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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
値下不要
21/124

値下不要(Aパート)


 その日のイヴァンは暗かった。新月の夜ともなれば、ランプなしでは前も見えない程だ。闇の住人たちにとっては、絶好の時間帯でもある。普段であれば、ドモン達断罪人が人でなし共を葬っている所だったが、今日は違った。

「や、やめてくれ! 頼む、頼む……。金はやる! だから……」

 暗がりの中で、でっぷりと太った男が恐怖に震えながら土下座していた。

「あなたねえ、あんまりガタガタ抜かすのやめて欲しいんだけど」

 スラリとスーツを着こなした女が、先ほど殴り殺した男に腰掛けながら、

男を蹴った。男は小さく恐怖の声を漏らす。

「私何度もおんなじ事を説明するのヤなのよ。一回で理解してよね……いい? あなたはイヴァンに住む人たちにとんでもない暴利で金を貸し、返せない人間に対して酷い取り立てをしてきた。積もり積もった恨みがあなたに返ってきたの」

 ふう、と気だるげな息を吐きながら、女──ハネロネは自身の下唇を弾いた。 

「ハネロネ」

 奥の部屋からぬっと姿を現したのは、筋肉隆々大男のテッドである。彼は古代の戦士の如く上半身裸体であり、そこにおびただしい血液を散らしていた。彼もハネロネと同じく、男を始末しに来た暗殺者なのだ。

「他の連中は始末した。スマルトとテスタは表に回ってる。後はそいつだけだ」

 男はがくがくと震えだした。彼らは本気なのだ。目の前で殺された部下達のように、自分も殺される。彼らは金に左右されず、買収には応じない。男はそんな特徴の羅列から、闇の世界に存在するという一つの組織を思い出す。

「まさか貴様ら……断罪人か!」

「断罪人?」

 ハネロネは小馬鹿にしたように笑った。同時に、彼女にとってそれは禁句であったのか、彼女の機嫌は恐ろしく悪くなったようだった。

「ワンダラーさん、あんまりイライラさせねえでもらいたいわね……断罪人? あんなどこの馬の骨とも知らない人殺し集団と一緒にしないで」

 ハネロネはゆっくりと右手を上げる。しなやかな小指から順番に折込み、拳を作る。骨がこすれる音が鳴る。それを二度ほど繰り返した後、貫手の形を作った。

「じゃ、さようなら」

 ハネロネが男の髪の毛を掴み立たせると、貫手を振りかぶり、哀れな男の胸に突き刺した。彼女の貫手は肋骨を砕き、心臓に到達! そのままなんと心臓を掴み、強引に動きを止めてしまったのである!

「終わったな」

「ええ。胸糞悪いわ。行きましょう」

 男はどさりと崩れ落ち、死んだ。事務所におびただしい死体を残して。




 帝国憲兵団拘置所は、薄暗く騒がしい。軽犯罪から重犯罪まで、罪を犯したもの達は帝国刑判事所に送られるまでの間ここで過ごす。憲兵団の管轄はここまでであり、罪が刑判事所で確定次第、帝国の北の果てにある刑務所へと送られる。事実上、憲兵団の融通が利くのは、この憲兵団拘置所までなのだ。

「や、どうも。精が出ますね」

 ドモンが看守にあいさつし、銀貨を一枚握らせる。看守の男はにやりと笑みを浮かべ、鍵束の準備を始めた。

「や、困りましたよ。適当な捜査で逮捕なんかしちゃうもんですから」

「ドモンの旦那も大変ですね」

 牢屋の中にいたのは、ソニアだった。なぜ彼が捕まっているのか、少し説明が必要だろう。現在ソニアはヘイヴンに住む、『一応』善良なアクセサリー職人だ。だが、彼には戸籍が無かった。およそ出自がわからない人間だったのだ。一年に数回ある『皇帝殺しの捜査』の名目で、ソニアを含む怪しい数十人がしょっぴかれ絞られ開放された。だがソニアは込み入った事情からここに留め置かれることになってしまったのだ。

「ドモンの旦那、こいつ旦那の知り合いなんで?」

「君も分かるでしょう。僕も色々と『お願い』をされる立場ですからねえ。どこの誰だかよく分からなくても、世のため人のために働くのが憲兵の勤めってもんです。ああ、ご苦労さんです。後は僕がやりますから」

 看守の男が元いた場所へと戻っていくのを確認すると、ドモンはソニアにニヤニヤ笑みを浮かべながら話しかけた。

「や、あんたも災難でしたねえ。フィリュネさんがどうしても、と言うもんですから助けに来ましたよ」

「……助かるよ。とにかく、ここから出してくれないか」

「はいはい……や、ちょっと待って下さい。あんた同居人がいるんですか」

 ドモンが後ろを見やると、暗がりにもう一人の男の姿があった。青い髪をした、燕尾服を着た青年だ。

「……変なこと言ってねえだろうな」

 ドモンがドスの利いた声で牽制するも、ソニアには全く通用しなかった。

「言ってねえよ」

「いつから一緒なんです」

「俺がぶち込まれた後だ。昨日の夜中だったと思う」

 ソニアが仲間を売るとは思えない。彼は断罪人より前にも、こうした仕事を生業にしていたからだ。その点においてはイオよりも信用できる。

「……や、変なこと聞いてすいませんね。とにかく出してあげますから。あの子を早く安心させて下さい」

「恩に着るぜ、旦那」

 重い扉を開けると、ソニアはのろのろと牢を出た。青年は微動だにしない。どうやら寝ているようだった。ドモン達が留置所の廊下へ出た時、前から男が二人歩いてきていた。一人は、憲兵団憲兵官吏のロシュ。もう一人は、右目を白い眼帯で覆い、同じく白いコートを羽織った男だった。どう見ても堅気ではない。その証拠に、右目を覆う眼帯からは痛々しい火傷跡が覗いている。

 かかわり合いになりたくない。正直な感想を脳内で述べ合った二人は、横へ避け、軽く会釈をした。ロシュも白コートの男も、それには答えなかった。その代わり、ロシュはドモンの持っている鍵束を見咎めた。

「ドモン、鍵束をよこせ」

「や、ロシュさん。お勤めご苦労さまです。どうぞ」

 ロシュは横柄な態度のまま鍵束をもぎ取ると、言葉を続けた。

「なんだそいつは。まさか牢から勝手に出したのではないだろうな」

「滅相もございません。こいつはほら、見た目が悪そうですからいつも損をしてるもんでして……」

「ロシュ。時間の無駄だ。早くしてくれないか」

 白コートの男の口元には笑みが浮かんでいたが、目は笑っていなかった。ドモンは再度会釈すると、ソニアとともにその場を足早に立ち去った。

「スマルト、起きろ」

 白コートの男が声をかけると、スマルトと呼ばれた青髪の男が髪をがりがり掻きながら立ち上がった。彼の左眉には、鋭い爪で引っかかれたような傷が二本入っていた。目つきは悪く、隈も深い。

「……リオトロープさん。すいません」

「詫びはいい。ロシュ、早く出してやってくれ」

 白コートの男の名は、リオトロープ。イヴァン中心部に会社を構える『リオトロープ人材派遣会社』の社長である。文字通り、表側の事業は人材派遣を軸とした『よろず請負業』であるが、その実態は金次第で暗殺すら請負い、暗殺者を派遣する非合法請負会社なのだ。

「スマルト。こういうことが続くようだと困るな。オレはお前を迎えに来ることだけが仕事じゃないんだ」

「すいません」 

 スマルトは頭を下げつつ、この状況に恐怖した。別に大きなヘマをしたわけではないが、会社においては大きな評価ダウンに繋がったことだろう。この会社では、辞めるのが許されるのは死体になった時だけなのだ。辞めさせられることになれば『死体にされる』。未だ見習いのスマルトにとって、それは心底恐ろしい真実だった。

「リオトロープ君。こう何度もお願いされると困るんだがね。私にも立場がある。さっきのダメ官吏とはわけが違うんだ」

「『誠意』は見せたぞ、ロシュ。……また何かあったら頼む」

 ロシュの言葉を遮ると、リオトロープはスマルトを連れ、留置所を去っていった。




 

「旦那さん、ありがとうございました!」

 フィリュネは教会についたドモンを見るなり、深々と頭を下げた。良く見れば、涙すら流している。それだけソニアの事が心配だったのだ。

「や、礼はいいですよ。僕も手数料はきちんと頂きましたしね」

「……旦那、フィリュネから何を貰った?」

「ホントなら金貨一枚……ってとこですけどね。あんたから足がつくのも困りますし、看守に渡した銀貨一枚と、僕の分の二枚だけしか貰ってませんよ」

「嘘をつくなよォ。初めは一回でいいからヤらせてくれって言ったくせに。俺がいなけりゃ嬢ちゃん大変なことに……」

 イオがベンチに寝転がりながらとんでもないことを言い出したので、ドモンは力いっぱい彼の頭を殴った。

「そりゃ冗談ですよ! あんたこそ胸を揉ませるくらいで手打ちにしようって言ったじゃないですか!」

「初めに言ったのは旦那だぜェ。俺は悪くない」

「……とにかく、恩に着る。だが二人共、今度フィリュネにそんなことを言ったら、刺し違えても絶対殺すからな」

 ソニアはいつも口数の少ない男だったが、今日は普段より増して言葉に説得力があった。フィリュネがハンカチで涙と鼻水を拭う。イオが頭を擦りながら話を変えた。

「所でよォ。殺すといやあ、最近全く『断罪ジャッジ』できてねェよな」

 深刻な問題であった。そもそも、断罪人達が直接殺しの依頼を受ける事は無いと言っていい。イオが受ける懺悔と、それに対するイオからの問いかけによって出される通常より明らかに多い喜捨が、断罪人への頼み料だ。つまり断罪人達の行為は、ただの身勝手にしか過ぎないのである。しかし最近、裏の世界では暗殺請負業者が登場し、恨みを抱えて生きる人々はより有名なそちらへと依頼を持っていくようになってしまったのだ。

「最近、暗殺請負業者っていうのがいるらしいですね。しかも、結構お手軽に頼めるとか。昨日のワンダラー商会の殺しだって、やつらの仕業だってもう評判になってましたよ」

「聞きましたよ、その話。なんでも、やつらどんな相手でも一律で金貨一枚で請け負うそうじゃありませんか。とんだ偽善者ですよ」

 ドモンが苦々しげに毒づいた。だが、このままではドモンの小遣いは増えないし、イオの教会は苦しくなるばかり。ソニア達に至っては生活が立ち行かなくなる。

「旦那。俺の国の言葉に『彼を知り己を知れば百戦危うからず』ってのがある。商売敵の事をよく調べておいても、損は無いんじゃないのか」

 ドモンは顎を擦りながらうーんと唸った後、頷いた。

「そうしましょう。備えあればわりかし便利っていいますしね」

 

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