表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

聖女に転生したのに祈りの才能が微妙なので、前世のスキルで何とかしています

作者: 双葉からす
掲載日:2026/05/06

私の朝は、祈りから始まる。


 講堂の壇上に立ち、両手を合わせ、目を閉じる。

 三百人の生徒が私を見上げている。聖女リーナ。女神の加護を受けし者。学園の精神的支柱。


「皆さまに、女神の加護がありますように」


 清楚な微笑みを浮かべる。完璧な聖女の所作。


 ——脳内。


 (いや、加護より今月の購買部の在庫管理の方が心配やねんけど)


 前世の名前は忘れた。三十二歳、大阪の商社で営業トップだった。過労で死んだ。目が覚めたら貴族の娘で、なぜか「聖女」の称号がついていた。

 祈りの才能は微妙だ。光は出るが、せいぜい蛍くらいの明るさ。奇跡なんて起こせない。


 でも誰も気づいてない。笑顔で「女神の導きです」と言えば、みんな勝手に感動してくれる。

 営業トップは伊達じゃない。プレゼンと笑顔は前世で鍛え上げた最強スキルだ。


   ◇


 この大陸には厄介な特徴がある。季節ごとに物理法則が変わるのだ。


 春は重力が半分になる。物が軽い。人が跳べる。輸送コストが激減する。

 夏は気温が上がり、魔力の流れが活性化する。

 秋は安定期。何もかもが通常通り。

 冬は重力が三倍になる。物が重い。水が汲めない。建物に負荷がかかる。移動が困難になる。


 学園の連中はこの「季節変動」を運命として受け入れている。冬が来たら祈り、春が来たら感謝する。


 (いやいや、予測して備蓄せえよ)


 前世の営業脳が黙っていられなかった。

 私は聖女の立場を使って、こっそり学園の運営に口を出し始めた。


 春の重力半減を利用して、普段の三倍の物資を一気に輸送させた。

「女神が導く季節の恵みです」と言いながら、中身はただの物流最適化だ。

 秋の安定期に保存食を大量備蓄。薪を高層階に分散配置。井戸水を屋上タンクに汲み上げておく。

「聖女様の先見の明です」と感謝されたが、いや、これ前世の棚卸し計画と同じやからな。


 学園は少しずつ豊かになった。購買部の品揃えが良くなり、冬の食糧不足が減った。

 みんなは「聖女の加護」だと思っている。


 (加護ちゃうねん。段取りやねん)


   ◇


 異変が起きたのは、秋の半ばだった。


 朝起きたら、体が重い。


 窓の外を見る。木の葉がまだ緑だ。秋のはず。だが体感の重力が明らかにおかしい。

 足元に置いていた水差しを持ち上げようとする。——重い。普段の倍はある。


「季節異常変動——冬が、前倒しで来てる……!」


 廊下に出ると、もうパニックだった。

 重力が刻一刻と増している。棚から物が落ちる。階段を上がるだけで息が切れる。

 生徒たちが泣きながら私の元に駆けてきた。


「聖女様! 祈りで季節を戻してください!」


「お願いします、聖女様の力で——」


 私は微笑んだ。聖女の微笑み。両手を合わせた。


 (祈りで物理法則変わるわけないやろ!!!)


 祈った。全力で祈った。光が出た。蛍くらいの光が。


 重力は変わらない。当たり前だ。


 体がどんどん重くなる。今で一・五倍くらいか。このペースだと二時間後には三倍に達する。

 三倍になったらどうなる?

 地下の食糧庫から物を持ち上げられない。井戸からの汲み上げポンプが動かない。暖房の薪を運べない。


 学園が干上がる。


 私は目を開けた。もう祈ってる場合じゃない。


   ◇


「——祈りなんか待っとる場合ちゃうやろ!!」


 声が出た。

 脳内に留めていたはずの関西弁が、口から飛び出した。


 講堂が凍りついた。三百人の生徒が、聖女の口から出た謎の言語を聞いて固まっている。


 もう戻れない。——ええわ。戻らん。


「聞け! 重力が三倍になるまであと二時間や! 今ならまだ一・五倍、動けるうちに動くぞ!」


 私は壇上から降りた。聖女の衣装の裾をたくし上げて、前世の営業ウーマンの顔に切り替える。


「食糧庫の全物資を二階に上げろ! 地下に置いといたら取り出せんくなる!」


「水! 今のうちに屋上タンクに全力で汲み上げとけ! 重くなってからじゃポンプ動かんぞ!」


「暖房用の薪は軽いうちに三階に集めろ! 春に備蓄しといた保存食があるやろ、あれ全部出せ!」


「体力ある男子は荷運び! 女子は各教室の窓を二重閉めして断熱! 先生方は人数の点呼!」


 具体的すぎる指示が矢継ぎ早に飛ぶ。

 生徒たちは呆気に取られていた。だが——指示が具体的すぎて、体が先に動いた。


 荷物が運ばれる。水が汲まれる。薪が積まれる。

 私は講堂の入り口に立って、前世の現場監督のように全体を指揮した。


「そこ! 小麦粉は纏めて運ぶな、袋ごとに分けて人数かけろ! 重くなったら一人で持てん!」


「屋上チーム、あと何杯汲める!?」


「三十杯です!」


「よっしゃ! 十分や! あと三十分で重力二倍超えるから、それまでに全部終わらせるぞ!」


 前世で納期前夜に倉庫を回した時と同じだ。

 違うのは、扱っているのが段ボールじゃなくて小麦粉と薪だということくらい。


   ◇


 二時間後。重力が三倍に達した。


 全員が床にへたり込んでいた。立っているだけで膝が笑う。

 だが——食糧は全て二階以上に退避済み。水は屋上タンクに満杯。薪は三階に集積。断熱も完了。


 学園は、無事だった。


 祈りではなく、ロジスティクスが救った。


 静まり返った講堂で、生徒会長のマリアが口を開いた。


「リーナ……様。あなたは、本当に聖女だったのですか」


 私はへたり込んだまま答えた。


「聖女やったかどうかは知らん。でもな」


 言葉を選ぶのをやめた。もう関西弁でいい。


「ここにおる全員が無事やったら、それでええやろ」


 マリアの目に涙が浮かんだ。


「……はい。それで、十分です」


   ◇


 翌週。異常変動は三日で収まり、季節は秋に戻った。


 講堂での朝の祈りの時間。私は壇上に立っていた。

 三百人の視線が、前と少し違う。畏れではなく、信頼の目。


「皆さまに——」


 一瞬、迷った。聖女の台詞に戻すべきか。


「——今日も元気にやっていきましょう。備蓄の点検は午後にやるんで、購買委員は集合な」


 講堂がざわついた。そして——笑いが起きた。


 脳内。

 (あかん、もう聖女のガワに戻られへん。まあええか。こっちの方が楽やし)


 聖女の祈りでは物理法則は変わらない。

 でも、前世の営業スキルなら、学園くらいは救える。


 それが私の「加護」だ。——女神じゃなくて、大阪の商社仕込みの。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ