表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
皇后不要
118/124

皇后不要 (Bパート)





「ここが、俺の名をつけた通りか、リード殿」

 穴だらけの赤いマントの男は一人ごちると、行き交う人々の群れを見た。なんと壮大な光景であろうか。これが、自分の国なのだ。喜びで身が震えるようだ。彼はアケガワケイ。かつてこの国の皇帝だった男だ。

「左様にござりまする」

 男の傍でささやいたのは、見るからにカタブツそうな男。ロマンスグレイの髪をオールバックに撫で付け、剣を携えた男。憲兵団団長、ヘイデン・リードだ。騎士団や遊撃隊が動くとなると、何か事件性を疑われるやもしれぬ。そもそも、亡くなっていたはずの皇帝が突然姿を現せば、パニックを引き起こしかねない。そう判断したアルメイは、憲兵団へ秘密裏に監視を打診。要請を受けたリードは、二つ返事でそれを受諾したのだった。

「リード殿。俺は確かに昔貴殿より偉かったかもしれない。しかし、今は単なる旅の剣士。憲兵団団長たる貴殿に、ぴったり張り付いてもらわずとも良い」 

「そういうわけにも参りませぬ。陛下、私めにも責務がございます。いかに陛下の言葉とあっても、それは変わりませぬ。長くイヴァンを離れておられた陛下のご不便を取り除くことこそ今の私の責務」

「勝手にするが良い。……しかし、何もかも田舎とは比べ物にならぬな。やはりイヴァンは良い」

 行き交う人々を視線で追いかけながら、ケイはそうひとりごちる。そんな彼を見つめるリードは、にこりともしない。彼は感情をあまり表に出さない。ただ無表情に、実直に任務をこなす。騎士団の一員として、戦時中大手柄をあげたが、周囲とあまり仲良くしようとしない──悪く言えば根暗な性格が災いし、彼に割り当てられるポストは既になくなっていたのだった。彼が新設される憲兵団団長に就任したのには、そんな経緯があった。

「陛下。僭越ながら、私めがイヴァンの案内を致しまする。なんなりとお申し付けを」

「うん。……そうだな……剣術の道場はあるか?」

「剣術?」

 意外な言葉であった。かつて勇者であった皇帝は、剣士としては二流であった。だが彼は、旅先で高速回復の秘術を得て、何度倒れても立ち上がる半不死の剣士として、過酷な戦争を戦い抜いたという。それが、この平和な時代に、なぜ?

「意外か?」

「いえ……」

「リード殿。人はいつの時代も、身を守るすべを持たねばならないと思う。俺はこれだ」

 ケイはとんとん、と指で、腰に帯びた剣──その派手な装飾の鞘を叩く。聖剣。魔を打ち払うとされた伝説の剣だ。

「いまや魔物は、図体がでかいばかりで剣の練習台にもならん。旅に出ていて、それが良く分かったのだ。たまには、人と打ち合いをせねば」

「そういうことであれば、憲兵団でたまに指南を頼む道場がこの近くにございますので、案内を」




 皇帝は、誰に対しても好意を持たせることができた。こと女であれば、もはや自由自在とも言っても良かった。人々は両手を上げて皇帝を歓迎し、女達は黄色い声を上げた。

 皇帝にとって、いい事尽くめと言う訳でもなかった。彼の能力は強力であったものの、あまりに強力すぎた。近くにいるものはその力の影響を受けすぎ、目に青い光が宿るようになり、狂信的なまでに皇帝を求めるようになっていった。一方で、好意を植えつけられたが、その姿をほとんど見ていないものからは、『アケガワケイ』という存在は希薄になっていった。彼は五年前の内乱の際に姿を消し、ほとんどの人々の記憶から消えた。偉大な『皇帝』という存在だけが人々の中に残り、ただ尊敬と畏怖のみがあった。帝国という国には、優秀な官僚がそろっており、それを宰相職にあったアルメイがまとめることで成り立っていた。貴族達も、あまりに統治下手な皇帝に辟易していたのが、結果的に功を奏した。臣民達も、誰も文句を言わなかった。たったの五年で、それが普通になっていったのだ。

 しかし、その皇帝が生きていたら?

 また、その好意を植えつける能力を使い始めたら?

 アルメイは気が気でなかった。執務室で、誰も通そうとせず、一人デスクにひざをつき、思索にふけっていた。『皇帝』と皇后は、今日のところ手配したホテルで休んでもらっている。行政府内に宿泊地が存在しないためだ。いずれ、再び二人の住む場所を作らねばなるまい。予算を組みなおすよう、財政局に指示せねば。頭が痛い。

「アルメイ様。憲兵団団長、ヘイデン・リード殿が面会を求めておりますが」

 扉の外から、ナルガの声が響いた。アルメイは半ば祈るような気持ちで、通すよう指示する。入室したリードの表情からは、吉報か否かは感じ取れなかった。事細かに聞く他あるまい。

「リード団長。大儀でした。……卿の意見を聞きましょう。『あの皇帝』は、一体何者ですか」

「私には分かりかねます」

 顔色一つ、眉一つ変えず、リードは淡々と続けた。

「外見年齢は二十代半ば。皇帝陛下が亡くなられた年齢から見て、若干若すぎる気も致します。しかし、身につけた聖剣は、おそらく本物でしょう。聖剣はこの世に二つとないもの。偽物を作るにしても、国が傾くほどの金が必要になるはずです」

「そこまでの証拠があって、なぜ分からぬと言うのですか」

「理由は複数ございますが……まず若すぎます。生きておれば、陛下は三十を超えるはず。しかしあの陛下は、どう見積もっても二十代にしか見えませぬ。二つ目に、目です。陛下の目に宿った召還印。あれは、両目にあったはず」

 アルメイは昼間の彼を思い出す。右目には、眼帯。左目は晒されていたが、黒い瞳には何も紋章は宿っていなかった。本物であれば、青く淡く、紋章が光るはず。

「では偽物ですか」

 無情にも、リードは頭を振った。

「それについては、昼間の報告をせねばなりますまい」






 リードが案内した道場は、戦前よりはるか昔から、王国騎士団に剣術指南を担当している、伝統ある道場であった。巨大な門の前に立つケイは、マントを取り、リードに託す。

「ここで待っていろ」

 有無を言わさず、彼は門をくぐっていった。リードは、門の隙間から、中の様子を垣間見る。

「頼もう! 稽古に参った。手合わせ願いたい」

 ケイの大喝に、十数名の弟子達が彼を取り囲むように集まる。満ちる殺気。彼らは武を磨き、精神を鍛えている。そしてそのことに、何よりも誇りを持っているのだ。無礼があれば、剣で討ち果たす!

「やめい!」

 潮が引くように、弟子達が道を作る。その先には、木剣を携えた男の姿があった。この道場の、師範代である。

「稽古であれば、われらは来るもの拒まず。しかし旅のお方。あなたの剣気は、稽古ではなく勝負を求めておられるのではないか」

「勝負?」

 彼は笑った。手を顔に当て、爆笑した。

「何がおかしいのだ、旅のお方」

 ひとしきり笑った後、ケイは口角を持ち上げながら言った。

「勝負とは、お互いの力が拮抗した際、決着つけることを指すものだ。貴様のような二流が師範代では、俺とは勝負どころか稽古にもならん。いじめになってしまうな」

 師範代の男はゆっくりと腰を深く落とし、木剣を両手で頭上に掲げ構えた。剣気が、殺気へと変わる。まるで空気が徐々に薄霧に代わっていくように、ゆっくりと。弟子の一人がそれを察したのか、自分の携えた木剣を、ケイに渡した。彼はそれを軽く振り、片手で突きつけるように腕を伸ばす。

「構えられよ」

 師範代は強く言った。ケイはなおも笑い、左目をゆがませた。

「構えねば打ち込めぬか」

 空を裂き、師範代の剣が、失われたケイの視界を通り抜け横を薙ぐ! それより早く、ケイは一歩踏み込むと──師範代の喉を切先で突いた! まるで引っ張られるように吹き飛ぶ師範代! まさに一瞬! ごぼごぼと血の泡を吹く師範代、駆け寄る弟子達を背に、ケイは再び門を潜る。リードを一瞥した後、道場の看板を剥ぎ取り、あろう事か地面にたたきつけた!

「リード殿。この道場を指南役とするのは考え直したほうがいいぞ。相手にもならなかった」

 唖然とするリード。いつの間にやら集まった民衆達の前に、ケイは再び看板に足を乗せた。動揺の波が人々の間に広がる。老若男女、冒険者に騎士、商人に宅配業者。そして、神父。ケイはマントをつけながら、その人々へ向かって歩み始めようとした。

「待て!」

 門の中から飛び出してくる、木剣を構えた弟子達の叫びにも、ケイは振り向かなかった。なおも看板に両足を乗せ、木剣を地面に向けだらりと伸ばしている。弟子達の中でも兄弟子なのであろう男が前に出ると、それを剣で指して言った。

「看板を持っていくのは良い。師範代を打ち果たせば、その権利がある。しかし、栄光あるわが道場の看板をそのように踏みつける事だけは、許せぬ!」

「ただの木の板であろう。下らぬ……それより、全員でかかってきたらどうだ? 雑魚ばかりでも頭数が揃えば、一太刀浴びせられるかも分からんぞ」

「抜かしたな! かかれ!」

 ケイを取り囲むように、男達は剣を構えた。その数十二名。油断をすれば袋叩きにするつもりである。師範代は倒れ、看板を剥ぎ取られた挙句、足で踏みつけられている。最早彼らに失う誇りは既になく、復讐の炎だけが赤々と燃えているのだ! しかしケイはと言えば涼しいものであった。四方八方から襲い来る刃を、打ち、払い、突き、いなす。ある者をは腕を叩き折り、脳天を打ち、足を払い、ケイは全員を討ち果たした。なおもその足は、看板に乗せたままだ。ここから、足を出していない。

「何者だ……何者だ貴様!」

 足へすがり付こうとした兄弟子を蹴り倒すと、ケイは眼帯を外した。人々は、ざわめいた。彼の瞳には、青い紋章が宿っていた。のたくる蛇に剣を串刺したデザイン。帝国の国旗にも描かれているものだ。しかしこれは元をたどれば、世界を戦争から救った勇者──アケガワケイの瞳に宿っているものから取ったはずだ!

「この瞳に宿る紋章で分かろう」

 ざわついた人々を気にも留めず、ケイは眼帯を付け直し、穴だらけの赤いマントを翻しながら、去っていった。帰り際に放り投げた木剣が、既に倒れ伏した弟子の一人に当たり、彼はうめき声をあげた。






「馬鹿な……では、片方の瞳にだけ紋章が宿っているというのですか!」

「私は事実を申し上げているまでです。嘘は申しません」

 リードの無機質な言葉に、アルメイの頭は混乱を続けていた。片方だけに紋章が宿っているなど、ありうるのか。聖剣を携えたあの『アケガワケイ』は、一体何者だというのか。

「失礼致します」

 答えの出ない混沌の中に差し込んできたのは、野太いナルガの声であった。いつの間にか、彼が部屋の中に入ってきているのであった。

「ナルガ……」

「総代。これは、良い機会だと思いませぬか」

 ナルガは少し笑みさえ浮かべながら言った。リードはそれを無表情に見つめ、アルメイは怪訝そうな目線を向ける。何を言い出すのか、聞かずともわかったような気がした。

「瞳の中の紋章は、皇帝陛下たる証拠に相違ありますまい。聖剣とて携えております。皇后殿下もそうであると認めている以上、あのお方を皇帝陛下としてお迎えするのです」

「ナルガ殿。卿は帝国騎士団の総筆頭騎士。政事の世界にとやかく口出しするのは、褒められた事ではないでしょう」

 アルメイは苦々しげに言った。しかし、ナルガはまったく物怖じせず、言葉を続けた。彼は帝政の廃止に強く反対していた男だ。これを良い機会と考えてもおかしくあるまい。

「しかし、このままあのお方が居座れば、いずれ民もその正体を疑いましょう。そうなれば、行政府への不信感も募り、政事に支障をきたしますぞ」

「だからこそ、その正体を正確に探らねばならぬのです。……リード団長。憲兵団に、しばらくの間監視チームを編成させてください。皇帝陛下とも、そうでないとも分からぬでは、こちらも対応がとれません。ナルガ殿。卿も軽率な言動は慎むように。卿の言うとおり、無用な混乱を民に起こしてはなりません」

 アルメイの言葉に、リードは無表情に頷く。仕方なしに、ナルガも同じように頷き、執務室を退出した。とどまる理由は最早なかった。リードは行政府の廊下を歩いている最中も、一言も発しなかった。切り出したのは、ナルガであった。

「リード。貴様の見立てはどうだ」

「あれは本物ではありますまい。召還印はこの世界に呼び出されたものに対する呪いのような物。両方に宿っていたものが、片方だけに消えるなどということは無いでしょう」

 ランプだけが照らす暗い廊下を、二人は歩いた。彼らは、騎士団時代に上司部下の関係であった。今やお互い出世したが、そうした時代の名残はそのままである。

「しかし、ならば皇后殿下はなぜわざわざ偽物を」

「さあ。それはわしにも分からぬ。……貴様はどう思う。わしは、偽物でも条件さえあれば──皇帝陛下としてお迎えできればと」

「『最悪の事態になったのは、口のせい』……そういうことわざもありますぞ、ナルガ殿。私は憲兵団団長として、上に従うまで。……本部に寄ってから帰りますので、これにて。御免」

 リードは終始仏頂面で、去っていった。昔からああいう男だ。ナルガは若干彼に失望を覚えながら、彼の背中を見送った。 

「時勢の見えぬ男よ。だから出世しないのだ、貴様は」






 イヴァン北西部、色街。

 帝国の風俗の中心地点である。ソニアは久々にこの街のお気に入りの店『マリアン』を訪れていた。アクセサリーが高価で売れ、大分余裕ができてきたので、たまには一人で憂さを晴らすのも良いだろうと、娼館に足を向けたのだ。既に夜は更け、事は終わっていた。フィリュネには帰らぬ事は伝えてある。後はまどろむだけ、と言いたいところであったが、突然のドンチャン騒ぎの音で、彼は目を覚ましたのだった。

「うるせえなあ。なんだ、この騒ぎは」

 一緒に寝ていた娼婦も、のそのそと起きだし、眠そうに目を擦った。

「おい、誰だ。こんなにうるさくするやつは。宴会が入ってるなんて聞いてねえ」

「私もはじめて聞いたわ。支配人は何も言ってなかったけど……」

 ベッドから身を起こし、ズボンを履いてから、ソニアは自身の黒いコートを羽織って部屋を出た。同じように迷惑を被ったのだろう客達が、宴会室の前でざわついている。そんな客達をボーイと共になんとか抑えている支配人の姿を見つけて、ソニアは声を荒げた。

「支配人、どういうことだこの騒ぎは。そりゃ隣を気にしねえのは娼館のマナーだが、限度があるだろ!」

「ソニアちゃん! いやホントごめんなさいねえ。こんなにうるさくするなんて、私も聞いてなくて……お客様! ともかくお引取りを……後は私共がなんとかいたしますので……」

「こっちはお楽しみの最中だったんだぞ! 手前で文句言わねえと収まりつかねえや! どけ!」

 一際大柄で毛むくじゃらな男が、強引に支配人をどかせると、怒りに任せて宴会場の扉を蹴破った! 中では、きらびやかな服を身にまとい舞う女達、楽団の吹く笛の音や太鼓の音。そしてその奥で、優雅に酒と食事を楽しむ二人の男女の姿があった。

「うるせえんだよ! ちったあ静かにしやがれ!」

 男が音楽に負けない声で叫ぶ! その怒声に面食らったのか、楽団の動きが一瞬止まった。奥にいた男は、手に持っていたワイングラスをゆっくり置くと、立ち上がった。

「支配人。俺は金を払ってここで宴会している。なんの権利があって乱暴に扉を蹴破ったのだ。聞かせてもらおう」

 ソニアは中の様子を見んと、強引に人ごみを掻き分ける。支配人は部屋の前に立ったまま、頭を低くしつつ、言葉をなんとか口にした。

「大変恐縮でございますが、夜も更けてお休みになられているお客様もおりまして……申し訳ありませんが、少しだけお静かに願えませんでしょうか」

「そうか。それは相すまぬ」

 意外にも男は素直に謝った。支配人がほっと胸をなでおろした瞬間、隣の青空色の髪の女が、不機嫌そうに口を挟んだ。

「ケイ。ではこの扉を蹴破った男はどうなるのだ。わらわはとても怖い思いをしたぞ」

 男は眼帯の位置を直しつつ、女の青空色の髪をなでた。女は手を触れられるたびに恍惚な表情を浮かべ、ほほを桜色に染める。男はすくっと立ち上がり、部屋の隅に立てかけていた剣を取った。黒い左目の瞳が、男を射すくめた。

「なんだ、コラ。てめえ騎士か? 娼館じゃ男は男、女は女よ。文句あるなら、拳で勝負……」

 男は一気に剣を引き抜き、毛むくじゃらの男を袈裟懸けに引き裂いた! 飛び散る血の飛沫! 逃げ惑う楽団や踊り子達! 悲鳴をあげ逃げ出す、野次馬達! 既に肉塊と化した男からは、血の池が広がる。まさに地獄の光景である!

「エリス。これで君の怖いものはなくなったな」

「おおお……流石はケイ、我が夫」

 すがりつくエリスの頭を撫でながら、ケイは剣を派手な鞘に戻した。青白い顔をしているのは、一部始終を見ていた支配人とボーイ達だ。悲鳴に近い声で、支配人は彼に言葉を浴びせた。

「お客様! こうなれば、憲兵官吏の旦那に来てもらうことになりますからね! こうなっては、言い逃れはできませんよ!」

 既に支配人と数名のボーイの他は、ソニアだけとなっていた。他の客は蒼白となり逃げ出した後だ。ケイはため息をつくと、ゆっくりと眼帯を外してみせた。青白く光る紋章を見て、支配人たち、そしてソニアも息を呑む! いかに平民でも、皇帝の目には紋章が宿っている事は周知の事実である。しかしその皇帝は、五年前に死んだはずでは。支配人の頭は混乱を続けた。それ以上に混乱しているのは、ソニアだ。

 彼は、皇帝を殺した男だ。

 あの薄暗い教会の中で、持っていた弾丸を全て撃ち込んで、殺した。確かに傷が再生して何度も立ち上がってきたが、それでも死んだはずだ。ソニアは皇帝と同じく、転生した『英霊』であり──もともと殺し屋である。命が失われた瞬間を、なんとなく感じ取ることができる。対峙した相手が死んだら、間違いなく分かる。あの時、皇帝は死んだはずなのだ。ここにいるはずがない。

 生き返ったのか。そんな馬鹿な。

「俺はこういう者だ。この男は、俺とエリス……妻に襲い掛かろうとした。だから斬った。分かるな、支配人」

「エリス……ま、ま、まさか……皇后殿下では」

 エリスは手元で羽扇を広げると、優雅に仰ぎつつ頷いた。支配人は混乱と恐れからふらつき始め、立っているのがやっとという有様であった。

「わらわたちは、未だ本当の身の上を明かせぬ身。そこな男も、わらわたちに襲い掛かる刺客やもしれぬと思ったのだ。許せ」

 思わず支配人は地べたにひざをつき、頭を垂れた。恐れ多いことだったのだ。あの男が先走ったから良かったようなものだ。自分が注意をすれば、斬られていたのは自分だったかもしれない。彼はそう自己正当して、心の均衡を保つのに精一杯であった。

「邪魔をしたな。ここの処理については、行政府に申し出るが良い。慰謝料も併せて十分な額を支払えるだろう」

 ケイは同じように片膝をつくソニアに一瞥をくれたが、気にも留めず、エリスを伴って出て行った。気づかなかったのか。自分を殺した男に。ソニアの心臓は早鐘を打っていた。

 対策を取らねばならない。今彼の胸中はその気持ちで一杯になっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ