蒐集不要(Cパート)
「そんでよォ……あんた、俺達に何をしてもらいてェっていうんでえ」
恐るべき狂気を孕んだ話を語り終えたキースに、いつもと変わらぬ調子でイオは語りかけた。
「シルヴィア・エスカランテとその従者ロゼを葬っていただきたいのだ。このようなことが露見すれば、帝国貴族筆頭六家の一つ・ナギト家の家名に傷がつく。かと言って、おおっぴらに筆頭家臣の跡取りたるシルヴィア様を我々で葬ることをすれば、必ずや理由を問われる。家名は守られようが、今の地位から追いやられることは必定……なんとかそれだけは避けねばならぬのだ」
「そんなの、身勝手すぎます!」
フィリュネは珍しく声を荒らげた。
「大体、そういうのって貴族の人たちでなんとかすれば良い話じゃないですか。自分たちで手が負えないからって、他人におまかせなんて人が良すぎます」
キースはバツが悪そうに俯いたまま、彼女に言われるがままであった。言い訳がましく口を開くなど、騎士にあるまじき行動だからだ。
「それは私も……家臣団も重々承知のことだ。だが、シルヴィア様に直接手が出せぬのにはもうひとつ理由がある。代々受け継ぐ剣についてだ」
帝国の存在する地方には、古くから残る因習めいた伝統がある。名のある騎士は、引退する際に後継者に剣を託し、名を託す。託されたものは剣を携え、いつでも託された騎士の名を名乗ることが許される、というものだ。現在の貴族たちは古代の時代から、血が途切れようと剣を後継者に託すことで一族として繋がってきた者達だ。なんとも危うい制度だが、長く戦争の続いたこの地方では、この方法が最も家名を守るに都合のいいものだった、という事実は言うまでもない。
「エスカランテ卿は亡くなられた。つまり、空位と言うわけだ。もし剣を持って名を襲名するようなことがあれば……いよいよ取り返しがつかなくなってしまうのだ」
ソニアはにわかに立ち上がる。まずはドモンの考えを聞かねばなるまい、という配慮からだった。彼はベテランの殺し屋である。こうした『話の大きな依頼』に何か裏があることくらい容易に勘付く。黒いコートの裾を揺らしながら、ドモンに耳打ちをした。
「旦那、どう思う」
「よくあるお家騒動……って言うには、ちょっと早計過ぎますね」
「俺は、断るべきだと思う。このキースとやらに裏切られてみろ。全員雁首揃えて死刑コースだ。この男じゃなくても、裏っかわにいるナギト家が用済みになった俺達を消そうと考えるかも知れない。今までにも無かったわけじゃねえが、大物の帝国貴族に剣を向けるんだぜ。ヘタをすりゃ、たたじゃすまないぞ」
ドモンはゆっくりと頷いてから、なおも威嚇するようにベンチに座らせたキースを見下ろすイオとフィリュネの二人をかき分け、じろりと彼に視線を向けた。
「僕達には、掟が三つあります。一つ、金を貰って断罪すべし。二つ、理由なき大義なき断罪はご法度。三つ、姿を見られた時、断罪が失敗した時、死すべし。言ってること、分かりますね? あんたはすでに、三つ目の掟に反した行動をしてるんです。本当なら、いますぐあんたをたたっ殺さないといけない。一つ目は多めに見るとしてですよ。二つ目の掟についてはどうなんです?」
キースは頷く。目は髪に隠れて見えぬが、彼もまたそれは理解していることだろう。「金は……金はある」
キースは懐から金貨を取り出した。一枚や二枚ではない。紙で丁寧に包まれたそれは、こぶし大の大きさの塊が二つ!
「ここに金貨が四十枚ある。私の言葉だけで足りぬならそれはやむなき事。だがこちらも役目で参った故、はいそうですかと引き下がるわけにはゆかぬのだ! どうかこれで調査だけでもしてもらえまいか!」
ドモンは差し出されたそれを引ったくると、紙を解く。目に飛び込む黄金の光。まごうことなき本物の金貨だ! 聖書台にばらまかれたその音に、他の三人も集まり、各々手にとった。本物、本物の金貨。それも断罪の依頼でなく、調査だけでこの金額!
「この教会に来る前……残りの金はイヴァン内部の然るべき場所に隠しておいた。もし断罪をしてくれると言うのならば、その残りの金を隠した場所を教える」
断罪人達は己の顔を突き合わせた。危険な橋だが、得るものは大きい。しばらく目を閉じたまま考え込んでいたドモンは、眠そうな目をかっと見開くと、金を取った。
「ま、調査は請けましょう。ただしそこから先は、僕らで裏を取ってから決めます」
「では……」
がば、と顔を上げたキースの目の前には、鈍く光るドモンの刃があった。いつ抜いたのかも気づかせず、ただ殺意だけを帯びた刃が、キースの喉元下に突きつけられている。もしドモンの気が変われば、刃は喉元へと突き刺さり、キースは何もできないまま死ぬことだろう。
「勘違いしないでもらえませんかねえ。まだ『断罪』を請けるとも言っちゃいません。あんたを信じるとも言っちゃいません。……僕らは裏切られるのが嫌いです。嘘をつかれるのもね。その代償は……あんたの命で払ってもらわなきゃならないんです。そこんとこ、今一度了承願えますかねえ?」
キースの後ろ姿にドモンが顎をしゃくると、フィリュネは頷き、そろりと足音を忍ばせながら彼の背中を追った。なにせ取り分は金貨十枚、いくら気をつけても損はすまい。
「……で。旦那。俺達はどうすんでェ?」
ソニアは既にタバコに火を点け、歩き出していた。話は終わった。これ以上、何を話し合う必要があるというのか。ドモンはそんな答えを示すように、おおあくびをした。
「よく言うでしょ。『やることやったら寝ていろ』ってね。あんたも昼寝でもしたらどうですか」
そう宣言すると、ドモンもソニアも外へと消えていった。聖堂にはイオだけが残された。彼はドモンに言われるがままベンチに寝転がり、先ほど受け取ったばかりの金貨十枚を仰ぎ見た。これで、屋根は一面直すことができるだろう。
「ほんじゃま、せいぜい寝てることにするかい……」
「いらっしゃいませ! あっ、モルダ様! 先日はありがとうございました!」
看板娘のサーヤが、朗らかな笑顔で言った。思わずモルダの顔もほころぶ。
務めが終わった帰り、モルダは時たまカツレツやに寄る。彼は五年前に妻を亡くしており、息子は二十年前に戦争に出征し、死んでしまった。気楽な独り身と言えなくもないが、この歳で家に帰っても一人というのは堪えるのだ。サーヤや父親には一度も打ち明けたことなど無いが、モルダはサーヤの事を本当の娘のように思っているのだ。今日は客の入りが少ないようで、カウンターに座っている男以外は、客は残っていないようであった。
「気にせずとも良い。酒と、軽くつまみをなにか出してもらえんか」
調理場から、サーヤの父親の威勢のよい声が響いた。
「もちろんでさあ! すぐお出ししやすんで、少々お待ちを!」
剣をベルトから外し、カウンターのスツールに座る。側に立てかけると、隣の男もそうしていることに気づいた。赤髪も髭も伸び放題の、見たところみすぼらしい格好である。あつあつのカツレツを、まるでがっつくように、周りの目を気にすること無く一心不乱に食べている。モルダはウィスキーの瓶とコップを置こうとするサーヤに、それとなく尋ねた。
「見ない顔だが、彼は?」
「旅のお人だとか。食うや食わずで来たらしくて……」
ふうん、と目を細めながら、モルダは白いあごひげをしごいた。まあ、そういうこともあろう。琥珀色のウィスキーをコップへ注ぎ、モルダは疲れを癒やすように口へと運んだ。その時であった。
「お邪魔いたしますわ」
聞き覚えのある声だった。振り向くと、ドモン達と来た時に俄に揉め事を起こした
あのお嬢様──シルヴィアが立っていた。おつきの剣士・ロゼも一緒だ。
「なんでえ、あんた!」
そう啖呵を切ってみせたのは、カウンターから包丁を握って出てきた、サーヤの父親である。カツレツを揚げている時は調理場から出れないので、前回は歯がゆい思いをしたが……今は別だ。まだ油を熱してすらいない。調理場から離れても何の問題もないのだ!
「おう! 前は俺の娘に乱暴働いてくれたらしいじゃねえか!」
「お父様でいらっしゃいますか? 私はシルヴィア。トラダントの乾物屋の娘ですわ。こちらはおつきのロゼ」
「んなこたぁきいちゃいねえ! 帰れ! てめえらは、出入り禁止だ! 二度とくるんじゃねえや!」
シルヴィアの側から、一歩前にロゼがずいと出た。その眼には、明らかな殺意。しかし剣の柄に手を触れてもいない。モルダはその意図を感じ取ると、サーヤの父の肩を掴んだ。
「その辺にしときなされ。……シルヴィアさん。あなた方に悪気はなくとも、ご主人のお怒りは察して余りある。ワシも憲兵官吏のひとりとして、何かあれば……」
金属の落ちる音がした。モルダが振り向く。
「シルヴィア様……このようなところに! 御免!」
男が──キースが立ち上がり、剣を一気に引き抜いた。モルダが声をかける間もなく、キースは剣を振るう! ロゼはそれより早く剣を抜き打ち、剣を打って弾き飛ばした!
「痴れ者め! その程度でお嬢様を斬ろうなどと!」
ロゼは抜いた剣をそのままぐい、とキースの喉元に突きつけた! しかし生殺与奪の権利は彼女にはない。もしシルヴィアがよしとすれば、ロゼはすぐにでも刃を押し込むだろう。
「良い、下がりなさい。……その声は、キースですね。ここで騒ぐのは良くありませんわ。外に出ましょう。今日のところは失礼致します」
シルヴィアはふわり、と踵を返すと、外へと出て行った。キースはと言うと、懐から金をひっつかんで乱暴に置くと、転がったままの剣を拾い上げて納め、何事も無かったかのように──モルダから見てその表情は複雑であったが──出て行った。呆然と残される、サーヤと父親を背に、モルダも彼らを追った。これ以上この店で、騒動を許すわけにもいくまい。
既に日は完全に落ち、街は闇に沈んでいる。三人の姿は既に無い。老骨にムチを打ち、あたりを探すが、見つからなかった。
「一体……何者なんじゃ」
ふとモルダは、先日のことを思い出す。ドモンの推理。どこかの貴族の娘ではないか。しかし、それだけでは何も解決せぬ。仕方なく、モルダは来た道を戻った。明日探りを入れてみる必要がありそうだった。
カツレツやから離れた、水路にかかる橋の下で、その奇妙な三人組は顔を並べていた。月のない夜だ。辺りは暗く、波打つ川の水面もただただ不気味である。
「お嬢様、巻いたようです」
ロゼが淡々と、ゆっくりと目を開けながらそう述べた。主人たるシルヴィアも、それに微笑むことで答えた。辺りに人気はない。いるとしても、こう暗くてはどうにもなるまい。キースは耐えられない様子で、片膝を付き懇願した。
「シルヴィア様。ナギト領にお戻り下さい。今ならばまだ間に合います。もしくは私めに、あなたが名誉ある死を遂げるためのお手伝いをさせてくださいますよう……どうか」
キースは無駄だと分かっていても、そう言わずにはおれぬ。彼は今は亡きシルヴィアの父、エスカランテ卿に取り立てられ、ナギト家付き騎士団所属の騎士に出世したのだ。シルヴィアとも、知らぬ仲ではない。
「私に死ねと仰るの? ひどい人。キース、あなたももう分かっているでしょう? 私が最早、後には引けぬということくらいは」
「私は一騎士として、あなたにせめて名誉ある死をお選び下さい、と申し上げているのです! このままでは、シルヴィア様は名前も残らず消され、お家の名も歴史には残りますまい。全ては無かったことになるのです。お父上や……クシャナ様も、そのような事は望んでおりません」
「それで」
シルヴィアは冷たく、ナイフの刃をさしこむよう言った。目に巻かれた包帯を解き、美しきエメラルドグリーンの瞳を夜に晒す。
「それで一体どうなるといいますの? いいことキース。優しいキース。私の友人キース。あなたは名誉を重んじるとても素晴らしい騎士。でも私に死を望むのはあなたの意志とは違うでしょう? 『誰の命を盾にされたの?』」
キースは慈しむような口調のその言葉に、顔を上げて彼女の顔を見ることすらできなくなっていた。恐ろしい。その一心だ。彼女の目は光を見ることが出来ない。だが彼女の目は、もっと多くのものを見る。もっと深いものを。人の心すら。
「奥方──ナディアですの? だいぶ、具合が良くなかったようですし。何よりあなたは彼女しか愛していませんものね」
キースの頬から顎へ、暑くもないのに汗が流れ、髭の先からぽたりと雫が落ちる。病気に臥せった妻ナディアを救うためには、それこそ治癒師レベルの魔法治療が必要と判明した。だが、内戦時に作戦遂行ミスのため、味方の進軍を大幅に遅れさせてしまったことから冷や飯食いのキースには、帝国行政府に働きかけて、わざわざ妻のために治癒師を呼び寄せるような力など無い。
「確かに私を連れ帰り、このエスカランテ代々の剣を持ち帰れば、あなたは今の状況から脱出できるかもしれませんわ。奥方だって治療を受けさせてもらえるでしょうね。……私を殺すことにはなるでしょうけど、万々歳の結果ですわね、キース」
うやうやしくロゼが差し出した剣──刃渡りは長剣の半分といったところ──をシルヴィアは受け取り、暗闇のなかで白刃を抜いた。エスカランテ代々の剣だ。未だ片膝をつき頭を垂れたままのキースの頭のすぐ上に、その刃をかざす。
「ねえキース。私は逃げも隠れもしませんわ。あなたの言うとおり、ナギト領に帰ってもいい……でもねキース。そうすればまず間違いなく、あなたも消される」
まるで決め付けるかのような物言いに、キースは跳ね上がるように顔を上げる。
「馬鹿な! クシャナ様がそのようなこと……」
「ええ。なされないでしょうね。クシャナ様はお優しいお方。悪く言えば、政治のことをよく分かってらっしゃらない。もっとも、私はそういう所をお慕い申しているのですが……父上が亡くなって、家臣団筆頭の席を狙う家臣たちが……私の存在が後々漏れるような愚を犯すとは思えませんわ」
シルヴィアの言葉には真実味があった。キースとて、騎士団でそうした面倒事厄介事がどう処理されてゆくのか、伝え聞いている。自分には縁のないことだと笑って聞き流したものだが、今は違う。クシャナは言った。内々のお勤めであると。妻の事は任せてほしいと。それは事実だろう。だが彼も、キース自身がどうなるかについては言っていなかったような気がする。真実は分からぬ。シルヴィアが言うのは世迷い事かもしれない。だがキースは恐ろしかった。妻を残し、騎士としてもみすぼらしく不名誉に死んでいくなど、耐えられぬ。大体そんな使い捨てならば、なぜよりにもよって自分を……。
「シルヴィア様。私は……私は妻を残して死ぬことなど耐えられません」
キースは震える声で、そう言った。シルヴィアはエメラルドグリーンの瞳を、暗闇の中で愉悦に歪ませた。堕ちた。所詮人は、己の死に向きあえるようにはできていない。それが確からしい事実で固められていれば、なおさらだ。シルヴィアは再び瞳の上に包帯を器用に巻く。何も言わずとも、ロゼが後ろから縛るのを手伝った。
「あなた、クシャナ様直々に命令を受けたのでしょう? 支度金は頂いたのですか?」
シルヴィアにとって、聞かずともわかっている質問であった。父親は、妻や娘よりも家を気にする男だ。その上、自分の家より主人の家の方を重んじた。大した忠誠心だ、と人は賞賛するだろう。だが、シルヴィアには所詮、己で何もつかみとろうとしない腑抜けた父親と軽蔑すべき対象であった。いつからだったろう。自分に絶対の忠誠を誓うロゼを抱き込み、美しい瞳を持つ動物を狩らせ、その瞳を蒐集し始めたのは。始めは、父親へのあてつけだったように思う。目を開けぬ体に生んだ母は既に亡く、父親は自分を見ようともせぬ。五年前にバレた時も、父親が言ったのは、
「ナギト家に傷がついたらどうする!」
と言うものであった。所詮父親は、自分も含めて、エスカランテ家のことなどどうでもよいのだ。気づくのがもう少し早ければ、もっと別のやり方で──例えば、ナギト家を簒奪することさえ考えていたシルヴィアにとって、蒐集癖がバレ、軟禁されたことより、その気付きが遅かった事のほうが悔やまれる出来事だった。
その父親が家名を守るために、わざわざ左遷された騎士をよこす。間違いなくシルヴィアを殺すために、切り捨てても問題ない人材を使って。ならば、豊富に活動資金をもたせたほうが良いに決まっている。刺客を雇えば仕留められる可能性も上がるし、もし裏切られても、公金を横領した罪で殺してしまえばいいからだ。目的を達しても同じ結果に落ち着く。
「金貨──五百枚ほど」
「なるほどね……ではこうしましょう、キース。私は、そのうち四百枚を引き換えに、この剣を渡しますわ。後はあなたの取り分。それを終えたら、あなたも奥方とナギト領を出て、静かに暮らすことですわ……ああ私のことは適当に誤魔化せば大丈夫。どうせナギトの人々も、この剣で私が勝手にエスカランテ卿になるのを阻止したいのが第一の目的なのだから、死んだといえば満足するでしょう。で、どう返すかはあなたの自由。行政府にお恐れながらと申し出るのもよいでしょうし──あなたがエスカランテ卿になるのも面白いかもしれませんわね」
「そのような……滅相もございません」
少しだけ顔色の良くなったキースに、シルヴィアはすっと手のひらを見せた。制止するよう言っている。ロゼはその素振りから何事かを察し──剣を抜き、壁を蹴って跳躍! 細い刃を端に突き立てた! しばらく彼女は突き刺さった剣をじっと見つめていたが、再び同じように壁を蹴って剣を引き抜くと、剣を納める。
「申し訳ございません。逃したようです」
「そのようですわね。上を見ていらっしゃい」
「御意に」
ロゼは素早く橋の上へと急ぐ。誰もいない。確かに何者かの気配がしたのだが。
「お嬢様。誰もおりません」
「結構です。降りていらっしゃい。……それで、キース。剣を売り渡すのは問題ないのだけれど、ひとつ条件がありますの。──先ほどの食堂に娘がひとりいたでしょう?」
「はい」
返事をしながら、キースには妙な胸騒ぎがしていた。何か決定的に判断を間違ったような、不安感。焦燥。それが何なのかは、シルヴィアが煽る不安や妻と死別するかもしれないという恐怖で麻痺した頭には、分からなかった。
「その娘を連れていらっしゃい。その後、金と剣を交換しますわ」
娘を連れて来い。その言葉が意味することは、ひとつしか無い。そしてキースの麻痺した頭でも、それはまずいという気持ちは感じ取れた。まず間違いなく、ロゼとシルヴィアは彼女を殺すだろう。そして目を抉りだす! 要はその片棒を担げというのだ!
「あの食堂では騒ぎを起こしすぎましたわ。それに同じ憲兵官吏に二回も顔を見られていますし」
「シルヴィア様、もうそのような事はおやめ下さい! 剣をお預かりした後も、そのような恐ろしい事を続けてゆかれるおつもりか!」
「キース、ねえキース。あなたは奥方の命が惜しくないのですか? 自分の命は? 私の将来を案ずるより先に、自分の今後をまず第一に考えたらどうなのですの?」
キースは喉をつまらせた。早く妻に治療を受けさせねばならない。そしてシルヴィアの言うことが確かならば、自分はナギト領にはもう戻れぬ。しかし、金が残っているならば、人をやって妻を連れ出し、治療を受けさせた後、ひっそりと暮らすことができるかもしれない。苦渋の決断だった。キースは正しい人間でありたかった。だが、正しいだけでは妻や自分の命は最早救えぬのだ。
「どこに……どこに連れ出せば良いのですか」
キースは再びがっくりと頭を垂れ、絞りだすように言った。彼からは見えなかったが、シルヴィアは笑っていた。隠れているエメラルドグリーンも歪んでいることだろう。キースは、どこか安心を感じていた。人は屈服した時、、安心してしまうのだ。それが人を殺し目を抉る、恐るべき人間に対してだとしても。
 




