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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
無頼不要
26/124

無頼不要(Bパート)



「出張……ですか?」

 筆頭官吏執務室で、ドモンは恐縮したように身を縮こめていた。何しろ、鬼のガイモンに呼び出されているのだ。何を言われるかわかったものではない。

「そうだ。アリナンドまで行ってもらわねばならん」

 ガイモンは己の立派な髭を撫で付けながら、机に置かれた書類を見る。憲兵団団長のサインも入った正式なものだ。

「出張……ですよね? 左遷ではなく」

「しつこいぞ貴様。アリナンドはそもそも、裕福で平和な土地だ。憲兵官吏の身の上で配属があるとすれば、それこそ栄転でしかありえん」

 はあ、とドモンは生返事をする。ではなぜ自分が出張になど行かねばならぬのか。それがどうにも解せないのだった。

「では、僕は一体何をしに行けば良いのでしょう?」

「それを今から言うのだ、バカモン。……アリナンド領地の『視察』だ」

「視察! それを、僕が!」

 視察とは、アルメイ政権となってから始まった、言わば貴族達への牽制行為にほかならない。そもそも貴族は魔国時代から各領土への全権を委任されていた存在である。帝国成立後、王国側の王族やその親族、皇帝をよく助けた者達が貴族として各領土として派遣されて以後も、多くの貴族たちは自分たちが為政者であるという意識を疑わなかった。当然、中には自領に住む人間を所有物のように扱うような輩も珍しくなかった。アルメイ政権になってからは、各地の裁判行為を行政府もしくは各地に設置された下部機関へ移管されるようになり、貴族たちは為政者というより皇帝の代理人であり、法で裁かれる立場となり、領土民の扱いも格段に良くなった。ただ、イヴァンから遠くはなれている以上、貴族領の実態を確かめるのは難しい。そこで、憲兵団から憲兵官吏をランダムに貴族領へ派遣し、その実態を調査させるのが『視察』というわけだ。

「正直ワシは不安だ。だがこれは持ち回りでやっとることだし、団長がお決めになったことだからな」

「ガイモン様、そんなに僕のことを心配してくれてるなんて……」

「バカモン! 貴様が任務を適当にやるんじゃないかと心配しておるんだ! いいか、ドモン。貴様、いい加減な報告書を提出してみろ……。報告書はアルメイ総代もご覧になるのだからな。ワシ直々に貴様の異動願いを書いて、北の大刑務所の刑務官吏で一生を過ごさせてやる」

 ドモンはいつもの調子で、冗談だろうとガイモンに尋ねそうになったが、彼の目を見てやめた。鬼の形相だ。そして、目も本気だった。ドモンはそそくさと辞令を受け取り、逃げるようにして執務室を後にした。





 イオの教会は、今日も暇を持て余していた。何しろ、今日は雨である。わざわざ雨の日に教会へ来る人間もいない。ソニアとフィリュネもベンチに腰掛けていた。ゴザを敷いただけの二人の店は、雨が降ればそれだけで閉店せざるを得なくなるのだ。

「や、困りますねえ。雨はうっとおしくて嫌ですよ」

 ドモンが雨傘を畳みながら、ジャケットの袖についた水滴を散らした。

「珍しいな。雨の時は憲兵団本部から出ないんじゃなかったのか」

 ソニアが器用に紙巻たばこを作りながら茶化した。

「用事がありましてね。いや大したことじゃありません。実は、二週間ばかりイヴァンを留守にしないといけないんですよ」

 イオとソニアの反応は冷ややかだったが、フィリュネはそうではなかった。

「旦那さん、断罪の依頼が来たらどうするんですか?」

「んなもん、神父と皇帝殺しに任せますよ。神父も、断罪できるかできないか、判断つけられないわけもないでしょ」

 イオは顔に聖書を被せたまま、ひらひらと手を振った。イオは私生活こそ自堕落そのものだが、断罪に対しては慎重そのものだ。自分がしくじりそうな断罪は端からやらない。

「どこ行くんだよ、旦那。女としっぽりか?」

「そうだったら嬉しいんですけどねえ。仕事ですよ、しごと。西のアリナンドまで行ってきます」

 ドモンはベンチに腰掛けると、手に持っていたケーキの箱をフィリュネに差し出した。菓子屋に寄って賄賂をせびったら案の定実物を出されたのでもらってきたのだ。フィリュネはそそくさと給湯室へ走って行く。

「アリナンドね。いいところだって聞くぜェ。女もきれいなのが多いらしい」

「あんたはそればっかりですね、神父。ま、とにかく頼みましたよ」

 ドモンはひらひらと手を振り、教会を去っていった。残された三人の内、イオががばっと跳ね起きると、ソニアの肩を掴み給湯室へ連れ込んだ。紅茶を入れようと湯を沸かそうとしていたフィリュネが、驚きながら大きな目をきょろきょろさせた。

「金の臭いがする」

「どういうことだよ、神父」

「あの旦那が、いくらタダで貰ってるなんつっても、雨の日にわざわざケーキを置いていってだ。『断罪はやりたきゃ勝手にしろ』なんて言うと思うか? もし俺達がすげえ額で断罪を請け負うかもしれない可能性を、あの守銭奴が考えねえと思うか? 俺は思わねェ。出張? 絶対なんかあるぜェ……」

 イオはにやにやと意地悪い笑みを浮かべると、二人に小さく宣言した。

「俺達も追っかけようぜ。ちょうど片道三日、一泊でも往復で一週間。俺は次の週のミサまでに帰れりゃいいんだからなァ」





 アリナンド卿には、息子がなんと六人いる。名君とほまれ高いアリナンド卿にふさわしく、そのほとんどの息子が様々な業界で身を立てている。ただ一人を除いて。

「ジュレミアはまだ着かんのか。僕は待ちかねているのだぞ」

 下膨れの青年が喚いた。ここはアリナンド卿の別宅の一室である。アリナンド卿三男のマハートマー・アリナンドは、下男相手に剣を振るっていた。稽古をしているのだ。もちろん下男には剣の心得など何もない素人、稽古になるわけがない。だが、彼にとって稽古とは、自分より弱いものを痛めつけ、優越感に浸るだけの行為にほかならないのである。

「マハートマー様。イヴァンからここアリナンドまでは遠く離れてございます。しかも、陸路。後三日は見たほうが良うございましょう」

「イマド! 英雄は女が好きなのだ。つまり僕は女が好き。その女が! 届かぬでは! 意味が無いだろう!」

 マハートマーは怒りで顔を真赤に染めながら長剣を振りぬいた! 哀れ木の棒で打ち合いの真似事をしていた下男は呆気無く切り裂かれ、血が吹き出す! 物言わぬ肉塊となった下男は、その場に血溜まりを作りながら倒れ伏した。

「汚い! くそっ! 英雄の召し物が台無しだ! イマド、金は払うから、新しいのを用意させろ! 英雄に似合うやつだ!」

 イマドは狐のように細い目をぎらりと輝かせると、深々と頭を下げ、そそくさと退出した。彼はマハートマー・アリナンド直属のよろず商人であり、

文字通りなんでも用意してくる。彼の言うものなら、なんでもだ。

「旦那様、お疲れ様です」

 邸宅の外では、彼の秘書が立っていた。彼はマハートマーが相当の上客であることを知っており、主人が出てくるのを今か今かとずっと待ち構えていた。

「ジュレミア殿はまだ戻られんか」

「まだのようです、旦那様。例のあれに手間取っておられるのかも」

 イマドは自身の長い顔の頬をさすると、まずは召し物を用意せねば、と思い立った。あのマハートマーはお手本のようなダメ人間だ。父親の七光を盾に、乱暴狼藉放蕩三昧。だが、アリナンド卿の息子たちは芸術や勉学、科学に魔術、商業と、様々なジャンルで一流と呼ばれる人材に育っており、貴族官位を継ぐものといえば、残念なことにあの男しかいない。

「ま、仕方ない。ドラゴン便はカネがかかるし、足がつく。ともかく、あの馬鹿者に似合う服を選んでこい。ヤツは金のなる木だ。将来にわたってな……今から餌付けをしていて損はないわ」

「それと旦那様、これはイヴァンの情報筋からなのですが……帝国憲兵団からの視察が近々行われるそうなのですが」

 秘書の耳打ちに、イマドはふんと鼻を鳴らした。

「なに? 憲兵団だろう? どうせぼんくら役人だろうが……今は重要な時だ。あの馬鹿を見られても困る。骨抜きにしてこい」




 レナウス達は、早朝アリナンドへ向けて出発していた。朝の柔らかなもやがレナウス一行を包み、旅の不安感を煽る。だが、レナウスは精一杯それを見せないようにしていた。自分はプロであり、彼ら顧客を守らなくてはならない立場だからだ。

「レナウス殿、頼むぞ」

 黒マントの男女がレナウスの後ろにぴたりとくっついている。女は相変わらず無口で、男は必要最低限のことしか喋らず、なおかつ名乗りもしなかった。ただ、男の掲示した報酬は、彼に恐怖を一時的に全て忘れさせるだけの威力を持っていた。一時的にだ。今は既に、報酬に対してすら臆している始末だ。情けなかった。

「俺はプロフェッショナルですよ。任せて下さいよ」

 震える声は、朝の寒さのせいだと信じたかった。レナウスの第一歩目は重い。それは久々に身につけた旅道具のせいだったのか、はたまた別の理由だったのかは、彼には判断できなかった。

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