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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
引抜不要
103/124

引抜不要(Cパート)





 ドモンは結局、亜人の歌姫に後ろ髪を引かれながらも、スワガー・ザ・シアターの前に立っていた。隠しポケットの中で鳴る、金の音。チケットも手に入れた。だが、なんとなく気に入らない。

 歌姫とその弟の怯えた目。何かを訴えかける表情。スワガーのせいで何を言おうとしたのかは分からなかったが、どうにも気持ちが悪い。裏路地へと進み、角を折れると、誰かにぶつかった。

「気をつけてくださいよ」

 腹を抱えながら歩いていたのは、イオだった。

「あんたこそ……おっ、旦那じゃねェか! 奇遇だな。ちょうど良かった。あんた、青髪のガキを見なかったかい。黒いスーツの男に担ぎ上げられて、どっか連れてかれちまったんだ」

 青髪。一瞬、脳裏にあの姉弟の姿が浮かぶ。姉の怯えた赤い瞳。そして、その弟も青い髪だった。

「なんであんたがガキを探してるんです。……まさか、男もイケるようになったとか」

「イケねェよ! だがよ、神は乗り越えられねェ試練をお与えに成らねェんだ。多分、ガキを追えば、イイ女にありつく。そんな気がしてならねェんだ」

「とうとう頭がおかしくなりましたか。やだやだ、貧乏は嫌ですねえ」

 知らん顔でその場を去ろうとするドモンの肩を、イオはぐいとひっつかんだ! その形相には、執念すら感じられる。ドモンは知らないことであったが、イオは女に対し困難が待ち構えていると燃えるタイプなのだった。

「旦那。とにかく、青い髪のガキを見なかったか、そうでなかったか教えてくれ」

「……見ましたよ、さっき。スワガー・ザ・シアターの中で。実は、フィリュネさんから聞いた噂の『亜人の歌姫』を見てきちゃいましたよ。なかなかの美人で──」

 ドモンが話し終わらない内に、イオの姿は既に消えていた。ドモンはぼりぼり頭を掻いてから、ため息をつく。そうして、別れ際にスワガーに言われた言葉を思い出していた。

「旦那。知り合ったばかりでこのような事をお頼みするのも申し訳ないのですが、折り入って頼みがございまして」

 シアターの中二階、スワガーの事務所で、ドモンはコーヒーを飲んでいた。スワガーのとなりのソファには、男が一人座っている。軽薄そうな金髪の男。どことなく、不安げな表情を作っている。

「僕に出来る事なら、何でも言ってください」

「頼もしいですなあ。いや実は……ピューマさんをご存知ですか。ここらのエンタテインメントを仕切る、大元締めなのですが」

 名前だけなら聞いたことがある。まあ、そういう『大元締め』と呼ばれる人間は、大抵の場合マフィアと強く繋がっていたり、場合によってはマフィアそのものということも多々あるのだ。ピューマはまさにそういう男であったが、節度を守って無理なアガリを取らない男であるという評判だったはずだ。

「まあ、名前だけは」

「実はこの後、ちょっと込み入った話をしなくてはならないものでして」

「ちょ、ちょっと待って下さい」

 スワガーの話を遮ると、ドモンは少しだけ困ったような表情を作った。マフィアめいた大元締めと込み入った話。ろくなことにならなそうだ。ドモンはそういう、面倒事を最も嫌っている。自分から首を突っ込むなどもってのほかだ。

「まさかとは思いますが……立ち会えとか言うんじゃないでしょうねえ。勘弁して下さいよ。危ない連中に睨まれるのはゴメンですよ」

 スワガーはそんなドモンがおかしかったのか、声をあげて笑った。そして、ひとしきり笑った後、ぎょろりとした目をドモンに向け、にやりと笑う。

「簡単な話です。旦那に、迷惑はかけやしませんので」





「で、俺にどうしろというんだね。スワガーの旦那」

 ここは、アケガワストリートの中でも指折りの大きさである建物。その名はピューマビル。文字通り、エンタテインメント界のドン、ピューマの所有するビルである。スワガーとリッツは、ピューマの鋭い視線を、モロに浴びることになっていた。

「確かに、俺はあんた達に人手を貸したよ。あの亜人の歌姫を舞台に立たせる。そのためにゃ、マネージャーの存在は邪魔──そこで、事故に見せかけて殺し、歌姫の宣伝に使う……いい方法だ。俺も、ずいぶん儲けさせてもらった」

 ピューマへの手数料は、口封じも兼ねて歌姫のステージの売上から二割。普段彼が取るあがりは、シアターの総売上から五分である事を考えれば、かなり搾りとってきている。だがそれだけ搾り取られても、シアターは間違いなく生き返った。その矢先の出来事だ。最悪のアクシデント。よりによって、姉弟に知られてしまうとは。

「あんたらが招いたことだ。収拾をつけるのはあんたら。違うかね、スワガーの旦那」

「ピューマさん、そういうわけにはいかないよ」

 意外にも、スワガーは余裕の笑みを浮かべていた。ピューマは爪にやすりをかけるのをやめ、人を殺せそうな視線をぎろりとスワガーに、そしてリッツへと差し向ける。息を飲むしか無いリッツはともかく、スワガーには『何か』があった。

「殺したのは、あんたのところの社員だ。もちろん、あたしもいましたがね、現場じゃ『殺せ』なんてことは、一言も言わなかった。だが、勝手に殺ったのは、あんたのとこの社員。これは間違いないはずだ。しかも金だって受け取ってる。……これは、あんたにも関係有ることですよ、ピューマさん。少なくとも、知らぬ存ぜぬを貫き通せるようなものじゃない」

 ピューマは立ち上がり、スワガーへ近づくと、一気にその胸ぐらを掴みあげた! ピューマの背は高く手足も長い! 天井へたたきつけられそうな気になる!

「何が言いてえんだい、スワガーの旦那。すると何かね? 俺にも責任がある。そういいたいのかい」

 スワガーの顔がどんどん赤くなるのを見て、ようやくリッツはピューマにすがりつき、手を離させようとする! 直後、ピューマの長い左手から裏拳が繰り出され、リッツの鼻っ柱を折る! 鼻血が噴出! 自分のストライプのスーツに彼の血が付いたのを見て、ピューマはスワガーを離し、オフィスに転がったリッツを蹴る!

「てめえ! ぶっ殺してやる! 俺のスーツに! 血を! つけやがって!」

 リズムよく蹴りを入れられ、その度に鼻血が吹き出し、口から血を流す!

「ゲホッ……ピューマさん、その程度に」

「うるせえ!」

「いいんですかね? ……いやあたしもね。馬鹿じゃありませんよ。その窓から外を見てご覧なさい」

 ピューマはリッツから離れ、カーテンの影から、窓の下を覗く。収まりの悪い寝ぐせだらけの黒髪の憲兵官吏が、なにやらパンを齧ってこちらを見ている。目が、あった。監視している。真実はわからぬが、少なくともピューマはそう感じた。

「ピューマさん。悪いことはいいません。あたしらは今、協力しなくちゃなりませんよ。お互いの破滅を防ぐためにね……」

 ピューマはゆっくりと窓から離れ、力が抜けていくように、ソファに座った。最悪だ。スワガーがけしかけたのか、嗅ぎつけられたのかはわからぬ。しかし、スワガーはいずれにしろ、上手く行かねばピューマ自身を道連れにするつもりなのだ。一蓮托生の状況に、うまく持ち込んできた。

「分かったよ……それで? あんたにはなにか策があるのかい。憲兵団だって、馬鹿じゃねえ。もしまかり間違って、姉弟のどちらかが憲兵団に話してみろ。捜査に入られるかもしれねえぞ」

 実際は、そうではない。それ自体、スワガー自身がよく分かっていることだった。あのドモンとかいう憲兵官吏には、とりあえず話は気づかせていない。そもそも、弟のノオとて、どの程度真実なのかどうか分かっていないはずだ。姉のクアトロには『マイルマンが何者かによって殺されたことを黙っていた』ことにしてある。これはリッツの咄嗟の機転だが、クアトロとて馬鹿ではない。弟の話から、スワガー達に不信感を持ったことだろう。これはスワガー自身の持論であるが、そうした疑念は二度と覆す事はできない。どこかで、針を引っ掛けたように跡が残る。たとえ、リッツがクアトロを『コマしかけ』であったとしてもだ。

「ええ。ですからあたしは、ちょっと考えたんですよ。そして、思いついた。ピューマさん、あんたも、あたしも、絶対に安泰っていう策を。しかも、一儲けできるってのは、どうです」







 その頃、イオはスワガー・ザ・シアターにたどり着いていた。

 ドモンから聞いた情報は、イオの記憶とあの青髪の少年を結びつけるに十分なものであった。入り口からするりと入り込むが、『休憩中』の看板が立っている。

「なんでェ……おーい。誰かいねェのかい」

 誰もいない。イオは知らぬことであったが、三回目の公演は夜になってからなのだ。シアターの他のスタッフは休憩に入り、ことここには一人もおらぬ。そして、イオも看板を見たくらいで引き返すような事はしなかった。奥の階段を昇る。誰もいない。

「青髪の少年……いねェのかい。いやさっき、神は寝てらっしゃるなんて言ったがよ……実はもう起きたらしくてよ……」

「神父様ですか?」

 少年の声が、扉の向こうから聞こえた。普段は男の顔も名も声も、ろくに覚えようとしないイオであるが、さすがに今日は別だ。先ほどあったばかり、それも助け損なってこっちがひどい目にあったのだ。印象深いにも程がある。

「あの、助けに来てくれたんですか……?」

「その前にだ。……おめェのねぇちゃんってのは……亜人の歌姫ってのは本当かい?」

 イオは、そのドアを見て妙に感じた。鍵が、外側からかかるようになっている。これでは、外側から来た侵入者に、何の意味も為さない。すなわち、今のイオのような。

「どなたですか?」

 涼やかな声がした。イオは迷わず鍵を開ける。赤い瞳に透き通るような白い肌。青髪の亜人の歌姫、クアトロがそこにいた。フィリュネから噂には聞いていたが、なるほど美人なものだ。

「おお、主よ。我に試練たもうたことに感謝いたします」 

「あのう……どうしてここが? ノオと知り合いなのですか?」

 クアトロはともかく、ノオはひどい顔だった。泣きはらしたのか目の回りが腫れてしまっている。クアトロはそんな彼を掻き抱くように、奥の椅子に腰掛け、怪訝そうな表情をイオに向けていた。

「いや、何。そこの……ノオ君。彼が、『お姉さんが殺される』と私に助けを求めてきたものですから、気になってしまいましてね」

 今更間に合ったかどうか疑いが残るが、イオは神父らしい口調で話して聞かせた。クアトロは、あまりその話に良い印象を持たなかったようで、僅かに眉根を寄せた。

「この子は心配症なんです、神父様。私達姉弟は、長くマイルマンという人と旅をしてきました。……しかし、誰かに殺されてしまったのです」

 うなだれるクアトロの声は、既に涙で潤んでいた。イオは髪をかきあげながら、参った、と小さくつぶやいた。女が泣くところを見るのは好きではない。

「でも、姉さん! 僕は見たんです。スワガーとリッツが、楽しそうにそれを話してるのを見て、聞いたんですよ!」

 必死に食らいつくノオだったが、クアトロはそれすらもいとおしげに彼の頭を撫でる。イオには、彼女が疲れきっているように見えた。女という生き物は、本当に辛く苦しい時、自分がそうしてもらいたいのにも関わらず、他者に無償の優しさを与えることがある。そうした女を、イオもよく見てきた。

 彼女は、優しすぎるのだ。

「スワガーの旦那も、リッツさんも、とてもいい人よ」

「どうでしょうか……このような外から鍵がかかる部屋に閉じ込めておくなんて」

「実は、私もさっきまで取り乱していましたから。だから、ここで落ち着いて考える時間をくださったんだわ」

 ノオは、悔しそうに泣いた。伝えたいことを、伝えるべきことを、クアトロは理解してくれぬ。それ故の涙であった。クアトロは、そんな彼を優しく撫で続けていた。

「姉さん。どうして……どうして分かってくれないんですか……マイルマンさんを殺したのは、多分スワガー達なんですよ……もし、もし姉さんが客を集められなくなっちゃったら……殺されちゃうんですよ!」

 乾いた音が、その暗い部屋に響いた。クアトロは、ノオを平手で打ったのだ。

「わからないのは、アナタよ。どうして、分からないの。分かってくれないの」

 ノオは、部屋を飛び出した。イオが止める間もなく、駆けて行った。クアトロは唇を噛み締め、涙をこぼし、嗚咽した。イオにできることなど、せいぜい胸を貸してやることだけだ。

「どうして……どうしてノオは分かってくれないのでしょう……神父様」

「彼も年頃です。色々と理解できないこと、理解したくないことが増えているのです。寛容な精神で、許しておあげなさい」

「違うのです、神父様……そういうことでは、無いんです」

 その直後であった。何者かが──数人いるようだ──階段を登ってくる。まずい。クアトロもそう感じたのか、イオに隠れるよう言った。イオは素早く部屋を出て、静かに鍵をかけ、扉の目の前ににあった大きな木箱の後ろに滑り込み、隠れた。男が、五・六人入ってくる。鍵を開け、中へ。

「ノオはどうしました。クアトロさん」

「……知りません」

 乾いた音。ノオを襲った音と同じ音。

「あたしを舐めてもらっちゃ困るんだよ。だが、まあ都合がいい。あんたにだけ話がしたかったのさ。……こいつを見な」

 懐から取り出した羊皮紙を、男はクアトロに広げてみせた。ここからではよく見えない。それがまた、イオにとって口惜しかった。

「これはね。あんたがここに入った時の契約書だ。あんたと、ノオの生活を保証する。そう書いたね」

「存じています」

「じゃあ、一番下のこの項目。ここにはね、『ただし、こちらの都合により、契約書の内容を変更することがある』とそう書いてある。どういうことか、分かるかね」

 クアトロは、何も言えなかった。羊皮紙を持った男を押しのけて、金髪の男がクアトロの目の前にずいと出て、顔を近づけながら、優しげな声で言った。

「旦那はさ。クアトロとノオに万が一にも何かあっちゃいけないって考えてんだよ。何しろ、いつでもクビにできるって外野から言われちゃ、旦那はどうしようもないから。……さっき、ノオは元締めのピューマさんとこの人に捕まって、こっちに連れられてきたろ。ノオが言ってた『マイルマンが殺されて、クアトロも殺される』って走り回ってたの、ピューマさんの耳にも入っちまったんだ」

「当然、ピューマさんはカンカン。ほれ、この後ろの人たち。ノオを捕まえて、ピューマさんの前に突き出すって聞かなくてね」

「そんな!」

 ほとんど悲鳴に近い声で、クアトロは叫んだ。

「ノオは何もしていません。それに旦那もリッツ、あなたも、誤解だって、知っているじゃありませんか」

 旦那と呼ばれた男は、腕組みしながらわざとらしくため息をついてみせた。目の周りに濃い隈のある男。

「黙りなさい! いいですか。ピューマさんはここらの顔役、大元締め。あんたは今や、このあたりで押しも押されぬ大スター。それが、あんたの弟が勘違いでホラ吹いてくれたおかげで、ウチはピューマさんから目をつけられちまった。あんたのスター街道もここでおしまいになるってわけですよ!」

「そんなスワガーの旦那……わたしはどうしたら」

「安心しなさい」

 スワガーは腕組みを崩さず、穏やかに言った。

「交渉はしてきました。手段は二つ。ひとつは、ノオをピューマさんに突き出すこと」

「そ、そんなことできるはずが……!」

「焦りなさんな。もう一つは、あんたにピューマさんの主催する、パーティーに出てもらうってことだ。長いパーティーだが、それだけ実入りもいい。どうだね。やってみるかね」

 汚え。イオはつぶやいた。クアトロは優しい子だ。こんなひどい扱いを受けても、スワガーやリッツを悪く言わない。それに、彼女にとって家族はノオだけだ。他の選択肢など、とりようはずもない。

「本当に、そのパーティーに出れば、ノオは……」

「あたしはピューマさんとは長い付き合いだ。ちゃんと口利いて、今回の事は水に流してもらいますよ」

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