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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
無頼不要
25/124

無頼不要(Aパート)

 

 イヴァン郊外、城壁の外ともなれば、イヴァン内部とは比べ物にならないほど危険度が増す。何が危険か? 理由はいろいろだ。魔国時代の生物兵器『魔獣』がうろついていたり、旅人を襲う山賊や冒険者崩れ。いずれにしろ、ドラゴンによる空路以外の地上の道を使う人々は、何かしらに襲われるリスクを背負うのが常識だ。帝国騎士団が要人警護の任務をする場合もあるが、一般人はその対象に当てはまらない。

 そこで登場してくるのが、傭兵ギルドの傭兵たちである。彼らは金さえ支払えば、依頼人の素性や目的を問わない。旅のお供とくれば、彼らの出番というわけだ。ドラゴン便は何せ、片道で金貨十枚というとんでもない値段だ。そんな金があれば、傭兵が半ダースは雇える。

 男──レナウスはそんな傭兵たちの一人だった。故郷の村の駐屯兵団が経費節減で解散となり職を失った彼は、こうしてイヴァンで一旗上げるべく傭兵稼業を始めたのだ。だが、イヴァンは職にあぶれた冒険者崩れの傭兵たちで既にいっぱいになっていた。腕も、田舎の駐屯兵止まりのレナウスでは、肉体労働を頼まれるのがせいぜいだった。日銭を稼いで、酒を一杯やる。やすい酒でくだを巻いて、また日銭を稼ぎに行く。夢を抱いてイヴァンにやってきた昔の自分からは考えられないくらい、虚しい日々だ。

「あんたら、いいのかい。俺は高いぜ」

 傭兵ギルドは名ばかりの組織だ。傭兵達は酒場に詰め、少ない報酬でおのおの時間を過ごしながら依頼を待つ。その中で、レナウスは自分を訪ねてきた男女を見てそう切り出した。精一杯のセールストークだ。

「言い値を出すよ。緊急事態なんだ」

 黒マントの旅姿の男は、後ろにぴったり寄り添う女を見ながらそう答えた。

「訳ありか」

「そうだ。西のアリナンドまで陸路を行かねばならん。傭兵も必要最低限でないといけない。重ねて言うようだが、報酬は弾む。まずは前金だ」

 黒マントの男は懐から金貨を五枚ばらまいた。破格の値段だ。これだけあれば、当分は遊んで暮らせるだろう。レナウスにとっては、とうとう巡ってきた大チャンスだった。とにかく金を稼ぎ、この不安定で虚しい日々を終えるのだ。

「準備が必要だな……十二時間後、イヴァン西門で集合だ」

 レナウスは立ち上がり、金を回収した。手先が震えるのを酒をあおってごまかす。準備、そう準備だ。精神的な意味でも肉体的な意味でも、しっかりと準備を済ませなければ。




 イヴァン東側、飲み屋街。風俗街と同じで、こちらも真夜中であるにも関わらず昼のように明るい。

「結構イケる口だなァ」

「まあな。酒は好きだ。こんな生活だと中々飲めんがね」

 イヴァンの東側は、元魔国側の文化が濃い。格差社会だった魔国は、貧しくもたくましく生きる労働者達のために、美味い・早い・安いの三拍子そろった飲み屋が流行った。立ち飲みバールは、その最たるものだ。イオとソニアにとっては、ここを利用するのもちょっとした贅沢である。

「嬢ちゃんも連れてくりゃ良かったのによォ。ミサでちょっと寄付が多かったから、俺ァ少し財布が暖かいんだぜ」

「それで後々泣きつかれても困る。飲む時は割り勘で後腐れなくだ。どっこいどっこいだよ、財布の中身に関してはな」

 イオは終始上機嫌だ。ワインボトルに、つまみにサイコロステーキまで注文している。そもそも、断罪人同士でこうして飲む事自体異例なことだ。ソニアはワイングラスを揺らしながら考える。これは代わりに、何か厄介事を持ち込まれるのではないか。

「おいおい、顔色が良くねェぞ。飲み過ぎたのか?」

「先に言っとくがな。俺は借金の保証人とか、そういうのはお断りだぞ」

「みくびんなよォ。別に俺は下心ありありで飲みになんか誘ったりしねェよ。いやな、こんな稼業じゃなかなか腹ァ割って話すようなヤツはいなくてよォ。旦那はホラ、下戸だし」

 ドモンは早々に家に帰り、妹にこづかれているのだろう。ソニアには、好きでも無い女といて何が楽しいのかわからなかった。

「あんたは変な男だな。なんであんな稼業をやってる」

「……考えたこともねェな。悪党がいて、相手にすりゃ金がもらえる。それだけしか考えてねェ。やってねェと、食っていくのが大変だからな」

 イオは事も無げに言った。

「あんたはどうなんだ。嬢ちゃんも慣れてるが、あんたも普通じゃねェ」

 ソニアはワイングラスを揺らした。タバコの煙が立ち込めていた。イオは何かを察し、それ以上の追求はしなかった。こんな稼業だ。脛に傷の一つや二つ、無い方がおかしい。

「俺は英霊なんだ」

「英霊? おいおい、皇帝とおんなじアレか」

 英霊のことは帝国の人間ならだれでも知っている。ただし、亜人が散り散りになってしまったことから、今後同じような人間が現れることはないだろう、と言われていた。

「俺はこことは違う世界でも、おんなじようなことをしてた。そして、死んでこの世界に来た。同じだよ、俺達は。いつまでたっても、例え死んでもこの稼業は続けなくちゃならないんだ」

 ソニアはワインをあおる。ソニアはそれ以上何も喋らなかった。イオも同様だった。話したい事があるわけでもないし、必要もなかった。静かに酒を飲むだけの時間が、男には必要なのだ。

「ああ、畜生! どうもシケていけねェ! 女だ! 女っ気がねェからだ!」

「いきなりなんだよ」

「どうせこの世は生きてても地獄だぜ。派手に楽しく行こうじゃねェか!」

 イオの頬は少し赤みがかっていた。酒が回っているのだろう。ソニアはおもむろに立ち上がった彼の背中を軽く叩くと、銀貨を二枚置いて店を出ることにした。

「見ろよ、ソニアよォ。あそこにいい女がいる!」

 彼がゆらゆらと揺れながら指さした先には、確かにいい女がいた。目が大きく唇がふっくらとしていて、おっとりと物静かな佇まい。商売女ではああはいくまい。

「おーい、嬢ちゃん! 俺達と一緒に楽しい夜を……」

「ダメだぜ、アレは。良く見ろよ神父。おてつきだ」

 暗がりでよく見えなかったが、女の腰には手が回っていた。ごつごつとした無骨な腕だ。影から出てきた男は強く女を抱き寄せると、これまた不器用で強引なキスを決めた。

「んだよ、羨ましいなァ。おう、ちょっとちょっかい出してやろうぜェ」

「見てくれの割にケツの穴が小さいやつだなお前」

 女はそれを拒もうとはしなかったが、複雑な表情を浮かべていた。男はそれに気づいていないのか、イオより顔を真赤にして言葉を絞り出した。

「頼む、サテリア! 俺と結婚して欲しいんだ!」

「レナウス、本気なの?」

「本気だ。俺はいままでその日暮らしのクズだった。だけど、でっかい仕事を貰ったんだ! 金貨十枚、いや二十枚だって貰える。それ以上かもしれない。これ、見てくれ!」

 男がポケットから無骨な拳を突き出すと開いた。月灯りが黄金を孕み反射する。誰よりもそれに飢えている覗き見二人組は、おお、と感嘆の声を漏らした。

「金貨じゃない、これ……」

「持っていてくれ」

「困るわ、そんなの!」

「いいから!」

 レナウスは金貨をサテリアのか細い手に強引にねじ込むと、彼はようやくサテリアを離した。用事は全て終わったようだった。

「サテリア、二週間で帰ってくる。その時でいい。その時、返事を聞かせて欲しい」

 サテリアはもう一度彼の名前を呼んだが、レナウスは振り返らなかった。

虚しく響く自分の声を聞いてから、サテリアは諦めたように金貨を握りしめた手を下ろした。


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