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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
無頼不要
27/124

無頼不要(Cパート)





 イオ達はイヴァン西門へと集まっていた。それぞれトランク一つだけ持っての集合だ。だが、彼らには重大な問題が一つあった。

「……で、結局集まっちゃいましたけど。わたし達旅のためのお金なんてないですよ。どうするんですか」

 フィリュネとソニアは非難の視線を、へらへら笑うイオは簡単にいなしていた。彼の手には聖書が一つと、小型のトランクのみ。

「だーいじょうぶだって、嬢ちゃん。俺ァ神父だぜェ。帝国が出来るずっと前から、神職に仕える者には施しをすることってのが義務になってるのさァ。おまけに、聖職者を襲うのはタブーになってるときたもんだ。三年前イヴァンを出た時も、大いに役に立ったってもんよォ」

 いつになく高笑いするイオだったが、ソニアとフィリュネはまだ納得がいかない。そりゃ自分はいくらでも施しをしてもらえるのならいいだろうが、二人は違う。

「おーおー、そんな不安そうな面すんなよォ。大丈夫だって。しばらく、俺の連れとして行動してくれりゃいいのさァ。三人くらいなら、まあパンとスープくらいは余裕だろ」

「宿は馬と相部屋なんて言うんじゃないだろうな」

「当たりだ。鋭いじゃねェか」

 イオは意気揚々と歩みを進めたが、二人はそうではなかった。神父についていく自分たちも自分たちだが、どうも不安の種ばかり増えてばかりでならない。諦めたように二人がトランクを持ち上げたその時、イオを呼び止める人がいた。

「もしや神父様、西へ行かれるのですか? アリナンドには向かわれるのでしょうか」

 女好きのイオが反射的に立ち止まってしまうくらいには、美しい女性だった。ソニアにもどこか見覚えのある顔だった。いつだったか、飲んだ帰りにやたらごつい男に言い寄られていた女だと気づくのに、時間はかからなかった。

「いかにもその通り。アリナンドにも寄る予定でおります。わたしに何か御用ですか」

 イオは一瞬で『神父』に変身すると、仰々しくにこやかに答えた。

「私はサテリアと申します。あの、失礼ですけどこれを見て頂けますか」

 サテリアは小さな革袋を差し出した。イオはそれをそっと受け取り、中身を見た。目もくらむような黄金の光。金貨が五枚入っている!

「おお、なんということでしょう……サテリアさん、とおっしゃいましたね。貴女はこれをわたしにどうせよと言うのですか?」

「実は、それはわたしの知り合いがくれたものなのです。わたしには……まだ受け取れないものです。神父様、そのお金を彼に会ったら返してもらえないでしょうか」

 サテリアの表情には、未だ苦悩の色が見えた。イオとソニアは、あの日の事を思い出す。不器用なキス。不器用な告白。あの男の戦いが無駄になるか否かは、まだわからない。サテリアは苦悩に苦悩を重ねた上で、金を一度返すことを選んだのだろう。

「そういうことであれば、不肖ながらこのわたしが責任を持ってお返ししましょう。相手の名前は?」

「レナウスという傭兵で、身体の大きな人です。神父様より頭一つ大きいくらいなので、すぐわかると思います」

 イオはカソックコートの中に袋を仕舞いこむと、十字を切って再び歩みだした。少し離れたところから見ていたソニアとフィリュネもそれに続く。

「な、こういう事があるわけよォ」

 イオはカソックコートの内ポケットの部分をポンポン叩く。金貨が擦れ、ジャラジャラと高貴な音を鳴らした。

「神父さん、でもそれ返さなきゃいけないんでしょう?」

「その通りだ。寄付や施しならともかく、そいつはきちんと返してやるべきじゃないか。偶然とはいえ、顔も分かるわけだしな」

「会えたらな。だが会えなかったら仕方ねェだろ。使わないと金に申し訳がたたねェ」

 ソニアとフィリュネはお互いに視線を交わし、頷く。次の瞬間、電光石火でソニアがイオを後ろから羽交い締めにした。腕っ節の弱いイオには、為す術がない!

「おい、おい! 何しやがる! コラ!」

「ダメです! わたし達はタダでなんとかアリナンドまで行けるんですから!」

 フィリュネがイオのカソックコートの中に手を滑らせると、革の袋を抜き取った。まるで己の一部が持っていかれたかのような絶望の表情を浮かべるイオ。フィリュネはその袋をソニアに渡す。

「ま、神父の言うとおり会えなきゃ仕方ないってのは同感だがな。その前に使っちまったら意味ないだろ」

 ソニアは紙巻タバコを咥えながらにやりと笑みを浮かべると、ジャラジャラと袋を振った。





 一方その頃、一足早くアリナンドへ到着していたドモンは、街に一歩踏み込むやいなや、数人の男女に囲まれていた。色とりどりの伝統衣装を着た女達が、男たちのラッパやバイオリンで風のように舞う。

「ようこそ、アリナンドへ! 長旅本当にお疲れ様です、ドモン様」

 細面の身なりの良い男が、揉み手をしながら現れた。ドモンはトランクを地面に置き、ぼりぼりと頭を掻いた。わけがわからない。

 はっきり言って、憲兵団の視察などあってないようなものだ。ドモンの同僚のサイなど、わざわざ領主宅を訪れ「これから視察を行います」と宣言してから始めたという。最終日には領主と懇意にしている店で朝までどんちゃん騒ぎをして、おみやげまで貰って帰ったらしい。

「や、これは一体……で、あなたは?」

「歓迎の式典です。ああ、申し遅れました。わたしこのアリナンドで御用商人をしております、イマドと言うものです」

「はあ、それはどうも。あのう、見ての通り僕はイヴァンから来たしがない憲兵官吏です。歓迎は結構ですけど、一体何なんでしょう」

「まあよろしいじゃありませんか。ささ、こちらへ」

 イマドは強引にドモンの背中を押した。ドモンは困惑しながらも、期待を押し殺せないでいた。これは、色々と甘い汁が吸えるに違いない。いいものをたくさん飲み食いし、おみやげを貰い、小遣いを頂くのだ!





「アリナンドまで着いたな、レナウス殿」

 レナウスにとって永遠に近い道程のように思えた旅が、終わろうとしていた。彼は顧客の前でいいところを見せようと、動きの鈍い魔獣を何匹か狩った。全ては、金を得るためだ。こんなチャンスは二度と無いのだから。

「言ったろう。俺はプロフェッショナルだからな。予定より遅いくらいだ」

 レナウスは弱々しいながらも、タフな笑みを浮かべた。レナウスはこの旅で、だんだんと自分を取り戻していったような気がしていた。剣を握る度に、みじめな生活だった一日一日が消えていくような気分だった。イヴァンにはサテリアが待っていると考えるだけで、レナウスの気分は高揚していったのだ。

「本当に助かったよ、レナウス殿。我が主人の邸宅はすぐそこだ。直々に礼金を支払ってもらう予定だから、ぜひ来て欲しい」

 レナウスにそれを断る理由は無かった。黒マントの男に付いていき、豪奢な邸宅が見えた時、レナウスの高揚感は最高潮を迎えた。金貨が何枚貰えるだろう。ここまでの大きさなら、二十枚はかたい。サテリアと結婚し、金貨を元手に小さな商店でも開いて、二人で仲良く暮らすのだ。子供は二人、いや三人は欲しい。商売が軌道に乗ったら、家を買って、一匹子犬を買うのもいいだろう……。

「ジュレミアか。よう戻った。ご苦労であったな……おお、待ちわびたぞ!」

 下膨れの若き貴族、マハートマーは応接室の柔らかそうな椅子に腰掛けながら、レナウスでも一目見て分かるほどの名剣の手入れをしていた。マハートマーの姿を見るやいなや、マントを羽織っていた女がマハートマーに擦り寄り、しだれかかった。フードの下の顔は美しい女だったが、明らかに娼婦か何かのようだった。レナウスには彼女の美しさが偽りのように思えてならなかった。サテリアは何をしているだろう。元気にしているだろうか。

「イマドに注文したものは揃ったと言うわけだな。僕は待ちかねた。たいへん待ちかねたぞ。おい、貴様。名は?」

「れ、レナウスと申します」

「大儀であったな。僕が貴様に直々に褒美をくれてつかわすゆえ、庭先に出ろ」

 マハートマーは剣を収め腰に差す。ジュレミアと呼ばれた黒マントの男に付いていくと、これまたきれいに植木の手入れがされ、ゴミひとつ落ちていない広い庭が目の前に広がった。

「うん。良い。ジュレミア、貴様も大儀であったな。貴様にも後ほど褒美をくれてやる。英雄は器が広い。少し遅れたくらいは気にしない」

「さすがはマハートマー様。有難き幸せ。……こやつは、傭兵でございまして、旅の途中に二度も魔獣を斬り倒しました。中々腕の立つ男にございます」

「良いぞ。とても良い。英雄たる僕にふさわしい」

 レナウスは恐縮しきりで、庭先にかしずいていた。どれほどの褒美を貰えるのかわからない。依頼人は、タダものではなかったのだ。マハートマーは庭に降りると、携えた名剣を抜いた。レナウスには何も聞こえていなかった。サテリアとの未来に想いを馳せる彼には、些細な事だったからだ。

 名剣は風を切り、レナウスの頭を砕いた。

「うわっ、汚い! また汚れたぞ、僕の服が! なんだこれは! おい、ジュレミア! この剣は金貨二十枚もしたんだぞ。『水に指を入れるような切れ味』とイマドのヤツは言っていたが、あいつは大嘘つきだ」

 ジュレミアは肉塊と化したレナウスを冷ややかに見やりながら、主人に反論した。

「そのようなことはございませぬ。名剣は使い手を選ぶと申します。お恐れながら、マハートマー様にこの剣はあっておらぬものかと存じます」

「なるほど。英雄たる僕に合う剣とはなかなか無いものだな」

 マハートマーはいかにも不服そうに剣をその場に打ち捨てると、視界に入った肉塊を見咎めた。

「おい、それは片付けておけよ。罪はイマドと相談して着せておけ。僕が成敗してやったんだからな。全く、父上があんなにうるさくなきゃ、もっと自由に剣の試し切りができるのに……」

 

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