寄る。

「や、実はイヴァンから視察で来たと言ったら、一緒に飯を食わないかと誘われたんですよ。僕は飲めないとお断りしたんですが、どうしてもとおっしゃるものですから」

 マハートマーは気持ちよさそうにワイングラスを上げた。

「その通り。英雄は人脈を大事にする……憲兵官吏と仲良くなるのも大事なことだからな。しかし、酒ばかりもなんだ。せっかく貴様らも来たのだし、そろそろ綺麗どころを呼ぶべきだな。ジュレミア、頼むぞ」

 イマドは視線を送ると、ジュレミアはすぐに部屋を後にした。要望にすぐに答えられぬようでは、御用商人の名が廃る。

「しかし、面倒なお方だ……」

 門まで来て扉を開けた時、そこに立っていたのは、三人の男女だった。一人は黒メガネをかけたコートの男。もう一人は小柄な少女。そしてもう一人は……背の高く細い、丈の短いローブを着た女。

「ジュレミア様。憲兵官吏のドモン様より、女を連れて来るようにと注文を受けまして、女を用意しました」

 ジュレミアにはコートの男に見覚えはなかったが、イマドの手にある商店は多い。その中の女衒の一人だろうと、彼は勝手に得心した。それが命取りだった。

「ご、ご苦労。そういうことなら話が早い。マハートマー様はせっかちだからな……おいお前」

 男と少女が通り、最後に背の高い女が通ろうとした時、ジュレミアは彼女を遮った。どうもおかしい。妙に肩幅が広い気がする。イヴァンとアリナンドを往復して、女の選別をしているのだ。この女のおかしさもすぐ目についた。

「お前……本当に女か? 背も高いし、肩幅も……」

「ええー? わたし、女ですよおー。本当ですう。イオリって言うんですう。証拠、見せましょうか?」

 言うが早いが、女は唐突に左手で短いローブの裾をゆっくりとまくり上げ始めたのだ。怪しい女ではあるが、ジュレミアも男である。思わず視線が下へとずれる。イオリと名乗った女の右手にはロザリオがあり、口でロザリオの横棒を咥えると、今度は右手で横棒を引っ張り始める。長い針が引き出されてから、イオリは野太い声でこう言った。

「こっち見なよォ、スケベ」

 ジュレミアが顔を上げると、その額に針を一気に押しこむ! 痺れ針の効果は絶大で、ジュレミアの身体は一気に痙攣を起こす! イオリ……いやイオが針を抜くと、ジュレミアはその場に卒倒し、やがて動かなくなった。

「足には自信があったんだが……やっぱり無理かァ」





「ごめんくださーい。どなたかいませんかー。ジュレミアさんから頼まれて来たのですけどー」

 女の声が別宅に響いた。マハートマーが気づくが、ドモンがワインを注ぐので動けない。と言うより、彼の性格からして動くことなどありえないだろう。イマドは玄関へ向かう。そこには、少女と男が立っていた。見たことのない二人だ。イマドは自分のやっている事業の事業主は全て把握しているし、顔と名前だって一致している。だが、この男だけは見たことがない。

「お前……誰だ?」

「誰って……女衒ですよ、イマドの旦那」

「私はお前のようなヤツは知らないぞ。お前は誰だ?」

「だから、女衒ですよ。ほら、この娘は枕が変わると不安だって言うから、枕だって準備してるんですよ。見てください」

 そう言うと、なぜか男はイマドに枕を押し付けてきた。何なのだ、この男は。わけがわからない。枕を払いのけようとした時、男が枕と一緒に黒い塊を押し付けていることに気づいた。

「……何のつもりだ?」

「金で命を買ってるんだ。売られる覚悟もできてるだろう。……死んでもらうぜ」

 トリガーを引く。銃弾が枕を通し、イマドの胸に着弾。羽毛がそこら中に飛び散り、イマドはそのまま後ろに倒れた。





「どうも遅いな。英雄は心が広いが、我慢ならん時もある」

 マハートマーはワインを飲み干すと立ち上がり、壁に飾っている剣を手にとった。もしかすると、賊が侵入したのかもしれない。もしそうであれば英雄として、斬り倒さねば。

「や、どちらへ?」

「玄関だ。どうもイマドが遅いからな」

「直、帰ってきますよ。……それより、マハートマー様。今回の視察で報告書を上げるのですが、どうも僕の文才ではこのアリナンドの良さが伝わらない気がしてましてねえ。ちょっと目を通してもらいたいんですが」

 ドモンはジャケットの内ポケットから羊皮紙を取り出すと、こちらに差し出した。まあ、こういうアドバイスをするのも役目の一つだろうと、広げてみる。

「何々。『金で命を買い、その命を弄びたる罪は深く、もはや命で償う他ない。家名に泥を塗るより良い方法であると信じている。アリナンド家に栄光あれ マハートマー・アリナンド』……。なんだこれは」

「何って……あんたの遺書ですよ。あんたは英雄なんでしょ。散々自慢してらしてましたしねえ。英雄なら、死ぬべき時にお死になさい」

「何を言うか! 無礼者め!」

 マハートマーは激昂し剣に手をかける! ドモンも同時に剣を抜くが、マハートマーより早い! まず首を一閃! 次に振り下ろされるマハートマーの名剣を横へ払う! 衝撃が傷に伝わり、吹き出した血が壁紙にべっとりと張り付く!

「どうだい、苦しいだろう。息ができないからな……」

 声がでないマハートマーにはめちゃくちゃに剣を振り回すくらいしか出来る事は残されていなかった。ドモンは素早く身体を翻し、今度は胴を縦一文字に切り裂く! 吹き出す血と内蔵! その場に崩れ落ちる彼に、もう時間は残っていない!

「悪党を斬れずに死んじゃ、英雄様も大したことねえな」

 ドモンは剣を振り、残った血を飛ばす。既に死体となった彼の服で剣の血を拭うと、凄惨な現場となった別宅を後にした。






「や。やっぱり我が家はいいですねえ」

 ドモン達は断罪をした夜に発つと、予定より一日早くイヴァンに帰り着いた。当然、後一日は出勤する必要がない。夕方まで家でごろごろしていると、セリカが帰ってきた。

「……お兄様、出張から帰ってきてお休みしておられるのは結構ですが、確か報告書を書くのでは無かったのですか」

 ドモンは、自分の血が引く音を耳にしたような気がした。報告書は、滞在しながら書くものだ。提出日は当然、本来の出勤日である明日。もう七時間もない!

「もちろん、もう完成しておられるのであれば、セリカが口を出す必要もございません。どうぞそのまま寝転がって休めばよろしいでしょう」

「や、その、あの……セリカ、一生のお願いがあるのですが」

「お断りします。お兄様、アリナンドに行ったのなら、おみやげの一つや二つあるものだと思っておりましたが、それもありませんでした。別に要求しているわけではありませんが、セリカにはその価値も無いと思われておられるのでしょう。よって、セリカの助けなどお兄様には必要ないということ。どうぞ、お一人で報告書の作成を頑張ってください」

 そう吐き捨てると、セリカは自室へ引っ込んでいった。ドモンはその場で何分か固まっていたが、テーブルにインクと羊皮紙をひっくり返すと、記憶を引き出しつつ羊皮紙とにらめっこを始めるのであった。



無頼不要 終

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