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必殺断罪人  作者: 高柳 総一郎
詮索不要
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詮索不要(Aパート)

 俺はいつだって孤独だった。孤独な自分が好きだった。ナルシストだ、と言う奴もいたが、そういうやつには関係なく弾をぶち込んでやった。自分が、自分でいるためには、他の誰かを犠牲にしなくてはならない。そういう意味では俺は究極の『自分可愛がり』というやつだったし、ナルシストという指摘もあながちまちがっちゃいなかった。

 だが、俺は死んだ。

 敵のボスを撃ち殺して死んだのなら良かった。好きな女を守って死ぬ。いや、出来すぎだ。俺は少なくとも、両手じゃ数えられない程の人間を殺して、それでメシを食ってきた。だから、どこの誰かも知らない人間に撃たれて、側溝に突っ込んで死ぬ、なんて薄汚い死に方が、一番お似合いなんだ。

 人生の幕切れなんてのは、いつも突然で、いつも意外なものだ。







 そうして、俺の人生はカーテンコールを迎えたはずだった。しかし、人生のカーテンコールなんて一度も迎えたことがないから、勝手がよくわからない。別にいつもと変わらない格好だ。天国にもどうやら、ファッションについては寛容らしい。

 俺は草原に寝転がっていた。俺の住んでいるところは、薄汚くて、臭くて、暗くて、自然とは無縁な大都市だった。それが、どうだ。地平線まで続くような草原に、抜けるような青空。思うに、俺は地獄に落っこちずには済んだらしい。神様も意外と選定が適当なようだ。俺は立ち上がり、コートについた草を払う。二丁の自動拳銃はベルトに挟まったままだ。俺はマガジンを確認し、合わせて二十四発の銃弾が装填されていることを確認した。本当は、天国に来たのだからこんなものはいらない、とばかりに放り投げてしまおうとも考えたが、生憎俺の慎重さはその選択肢を破棄してしまった。

 俺は、ふと空を見上げた。口にはタバコ。ライターを探し、コートをまさぐる。

「おいおい」

 俺は乾いた笑いを漏らす。大きな影。太陽を覆い隠すほどの。その影は、徐々に大きくなる。風圧が俺の身体を叩き、草木を揺らす。

「お待ちしておりました!」

 ハキハキとよく通る声で、そのでっかいのから降りた女は喋った。俺はいよいよどうにかなってしまったのではないか、と頭を抱えた。俺はカートゥーンの類には詳しくない。だが、目の前にいるでっかいのが竜だというのはよくわかる。女もどこかおかしい。透き通るような白い肌。目は金色で、スーパーモデルも顔負けどころか、裸足で逃げ出すであろうボディライン。水着というのもおこがましいほど露出度の高い布切れで、かろうじて胸を覆っている。

 そして、耳が尖っている。

「英霊殿、お待ちしておりました。この出会いがあったことに、大地の神々と精霊に感謝を」

 跪く女に、俺は動揺していた。

「やめてくれ、お嬢さん。これでも大抵の事には驚かんつもりだがね。いきなりドラゴンに乗ってきた女に、幽霊だの何だの言われて、いったいどう反応しろっていうんだね?」

「ユーレイ? 違います。英霊です……ハッ、英霊殿、こちらの言葉がお分かりになるのですか?」

「お嬢さん、少しは話を聞いてもらえんかね。いや何、俺は何がなんだか……本当にさっぱりなのさ」

 俺は跪くことをやめようとしない女の側に腰掛ける。女はおずおずと顔を挙げる。歳の頃は十五くらいだろうか。ガキ臭くて好みではない。

「さっぱり? はあ、その割には言葉が上手でいらっしゃいますが……実はですね」

「見つけたぞ!」

 女の言葉は、後方から響いた男のだみ声にかき消された。振り向くと、そこにはこれまた珍妙な光景が広がっていた。

 鎧をつけて、長剣を構えた男たちが三人、ギラギラと目を輝かせているのだ。ごろつきだった俺が言うことでもないが、明らかに何人か殺している目だった。

「召喚反応を追ってみれば、やはり英霊を呼び出していたか、エルフめ!」

「天国には劇団員がいるのか? アーサー王伝説でもやるつもりなのか」

「て、帝国の遊撃隊ですッ」

 エルフと呼ばれた女は跳ね上がると、とたんに俺の後ろに隠れた。

「あ、悪逆非道の帝国の腐れ軍人共め! こちらにおわすお方は、我がエルフ族が身命賭してこの地に喚びし、英霊なるぞ!」

 なるほど口上は立派だが、言葉尻は震えている。帝国軍人共にとってみれば、嘲笑の的だったらしく、俺を見るやクスクスと笑いを漏らした。

「英霊ねえ。どう見てもただの人間じゃないか? え?」

「違いますッ! え、英霊殿! やっちまってください! こいつら、帝国に逆らうものは皆殺しにするような奴らなんです!」

 俺は悩んだ。別に、エルフの言葉に正義の心をくすぐられたとかそういうわけではない。銃は持っている。そして、俺はこういう荒事でメシを食った人間だった。三人いるが、倒せないことはないだろう。

 しかしだ。俺に何のメリットがあるのか。俺にとって、殺しはビジネスだ。天国に来てまで殺しをやるのだから、良い思いくらいはさせてもらわないと困る。

「報酬は」

「へ?」

「奴らを殺す。別にそれはいい。得意だからな。だが、その代わりに何をくれる?」

「い、生贄が必要なんですか? 人間だったのでてっきり必要ないのかと……」

「いいから、何かくれるのか。くれないのか。どっちなんだ。それ次第でどうするか考える」

「おしゃべりは終わりか、クソエルフ!」

 痺れを切らした帝国軍人の一人が長剣を振りかぶり、突進してくる!

「い、生贄なら……」

 剣が迫る。俺は銃を抜く。これ以上は間に合わない。コスプレ野郎どもに頭を砕かれて二回目の死亡はごめんだ。

「私です! 私を差し上げます!」

 銃声。男の顔は砕け、長剣ごともんどりうって後方へ吹っ飛ぶ。俺は血しぶきの中に左手に握った銃の銃口を向け、トリガーを引く。二人目の男の首に直撃し、口から霧状の血を吐き散らす。右手のトリガーを引き、うろたえる暇もなかったであろう三人目の頭蓋骨を撃ち砕く。

 一瞬。それだけあれば俺には十分だった。

「強い…・・・」

 エルフは銃をベルトに挟む俺を見て、心底驚いたようだった。

「一体、どんな魔法を? 爆裂したということは、炎を操るのですか?」

「質問を質問で返すようだがね、お嬢さん」

 俺はようやくマッチを見つけ、咥えたままだったタバコに火を点けた。

「ここは一体どこで、俺は一体何なんだ?」




爬虫類の背中というものに初めて乗ったが、案外快適なものだった。馬と同じように鞍がついていて、そこに腰掛けられるようになっている。なんとも言えない浮遊感さえなければ、このドラゴンというやつはなかなかベンリなものなのだろう。

「火は吐かないのか」

 俺は風圧でタバコが吸えない代わりに、少し饒舌になっていた。人を撃った後はだいたいこうだ。アドレナリンが俺の舌を普段よりよく回すのだ。

「火? まさか、そんな。お伽話じゃないのですから。ドラゴンはサラマンダーとは違いますよ」

 エルフは手綱を握りしめたまま笑う。よく分からないことだが、それが常識であるらしい。巨大な羽を一際強く打つと、ドラゴンは地面に着地した。彼女がいうには、『召喚された英霊を紹介しなければならない』とのことだ。何を言っているのか未だによくわからないが、どうやら俺には選択の余地は残されていないようだ。

「さ、ここが連合軍作戦本部です」

 ドラゴンの鐙にタラップ代わりのはしごを取り付け、俺とエルフは地上に降り立った。さしずめ、スターの来訪といったところだろうが、天国に知り合いはいない。俺が殺した悪党はみんな地獄に行ったからだ。もちろん、俺も悪党のそしりを受けてしかるべきだが。

 巨大なテントだった。見たことはないが、大きなサーカスの会場に似ている。ただ、ピエロも曲芸師もトラも象もいない。西洋風の鎧武者、俺の腰ほどもない小人ども。エルフのお仲間に豚鼻の巨人。見ようと思えば、サーカスより見応えはあるだろう。

「こちらです」

 俺はタバコをもう一本取り出し、マッチで火を点けた。テントの中がどこかどよめいたように感じた。

「火を……」

「火を使うということは、原初の魔法使いか」

「なんということだ」

「戦況がひっくり返るぞ」

 4人の影があった。耳が長い老人。豚鼻の筋骨隆々の男。椅子の半分ほどもない小人の老人。そして、フルフェイスの兜で全身を鉄で覆い尽くした騎士。俺が紫煙を吐いたと同時に、三人が席から立ち上がった。

「英霊殿。お会いできて光栄です」

 以外にも豚鼻の男が紳士的な声をかけてきた。よく見るとこの男、豚鼻というより、髪の乗っかった豚そのものだ。

「我ら反帝国連合軍の救世主、というわけですな!」

 甲高い声でわめくのは小人の老人。しきりに口ひげをなで、興奮の内にあるのが俺にも分かった。

「時に、英霊殿。是非真名を教えてくださらぬか」

 耳の長い初老の男は、落ち着き払った口調だった。他の二人より、冷静にものを見ることができるのだろう。当然だ。知らない人間と会ったら、救世主だの英霊だのと言う前に、名前を聞くのが普通の反応というものだ。

「俺の名前は……」

「くだらん」

 ぴしゃり、と騎士が切り込んだ。一人だけ椅子に座り、腕組みをしたままだ。他の三人は一斉に振り向き、騎士を咎めるように見つめた。

「卿らがその者に何を期待しておるのかしらんが。私にはごく普通の人間にしか見えぬ」

「何を申すか、ソニア卿! 英霊殿に対し、無礼ではないか!」

 豚は鼻を鳴らしながら、至極もっともな怒りを述べた。俺が無礼な扱いを受けてはならないかどうかは、この際別の問題にするが。

「その通りである! エルフ族に伝わる『英霊召喚の儀』により彼の世界よりこの世界に呼び覚ませられし英霊が、この世界を救った例はいくらでも存在する! それを侮辱してはならん!」

 小人は唾を吐き散らしながら、小さな身体を身振り手振りでソニア卿を批判する。

「大体、ソニア卿は我ら亜人をあまりに下に見ておる! 我らは同盟を組んだ同志ではないのか、嘆かわしい!」

「そこまでにしたまえ」

 腹に響く声だった。耳の長い初老の男は、どうやらこの場のリーダーであるらしかった。気圧されたのか、喚いていた二人も渋々といった様子で着席した。エルフに促され、俺も空いている席に座る。視線が集中するのがわかった。

「よしてくれないか。あまり見つめられるのはなれてないんでね」

「ほほう。英霊殿は人前に出るのが苦手と見えるな。奇怪な眼帯をつけているのも、視線を避けるためか?」

 ソニア卿は鎧兜の下でくぐもった笑いを漏らした。

「眼帯? これはサングラスさ。……これは秘密にしておきたかったんだが、俺の眼は」

 四人の中で一番興味深そうに身体を乗り出したのは、小人の老人だった。どうやら、好奇心旺盛らしい。

「……度を超えてつぶらなのさ。目元だけなら、未だに十代に間違えられる」

「ハ! 結構なことだな、英霊殿。道化にでもなれば、帝国でも丁重に扱われるぞ。私が保証しよう」

「ソニア卿。それまでだ。我が娘が命を賭して呼び出した英霊殿に、これ以上の侮辱は許さぬ。我が娘、ひいては我が部族そのものを侮辱することになりますぞ」

 それきり、ソニア卿は何も言わなくなった。それどころか、席の後ろに立てかけてあった自らの剣を携え、勝手にテントを出てしまったのだ。どうやらあの鎧武者は、他の三人とは違った立場にいるらしかった。

「まずは、無礼を詫びましょう。ソニア卿は……特殊な立場の方なのです。気位も高い。強力な味方でもあり……」

「獅子身中の虫です、アレは」

 豚が苦々しい表情を浮かべる。真面目な豚を見るのは初めてだった。

「ピグモス司令。あなたはオーク族の主権を預かる立場ですぞ。軽率な発言は控えなされ」

「残念ですが! わたしはピグモス殿と同意見です!」

 小人がしきりに口ひげをなで、彼にとっては力いっぱいなのであろう勢いで、机を叩いた。

「所詮、権力闘争に敗れた帝国貴族。その品性も下劣極まるというものです。英霊殿に対する態度を見たでしょう!」

「おいおい、いい加減にしてくれないか。俺だけ置いてけぼりじゃないか」

 俺はとうとう痺れを切らしてしまった。何がなんだかさっぱり分からない。それでいて何の説明もない。退屈極まる。

「これは申し訳ありません、英霊殿」

「はっきり言えよ。俺は一体何で、ここはどこなんだ? そういう説明もなしに、英霊なんてよくわからない持ち上げ方をするな。タバコが無駄になるだろう」






「単刀直入に申し上げれば、後ろにいる私の娘によってあなたはこの世界に転生したのです」

「転生?」

 驚いた。ここはどうやら天国ではないらしい。

「そう、転生です。フィリュネが行ったのは、英霊召喚の儀と呼ばれる、エルフ族の秘術とでも言うべきもの」

「フィ……なんだって?」

「フィリュネ、です。私の名前です」

 エルフが誇らしげに大きな胸を張った。

「舌を噛みそうな名前だな、君は。エルフのほうが短くて言いやすいぜ」

「そんな! 私の名前、ちゃんと呼んで下さい!」

 俺のコートの肩を掴んで揺らすものの、エルフの父親が咳払いするのに合わせ、エルフは抵抗を諦めすごすごと引き下がった。

「……続けても?」

「どうぞ。少なくとも、あんたらの権力闘争だのなんだのといった話より興味はある」

「秘術は、消えそうな戦士の命の灯火を見つけ、種火ごとこちらの世界に引きこむものです。死にかけて、消えかけていた命であるあなたを、この世界で生きられるようにした。それが、今のあなたというわけです」

「なるほど。お伽話を聞くのは三十年ぶりだが、どうやら現実に起こった事実を聞かされてるみたいだな」

 俺は二本目のタバコに火を点けた。ニコチンが俺の血中に溶け出し、ケミカルな冷静さを引き出す。

「……そして、俺はあんたらに何を望まれてるんだ」

「そこまで見通してらっしゃいますか」

「曲がりなりにも、その秘術とやらは人の命を救うんだ。俺は、無くしたと思った人生の続きを楽しめるわけだ。だが、それであんたらに何のメリットがある。なら、秘術で呼び出した人間に、何か望むのは当然のことじゃないか?」

 紫煙がテントに舞う。豚は大きな鼻で異臭を察知したのか、あからさまな嫌悪感を態度に滲ませた。

「……我々は、悪しき帝国と戦っています。貴族が利権を貪り、王族が民から搾取を続ける。そんな帝国です。我ら人と似た姿なれど人ならざる者……亜人たちも、帝国より差別と搾取を受けている」

「我らは、互いに助け合うことで、悪しき帝国を討ち果たそうとしているのだ」

「そして! 君はその帝国に対する秘密兵器というわけだ!」

 エルフは、満足そうに頷いていた。自分が示した結果が誇らしいのだろう。俺は彼女とは違った。雁首を揃えている、目の前の亜人共とも違った。

「英霊殿。我ら反帝国連合軍と手を取り、悪しき帝国と帝国を統べる皇帝を討ち果たしてもらいたい! 過去呼び出された英霊達が、そうしてきたように!」

 俺は立ち上がった。何の感慨も、何の後悔も、未練も持ち合わせていなかった。ただ、俺は孤独を愛し、孤独を望んだ男だったことを、今更ながら思い出した。

「答えは一つだ」

 俺は、俺のために生きる。たとえ、他人の都合で無くした人生を取り戻したとしても。

「騎士ごっこなら別の友達を呼ぶんだな」


 茫然自失といった三人の表情を尻目に、俺はテントを出た。エルフが俺を追ってテントを飛び出し、俺の肩を取った。

「どうしてあんなことを言ったんです!」

「分からないのか」

 俺は歩みを止めるつもりもなかった。手を振り切り、歩き続ける。

「分かりません。私達はあなたを呼び出した。帝国を倒すようにってお願いをしてです!」

「俺はそんなこと誰にも聞かなかった。誰に頼んだんだ?」

「神に決まってるでしょう!」

「伝言ゲームなら失敗してる。俺は耳を塞いだ覚えはない。まず神に耳から手をどけるように頼んだらどうだ?」

 やがて、前線基地は遠のき、街に入っていった。亜人の中に、鎧を着込んだ騎士達が紛れる。基地の人間で、街は賑わっているようだった。

「じゃあなぜあの時私を助けてくれたんですか」

「さあな」

 酒が飲みたかった。とにかく、鬱陶しさ、煩わしさを、シャワーですべて洗い流すような気持ちになりたかった。そのためには、酒だ。どこの国のどんな場所でも、酒場はある。天国でないこの世界でも、そうだと信じたかった。

「酒が飲みたい」

 ふと、振り向くと、エルフの大きな瞳が目に入った。非難めいた視線が、そのまま突き刺さったような気がした。だが、女にそういう視線を浴びせられるのには、慣れすぎていた。

「……お酒を飲んだら、一度戻ってもらえますか」

「約束はできんがね」

 気づいたことがあった。俺は、言葉は話せるし相手が何を言っているのかも理解できる。だが、看板が読めない。エルフが酒場だと示した場所にも、看板がかかっていたが、どうにも読めない。アルファベットなどでも無い。蛇がのたくった後のような文字だった。

 スイング・ドアはこの世界にも存在するようだった。俺は結局ついてきたエルフを連れ立って、カウンター席に座った。エルフもおずおずと隣に座る。場違いにも程がある。

「注文は」

 豚の面をしたマスターが、ぶっきらぼうに注文をせかした。

「ウィスキーがあればロックで注文したいんだがな」

「ありますぜ。しかしウチには生憎魔導師がいませんで。ロックはできないんでさあ」

「ならいい。とにかく酒をくれ」

「アイ、アイ。そちらのお嬢さんは」

「ミルクでいい」

 エルフは、特に異論を唱えなかった。乱暴にカウンターに置かれた琥珀色を、俺は一息に飲み干した。アルコールがパンチを繰り出すとしたら、顎に直撃したように頭がクラクラした。

 生前の俺は、利用される立場の人間だった。組織の都合で、殺しもするし、殺されそうにもなった。死んで、別の世界に来ても、それは変わらないというのか。これでは、生き地獄となんら変わりない。

「飲みましたよね、お酒」

「ああ」

「戻りましょう。お父様には、私からお話しますから……」

 返事をする気にはなれなかった。いつまでも、このグラつきに身体を任せていたかった。組織から逃げ、銃で撃たれ、側溝に落ち、自分の血が流れるのを感じながら、死んでいったあの時の感覚に似ていたからだ。

「おい! そこはミラバル隊長の指定席だぞ!」

 後ろから威勢のいい声がきこえる。俺はカウンターに突っ伏し、脇の下から声の主を探した。鎧を身につけた若い男だ。

「貴様、人間だな。だがソニア卿麾下の兵装を身につけていない。よそ者め、隊長の剣のサビにされたくなかったら、そこをどけ」

「俺は今酔ってるんだ。後にしちゃくれないか。みばらだかみだらだかなんだか知らないが、そいつも酔っぱらいをどけろとは言わないだろう」

「貴様、馬鹿にしているのか!」

 腰に帯びた長剣の柄を、男は掴んだ。

「おいおい、怒らないでくれ。別にあんたの悪口を言ったわけじゃない」

「なおさらだ! 隊長の前に俺の剣のサビにしてくれる!」

 男は剣を抜く。流れるような動作で振りかぶり──振り下ろした。俺はそこにはいなかった。カウンターに長剣が突き刺さっていた。酒を飲んでも、生きようとする本能には抗えなかった。

「やめろよ、みんなの酒場だぜ」

「うるさい!」

 横薙ぎに払った剣を俺は屈んで避ける。妙に身体が軽かった。さっきまで、酒に横っ面を張り倒されたふらつきが完全に無くなっている。俺は、ベルトの銃を抜き、トリガーを引いた。

 勝負は決した。当たり前だ。銃で急所を撃たれた人間は死ぬ。それは、俺の世界でもこの世界でも変わることはないわけだ。騎士は、脳漿をまき散らし、床に血溜まりを作っていった。酒場の連中は、既に誰もいなくなっていた。我先に、と逃げ出したのだ。エルフは腰が抜けてしまったのか、床にへたり込んでいた。

「どうして……なんで……」

「どうして? やつは剣を抜いた。俺を殺そうとした。なんでか? 俺は銃を抜いた。やつを撃った。それだけだ。……酔いが覚めたな。行こう」

 俺はエルフの柔らかい身体を抱き起こすと、手を引っ張って外へ出た。俺は、孤独だ。孤独でいることを愛していたし、そんな自分が好きだった。だが、俺の生き方は俺を孤独にはしてくれなかったのだ。

「止まれ、貴様」

 鎧武者達がずらりと雁首を並べていた。一際大きく、顔に刀傷のある男が、俺に剣を向けていた。なんとかという隊長だろう、というのは明白だった。殺気がこもっている。

「なぜヴァルを殺した」

「名前を聞かなかったが、そういう名前だったのか? 決まってる。先に抜いたのはヤツだぜ。そして、遅かったのもヤツだ」

「殺せ!」

 怒号とともに、剣を抜いた鎧武者達が殺到する。俺はエルフを後ろへ突き飛ばし、今度は右手と左手に銃を抜いた。トリガーに指は、かからなかった。さらなる声が、その場のすべてを支配したからだ。

「そこまで!」

 鎧武者たちは、ぴたりと動きを止め、剣を収めた。それどころか、整列を初める始末だ。俺にも、襲い掛かってくるやつに弾丸をブチ込む以外にトリガーを引く理由は無かった。

「卿は真面目だな、ミラバル隊長。どこでも訓練を始めようとする。一般人相手にもそれは同様か」

 フルフェイスの兜を身につけた、豪奢な鎧武者に、俺は見覚えがあった。三十分前に、俺を小馬鹿にしたやつだ。

「は! し、しかし」

「私は! 卿の手腕について評価を行っている。叱責をするつもりはないし、それに伴う弁解などもっての他だ。常に全力たれ。私の麾下の兵ならば当然の事」

 ソニア卿は、俺に向き直った。正確には、その先に転がっている兵士を見ていたようだった。俺には、目だけで相手の感情を伺うことはできなかった。

「……そして、その訓練の最中死者が出るのもまた、仕方がないことだ。違うかね、ミラバル隊長」

「は」

「行け。ここは我が領土ではない。私の顔を潰してくれるなよ」

 俺は、ソニア卿を見た。どうやら、偉そうな理想主義者三人より、目の前のいけすかない現実主義者を相手取る必要がありそうだった。


馬に乗ったのも、俺は初めてだった。どうやらこの世界には、車がないらしかった。情けないことに、俺はエルフの身体にしがみついて、揺られている。当然だ。馬など実際に見たことも無かったのだから。乗り方など分かるわけもない。

「あの、変なところさわらないでくださいね」

「そりゃ失礼。ムードが足りなかったな」

 ソニア卿の隊列の中に、俺達の乗る馬はいた。俺は、豚や小人に自分を託す気にはなれなかった。いけ好かない耳の長い男も同様だ。俺は、誰かに利用されるのはもうゴメンだ。

「仲睦まじいな、卿らは」

 ソニア卿は自身と同じく豪奢な馬具をつけた馬にまたがっていた。

「そう見えるか?」

「ああ。我が兵であれば、何らかの理由をつけて殴ってやりたい」

「嫉妬は醜いぜ」

「……よく知っているつもりだ。卿に言われずともな」




 話は二時間ほど前に遡る。

 俺はソニア卿を引き止め、一つの提案を行った。ここにいる限り、俺に選択肢はない。なら、新たな選択肢を加えることができる可能性を探す他無いのだ。

「正当防衛だ、と言っても、あんたに理解してもらえるかな」

「構わんさ。剣を抜けば、殺し合いになることは彼もわかっていたはずだ。覚悟はいつでも決めているものさ」

「……あんたと取引がしたい」

「英霊殿!」

 エルフは俺のコートを引っ張ったが、そんなことで考えを改めるつもりはさらさらない。

「お父様と話をしないと!」

「残念だが、俺にそのつもりはないね。君のパパは君の名誉は守ってくれそうだが、俺の権利は守ってくれそうにないんでね」

 涙を目に溜めていたエルフはしばらく黙っていたが、やがて意を決したのか、ぐっと手のひらを握りしめていた。

「分かりました。……私もついていきます。でもいずれここに戻ってもらいますから」

「考えておくよ。じっくりとね」



 野営地は先ほどの連合軍基地と同じようなテントではなく、木製のロッジだった。中はシンプルだが机と椅子が備え付けられている。壁には、蛇に剣を串刺したようなデザインの、赤い旗が飾られていた。

「帝国の旗ですね」

 エルフが少し嫌悪の表情を浮かべた。無理やり連れてきたのもあるが、どうも彼女や彼女の父親は、「帝国」に良い印象を持っていないらしい。

「フィリュネ殿は帝国の旗はお嫌いか」

「……ええ。母は帝国の兵士に殺されましたから。あなたの部下のような」

 座るように促された俺達は、少しの間何も喋らなかった。交渉や取引とは、得てして先手を取ったほうが不利になる、というのは俺の持論だ。

「それで、卿は私に何を望むのか」

「色々ある。その中でも、まずあんたにしてほしいことがある」

「何か」

「兜を取れ。俺は顔を見せない人間を信用しないんでね」

 意外にもソニア卿は素直にそれに応じた。豪奢な兜を取ると、金糸のようなこれまた豪奢な髪がこぼれた。黄金の粒子が舞ったような気すらした。ソニア卿は、女だった。青い右目が覗いていたが、左目には黒い布が覆われていた。半分は隠れているとはいえ、十分美人の部類に入るだろう。

「驚いた。女騎士とはな」

「ハ! そう言われれば、尊い存在のように聞こえなくもない。だが実際にはこの通り、国境際の田舎貴族でしかない」

「だから、お父様達と対等の同盟を組まれたのですか」

 どこか怒りを秘めたような表情だった。エルフにはあまり似合わない。

「ああ。私も下級とはいえ帝国貴族。帝国内では冷や飯食いで、仲間を募ることもままならん。革命を起こそうにも、そもそも女の身には過ぎた望み。二重に不可能というわけだ。だから、不満を持つ亜人共と帝国を倒してやろうと思ったのだ。別に隠すことでもない。我が兵は皆知っていることだ」

 ソニア卿は不遜な笑みを浮かべながら、旗の下に飾られていたワイン瓶を取り、コルク栓を抜いた。グラスになみなみと赤を注ぐと、口へ運んだ。

「帝国のワインの質も落ちたものよ」

「続けてもいいか、ソニア卿」

「ああ。英霊殿の望み、一つは叶えたぞ」

「そりゃ感謝する。美人と話すほうがこっちも楽しくていい。……2つ目は、俺の身分を保証してほしい」

「無理だな。卿は亜人共の提案を蹴った。英霊が英雄になろうとすることを拒否した時点で、卿の道はほとんど絶たれたのだ」

「そうですよ、英霊殿! 私達はそのための力も差し上げてるんです。帝国を倒すことだって、できますよ!」

「そんな根拠がどこにある? 確かに、俺は人を殺すことでメシを食ってきたがな。軍隊を相手にできるなんて言えるほどうぬぼれちゃいない」

 俺はベルトに挟んだ銃を二丁机においた。俺の相棒だ。

「あんたらにこれが何か分かるか」

 ソニア卿とエルフは首を横に振る。

「こりゃ銃だ。引き金を引けば、鉛玉が相手に向かって飛ぶ」

「銃。これがか? 帝国にあるのは手順がもっとかかるし、ここまで小さくない」

 ソニア卿が手に取ろうとする前に、俺はベルトに銃をしまい直した。

「俺のものだ。触るな」

「気持ちはわかる。誰しも、自分の武器に手を触れさせようとは思わないものだ。……しかし、残念だが……銃では英雄にはなれん」

 エルフの表情は沈んでいた。ソニア卿の言葉は、恐らくこの世界では是とされるのだろう。いや、そもそも俺の世界でもたった二丁の銃で国を制圧することなど夢のまた夢だろう。

「フィリュネ殿。卿は過去の英霊達が何を為したかご存知か」

 突然の質問に、エルフはマヌケな声を漏らした。

「えっと、その。実は、過去の英霊についてはよく知らないんです。でも、本当に様々な人たちが召喚され、その都度危機を救った、とか」

「随分曖昧な伝承だな」

「伝承はそれこそ、千年以上前からありますから……」

「そう。そして、誰も真実は分からぬ。その大半が、根拠のないお伽話になってしまっている、というわけだ。……ただ、フィリュネ殿も知っていよう。今現在、その英霊が一人だけ存命しているということを」

 エルフの表情がさらに曇った。英霊。訳の分からないままこの世界に投げ出された人間が、もう一人いるというのか。彼女の反応から見ても、お友達にはなれそうにない。

「神聖皇帝、アケガワ・ケイ。五年前英霊としてこの世界に現れ、魔王を『倒した』男。……そして、魔王と契を交わし、世界を征した、本物の為政者だ」

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