聖女に転生したのに祈りの才能が微妙なので、前世のスキルで何とかしています
私の朝は、祈りから始まる。
講堂の壇上に立ち、両手を合わせ、目を閉じる。
三百人の生徒が私を見上げている。聖女リーナ。女神の加護を受けし者。学園の精神的支柱。
「皆さまに、女神の加護がありますように」
清楚な微笑みを浮かべる。完璧な聖女の所作。
——脳内。
(いや、加護より今月の購買部の在庫管理の方が心配やねんけど)
前世の名前は忘れた。三十二歳、大阪の商社で営業トップだった。過労で死んだ。目が覚めたら貴族の娘で、なぜか「聖女」の称号がついていた。
祈りの才能は微妙だ。光は出るが、せいぜい蛍くらいの明るさ。奇跡なんて起こせない。
でも誰も気づいてない。笑顔で「女神の導きです」と言えば、みんな勝手に感動してくれる。
営業トップは伊達じゃない。プレゼンと笑顔は前世で鍛え上げた最強スキルだ。
◇
この大陸には厄介な特徴がある。季節ごとに物理法則が変わるのだ。
春は重力が半分になる。物が軽い。人が跳べる。輸送コストが激減する。
夏は気温が上がり、魔力の流れが活性化する。
秋は安定期。何もかもが通常通り。
冬は重力が三倍になる。物が重い。水が汲めない。建物に負荷がかかる。移動が困難になる。
学園の連中はこの「季節変動」を運命として受け入れている。冬が来たら祈り、春が来たら感謝する。
(いやいや、予測して備蓄せえよ)
前世の営業脳が黙っていられなかった。
私は聖女の立場を使って、こっそり学園の運営に口を出し始めた。
春の重力半減を利用して、普段の三倍の物資を一気に輸送させた。
「女神が導く季節の恵みです」と言いながら、中身はただの物流最適化だ。
秋の安定期に保存食を大量備蓄。薪を高層階に分散配置。井戸水を屋上タンクに汲み上げておく。
「聖女様の先見の明です」と感謝されたが、いや、これ前世の棚卸し計画と同じやからな。
学園は少しずつ豊かになった。購買部の品揃えが良くなり、冬の食糧不足が減った。
みんなは「聖女の加護」だと思っている。
(加護ちゃうねん。段取りやねん)
◇
異変が起きたのは、秋の半ばだった。
朝起きたら、体が重い。
窓の外を見る。木の葉がまだ緑だ。秋のはず。だが体感の重力が明らかにおかしい。
足元に置いていた水差しを持ち上げようとする。——重い。普段の倍はある。
「季節異常変動——冬が、前倒しで来てる……!」
廊下に出ると、もうパニックだった。
重力が刻一刻と増している。棚から物が落ちる。階段を上がるだけで息が切れる。
生徒たちが泣きながら私の元に駆けてきた。
「聖女様! 祈りで季節を戻してください!」
「お願いします、聖女様の力で——」
私は微笑んだ。聖女の微笑み。両手を合わせた。
(祈りで物理法則変わるわけないやろ!!!)
祈った。全力で祈った。光が出た。蛍くらいの光が。
重力は変わらない。当たり前だ。
体がどんどん重くなる。今で一・五倍くらいか。このペースだと二時間後には三倍に達する。
三倍になったらどうなる?
地下の食糧庫から物を持ち上げられない。井戸からの汲み上げポンプが動かない。暖房の薪を運べない。
学園が干上がる。
私は目を開けた。もう祈ってる場合じゃない。
◇
「——祈りなんか待っとる場合ちゃうやろ!!」
声が出た。
脳内に留めていたはずの関西弁が、口から飛び出した。
講堂が凍りついた。三百人の生徒が、聖女の口から出た謎の言語を聞いて固まっている。
もう戻れない。——ええわ。戻らん。
「聞け! 重力が三倍になるまであと二時間や! 今ならまだ一・五倍、動けるうちに動くぞ!」
私は壇上から降りた。聖女の衣装の裾をたくし上げて、前世の営業ウーマンの顔に切り替える。
「食糧庫の全物資を二階に上げろ! 地下に置いといたら取り出せんくなる!」
「水! 今のうちに屋上タンクに全力で汲み上げとけ! 重くなってからじゃポンプ動かんぞ!」
「暖房用の薪は軽いうちに三階に集めろ! 春に備蓄しといた保存食があるやろ、あれ全部出せ!」
「体力ある男子は荷運び! 女子は各教室の窓を二重閉めして断熱! 先生方は人数の点呼!」
具体的すぎる指示が矢継ぎ早に飛ぶ。
生徒たちは呆気に取られていた。だが——指示が具体的すぎて、体が先に動いた。
荷物が運ばれる。水が汲まれる。薪が積まれる。
私は講堂の入り口に立って、前世の現場監督のように全体を指揮した。
「そこ! 小麦粉は纏めて運ぶな、袋ごとに分けて人数かけろ! 重くなったら一人で持てん!」
「屋上チーム、あと何杯汲める!?」
「三十杯です!」
「よっしゃ! 十分や! あと三十分で重力二倍超えるから、それまでに全部終わらせるぞ!」
前世で納期前夜に倉庫を回した時と同じだ。
違うのは、扱っているのが段ボールじゃなくて小麦粉と薪だということくらい。
◇
二時間後。重力が三倍に達した。
全員が床にへたり込んでいた。立っているだけで膝が笑う。
だが——食糧は全て二階以上に退避済み。水は屋上タンクに満杯。薪は三階に集積。断熱も完了。
学園は、無事だった。
祈りではなく、ロジスティクスが救った。
静まり返った講堂で、生徒会長のマリアが口を開いた。
「リーナ……様。あなたは、本当に聖女だったのですか」
私はへたり込んだまま答えた。
「聖女やったかどうかは知らん。でもな」
言葉を選ぶのをやめた。もう関西弁でいい。
「ここにおる全員が無事やったら、それでええやろ」
マリアの目に涙が浮かんだ。
「……はい。それで、十分です」
◇
翌週。異常変動は三日で収まり、季節は秋に戻った。
講堂での朝の祈りの時間。私は壇上に立っていた。
三百人の視線が、前と少し違う。畏れではなく、信頼の目。
「皆さまに——」
一瞬、迷った。聖女の台詞に戻すべきか。
「——今日も元気にやっていきましょう。備蓄の点検は午後にやるんで、購買委員は集合な」
講堂がざわついた。そして——笑いが起きた。
脳内。
(あかん、もう聖女のガワに戻られへん。まあええか。こっちの方が楽やし)
聖女の祈りでは物理法則は変わらない。
でも、前世の営業スキルなら、学園くらいは救える。
それが私の「加護」だ。——女神じゃなくて、大阪の商社仕込みの。




