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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
値下不要
24/124

値下不要(最終パート)





 ソニアは自分への警戒が薄れていることに勘付いた。常に見られているような、嫌な感覚がなくなっていた。だが、軽はずみに教会に行くことははばかられた。何から足がつくかわからない。ドモンへの連絡は既についているはずだ。

「最近、旦那さん来ないですね。神父さんも」

 フィリュネがアクセサリーのパーツとデザイン用のスケッチブックを交互に睨みつけながら、ぽつりとつぶやいた。

「せいぜい働いてもらおうぜ。……あの旦那なら、安全かどうかの見極めはつけられるはずだろ」

 ヘイヴンはいつも通り賑わっている。人混みの中で、フィリュネは見知った顔を見つけた。ドモンだ。遠目から見ても、いつものやる気のなさそうな態度とは違い、苛ついているのがわかった。

「あ、だ、旦那さん。お久しぶりですね……」

「お久しぶり、じゃありませんよ」

 ドモンはフィリュネの足元に、何かを放り投げた。見覚えのある鉄製の腕輪。確か、セリカがプレゼント用に買っていったものだ。だが売った時と違い、縦に真っ二つに割れてしまっている。

「せっかく妹がもらったものなんですがね。すぐに壊れてしまったんですよ。なに、このままだと何を言われるかわかりませんからね。直してもらえないですか」

「じゃ、修理費で銅貨3枚もらうぜ」

「なんですって?」

「こっちは商売だぜ、旦那。それともなにか? 憲兵はヘイヴンじゃ金が無くても生きていけるってのか」

 ソニアが立ち上がり、ドモンに詰め寄る。ドモンはふう、と息を吐くと、銅貨三枚を紙に包み、渡した。

「そうは言ってませんよ。しっかり紙の中を確認して下さいよ。三枚あるかどうかね」

 ドモンは横柄にそう言うと、去っていった。おかしな物言いだった。いつもの彼と違う。フィリュネも同じことを感じたらしく、受け取った紙をほどく。銅貨が三枚と、紙にメッセージ。

「『今夜、教会で』だそうです」





「よォ、お二人さん。久しぶりだなァ」

 イオが聖堂のベンチにあぐらをかいて座っていた。ドモンは、聖堂のステンドグラスから降り注ぐ月の光を見上げていた。

「……旦那さん、どうしちゃったんですか」

 フィリュネが心配そうにドモンの顔を見る。目は合わせられなかった。冷たい怒りが彼の中で渦巻いていた。

「何でも、コケにされたのが気に入らんらしいぜェ」

 ソニアは火打ち石で火種を手早く作ると、紙巻たばこに火をつけた。紫煙が舞い、月の光と溶け合っていく。ドモンはそれを合図にしたように振り返ると、無造作に聖書台に金貨をばらまいた。

「お、おいおい旦那! こんな大金、いってェどうしたんだ!」

「賄賂にしちゃ多いな」

「当たりですよ。これは……暗殺請負業者、リオトロープ社の社長からもらってきたもんです。ざっと二十枚」

 三人は手当たり次第に金貨を取り、噛んでみたり拭いてみたりとおのおので確認しあった。どれも本物だ。久しぶりの金の感触に、ドモン以外の三人は沸き立った。

「これだけありゃ、ちょっと贅沢ができるな」

「私、たまには新しい服が欲しいです」

「色街でオネェちゃんと遊べるぜェ」

 ドモンだけが、奇妙に冷静なままだった。イオはたまらず、何があったのかを尋ねた。ドモンは、ロシュの悪事とその末路を、三人に言って聞かせた。

「別に、僕と特別仲が良いわけでもなかったんです。お互い、どうでもいいやつだと思っていたことでしょう。彼は確かに悪人でした。ですが、もっと酷い悪党の餌食になった。関係の無い、妻や子まで巻き込まれた」

「そんで、この金はどうする気だ」

 ドモンはよどみなく、迷いなく答えた。何を言うかなど、もう決まっている。

「奴らはクズで悪党です。一方僕らは断罪人。恨みを残した人の魂に救いを与えるために、金を貰って人でなしを断罪する、悪党を超える悪党なんですよ。奴らは、調子に乗りすぎた」 

 ソニアは、真っ先に五枚の金貨を取った。フィリュネとイオもそれにならった。

「標的はリオトロープ人材派遣会社社長、リオトロープ、配下の暗殺者のテスタ、ハネロネ、テッドの三人。どいつも殺しは手慣れてます」

 イオがにやりと口角を上げる。

「なら、一手間工夫が必要だなァ」






 ハネロネとテッドは、仕事帰りに酒場へ寄り、大いに飲んだ。二人共酒に関してはめっぽう強く、足元がフラつきながらも、二軒目の店へと足を運ぶ。その途上、二人はランプを地面に下ろし、屈んでいる人物を見つけた。ランプは消えてしまっており、その人物の顔まではわからない。

「すいません、そこのお二方」

「ンだよ、テメェ! こっちは気持よく飲んでんだよお! 話しかけんな、ボケ!」

 ハネロネが酒で気を大きくし、男に怒鳴り散らした。雲に半分隠れている月明かりが男の下げていたロザリオを反射させ、黄金色を孕む。

「まあまあ、ハネロネさん。ちょうどいいや、俺火種作る道具持ってますから、付けてあげますよ」

 人懐こそうな笑みを浮かべ、大きな身体を屈めながらテッドは持っていたバッグを漁り始めた。

「おお、感謝します。あなたに神の祝福あらんことを」

 雲が晴れ、三日月が男の──イオの冷たい表情を浮かび上がらせた。イオがロザリオの横棒を捻り引っ張ると、そこから長い針が姿を現し、縫い針を針山に戻すような気軽さでテッドの足に突き刺した。直後、テッドの身体は全身を拘束されたように硬直する。しびれ針である!

「テッド! オメエ二軒目も行くんだろうが! 早くしろや!」

 ハネロネが建物の壁によりかかりながら叫ぶ。テッドは口も満足に回っていないようだ。イオは立ち上がりながら、ロザリオの上の部分を捻った。一回転、二回転。

「テッド?」

「ところで、お嬢さん。あなたはとても言葉遣いが汚い。聞くに絶えませんよ」

「ンだと……」

 ハネロネは、反射的に目の前のイオを危険だと感じたらしく、右手を顔まで挙げ、小指から順番に折り込んでいった。

「テメエ……まさか……」

 イオはハネロネの向かい側の建物に身体を密着させ、彼女と向かい合った。間違いなく体術の使い手だ。イオは、直接的な暴力沙汰には向いていない。掴まれれば終わりだ。

 ハネロネが飛ぶ。イオがしびれ針を構える。ハネロネの貫手が空を裂き、貫手はイオの身体をかすり、カソックコートごと建物の壁を貫通する。その刹那、壁に縫い付けられたイオは構えたしびれ針をハネロネの喉へ一気に押しこむ!

「よしなよ、お嬢さん。あんたの指は……やばくていけねェ」

 ハネロネは手を建物に貫通させたまま痙攣! そのまま事切れ、動かなくなった。

「うおっ! おおお! ハネ、ロネ!」

 テッドがぎこちなく立ち上がる。しびれ薬が彼には足りなかったらしい。怒りを燃やした瞳でこちらを睨みつけている。これ以上時間をかければ、殺されるのはイオだ。イオは素早くテッドの身体を回りこむと、膝裏を蹴りテッドを地面へ這いつくばらせた。

 三回転目。

 イオはテッドの首裏へロザリオの先を押し付けると、ゼンマイが回転し針が一気に押し込まれる。テッドは再び痙攣を始めそのまま絶命!

「うるせェんだよ。男は黙って死ね」

 裏路地に転がる死体は、二つになった。イオはコートの埃を払うと、火の消えたままのランプを拾い上げ、そのまま素早く立ち去った。




 リオトロープ社のドアを叩く者があった。既に深夜である。会社には、社長のリオトロープとその側近であるテスタの二人しかいない。無視しても良かったが、こんな仕事だ。来客かもしれない。テスタは玄関の扉をわずかに開き、その人物を確認する。

「だれ」

「や、こんな夜更けに申し訳ありません。今朝お会いしたドモンです。実は、社長さんにどうしてもお伝えしたいことがありまして」

 眠そうな目。憲兵団の印である、袖の長いジャケットに長剣。確かに昼間やってきた男だ。

「……ボスに聞く。ここで、待って」

 テスタは社長室へ向かい、ドモンがやってきたことを簡潔に伝えた。リオトロープは書き物をしながらワインを楽しんでいた。

「なに、ドモンが? 入ってもらえ」

 テスタが扉を開けると、ドモンは一人の男を連れていた。その手には黒いコートが被せられている。どうやら手首を縛られているようだった。そのまま社長室へと案内され、ドモンはリオトロープとの再会を果たした。

「こんな夜更けにどうした、ドモン。そいつは?」

「ソニアという男です。社長のことを探っていたようなので、連れてきました。敵は少ないに越したことはないでしょう?」

「なるほどな。助かるよ。オレは敵が多いことに我慢ができないタチなんだ。テスタ、処分は任せる」

 テスタは長剣を左手に下げ、男の襟首を持ち、強引に引きずり、社長室を後にした。男は不思議と抵抗しなかった。薄汚れたシャツ。黒いコートが床と擦れ、手からずれ始める。

「もっと優しくしてくれないか。擦れて痛いんだ」

 黒いコートがずり落ち、とうとう床に置き去りにされる。縛られた手には、黒い拳銃が握られていた。テスタは気づかない。

「喋るな。うるさいから。殺す」

 テスタは玄関ホールまで来ると、ソニアを投げ出した。ここなら、社長室は遠い。振り向きながら長剣を抜く。彼女が見たのは、縛られたまま引き金を絞るソニアの姿。

 銃声。

 テスタの胸に赤黒い穴が開き、そのまま後ろへばたりと倒れた。




 リオトロープはワインを一杯あおると、ドモンに飲むよう薦めた。ドモンはそれに応じ、口をつけた。

「兄弟盃だな。ところで、オマエが一日に二度も来るのは偶然ではないだろう」

「や、分かりますか。実は、社長さんに折り入ってお願いがありましてね」

 リオトロープは馬鹿ではなかった。先ほど聞こえた小さな銃声と、この男が用があると来たのは偶然ではあるまい。彼は、腰に帯びた拳銃を抜くべきだと判断した。

 ドモンは長剣を机に立てかけている。殺すべき時が来れば、いつでも殺せる。自分のほうが早い。リオトロープは、自分に対しての悪意が避けられる『偶然』を信じなかった。敵の可能性があるなら、その可能性を潰せば悪意は無くなる。ドモンもたった今『自分に対する悪』に認定されたのだ。

「人を一人……殺してもらいたいと思いましてね」

 ドモンは金貨を一枚デスクに置いた。顔は伏せたままだった。もっとも、暗殺の請負を依頼するなど、後ろ暗い事情があるに決まっている。リオトロープもこうした依頼者のみじめな姿をよく見たものだった。

「早速依頼か。で、相手は?」

「色々考えたんですよ。ムカつく上司とか、敬意のない妹とか。……でも、今一番殺さなくちゃならないのは……」

 ドモンは伏せていた目を上げた。リオトロープの目に、彼の射殺すような冷たい視線が飛び込む。

「あんただよ、社長さん」

 ドモンはデスクの上のワイングラスをとり、リオトロープの顔にぶちまける。面喰らい、足元に銃弾を撃ち込むリオトロープ。ドモンは剣を取り抜剣すると、刃を胸に突き刺した。ワインと流れ出る血が交じり合う。リオトロープは激痛から刃を食いしばり唸る! 直後ドモンは剣を抜き、リオトロープのコートで拭ってから剣を納めた。まさに一瞬の出来事だった。

「ああ、そうか。死んじまったら、依頼料はいらないな」

 デスクの上に光っていた金貨を袖のポケットにしまうと、静かに会社を後にした。リオトロープだった死体は、ゆっくりとデスクへ倒れこみ、そのまま動かなくなった。





 ソニアが新しい鉄くず屋に原材料を買い付けた帰り、野垂れ死んだ男を検分している憲兵官吏の一団に出会った。男は全身血まみれで、青い髪が血でまだらになっているほどだった。

 ソニアには、彼に見覚えがあった。牢屋の中で、短い時間共に過ごした男。寝言で、もう人を殺したくないと言った男。かつての自分と同じように、裏切られ、みじめに死んだ男。

 ソニアは静かに過去を重ねた。同時に、それは無駄なことだと悟った。次の一歩目の足取りは、とても重かった。




 値下不要 終

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