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虫の声  作者: ミーン
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ベルの音

産業革命のまっただ中、窓の外では工場の煙突から景気良く吐き出される煙が今日も街の空気を気持ちよく汚している。


これこそ我が大英帝国の繁栄の証しだ。


私の興した輸入会社は今や英国を代表する企業となり、保有する商船は100を数え、従業員も1000人を超えている。


連日息つくヒマもないほどの忙しさが続くある日、私のオフィスに朝から2度もイタズラ電話かかってきた。


秘書のダリルを呼び、くだらない電話は取次ぐなと叱責したが、「今日は電話をおつなぎしていません」と答えた。


「お前がつないでいないと言うのなら電話交換会社のミスだ。

二度とつながないよう言いつけておけ!」


怒鳴った直後、またベルが鳴り響く。


「私だ」


だがその電話も無言だった。


受話器を叩きつけてダリルを睨むと、腑に落ちない顔で私を見ている。


「お前がつないでいなかったのは認めよう。だが見たとおりかかってきているではないか。

今すぐ交換会社を呼んで修理させろ」


しかしダリルは戸惑いながら意外な返事を返した。


「失礼ながらオーナー。今ベルは鳴っておりませんでした」


寝ぼけたことを言うダリルをオフィスから追い出して代わりの者を呼びつけて番をさせても、鳴り続けるベルに出ようとしない。


「いい加減にしろ!」


怒鳴ったが、うろたえるばかりでなく、あまつさえ私が疲れているのではないかなどと言い出す始末だ。


呆れてものが言えん。

ダリルを含めこいつらの給与は引き下げ、早急に代わりの者を雇う必要がある。


私の会社に入りたがっている者は、掃いて捨てるほどいるのだ。


ふと見ると、電話のそばに黒い小さなものが落ちている。


目を凝らすとそれは1匹の虫だった。


汚らわしい! 神聖な私のオフィスにこともあろうか虫など入り込みおって!


「さっさとこの虫を殺して捨ててしまえ!」


だが社員どもはそろって虫などいないと言う。


さすがの私もこれには堪忍袋の緒が切れた。


私が虫嫌いなのは知っているはずだ。


足が4本以上ある奴など例え6本の足を2本引きちぎったところで汚らわしいだけなのだ。


手もとにあった書類を丸めて叩きつけると、虫はペシャンコになった。


使った書類をゴミ箱に投げ捨て、今日中に同じ書類を用意するよう命じると、ダリルはグシャグシャになった書類を拾い上げて「すぐに」と足早にオフィスから出て行く。


あの枚数をタイプライターで一から打ち直すには相当手間がかかるだろうが、私の知ったことではない。


通常業務を遅らせたりなどすれば、オペレーターは即刻クビにしてやる。


まったくどいつもこいつも私をいら立たせおって。



オフィスの私の椅子に腰をおろすとようやく気分が落ち着いてきた。


これも貿易している相手から買い取った物で、南の帝国の王族が使っていたものだという。


豪華な細工が施され、座り心地は最高だ。


少々高値を吹っ掛けられたが、この椅子はそれ以上の価値があったと満足している。


私は仕事を早々に切り上げて馴染みの医者マイクの診療所へ向かった。


だがマイクはどこもおかしなところはないと言う。


そんなはずはない。


誰も聞こえないベルが私だけに聞こえるなんてことがあるものかと問いつめると、「だったら今この電話のベルは鳴っているかい?」と電話を指差す。


「いいや」と答えると、「だから正常なんだ。自分の頭がおかしいと主張する頭のおかしい患者などいないだろう」と答えた。


「それに」と、彼は続ける。


「今日が何の日か覚えているかい?」


なるほど。言われて思い出した今日はボスデーだ。つまりは上司の日。従業員どもはみんなで私をかついだわけだ。


あの電話はオフィスの誰かがかけていたのだろう。


だとすると仕事を切り上げて帰ってしまったのは悪いことをしたのか? 終業後に私を驚かせるパーティーの準備をしていたのかも知れない。


明日、オフィスに着いたら彼らに謝罪して、次の週末にでも豪華なディナーに誘ってやるとするか。



「それはそうと」私はマイクに尋ねる。


「なぜさっきから電話に出ようとしないのかね?」


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