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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
勿忘(わすれな)不要
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勿忘(わすれな)不要(Aパート)



「飲んだな」

「飲んだァ~! 畜生、飲んだぞ!」

 酔っぱらい二人が、ふらふらと東地区の飲み屋街を歩いていた。いつものカソックコートの中で、足を揺らしながら歩くイオと、それに肩を貸すソニアの二人が夜道の先をランプで照らす。

「大体な、お前ちょっと飲み過ぎじゃないのか。ワイン一瓶は開けすぎだ」

「うるせェなァ~! おめェソニア……俺はたまにはこうして飲みてェ時もあんだよ!」

 イオは普段の五割増しで飲み散らかし、こうしてフラフラになるまで酔っ払ってしまったのだった。いざという時は馬車を呼ぶ手もあったのだが、そんな金も残らなかった。なんでも、久々に手を出そうとした人妻に手ひどくフラレてしまったらしい。

「若いな。女なんて星の数、ダメなら次に行けばいいだけの話だ」

 ソニアは若い時からアウトローであった。抱いた女、通り過ぎていった女は星の数、その経験とてイオに比肩、いや上回るやも知れぬ。経験から裏打ちされた穏やかな答えは、酔いの回ったイオの頭には辛かった。

「だからうるせェってんだよ! ソニアよォ、今日くらいほっといてくれよ!」

 ソニアはたばこを咥えた口角をあげると、背中をさすってやった。女遊びは人間同士の遊びだ。経験すれば経験するほど、酸いも甘きも噛み分けられるようになる。

「なんだ、手前は!」

「いきなり出てきやがってなにもんだ、ああ?」

 角の先から、怒声が響いた。俄にソニアはイオをその場に下ろすと、そろそろと角の先を覗いた。ただのケンカならば構わない。面白がって見ていればいいだけの話だ。だがソニアの『勘』とでもいうものが、何か嫌なものを感じたのだ。血の匂い。流血沙汰になりそうな気配。死の薫り。

 彼が見たものは、四人の影。一人は髪を振り乱し、手首を掴まれたまま泣いている少女の姿。少女の手首をつかむ男。仲間と思わしき、大柄な影。──そして、異形。その姿は全身銀色の甲冑に包まれており、およそ人間らしい肌はどこからも覗いていない。腰には風に揺れる紙束がばたばたと音を立てている。そして極めつけは、頭上に輝く金色の輪!

「ソニアよォ~。俺を置いてくなよお。そういうの今一番傷つくんだよお。冗談でもやめてくれよ……」

 イオがのそのそと起きだしたのか、ソニアの肩を掴み、自分の体を乗り出す! 彼の酩酊した目に写ったのは金色の輪を頂く異形の鎧の姿!

「ソニアよお、勘弁してくれよ。俺は目がどうかしちまったんじゃないのか」

「いや俺の目にも写ってる。間違いねえよ」

 ソニアは黒メガネを押し上げる。目の前の光景は何も変わりない。鎧は静かに手をあげ、くぐもった声で宣告した。

「貴公ら、私の目の前で無作法を働いたな」

「だからどうしたんでえ。はあん。さては、お前……このガキに惚れたってのかい。どこの騎士様かしらんがよ」

 大柄な男はジャケットの懐から、ぎらりと鈍く光る長ナイフを抜いた。鎧の男は、点に伸びた剣の柄──いや、光の粒子が柄から立ち上り、光の輪に溶けていっている。

「いたいけな少女を力を持って組み伏せ、連れ去ろうとは無作法千万。全ての無作法に鉄槌を下す、それこそ我が宿命。消えよ!」

 炎が巻き起こり、一瞬の爆音と閃光がきらめいた。目の前にいたはずの男の姿は消えていた。立っていたところに、焦げ付いたくぼみに血の染みが残っているだけだ。消えた。いや、『消し飛ばした』のだ。それを徐々に理解しだしたのか、女の手首をつかんでいた男は震え始め、叫び声をあげて走り去っていく。女はその場に尻もちをつき、悲鳴をあげることもできずに鎧を見上げているようであった。

 頭上から金色の輪が消え、鎧はただ立ち尽くしていた。

 仮面に隠れた顔の下は、窺い知れぬ。だが、ソニアもイオも、何かおかしいと感じていた。たった今人間を一人消し飛ばしたというのに、何も感じていない。人を殺せば、何かしら虚脱感を感じるものだ。そしてその虚脱感を体から発する。この鎧からは、そういったものを何も感じないのだ。

 鎧はゆっくりと歩き始め、闇の中へと消えていった。残された少女も、ソニアも、イオも、動けないまま全てが終わったのだった。






 ヴェリサス社。イヴァンではなかなか歴史の長い土建屋である。社長のランド・ヴェリサスも親分肌の人のいいクマのような男で、堅実な商売を続けてきた。客からの評判も上々。いわば優良企業である。

「サイトーさん、それではあんまりにも……」

 しかし、今ランドは床に頭を擦り付けていた。自分が座ってしかるべき椅子には、一人の男が腰掛けている。男は横柄に机に足を投げ出し、シルバーフレームのメガネを手元で拭き、レンズに息をふきかけた。銀髪をオールバックに撫で付け、額に一房赤い髪を下ろしている。

「何がじゃ」

 まるでナイフを臓腑にさしこむような、ドスの利いた声!

「で、ですから……あまりに酷いでしょう、いくらなんでも。確かに俺は金貨を百枚借りましたよ。しかし予定していた工事が」

「んなこた分かっとんのじゃ。おん? あのな。わしゃ金貸しじゃけえの。金貸したら利ざやをとらんと商売が成り立たんのじゃ。分かっとるか? お?」

 そういうと、サイトーは革靴でランドの後頭部を踏みつける! ランドとて、一人の男だ。自分より二回りは若いであろうサイトーに、このような仕打ちを受ける言われはない!

「ですから、期限を一ヶ月過ぎましたが、金貨を百枚」

「ひゃくまいィ~? 足りんのお。全く足りんのお。借用書よう見てみいや」

 そう毒づくと、サイトーは白スーツのジャケットの懐から、羊皮紙を一枚取り出した。借用書には、しっかりとランドのサインが入っており、正当性は言うまでもない。それはランドにもよく理解していることだ!

「さ、サイトーさん。利息は日割りで十二分と書いてあるじゃないですか。元本を支払えば、まだ利息は金貨三枚にも……」

「じゃかあしいんじゃ、ボケ! わしゃ、お天道の下に立てんような闇稼業じゃ。法に守られずにやっとんのじゃ。ええかい、ランドさん。わしゃあんたみたいな困っとる人をいかにも見逃せんのよ。できることなら金を貸したい。貸したいが……わしも危ない橋を渡る以上、それなりの手数料をもらわんとやってけんのじゃ。特に、期限を守らんようなやつからはの。たしかに期限までのりざやの利息は日割単利計算で十二分。じゃがそれに、返せなくなってからの遅延損害金分も合わせてもらわんと」

 サイトーは靴をランドの頭からどけた。ランドはおずおずと頭を上げ、サイトーを見る。サイトーはぱちぱちと手元で小さなそろばんを弾いていた。ランドの胸中はまるで、死刑宣告を待つ死刑囚のごとし!

「遅延損害金の利息は十二分。じゃがのお、遅延損害金は単利計算じゃのうて複利計算なんじゃ。つまり期限から三十日過ぎると──遅延損害金は金貨二千九百枚。耳そろえてきっちり返してもらわんとの」

 サイトーのやらしい笑みは、一筋の落雷めいた衝撃となりランドの頭に響く! 金貨二千九百枚など、どう逆立ちしても返せるはずがあろうはずがない! ランドは一瞬抜け殻になりかけるが、元々親分肌で正義感の強い性格が脳に詰め込まれ立ち上がる!

「この野郎……ちょっと下手に出てりゃいい気になりやがって……!」

 ランドはサイトーに掴みかかり、胸ぐらを持ち上げる! しかしサイトーは涼しい顔で、社長室の扉を見やる! そこからは、ガラの悪い、刀傷を頬に受けた男たちがぞろぞろと部屋に入り込んでくるではないか! そして、手首を掴まれた少女が男の間から姿をあらわす。ランドもよく知る、よく知りすぎている少女だ。何しろ娘なのだから!

「すまんのお、ランドさん。本当にすまん。でもわしも金貸し、借金が払えんとなるとこれはもう、根こそぎ持っていくしか無いんじゃ。会社の物品から何から……娘さんはの、ほうじゃの……娼館で働いてもらうしか無いけえ、覚悟しんさいや」

 ランドの正義感は一瞬でしぼみ、再び地面に額を擦り付け懇願! ひたすら懇願! 会社はいい。財産も構わない。身一つあれば、やりなおせるからだ。しかし娘は取り返しがつかない。娼館に送られれば、契約満了か借金返済、もしくは身請け以外に出る方法はないのだ。しかも相手はヤミ金のサイトーだ。どんな地獄に送られるか分からない!

「サイトーさん……それだけは……娘だけは、どうか……」

 思わず涙声になるランドにかけられるのは、サイトーによる物静かな死刑宣告と冷たい視線のみ! 彼はシルバーフレームの高級メガネを押し上げると、冷酷な瞳でランドを侮蔑混じりに見下げるだけだ。慈悲はない!

「ええかげんにせんとぶち回すけえ、その程度にしときんさいや。のう? ランドさん、金を返せんかったあんたが全部悪いんじゃ。これだけは間違いないけえ、まだビジネスをやるつもりなら覚えときんさいや。ほいじゃ、元気での」

 ランドのすすり泣く声を背に、男たちに引き続き家探しをするよう指示しつつ、サイトーはスーツのジャケットの襟を正した。切羽詰まった人間から搾り取るのは簡単だ。手を差し伸べれば良い。会社が切羽詰まっていても、力が残っていれば吸い取ってそれで仕舞いである。もとよりサイトーは、あんな莫大な借金を背負わせても、全額完済できるなどとは考えていないのだ。

「兄貴! サイトーの兄貴!」

 ヴェリサス社の出入口を抜けると、小柄でこれまた頬に刀傷の入った男が、まるで犬がじゃれつくような慌ただしさでサイトーに駆け寄ってきた。

「ハチか。ワシはたった今仕事が終わったばっかりなんじゃ。少しは静かにせえや。ぶち回すど、おん?」

「兄貴! それどころじゃねえんです! マサが……マサが殺られたんで」

 サイトーはフレームを指で押し上げると、顎をしゃくった。喋れと言うサイン。ハチは息を整えると、横を歩きながら話し始めた。

「昨日、マサとシドで、娼館へガキを引き渡しに行く途中に……変な野郎に襲われたらしくて。全身鎧を付けた、おかしな野郎です。しかも、どうやら魔法を使うみてえなんです」

「魔導師け」

「へい。マサは魔法で吹き飛ばされて……ひでえ有り様だったみてえです」

 まるで、研ぎ澄まされた刃物のような鋭い視線が、ハチを睨めつけていた。ハチは体を震わせる。彼はサイトーの腹心である。それは裏返せば、最も長く彼の下で生き残れたという事実を意味する。彼は、たとえ部下であっても不手際を許さない!

「女はどうしたんじゃ」

「へい……シドは、自分も殺られると思ったみてえで、女を見捨てて逃げたとか」

「逃げたんか」

「へい」

「ほうか」

「へい」

 サイトーはスーツの裏ポケットをまさぐり、自分の髪と同じ銀色のタバコ入れを取り出すと、一本細いたばこを取り出し咥えた。ハチは慌てて自分の持っている携帯火種を取り出すと、蓋を開けふうふう吹いた。赤々と火が点くと、サイトーはその中にタバコを突っ込み、くゆらせた。

「シドにはケジメつけるよう言えや。ほうじゃの……ま、仕事が上手く言ったばかりじゃけ、一本で許してやるかいの。そう伝えんさい」

 顔色一つ変えず、サイトーはそう言い放つ。ケジメ、それは指を切り落とす行為である。古来の英霊『ヤクザノオヤブン』なる男が、部下にした男に強要した『責任を取ったということを示す』ための儀式らしい。帝国中の何百何千何万といるアウトロー達でも震え上がるという、蛮勇極まる儀式だ。しかしサイトーはそれを社員に平気で強要するのである! 一番の腹心であるハチですら、左手小指が既にケジメで失われている。彼の下で働く限り、指は愚か、命すら失うこともあるのだ!

「それで、ええか。その鎧野郎……しごうしちゃるけえ、社員全員で探しんさいや。連れてきたやつにゃ、ボーナスで金貨十枚!」

「へい!」

 ハチの走り去っていく背中を見ながら、サイトーは新たなビジネスについて考えていた。彼の行動原理は、おしなべて金と、暴力しかないのだ!

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