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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
淫奔不要
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淫奔不要(Aパート)


 神父たるイオにとって、信者の勧誘活動は重要な仕事の一つである。信者が増えれば、喜捨や寄付が増える。それは、イオの収入が増えるということも意味している。そのためには、いつもの教会で寝ぼけているわけにもいかない。

「心の平穏のためには、信じることが大切です。己や恋人、親子供。目標や身体。信じる対象には様々なものがあります。しかし、形あるものにはいつか終わりが訪れる……神は全てをご覧になり、見守られております。終焉と無縁の神を信じることを学んではみませんか」

 イオは、自分でも自負しているほど見てくれがいい。当然神父の顔をしている時にはお首にも出さないが、こうしてイヴァンの大通りの角で立っているだけでも大きな効果がある。

 事実、この一時間ほどで数人の女性が足を止めていった。だが、それだけだ。イヴァンでは、イオも所属する『教団』は規模が大きすぎ、彼のように一人で教会を回している神父やシスターは、結局大手の教会に信者を取られ、貧乏生活を強いられる。帝都であるイヴァンがこんな状態なのだから、信者の数が少なくなる郊外ともなれば、おして図るべし、だろう。

 だからこそ、俺は断罪人などという稼業をしているのだ。

 聖職者・イオの本音は、至極単純なものだった。

「どうです、イオさん。せいが出ますねえ」

 にやにやと笑みを浮かべながら、憲兵団のジャケットの袖が揺れる。ドモンだ。彼はイオを街で見る度に、こうしてちょっかいをかけるのが日課となっている。

「どうもこうもねェぜ、旦那。みんなシケてやがる。神のことなんざどうでもいいんだよ」

「そりゃ、世の中の大半はそうでしょう。神を信じてもお腹は膨れません。ましてや、そのために金を払うなんて、僕からしてみりゃ狂気の沙汰ですよ」

 ドモンは大あくびをすると、イオが宣伝用に持ってきた看板の隣に設置してあるベンチに腰掛ける。空は青く、暖かい。絶好の昼寝日和だが、さすがに勤務中にそこまで出来ない。ドモンにも、必要最低限の常識は残っている。イヴァンの大通り、通称アケガワ・ストリートには、今日もたくさんの人々が行き交っていた。

「……イオさん、あれ見て下さいよ」

 人通りの中から、一際大きな歓声が上がった。白馬に乗った騎士が二人、行政府に向かっていた。乗っているのは、眉目麗しい赤髪の女騎士。かつて王国騎士団として、現在は帝国騎士団として尊敬を一身に集める、一流の騎士の一人だ。そういえば、行政府警備の月番が彼女の所属する騎士団になっていたはずだ。

「おー、『紅蓮の戦乙女』じゃねェか」

「いやあ、美しいですねえ。それに、あの腰! 胸! 土下座したら一回くらいお願いできませんかね」

 いつになくオッサンのようなことを言い出すドモンだったが、彼がそのようなことを言い出すのも無理はなかった。何しろ、二人ともとんでもない武人ときている。『紅蓮の戦乙女』こと、姉のアリス・フェルディナンド。その後ろの白馬に跨るは、アリスの実の妹にして、『氷の妖精』の異名を取る、これまた美麗な青髪の女騎士、エレナ・フェルディナンド。彼女たちの実力は本物であり、たった二人での初陣で、盗賊団を壊滅させたほどだ。先の内戦でも亜人の残党狩りで多大な戦果を挙げたという。その上、亜人の女子供に手をかけず、捕虜に対して拷問を行わずに、助命を願い出た美談までついて回るほどであり、まさに国民的な英雄扱いをされているのである。

「俺もそう思うがねェ、旦那。ああいうのは、男に腫れた惚れたなんて話自体嫌うもんさ。それに、他の女の子にちょっかいかけたら、相手を輪切りにしそうな気の強い女はゴメンだねェ」

「わかってませんねえ、イオさん。ああいうのを、なんていうんですかね、籠絡するというか、貶めるというか……そういうのがいいんじゃないですか」

 いつになく力説するドモンだったが、イオは興味を無くし、宣伝機材を畳み始めた。女は好きだが、誰でも良いわけではない。イオの趣味には、かの騎士姉妹は合わなかったのだ。

「ま、きれいな花には何とやら、さ。俺はもっといい花を摘みに行くぜ」





 イヴァン郊外には、イヴァンをぐるりと取り囲む巨大な城壁がそびえ立っている。その側には、東西南北それぞれに帝国騎士団の各支部が設置されており、帝国騎士団に所属する騎士たちはそこで生活をしている。西側帝国騎士団の筆頭騎士としても数えられる、フェルディナンド姉妹の邸宅もそこにある。静かで穏やかな屋敷。外見の印象だけはそうだ。

 その日も、アリス・フェルディナンドはベッドの中で歯を食いしばるようなくぐもった唸り声をあげていた。唸り声はだんだんと大きくなり、叫び声へと変わっていく。その声を聞きつけた、妹のエレナが居室へ飛び込む。執事も後へ続く。

「お姉さま! 気を確かに!」

「嫌だ……嫌だ! 触るな! 下郎! 触るな!」

 ネグリジェ姿のまま髪を振り乱し暴れる姉を、妹は必死に押さえつけた。その目には涙が浮かぶ。どうしてこうなってしまったのか。姉は、体外上だけなら今まで通りである。ただこうして夜を迎えると、ときたまこうなってしまうのだ。解決法は、一つしかない。それも、根本的な解決にならぬ方法だ。

「止むを得ないわ。セクレト、一人連れてきなさい。大至急よ」

 年若い執事が深々と頭を下げ、急ぎ退室したのを見て、エレナはようやく安堵する。姉の目は焦点が合わず、口角に泡まで溜め始めているのを見て、エレナは再び涙を流した。どうしてこうなってしまったのか。誰が悪かったのか。錯乱した姉を見て、妹は常にそれを考える。答えはいつも出なかった。

「連れてまいりました」

「遅いわ、セクレト!」

 連れて来られたのは、みすぼらしい格好をした一人の男だった。普段は、屋敷で仕事がある時に召し上げ、下男の真似事のようなことをさせている。

「あ、あのう……来いと言うので付いてまいりましたが、一体あっしは何をすれば……?」

 エレナは姉を押さえつけるのを止め、ベッドから立ち上がる。無言で男の背中を押す。

「抱きなさい」

「……抱く? アリス様を?」

「ただし、この事は一切他言無用よ」

 それだけ言い捨てると、自らは執事のセクレトと共に退室した。後には、ベッドの上で蠢くアリスと、男が残された。みすぼらしい下男とは言え、女を抱きたい気持ちはあった。ましてや、相手は国中から賞賛される女騎士である。奮起しないはずもない。

「ヘヘ、へへ……そういうことであれば……遠慮なく……」

 男はベッドに近づき、アリスを組み敷いた。まるで天国のような時間が過ぎ、男はアリスで思う存分楽しんだ。奇妙だったのは、アリスから見れば到底釣り合わない存在である男に対し、アリスのほうが積極的だったことである。だが、抱いている男にとってはそんなことはどうでもよかったし、そんなことを気にする余裕は残っていなかった。

 いよいよおかしいと感じたのは、満足した男が服を取り、いそいそと着替え始めた時であった。

「アリス様……相当好きものなんですねえ。あっしで良ければ、いくらでも呼んでくだせえ。アリス様のためなら、いつでもどこでも相手になりまさあ」

「フフ……そうか」

 アリスはすっかり落ち着きを取り戻していた。上気した顔には桜色が差しており、男を惑わす色香がまだ漂っているようにも見えた。

「しかし、貴様に二度目はない」

「は? それはどういう……?」

 アリスの手にあったのは、代々フェルディナンド家に伝わる秘剣だった。白刃が月灯りによってきらめいた。男が見たのは、自らの身体から吹き出たねっとりとした赤。血液が飛び出し、アリスの白い肌に跳ぶ。

「死ね、下郎! 貴様のような……負けるか! 絶対に負けない! 死ね!」

 アリスは、何度も何度も男に白刃を叩きつけた。その音と、アリスの嬌笑だけが部屋を満たしていた。

 夜は終わった。男の人生も終わった。こうして、アリスは一人の女から、国中から尊敬を得る女騎士『紅蓮の戦乙女』に戻ることができるのであった。

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