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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
惜別不要(最終話)
123/124

惜別不要(Cパート)







「見てみろよ、あれ」

「神父様だ……」

 人通りもまばらになったヘイヴンの通りを、サイとその部下一行が歩く。数人で取り囲み、一人の男を縄でがんじがらめに拘束して、行政府へと進む。サイが班長を務める特別捜査班は、凶悪犯の捕縛を果たした際に、行政府に備えてある特別牢の使用が許されている。そして、併設されている拷問室も。

 悪党が捕まれば、生きては出られぬ特別牢、などという噂は、そんな『悪党』の一人であるイオも、耳にしたことがあった。しかし、彼はみじろぎもしない。

 まだ、勝負はわからない。

 端正に整った顔の下で、イオは余裕の表情を決め込む。断罪人などという稼業は、正体がバレた時点で命は無くなる。もしそうなれば、死ぬか、逃げるかが相場だ。三年前にイオが選んだのは、後者であった。所詮は仕事、それで命を落として何になると言うのか。

 今回も、断罪を見られたわけでも無い。自分の断罪はいつも完璧だ。これまでも、これからもそうだ。だから、このようなところで終わるものか。彼はそういう意味では、どこまでも身勝手な男であった。

「やあ、みなさん。私は何もしておりませんので、ご安心を」

 不遜にも役者のようにアピールするイオを、小者の一人が小突いた。

「貴様! 喋るんじゃない!」

 動揺の波の中でも、イオはいつもどおりであった。ドモンが適当に手を回してくれれば、まあ、一発二発は殴られても文句は言えまいが──ともかく出ることはできるだろう。問題はその後だ。曲りなりとも、皇帝とか名乗る男と皇后を殺したのだ。潮時かもしれない。聖書で見たような光景を目の当たりにしながら、イオと彼を取り囲む男たちは、行政府へと足を進めていった。





 聖者の一行でも見たかのように、ヘイヴンの通りはにわかにざわついた。捕縛された罪人を真っ先に目にし、それについていち早く感想を述べるのは、イヴァンに住むものにとって一種の嗜みである。そんなざわつきの中に、青ざめた顔をした二人がいた。買い出しのために外に出ていた、ソニアとフィリュネの二人である。フィリュネはソニアを見上げ何かつぶやこうとしたが、ソニアは何も答えないまま、彼女の手を引いた。強引とも言ってよいその行動に、彼女は何も言いだせない。聖人通りの部屋まで戻り、ソニアはベッドに腰掛け、おもむろにたばこに火を点けてから、ようやく口を開いた。

「まずいな」

「……ソニアさん、旦那さんにお願いして」

 ソニアはフィリュネのもっともらしい提案を、手をかざすことで拒否した。顎をさすり、無言のうちに彼は考える。自分たちが出来る最善手を。

「はっきり言う。旦那にやらせるのはまずい。火に油を注ぐようなもんだ」

「どうしてですか!? 神父さん、このままじゃ拷問にかけられちゃうかもしれませんよ!」

「奴はプロだ。そりゃ命は惜しいだろうが、命惜しさに仲間まで売るような男じゃない。問題は、旦那の同僚……しかもあのサイの旦那が相手だってことだ。相当のキレ者って噂は聞いてる。このタイミングで、旦那が神父を連れだしてみろ。旦那が、神父のお仲間ですってバラすようなもんだぞ」

「じゃあ、神父さんを見捨てるっていうんですか。仲間なんでしょう、私達!」

「そうは言ってねえ。旦那が頼れねえってだけだ。……俺達でやる。それに、こういう時にとっておいた『切り札』があるからな」

 ソニアは、自分のベッドの下を覗きこむようにしゃがみこむと、手を差し入れ、あるものを引き出した。埃が被った、ボロ布に巻かれた長い棒のようなもの。埃が舞うのも構わずに、ソニアは布を引き裂くように取っていく。西陽に照らされ黄金色をはらみはじめる中身。フィリュネは、それが何かを覚えている。

 かつて、この国には勇者がいた。勇者には大勢の一騎当千の仲間がいた。その中のひとり、勇者の活動を最初から末期まで見守った『黄金騎士』。皇帝となった勇者の側近たちに疎まれ、北の果てへと追いやられた帝国貴族。名も無き殺し屋に自分の名を与え、その彼がこの世界で唯一愛した女。皇帝に愛されなかったことにただ嫉妬し、革命を目論見、そして命を落とした、ソニア卿。彼女が携えていたのが、皇帝から新たに授けられたこの黄金の剣であった。即ち、帝国貴族の一員であることを証明する効力を持つ。

「こいつを使う」

「でも、どうやって」

 ソニアは剣を布で荒々しく巻き直すと、立ち上がった。急がねばならない。口では問題ないとは言ったが、イオとてプロの殺し屋である前に人間である。耐え切れずにはずみで何かバラしてしまうことも十分考えられる。今動かねば、いずれにしろイオは死ぬ。

 手を下すのが憲兵団になるか……それとも自分達の誰かになるかだ。

「急ぐぞ、フィリュネ。俺達でやるんだ。手遅れになる前に」

 ソニアは半ば自分に言い聞かせるように言った。今ならば、まだ手は打てる。二人は部屋を飛び出してゆく。西陽の差し込む部屋には、ただわずかに埃のみが舞っていた。






 行政府内、凶悪犯用特別拷問室。

 イオの絶叫が、石造りの拷問室に響く。白襦袢に着替えさせられ、縛り上げられた挙句、足の届かぬぎりぎりの位置で釣り上げられたイオは、乗馬用の鞭でひたすらひっぱたかれていた。襦袢ごと肉が切り裂かれても、イオは叫ぶばかりで何も喋らない。

「さあ、吐く気になったか」

 樽の上に座り、まっすぐにイオを見つめながら、サイは何度目かになる質問をした。効果はない。イオは不遜にも、笑いかけさえしてみせた。

「何を吐けと言うのか……俺にはさっぱりでねェ」

「しらばっくれるな!」

 サイは激情のまま立ち上がると、手にしていた竹の棒でイオの腹を殴った! 思わずえづくイオ。もはや吐き出すものと言えば血混じりの胃液くらいのものだ。ここまで痛めつけられてもなお、彼は何もしゃべろうとしない。

「貴様が! 断罪人と! 言うのは! 割れて! いるんだ!」

 構わず、サイは殴る! 殴る! 真実を求めて、真相を知るために、ただそれだけを望んで、彼は殴る! しかし、イオは痛みに耐えるべく押し殺した声を発するのみで、何も喋らない。泣き言も、許しも、何も。

「貴様……はっきり言うぞ。このままだと俺は、お前を殺すぞ。拷問で吐くのは、自分が死ぬことを罪人自身が理解するからだ。お前がだんまりを決め込むなら、それこそ死ぬまでやるしかない。そこのところ、解ってるのか」

 サイは精一杯凄みを効かせながらそう言い放ったが、イオは不敵に笑みを浮かべるばかりである。拷問を加えていた部下たちも、サイをちらちら見つつ様子を伺っている。何を言わんとしているのか、簡単にわかる。

 こいつは、おそらく吐かない。何があっても、たとえ本当に断罪人であったとしても、仲間を売ることはないだろう。

「旦那……こりゃ無駄ですよ。他の方法を……」

「うるさい。……焼きごての準備をしろ。塩も持ってこい。とにかく吐くまでやるんだ」

 唐突にサイの脳内に浮かんだのは、血の海に沈み、恨みがましい目でこちらを見ていたトニーの姿であった。次に、真相を求めるミユキの姿。惨殺され、地面に転がったナルガの姿。

 おそらく、もう後戻りはできないのだ。

 サイは必死だった。本当の意味で真相を手にせねば、サイは普通の生活には戻れない。憲兵官吏としても、剣士としても──男としても。







 行政府最深部、皇帝総代・アルメイの執務室にて。今日も彼女は、膨大な事務に追われていた。頂点に立つ者は、常に孤独である。彼女は先日の偽皇帝事件で、それを大いに思い知った。しかし彼女の背には、以前未熟な帝国の未来がある。ここで倒れる訳にはいかない。前にも増して、彼女は仕事に励むようになった。

「アルメイ様、では私はこれにて」

 ロマンスグレイの髪を七三に撫で付けた、気難しそうな男が、応接用の椅子から立ち上がる。彼は、憲兵団団長のヘイデン・リード。次期帝国騎士団・総筆頭騎士に内定し、その打ち合せにアルメイの執務室を訪れたのだった。

「……リード。卿も忙しい身。そう頻繁に、私の様子を見に来なくても良いのですよ」

「いずれは近衛としてお側につくのです。職務に当たる上で、どのような形で任を果たすか考えるのは、国に仕える身として当然のこと」

「卿は職務に忠実ですね」

 アルメイは微笑んだが、リードの顔は鉄仮面でも嵌めたように無表情なままであった。しかし、彼女は知っている。ナルガの下で働いていた頃から、彼は感情表現が下手な男であった。優秀ではあったが、人との交流の仕方が極めて難があるため、出世が大きく遅れてしまったのだ。

 だが今のアルメイにとって、彼の不器用なほどの実直さは心地よかった。何も求められず、ただそこにいてくれるだけで、不安は和らぐものだ。

「では、憲兵団での引き継ぎがあります故、これにて」

 リードが側に立てかけていた剣を取り、腰に帯びたその時。ノックもなしに騎士が一人飛び込んできた。慌てた様子で、息も絶え絶えだ。

「アルメイ様! 一大事にございます!」

「何事か」

 リードは重々しく述べた。

「ノックもなしに部屋に押し入らねばならぬほど、火急の要件と申すか」

「良い、リード。回りくどい事は言いません。何があったのか報告なさい」

 飛び込んできた騎士は、必死に自分の息を整えると、ようやく言葉を発し始めた。あまりに慌てていたのか、まるでたどたどしい単語の羅列であったが、アルメイはもちろん、リードすらも驚かせるに足るものであった。

「そ、そに……ソニア卿が、面会を!」

 ソニア卿。五年前に、亜人を扇動し革命を試みた、北の果てに追いやられたかつての英雄。アルメイは彼女の行動を察知したからこそ、現在の基板を作る策謀を練ることができたのだが、おかしい。彼女は皇帝と同じく完全に姿を消した。領土は帝国貴族主導の焦土作戦により焼け落ち、彼女も恐らくは死んだと思われている。

 またしても、偽物か。

「アルメイ様。追い返す……いや、斬り捨てましょう」

 リードは腰の剣の鞘を強く握りながら、静かに言った。

「偽皇帝の事があったばかりです。これ以上は、民にさらなる混乱を招くやも知れません。……それに、どうせ模倣犯にございましょう。本物という証拠など……」

「リード様、それが……その『ソニア卿』は、黄金の剣を携えているのであります」

 騎士の言葉を聞いて、アルメイの顔色が変わった。黄金騎士と呼ばれたソニア卿に与えられたのは、北の果ての領土と、帝国貴族の一員と認めた証拠である、黄金の剣。

「そのようなところまで模倣を……アルメイ様、ここは」

「通しなさい」

 リードは少しだけ驚いた様子を見せたが、アルメイの判断を覆すような事はしなかった。彼は上からの命令を淡々とこなす。主人に反論もしない。こういった時でさえ、そうなのだ。

「では、いざというときのために、私はここで控えております」

「お願いします。……すぐに通しなさい」

 騎士は勢い良く返事をすると、慌てた様子で飛び出していった。リードはそのままアルメイのデスクの側に、剣を杖代わりに仁王立ち。アルメイは、ゆっくりと椅子に座った。

 ノック音。入るように小さく促し、入ってきたのは──想像とは全く異なる姿の二人組であった。黒いコートを着た、くわえタバコに黒メガネの男。

もう一人は、フードを目深に被った金髪の小柄の女。アルメイは、一度だけソニア卿が鎧を脱いだ姿を見たことがある。少なくとも女であったし、女であってもこのように背は低くなかった。

「私は、皇帝陛下の側近として、ソニア卿の姿を見たことがあります。威風堂々とした流れるような金髪の騎士で、背の高い女性でした。……あなた方は、そのどちらでもないようですが」

 男はそれには答えず、黄金の剣の鞘を持ち、突き出してみせた。

「剣は本物だ。彼女が亡くなる前、譲り受けた。帝国じゃ、剣を受け継いだものが宣言すれば、形上はとりあえず帝国貴族として認められるそうだな」

「……ええ」

 男は──ソニアは剣を下ろし、コートの懐に手を突っ込むと、携帯火種を取り出した。悠々と息を吹き込むと、朱々と灯る火の中にタバコを入れ、火を灯してから吸った。執務室に漂う紫煙にも、アルメイは全く動じない。

「つまり俺は今、あんたがたがなんと言おうと、帝国貴族のソニア卿ってわけだ。あんたがたにとっては、大罪人の反逆者。そちらの騎士さんは、殺しちまえなんて考えてるんじゃないのかい」

 けしかけられたリードは、剣の柄に手を置きながらも、まゆ一つ変えなかった。もともとそのような脅しや煽りに応じるような男ではない。アルメイは改めてそれを確認してから、口を開いた。

「確かにあなたの言うとおり、ソニア卿は皇帝陛下に剣を向けた反逆者ですが……今の帝国にはその皇帝陛下もおりません。……それより、あなたがなぜ今ごろ名乗りでたのか。その理由を聞かせていただきましょう」

「こっちにいるのは、フィリュネだ。……フィリュネ、フードを取って見せてやりな」

 ソニアは側に立ったままの少女にそう指示する。少女はゆっくりとフードをとり、美しい金髪のもみあげ部分を持ち上げた。あらわになったのは、醜く変形した耳。

「彼女は、あんたと帝国貴族が国を焼いた、エルフ族の族長の娘だ。帝国内はもちろん、イヴァンの中でも、結構な数の亜人達が暮らしてるって言うぜ」

「それが何か」

「分からんかね。俺は、彼女にこの剣を託そうと思ってるのさ」

 リードが身動ぎした。その言葉の意図を感じ取ったのだ。帝国一の才媛であるアルメイも、それを分からぬはずが無かった。もしエルフ族の族長の娘という事実が本当で、その彼女が親亜人派であった『ソニア卿』を名乗れば、国中の亜人が彼女の元に集まるだろう。ヘタをすれば、反帝国を目的とする集団、いや国になってもおかしくない。なにせ、彼らの国を焼いたのは、アルメイを始めとする現政権、帝国貴族筆頭六家なのだから。せっかく一つにまとまった帝国が、この眼の前の男による剣の譲渡一つだけで、崩壊しかねない。

「わかったようだな。それがどれだけとんでもないことか」

 男は、剣を抱きながらそう述べた。どこか落ち着かぬ様子であった。しかし、アルメイに取ってみれば、恐怖そのものだ。民のため全てを賭けた帝国が、再び崩壊の危機に立たされている。なんとしても、防がねばならない。

「……あなたの要求は、一体なんですか」

「アルメイ様! おやめください。これは、脅迫にございますぞ」

 リードが珍しく声を荒らげ、アルメイの言葉を制した。だがアルメイにとってみれば邪魔でしか無い。条件によっては呑んでやれば良い。今は、いたずらに国を危険に晒すべきではないのだ。アルメイはリードに手をかざし、彼の言葉を制し返した。

「……要求は二つ。サイって憲兵官吏に捕まった、神父のイオを釈放すること。断罪人だなんて、言われも無い罪を着せられてる。拷問にかけられてるかもしれねえから、急いでほしい。そして、彼と俺たち二人がイヴァンを出て行くことを、認めること。以上だ」

 しばらく、アルメイはその言葉の意味を考えていた。裏はないのか。断罪人。三年前ほどに問題になった殺人者共だが、今も存在するなどという話は聞いていない。ただ逃がせばよいのなら、簡単だし、デメリットもない。帝国に取ってみれば、ソニア卿の存在が今なお続いていたことのほうがはるかに問題なのだから。

「分かりました。では、剣をこちらに……」

 アルメイが差し出した手に、ソニアは笑って断りの言葉を入れた。

「おい、渡せるわけ無いだろう。言ってみれば、これはこっちの保証だぜ。あんたにしてみれば、俺達をここで殺して奪い取るほうが安全なんだからな。イヴァン北門。そこにあんたの部下……そっちの、リードとか言ったか。あんたを待たせておくんだ。俺達は彼に剣を渡して、そのままイヴァンを出る。それなら、あんたも安心だろう」

 アルメイは、リードを見た。彼もまた頷いた。同じ考えなのだろう。片方だけ利益が偏っていては、交渉の意味など無い。ましてや今回は、帝国の存亡の危機と言い換えても間違いないほどの事態だ。これ以上の代替案はない。

「……分かりました。ただ、一つだけ問題が。そのサイという憲兵官吏は、憲兵団の中でも独自の捜査権を認められている男です。もし彼が、釈放された神父の追跡や──あなた達の捜査を望んだ場合、私にすら止めるすべはありません。当然の権利ですからね……もちろん助けることなどもってのほかです」

 ソニアはやはり笑顔のまま、それに答えた。

「俺達がしてるのは交渉だ。あんたにゃ頑張ってもらったほうさ。感謝してる」

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