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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
皇后不要
117/124

皇后不要 (Aパート)

 イヴァンから少し離れた村、エイドリム。農業や狩りが主な産業という、小さな田舎の村である。旅人もめったに訪れることなど無い、山に囲まれた森の中にあるためか、人々は身を寄せ合い、平和に暮らしていた。

 しかし今の光景は、地獄と言い切ってよいものであった。

 村唯一の駐屯兵、エイジの首がごろりと転がる。滴る血は、地面へと吸い込まれていった。壊れた笛のように、悲鳴を上げる人々。男は外していた眼帯を、改めて付け直してから言った。

「静かに」

 男は笑顔で人差し指を立て、ぴたりと唇に当てた。二十代の青年である。目には眼帯を当て、エイジの血が顔に飛び散っているほかは、旅人と言っても遜色ない格好と言って良いだろう。羽織った赤いマントには、指が入るくらいの穴が無数に開いている。

「村長」

 禿頭の老人が、小さな体をびくりと震わせた。彼の後ろには、平伏する人々の姿。彼はおずおずと顔を上げ、青年を見た。血まみれの顔を、同じくらい赤い穴だらけのマントでぬぐってから、青年は言った。

「俺が、乱暴だと思うか」

 老人は思わず視線を落とした。恐ろしくて見ていられない。そのとおりだといえば、この男は剣を自分に向かって振り下ろすだろう。

「もともと、そこの駐屯兵が俺のすることに指図したから、悪いんだ。……そうだろう?」

 男が目を配った先には、一人の女が優雅に座っていた。元は高価だったのだろう、抜け毛だらけの羽扇を仰ぎ、ドレスの端は汚れて擦り切れている。しかし体から発する高貴さは、俗世界から離れてしまっているようなこの村の村長ですら、本物であると確信するに足るものであった。

「そのとおり……そなたの言うことは全て正しい。村長、名誉な事じゃ。このお方に抱かれた女子にもそう言い聞かせよ」

 村長はあまりの物言いに怒りを秘めて立ち上がる。男の左目がぎろり、と村長を射すくめたが、村長は怒りに任せて怒鳴った!

「何を……エイジとヘラは、お互い好きあっておったもの同士にございますぞ! それを、身勝手にも……」

「黙れ」

 男はひどく不機嫌そうな顔で立ち上がった。手には血に塗れた刃。派手な装飾の剣だ。

「それ以上俺に対しての無礼な物言いは、さすがに許せんぞ」

「黙りませぬ!」

「なら、死ねい!」

 男は言うが早いが、一歩踏み込み、剣を袈裟懸けに切り払った。村長は痛みから踊るようにステップを踏み、断末魔を上げながら倒れ伏した! 平伏する人々は再び叫び声を上げ、村長とエイジから流れ出た血を避けるように後ずさった!

「良いか。これは村長に対して下した無礼に対しての裁きだ。これで許してやる。用は済んだ。このような寒村、もはや興味も無い」

 男は剣を赤いマントで拭ってから、剣を豪勢な鞘に戻し、横柄に扉の外へ出て行った。女もそれに伴って、外へと消えた。その場には、人々のすすり泣く声、二人の男の死体が残された。






「順風満帆ですねえ、君は……」

 喫茶店やすらぎ。憲兵官吏のドモンは出されたコーヒーをすすりながら、嘆息していた。テーブルを挟んだ先には、コーヒーカップが二つ。ひとつは、ドモンの同僚のサイのもの。顔を赤くした彼の隣には、物静かな女性。ブルネットを後ろで三つ編みにまとめた、学者のような雰囲気の女性だ。

「奥さんになる方が、ここまで美しい方とは思いもしませんでしたよ。ええと、ミユキさんでしたっけ?」

「はい。サイ君がいつもお世話になっています」

 ミユキの物言いに、ドモンは思わず照れくさそうに頭を下げた。世話をすることなどあろうものか。むしろ、こちらが世話になり通しだと言うのに。

「君も、隅に置けませんねえ。や、ミユキさん。あんたいい買い物しましたよ。僕もいろいろ人を見てますが、彼ほど人間のできた男はなかなかいません」

「よせよ。結婚を許してもらうまで、大変だったんだぜ。なんせ帝国騎士団総筆頭騎士、バリアント家の令嬢だからな」

 サイは、順調にキャリアを伸ばしていた。もともとの能力が高いこと、そして以前にも増して執念深い捜査が実を結ぶことが多くなり、数々の難事件を解決に導いた。広域捜査機関として、ドモンが所属する憲兵団のライバル的存在でもある帝国遊撃隊の検挙率を、サイの指揮する特捜班はゆうに上回るほどであった。そしてこの結婚報告。ドモンにとってみれば、彼に大きな水をあけられたことになるわけだが、彼ならば致し方ないという気分だ。

「結婚すりゃ俺も婿養子ってわけだ。さすがに家柄が違いすぎるからな。ま、そうでもなきゃミユキと結婚できなかったし、今は正解だと思ってるよ」

「のろけご馳走様です。ま、幸せそうで何よりですよ」

「あの、ドモンさん」

 ミユキが静かに切り出した話に、ドモンはニコニコ顔で身を乗り出した。

「や、や。何でしょう」

「ドモンさんは、良い人はいらっしゃらないんですか?」

 ゆっくりと席に身を戻し、ドモンはわずかに頭を抱えた。それはできれば聞いてほしくない話題であった。ミユキに悪気などひとかけらも無い。だが場所が悪かった。

「ドモン様」

 銀色のふわふわの髪を軽くまとめた、マスターの青年・マリアベルが笑顔でドモンの側の通路に立っている! 気配すら気づかせぬそのたたずまいに、ドモンは面食らい、尻を浮かせ飛び退った!

「ああ仰って頂いているのですから、ドモン様。いい加減私達も進展しませんか」

 さりげなく隣に座ろうとするのへ、ドモンは同時に席を立ち彼を避けた。彼は以前ドモンに命を救われたのだが、ドモンにその気が無いにも関わらず、隙あらば迫ってくるのである! これさえなければ、良い友人なのだが、マリアベルは絶対にあきらめようとしない!

「あのね、マリアベルさん。いいですか? 僕とあんたは男同士でしょう。進展も何も……」

「愛に性別も国境も関係ありません! さあ、ドモン様! 私と一緒に愛という名の無限の彼方に旅立ちませんか!」

 ドモンはそろそろと喫茶店の入り口へと向かって後ずさり、そのまま一気に駆け抜け、ドアベルをかき鳴らしながら外へと消える! マリアベルもまた全力疾走で追いすがる!

「私はドモン様という無限の彼方目指して追いかけますからねえ! 待って下さい!」

 小さくなってゆく二人の背中をみながら、ミユキは口を押さえて微笑んだ。サイは彼女を抱き寄せ、尋ねた。

「な、変なやつだけど……いいやつだろ」

「ええ。お友達にお会いできて、良かった」

 サイは、まるで自分がほめられたように感じ照れくさくなり、頭を掻いた。遠くでドモンはマリアベルに押し倒されていた。







 皇帝なき帝国。それがこの国の現実であったが、帝国皇帝総代たる女傑、アルメイ・ポルフォニカにとってすればもはやそれが普遍的なものである、とすら考えていた。

 皇帝は死んだ。

 かつて勇者として王国と魔国に分かれていたこの国を、彼は『好意』をもってひとつの帝国とした。老若男女、彼は誰も彼も魅了して見せた。異世界より召還された『英霊』であった彼は、目に人の好意を集める能力を持っていたのだった。好意は広がり、人々は『勇者を好む点で』つながり、団結した。当時十代にして魔国の宰相を勤めていたアルメイには、そうした勇者の『能力』が効かなかった。彼女がかけているメガネには、そうした能力を防ぐ効果が付加されていたからだ。皮肉にも彼女は、メガネを通していたために、世の中の異常を嫌と言うほど見た。

 勇者は平々凡々とした、至って普通の青年であった。鈍感で優柔不断。女性には優しく、勇気の出し所を間違えない青年。ただの青年であったなら、ただの冒険者として過ごしたならば、彼はアルメイの中で気にも留めぬ青年として終わっただろう。しかし彼は好意を集めすぎた。好意は重なり集団と化した。魔国の女王を妻とした彼は、戦争の途中で亡くなった王国の国王に代わり、神聖皇帝を名乗った。神の代理などというお題目を掲げ、ひとつの帝国を作り上げるに至ったのだ。

 彼は為政者としては愚かであった。何もしないのならまだマシであったが、たびたび政策に口を差し挟み、それがことごとく悪手。おまけに皇后となった妻が皇帝の悪手を後押しし、それを官僚達が実行せざるを得ないという悪循環。

 そこでアルメイは一計を案じた。強引なやり方で纏め上げた帝国貴族二十家のうち六家と共に、当時不満分子として名高かった辺境下級貴族ソニア卿に反乱を起こさせ、それを契機に帝国貴族とアルメイで司法・行政機関を掌握し、皇帝を政治の世界から引き摺り下ろす事を画策したのである。

 結果、皇帝は何者かによって殺され、アルメイは自身の思い描く国家建設へとまい進することができた。国はある程度安定し始めた。子供の頃から姉のように慕っていた、皇后を失ったことと、引き換えに。

 すでにあの皇帝や、子供の頃の皇后と遊んだことなどが、ずいぶんと離れてしまったものだ。無理もない。それだけ長い時が過ぎたのだ。

 帝国行政府、皇帝総代執務室。アルメイは既に三十も半ばを過ぎようとしていた。銀色の髪をひっつめ、シルバーフレームのメガネをかけ、怜悧な瞳の目じりには小皺。改善点は山ほどあるにしろ、帝国はだいぶ落ち着いた。もう五年もすれば、さらに豊かな国になろう。

「アルメイ様。長くかかってしまいましたな」

 行政府の警備総責任者であり、魔国時代からの古株である、帝国騎士団総筆頭騎士。それが男の肩書きであった。名前は、ナルガ・バリアント。口ひげを蓄えた偉丈夫である。歴戦の勇士らしく、白髪交じりの髪からのぞく顔には、無数の細かい刀傷が刻まれている。

「私は所詮、総代に過ぎません。いずれこの国が皇帝を望めば、私は喜んで身を退くつもりです。……もっとも、このような自由な時代です。もはや、皇帝などという一人の人間が、同じ人間を治める時代でもないのやもしれませんが」

 アルメイの目は遠かった。いつか自分も時代にそぐわぬ政治を行い、後ろ指を指されるようになろう。そうなれば、誰かが取って代わる。アルメイにできることは、そうした状況に追い込まれぬ内に、民に血が流れぬ形で時代を平和裏に繋ぐ方法を考えることだ。

 皇帝に皇后を盗られた。そんな嫉妬の炎を燃やしながら、皇帝を引き摺り下ろす策を練ったことがまた遠くなったような気がした。アルメイがこうして政治の世界で戦ってきたのは、そうした醜い感情が、改革の発端であることを隠したかったからやもしれなかった。

「ではやはり、帝政の排除をお望みか」

「卿はあまり乗り気では無いようですね」

「民のためには、強い王が必要にございまする。外が心配なくとも、内に対しての力も必要。無用な内乱を避けるためにも、帝政は必要かと、この老いぼれは思うのですが」

 ナルガの言うことも、間違いではない。帝政の継続、その是か否か。あまり考えたくは無いが、いつかくるアルメイの次の世代の政治、それがいかなるものになるのかという問いの回答。民へそのようなことを問えるほど、まだ民は賢くない。あくまでアイデアのひとつでしかないことだが、帝国貴族の中でも賛否両論であった。あまり、議論の中心にすべきことではないだろう。

「……まだ先の話です。それに、先の皇帝陛下に匹敵するような、強い求心力を持った王などそうそう現れぬことでしょう。ですから──」

「い、い、一大事にございまする!」

 ノックもなしに、一人の騎士が飛び込んできた。ナルガはその騎士に大喝を浴びせんと手を振り上げたが、アルメイは怜悧な目を細めながら、それを制した。

「報告しなさい」

「ご、ご、ご帰還です!」

「誰が」

 間髪いれずにアルメイは鋭く研いだ刃のような言葉を、その騎士に浴びせた。彼女は効率を尊ぶ。だからこそ、優柔不断な皇帝が許せなかったのだ!

「誰が帰還したのか。報告しなさい」

「こ、こ……皇后殿下ですッ! 皇后殿下、ご帰還あそばされました!」

 アルメイはコートがけから上等の黒いマントを羽織ると、騎士を突き飛ばして執務室を出た。なにやらナルガが引き止めるような事を言ったような気がしたが、気にも留めぬ。皇后は、皇帝の死を知った三日後、錯乱した後、転移魔法を使って行方不明になった。その後の彼女は、誰も知らなかったし、見つからなかった。それが帰ってきたという。

「皇后殿下!」

 行政府中央ホール。ここから各局へとつながっており、普段は官僚達が行き交うだけのつまらぬ場所だ。しかしそれが今は、騎士も官僚もこぞって片膝を立て、かしずいている。その中央には、おお! 美しいドレスに優雅に羽扇を揺らす貴婦人──かつての魔王にして皇帝の后、エリスの姿に他ならぬ! 昔と変わらぬその姿に、アルメイは彼女の目の前に出て、マントを翻しながらかしずいた。

「お久しゅうございます。皇后殿下におかれましては、ご機嫌麗しく……」

「苦しゅうない。妾とお主の仲ではないか」

 優しいその言葉に、アルメイはまるで少女に戻ったような気持ちで顔を上げた。昔と変わらぬエリスの美しい顔。青空のような青髪に、同じく青い瞳。昔のままだ。何もかも。

 しかし、アルメイはその場の異常を感じ取った。エリスの側に、男が立っている。穴だらけの赤いマント。真新しい黒い詰襟。どこかで見たことがある。それも、何度も。

「皇后殿下。後ろの殿方は……」

 エリスは口元を羽扇で隠すと、高貴さをにじませながらほほほ、と笑った。何かがおかしい。何かが。思えば彼女が姿をくらましたのは、皇帝を失ったことで、精神を病んだためではなかったか。

「何を申すか。アルメイ。わが夫、帝国皇帝……アケガワケイを、忘れたのかえ?」

 男は眼帯に覆われた右目をなでながら、歯を剥いて笑った。

 死んだはずの男が、よみがえったのだ。

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